正社員における生産性向上パターンの分類と取り組みを増やすための提案
目次
はじめに
「生産性」という言葉はビジネスシーンに限らず世に広まっているが、視点の違いによって想定される内容も異なる。「日本の生産性は世界基準で低い」等ニュースでよく見る生産性はOECD等で言及される労働生産性であり、これの定義は「付加価値(GDP/労働等価量」となる。また個別企業であるならば(企業ごとで違いはあるだろうが)「付加価値(粗利)/労働投下量」で定義される。
こういった生産性は国や企業といった大規模集団の単位で言及されることが多いが、働き手個人単位で「生産性を上げる」と言われることも不自然ではないだろう。
国や企業主体の生産性であるならば定義も明確なため理解もしやすい。しかし個人レベルでは職種も働き方も異なるため生産性を上げることの統一した定義はつくりづらい。
定義があいまいなまま言葉だけが独り歩きしている。とりあえず「生産性を上げる」こと自体は目指すべき良いことであるという共通認識はある。
しかし実際に全国で働く20~59歳の正社員に聞いて見ると、自分自身の生産性を高める必要があると答えたのは46.6%と半数を割り、さらに実際に生産性を上げるために意識して行っていることがある人は36.6%であった。【図1】
個人レベルで見れば、生産性向上を意識して何らかのことを行っている人が少数派である。これには先ほどの個人レベルの生産性の定義があいまいであることも関わっているのではないか。
本レポートでは一般に普及した生産性という概念について、「アウトプット/インプット」の軸である程度のパターン化を行い、働き手のイメージはどのようなものであるか、また実際にどのような生産性向上の取り組みを行っているかを確認する。さらに、生産性向上の取り組みを行っていない人の分析も行い、どのように取り組み実施を促せるかを考察する。
4パターンの「生産性向上」
正社員の生産性向上のイメージ
生産性は一般的には「アウトプット(売り上げ、粗利 etc..)/インプット(労働投下量、労働時間 etc..)」で定義される。「日本の生産性が悪い」と言われる場合もこの定義を用ており、この問題点は個人においては長時間労働の割に成果が少ないといった課題に還元されるだろう。
アウトプットについては質の良し悪しの側面と量の多寡の側面が考えられるが、上記の課題意識から、本レポートでは量的な観点に着目して正社員個人のイメージを確認した。
「生産性が高い」状態とは、少なくともこれがプラスの値になっている状態と考えられる。そのため「生産性が高い働き方」としては①「インプットを減らし、アウトプットを増やす」②「インプットは変えずに、アウトプットは増やす」③「アウトプットを変えずに、インプットを減らす」④「インプットは増やすが、それ以上にアウトプットを増やす」などが挙げられるだろう。【表1】
これらのパターンを仮定した上で、本調査では20~59歳の正社員に対して「生産性向上」のイメージはどれに近いか、また現実的に自分自身が仕事で生産性を上げる際はどれに近いかを聞いた。
なお、「アウトプットを減らすが、それ以上にインプットも減らす」は見かけ上生産性が上がっているが、アウトプットが減少している点で実社会の仕事上で想定しづらいケースと判断して、検討からは外した。
ここからは便宜上、「減少」を「-」、「増加」を「+」、「変わらない」を「=」で示す。
例:【インプットは変わらず、アウトプットを増やす】⇒【インプット = 、アウトプット +】
4つの「生産性向上」パターンについて、自分のイメージと近いものを1番目から順番に選んでもらったところ、それぞれの割合は下表の結果となった。【表2】
1番目にもっとも多く選ばれたのは「インプット – / アウトプット + (43.0%)」であり、もっとも低いのは「インプット – / アウトプット =(9.3%)」であった。「生産性向上」はいずれにせよアウトプットを増やすことがイメージとして大きいことが分かった。
ただし、アウトプットを増やすとは言え、どのようなやり方でも良いわけではない。4イメージ中もっとも低い順位(4位)の割合が高かったのは「インプット + / アウトプット + (53.1%)」で過半数であった。これはたとえば労働時間も労働量も過大に投下するいわゆるモーレツ社員のような働き方などが想定された結果と考えられる。
