「ネタバレ消費」「失敗したくない」…Z世代の傾向を「ネガティブ・ケイパビリティ」を通して見る
目次
ネガティブ・ケイパビリティとは
ネガティブ・ケイパビリティとは、イギリスの詩人ジョン・キーツ(1795-1821)が用いた言葉で「事実や理由を早急に求めず、不確実さ、不思議さ、懐疑の中にいられる能力」と説明されている。
作家・精神科医の帚木蓬生は著書「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」においてネガティブ・ケイパビリティのことを「どうにも答えの出ない、どうにも対処できない事態に耐える能力」、あるいは「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」としている。
合理性や効率化によって発展や成長を遂げてきた現代の社会においては、不確実な状況や現象に対して、早急に答えや理由を求めることで、積極的に不確実な・不可解な事態に対処していく態度が求められてきた。こうした態度や能力は、ネガティブ・ケイパビリティの対概念として「ポジティブ・ケイパビリティ」とも呼ばれる。
その一方で、VUCAの時代と言われる現代においては、不確実な状況に対して早急に判断をせず、熟考を通して最適解に至る能力としてのネガティブ・ケイパビリティが求められているといえる。
ネガティブ・ケイパビリティとZ世代
研究レポート「タイパ・ファストの時代と『ネガティブ・ケイパビリティ』」では、そうした「ネガティブ・ケイパビリティ」について考察した。その中で、年代別で比較した際、20代(特に20代前半)に関してネガティブ・ケイパビリティが低い人の割合が多いことに触れた。
VUCA(Volatility:変動性・Uncertainty:不確実性・Complexity:複雑性・Ambiguity:曖昧性)の時代に生まれ育ったZ世代だからこそ、不確実性や曖昧な状況に対して積極的に答えを与え、「わからない状態」を「わかる状態」にフィックスさせたい(安定化させたい)という志向が表れているとも言える。
本コラムでは上記研究レポートの内容を元に、これまでZ世代の特徴としてメディアで言及されてきたいくつかの項目について世代別に比較し、ネガティブ・ケイパビリティとの関連性に着目して考察していく。
ネタバレ消費
Z世代の特徴としてしばしば挙げられることの1つが「ネタバレ消費」である。デジタルネイティブ、SNSネイティブと言われるZ世代は何かわからないことがあれば自分で考えるより先にまず検索し、消費においても購入前に事前にその商品のレビューやSNSでの評価を確認することが当たり前となっていると言われている。
映画などのコンテンツ鑑賞においても、鑑賞する前に内容・結末を把握して(ネタバレして)、自分が今求めているコンテンツかどうかを判断してから鑑賞するというのがZ世代の特徴と言われる。 こうしたネタバレ消費は、各種サブスクリプションサービスの浸透により膨大となっているコンテンツ・作品の中から、限られた可処分時間(余暇として使える時間)内で鑑賞すべきものを効率的に選別し摂取していくための戦略として語られることが多い。
レポートでは「本を読んだり映画を見る前に、事前にその内容や結末を把握するか」という質問に対して「あてはまる(非常に+まあ)」と回答した割合が、20代前半・後半が他の年代より高くなっており、ネタバレ消費がZ世代に顕著であることが示されている。
これは、内容や結末が不確実であるという状況に対する耐性の低さ(ネガティブ・ケイパビリティの低さ)が表れていると見ることも可能だ。
失敗を恐れる「リスク回避路線」
ネタバレ消費と合わせて語られることの多いZ世代の特徴として「失敗を恐れる傾向」が挙げられる。これはコンテンツの鑑賞において事前にネタバレをすることで自分の好みではないコンテンツを鑑賞してしまう時間の無駄(失敗)を避けたいという点で、ネタバレ消費とも共通する部分がある。
レポートでも「何かに失敗することに強い抵抗を感じる」に対して「あてはまる(非常に+まあ)」と回答した割合は、20代前半・後半ともに4割前後であり、「非常にあてはまる」という回答は20代前半では15.8%と、50代後半の4.8%の3倍以上となった。 失敗することへの強い抵抗感も、Z世代において顕著な傾向であることがわかる。
失敗しないためにフィードバックを求める?
レポートには「自身の行動に対する他者からの評価・フィードバックを常に求める」という項目もあるが、これについても「あてはまる(非常に+まあ)」の回答が20代前半・後半において特に高かった。
失敗することに対して強い抵抗感を覚えるZ世代は、失敗を回避するため、あるいは失敗からいち早くリカバリーするために、他者からの評価やフィードバックを重視し、自己改善に取り組もうとする傾向が強いのではないだろうか。
「答えのよくわからないもの」は苦手?