また、1位の割合がもっとも高い「インプット – / アウトプット +」であるが、4番目に据える人も「インプット + / アウトプット +」に次いで多く、一定割合いた。「インプット – / アウトプット +」は省力/省時間化しながら、なおかつ成果も増やすようなケースが考えられ、ある種の理想形に近く、素直にトップに据える人もいればイメージがつかみきれず下位に据えている人も多かったのかもしれない。
また順位に応じてポイントを与え、4イメージそれぞれの加重平均を割り出したところ、ポイントはわずかに「インプット = / アウトプット +」が高かった。生産性向上の現実的なイメージとしてはこのパターンが近いのではないかと考えられる。
現実的に生産性向上を行うとしたら、イメージとは異なる結果に
生産性向上のイメージについては上述した通りだが、では自分自身が現実的に生産性を上げる場合はどれが近いかを、実際に生産性向上のために意識して取り組んでいることがある人に絞って確認したところ、もっとも割合が高いのは「インプット + 、アウトプット + (35.1%)」であり、イメージで1位の割合がもっとも高い「インプット – 、アウトプット + 」は20.3%と大きく減少していた。【図2】
「インプット – 、アウトプット + 」はある種の理想のようなものと捉えられているという解釈を前述したが、4パターンの中で唯一シェアを落としており、現実的にはこのような働き方を行っていると自覚している人は比較的少ないようだ。
では他のパターンも含めて、どのような形で生産性向上を行っているのか、その詳細を確認していきたい。
生産性向上のために行っていることと4パターンごとの特徴
「業務効率化」と「健康管理」
冒頭示した通り、生産性向上のための取り組みとして意識して行ったことがあると回答した人は36.6%であった。(図1参照)この人達に対して、行ったことがあること、今も行っていること、もっとも効果があったことを聞いたところ、いずれの項目でもトップ2は「自分のスキルで工夫して業務効率化を行う」「健康に気を付ける」であった。【図3】
「業務量を増やす」や「業務時間を増やす」に関しては「アウトプットを増やすこと」に直結すると考えられるが、生産性向上の手段としては下位であった。トップの業務効率化に関しては、勤務時間内でさまざまな業務を効率化することで浮いた時間で別の業務を行うことができるため生産性向上につながるということだろう。
興味深いのは2位となった「健康に気を付ける」だが、これは不健康な状態つまり生産性の低い状態を回避するといった印象が強い。生産性を上げるために率先して効率化等のアクションを取るだけでなく、自分の生産性を維持する、低くしないといった観点も生産性向上に取り組む多くの正社員が持っていると分かった。
生産性向上4パターンごとの特徴
続いて先ほどの生産性向上4パターンごとに取り組んでいることを確認し、それぞれの特徴を探る。【表3】
「生産性向上のために今も行っていること」に関して回答した個数の平均を確認すると、いずれのパターンにおいてもこの選択肢上では4個前後の取り組みを行っている。また僅差ではあるがもっとも多いのが「インプット + / アウトプット +」であった。
このパターンについて全体と比較して特徴的なものを抜粋すると「生活リズムを整える(+11.0pt)」「同僚とのコミュニケーションを増やす(+6.2pt)」「プライベートでも勉強やインプットを行う(+5.3pt)」が全体より5pt以上高かった。生活リズムを整えることでパフォーマンスの質を維持しつつ、同僚との会話やプライベートでの勉強でインプットを増やして業務につなげるといったイメージだろう。
「インプット = / アウトプット +」では逆に「同僚とのコミュニケーションを増やす(-5.7pt)」「所属業界のトレンド知識を得る(-5.7pt)」といった知的インプットの部分は全体よりも5pt以上低い結果となった。「インプット – / アウトプット +」では「自分のスキルで工夫して業務効率化を行う(+7.5pt)」「無駄な会議を減らす(+5.7pt)」では全体より高く、「健康に気を付ける(-9.8pt)」「生活リズムを整える(-6.4pt)」では全体より低い、仕事中で省力化/省時間化できるものはするが、生活全体を見直す意識は比較的低い。