Z世代が「何かに失敗することに強い抵抗を感じる」背景としては、さまざまなことが考えられる。たとえばそれは「正解(知識)の暗記」が尊ばれ、画一的・同調主義的風潮の強い日本の教育システムかもしれない*。
学習において必要とされる知識を教師から児童・学生に対して一方通行で伝達し、伝達された知識の定着を測るために試験を行う。試験には正解があり、あらかじめ設定された正解以外は認められない。
正解から外れることは不利であり、また決められたことをクラス全員で一様に取り組むことを尊ぶ学校という環境では高い同調圧力が生まれやすい。そうした状況では、リスクを恐れずに新しい方法に挑戦しようという考えは生まれにくいのかもしれない。
*令和3年1月26日 中央教育審議会「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)
レポート内の「答えの用意された問題を解く方が好きだ」という項目でも、「あてはまる(非常に+まあ)」の回答が20代前半・後半において高くなっている。不確実・曖昧な状況を避けるような傾向は、ネガティブ・ケイパビリティの低さとの関連を想起させるものだ。
年代が下がるほど「答えの用意された(正解の決まっている)問題を解く方が好きだ」という傾向が高くなっている点は、かつては望ましいものとして尊ばれた正解主義的、画一的な教育システムが時代の変化に対応できず、リスクを回避し失敗を過度に恐れる人々を引き続き生み出し続けているという状況を示しているのかもしれない。
AI時代に必要な「リスクを取る勇気」
生成AIが爆発的な勢いで人々の生活やビジネスのあり方を変えようとしているが、「正解(知識)の暗記」は人間よりもAIの方がはるかに得意であり、人間としてそのスキルに頼り続けることは、AIに自身の仕事を代替される可能性を高めることにもつながる。
北海道大学特任助教で、SFプロトタイプの専門家である宮本道人氏は、以前マイナビキャリアリサーチラボのインタビューにおいて「AIでなく人がすべきことの1つが『リスクを取る』ことである」と語った。
たとえばある会社で会議をしているとしましょう。いま目の前に2つのプロジェクトがあって、1つは「社会がものすごく良くなるイノベーションを生む可能性を秘めている一方、失敗すれば約50%の確率で会社は潰れる危険性があるプロジェクト」、もう1つは「社会に革新的なイノベーションはもたらせないものの、ある程度の利益が見込めて失敗の可能性も少ないプロジェクト」だとします。ここで前者のプロジェクトを採用するというリスクを取れるかどうかが、イノベーションの鍵ではないでしょうか。個人的には、もっと気軽に失敗できる社会になってほしいと思いますし、それこそAIがその後始末やアフターフォローをしてくれたらいいですよね。
「AI時代に生まれる新しい仕事とは?SFプロトタイピングで考える労働・雇用の未来―SFコンサルタント 宮本道人氏」
失敗を過度に恐れる状況では、イノベーションを生むために必要な挑戦も生まれにくい。失敗を恐れ最適解のみを求めようとするマインドから変化し、正解のない課題を通じて問題解決へのアプローチを自ら発見、時に失敗を恐れずにその方法に挑戦し、自ら答えを生み出すようなマインドがAI時代に求められているのではないだろうか。
そのような人材を増やしていくための方法の1つとして、たとえばキャリア教育などでPBL(Project Based Learning=課題解決型学習)をさらに推進し、初等教育などより低学年時から児童・学生の課題発見・解決力を養っていく、ということも考えられよう。
さいごに
筆者は主に新卒採用領域の調査・研究を担当としているが、学校教育や試験・テストのように正解が用意されている状況と比較した際、正解を自分で見つけ出す必要があり、決められた解法があるわけでもなく、将来が見通せない不確実な状況に身を置くことを余儀なくされることの典型例として大学生の「就職活動」が思い浮かんだ。
ネガティブ・ケイパビリティが他の年代よりも低く、不確実で曖昧な状況に身を置くよりも正解の用意された問題を解くことを好むZ世代が、この就職活動という不確実性の極致のような状況に直面した際に、大きな戸惑いや不安、ストレスを感じることは想像に難くない。
しかし、ここで1つ思い出してほしいのは、Z世代は「他者からのフィードバックを常に求める」傾向が強いという点だ。フィードバックを求めることは、反省点(課題)を発見し、自己改善・軌道修正につなげていく上で非常に重要となる。
キャリア教育の1つとしてインターンシップがあるが、インターンシップにおいては参加後の振り返り・フィードバックが重要となるという言及もなされている。フィードバックを強く求め、ひたむきに内省と前進を重ねていく姿勢は、VUCAの時代を生きていくZ世代にとって、キャリア選択やスキルアップの面で大きな武器になっていくのではないだろうか。
マイナビキャリアリサーチラボ 研究員 長谷川洋介