最後に「インプット – / アウトプット =」であるが、「自分のスキルで工夫して業務効率化を行う(-12.2pt)」「プライベートでも勉強やインプットを行う(-10.0pt)」「生活リズムを整える(-9.3pt)」では全体より低い。こちらも知的インプットや普段の生活の見直しは比較的低く、また自分で工夫して業務効率化を行うことも少ないことから、生産性向上としてはもっとも消極的な部類であると推察される。
以上それぞれのパターンで特徴的な取り組みを抜き出してみると、生産性向上の取り組みを行っている人でボリュームゾーンの「インプット + / アウトプット +」のタイプは、業務効率化の他にも同僚とのコミュニケーションを増やしたり、仕事外の普段の生活での勉強といったインプットを行い、また安定したパフォーマンスを維持するため生活リズムを整えることも行っていた。
前項でのイメージの部分では「モーレツ社員のような」と形容したが、現実ではただやみくもに業務量や時間だけを増やして働いているわけではないようである。
さてそれでは生産性向上の取り組みを行っている人たちはどのような成果を得ているだろうか。ここでは賞与評価とWLB意識を分析する。結論から述べると、生産性向上の取り組みを行っている人は賞与評価もWLB意識も比較的高い傾向がある。ただし、パターンごとに若干の違いがある。
図4は直近の賞与の評価の結果である。生産性向上の取り組みを行っていない人も含めた全体で見ると、高く評価された計が22.0%、普通ぐらいが50.2%、低く評価された計が15.8%となり、高評価の割合が低評価よりやや多いものの客観的な人事評価の代理としてみなすことは可能かと思う。
生産性向上の取り組みを行っている人たちでパターン別に分析すると、いずれのパターンでも高評価の割合が高かった。ただし、「インプット – / アウトプット = 」の層では上昇幅が比較的に小さく、生産性向上のみしていてもアウトプットが増加していなければ、評価には反映されづらいことが分かる。
続いてWLB意識に関して確認する。
生産性向上のための取り組みにおいては、業務量や時間を増やすことよりも業務効率化を行う人が主流であった(図3参照)。であれば生産性向上を行っている人は仕事と私生活のバランスを重視するWLB意識も高いのではないか。
図5を確認すると、賞与時評価と同様に基本的には生産性向上の取り組みを行っている人はWLB意識も高い。その中でも、「インプット – / アウトプット +」では特に割合が高くなっている。この層は前述した通り実際の取り組みでは「自分のスキルで工夫して業務効率化を行う(50.9%)」(表3参照)の割合がもっとも高かった。
ある程度自分自身で業務をコントロールできるスキルもあるため、仕事と生活のバランスも取りやすいと考えられる。
生産性向上の取り組みを行っていない人の分析
ここまで生産性向上のために何らかのことを行っている人について分析をしてきた。正社員の生産性向上のイメージと現実に自分で行う場合に関しては違いが見られたものの、ボリュームゾーンである「インプット + / アウトプット +」の人たちはやみくもに業務量や時間だけを増やして働いているわけではなく、しっかりと生活リズムを整え、プライベートの場でもインプットをしようとしている姿が見えた。
また、自分のスキルで業務効率化をできるような層を中心に、WLBも高くなり、さらに人事評価も高いことが分かった。これらから当人においても、恐らくは企業においても生産性を向上させようとする社員が増えることは望ましいことと言えそうだ。
管理職/非管理職の生産性向上のための取り組みを行っていない理由
ではここからは、現時点で取り組みを行っていない人に対して確認しつつ、どのようにすれば生産性向上の取り組みを行うかを考えたい。
まず冒頭で示した通り、生産性向上が必要ないと感じている人は半数以上である(図1参照)。さらにこれを課長級以上の管理職と主任級以下の非管理職で分析すると、非管理職では必要性を感じている人は少なく、また実際に取り組みを行っている人も少なかった。【図6】
さらに、生産性向上のための取り組みを行っていない理由を管理職/非管理職で比較すると、「日々の業務だけで忙しいため」「必要性を感じないため」に関して差はほとんど見られなかったが、「何をすれば良いか分からないため」「自分自身のスキル的に困難なため」では非管理職の方で割合が高く、「労働時間や業務量が適正であるため」は管理職で割合が高かった。【図7】
一方で生産性向上のために行っていることを管理職と非管理職で見てみると、資料や会議の無駄削除は管理職で高くなる。【図8】
無駄な会議や資料を無くすことは、労働時間を確保するためのシンプルな手段であるが、役職レベルが低いとどの資料や会議がクリティカルなものかを判断をすることが難しく、また自らの権限で減らすこともやりづらいと言えるだろう。
非管理職は生産性向上のために「何をすれば良いか分からない」や「自分のスキル的に困難」であることが比較的多いため、管理職が率先して無駄を排除することでまずは省力化/省時間化を行うことができれば非管理職のためにもなるのではないか。
生産性向上のための企業の取り組み
さらに管理職だけでなく、会社全体でも生産性向上の取り組みを行うことは効果的であろう。勤め先の企業は生産性向上を求めているかを聞くと、生産性向上について言及のみあったと答えた割合が24.1%、実際に何らかの取り組みも行っているのが19.0%、そのような機会は無いと答えたのが57.0%であった。
そもそも半数以上は自社からも生産性向上についてはアクションを受けていないかあるいは届いていないという状況であった。【図9】
会社から生産性向上のための積極的な介入は受けていない状況だが、今後の仕事に対する考え方としては「自分の仕事を効率化、時短化していきたい(60.3%)」「自分の仕事の付加価値を上げていきたい(52.8%)」で「そう思う計」が過半数となっており、正社員自身の生産性向上自体のニーズは大きいと言える。【図10】
しかし生産性向上のための取り組みを行っていない人の理由でもあるように、日々の業務に忙殺されたりそもそも必要性を感じない正社員が一定数いる状況で、働き手自身に任せるのも難しい。であるならば、企業や上司の側から積極的に生産性向上の意義や効果的な方法を広めることも重要なのではないか。
終わりに
本レポートでは、「個人レベルの生産性向上」という漠然としたイメージに対して、パターンを絞った上で実際にどのような方法を行っているかを確認してパターンごとの特徴を捉え、なるべく具体化できるように努めた。さらにその上で、生産性向上の取り組みを行う正社員を増やすためにも、会社や上司から働きかける余地が残っていることを示した。
本レポートの課題として、インプット、アウトプットとしているものの詳細まで分け入るまでにはいたらなかった。インプットに関しては労働時間の他にも自己研鑽の時間や過去の経験も含めたいと考える人もいるだろう、またアウトプットに関しても営業職のように成果が売り上げなどの数値で明確に分かるならば良いが、そうでない職種も多い。
本調査においてはこういった詳細に関しては回答者の判断に委ね、インプットアウトプットの関係性の分類に留めた。個人個人が自分に合った形で生産性を高めながら働いていけることが重要であるが、最後に個人レベルの生産性を考える上でヒントとなる議論を紹介してレポートを終わりたいと思う。
2023年12月、日本生産性本部から国際比較における新たな生産性指標の提案がなされた。ここでは生産性向上につながる要因に加えて、生産性向上を持続するための要因も示された。興味深いことは、これまでの生産性指標の欠点として、付加価値がGDPであったこと、それによって家事労働などのGDPに換算しないものは付加価値から疎外されていたことを指摘している点である。
付加価値を考える上で、(GDPに還元されるような)サービスを利用しても、家事労働を行っても、幸福度は変わらないと指摘されている。生産性本部の提案では、現在のGDPに対する疑義の根拠のひとつとして例示されているに過ぎないが、個人の生産性を考えるという本レポートの観点からすると一考に値する。
つまり、個人が「生産性を上げる」ことを目指す場合、それは会社の売り上げや仕事自体の成果だけでなく、個人のキャリアやライフの充実をも包含し得るのではないかということである。これは人事評価の際の評価指標の再考の一助にもなり得るだろう。
実際に、ダイバーシティ志向やSDGsの意識を評価指標に組み込む動きも見られている。充実したライフを送れていることが、付加価値を持続的に提供する環境づくりを意味するかもしれない。本レポートは働く一人ひとりが個人にとっての生産性の向上はどういったものがあるかを考え、さらには自分自身に合ったやり方で生産性高く働き続けていくための一助になることを期待する。