マイナビ キャリアリサーチLab

老後キャリアの需要と供給

栗田 卓也
著者
キャリアリサーチLab所長
TAKUYA KURITA

前回のコラムでミドルシニア世代と一部シニア世代も含む40~65歳正社員を対象に、老後の働き方について9割を超える人に就労意思があり、年収が下がっても働いてもよいとする就労意思があること、預貯金や年金といったお金の観点から、約6割の人は何らかの労働を継続する必要がありそうな状況にあることを紹介した。

そこで今回は老後の働き方において、現在有している自分の知識や経験と企業ニーズの関係性、またリスキリングを通じて新たなスキルの習得意思やその準備状況について、調査結果を踏まえて記載した。

自らの知識や経験に市場価値はあるのか

シニア・シルバー人材が社会人経験で得た知識や経験とは?

まず初めに「これまでに社会人経験を経て得たと思える知識や経験」を40~65歳正社員を対象に複数回答で回答してもらった結果※1、「その他の知識や経験」が25.5%でもっとも多く、次いで「管理職の知識や経験」(23.4%)、「庶務・総務系の知識や経験」(16.5%)、「IT/プログラミング・DX系の知識や経験」(14.5%)という回答が上位に挙げられた。

やはり管理職経験を挙げる人が一定数いることが改めて確認された。続いて、この知識や経験は企業ニーズと合致しているのかを確認してみたい。「企業人材ニーズ調査2023年版」で同様の選択肢を使って「どのような知識や経験を有していれば、社外のシニア人材(55~64歳)やシルバー人材(65歳以上)として雇用したいと思いますか」という質問を企業の人事担当2,202名に行っている。

結果、「いずれのスキルを有していても雇用しない」が30.6%と、3割の企業はシニア・シルバー人材に門戸を開いてないことがわかっている。一方で、7割の企業は何らかの知識やスキルを有していれば採用したいという意向を示しており、シニア・シルバー人材に門戸を開いている7割の採用担当者に、シニア・シルバー人材が持っていたら雇用したいと思う知識や経験を聞いた結果と、実際に就業者が持っている知識や経験を比較してみた※2。【図1】

シニア就業者が有していると思う能力と企業がシニア人材として雇用したいと思う能力
【図1】シニア就業者が有していると思う能力(n=868名)と企業がシニア人材として雇用したいと思う能力(n=1,860名) / 出典:人生100年時代のシニアキャリアに関する調査(2024年4月調査)※1「上記の中にはない」を除く868名で集計、※2「いずれのスキルを有していても雇用しない」を除く1,860名で集計

企業がシニア・シルバー人材に求めているもの

企業ニーズの高い順に配列してみたところ、比較的企業ニーズと就業者の実経験がマッチしているのは「管理職としての知識や経験」で共に2割を超えている。管理職としてのマネジメント経験は企業でも一定割合需要が高いことが改めてわかった。

続いて企業ニーズが高いのは、売り上げの源泉となる「営業・販売促進系の知識や経験」(23.3%)や、業種に関わらず各企業の原価部門で求められる専門的な知識や経験である「人事・労務管理の知識や経験」(21.8%)、「経理・会計の知識や経験」(19.0%)、「法務・コンプライアンスの知識や経験」(18.0%)などが上位に挙げられている。

また、昨今取り沙汰されることが多い「IT/プログラミング・DX系の知識や経験」(18.0%)も高い需要がある。このあたりの知識や経験は、就業者側の経験保有比率が低いことを考えると、就業者の経験年数や専門性の習得度などにも影響されるが、一定経験を有していれば、比較的就業しやすいスキルと言えるだろう。

一方、「庶務・総務系の知識や経験」は企業ニーズでも中位の11.5%に対し、就業者では2番目の経験値となる16.5%となっており、需要と供給が逆転している。このような場合は、就業機会拡大の為にリスキリングなどを検討した方がよいだろう。

シニアの6割はリスキリングの意向あり

ではこの年代にリスキリングの意向がどの程度あるのだろうか。同じ対象者に「今後リスキリングしてでも就いてみたい職種」を確認してみた結果、「わからない・リスキリングしてまで就きたい職はない」が33.8%だったので、6割強の人は何らかの職種に対してリスキリングの意向を持っていると考えられる。

年代別に比較してみると、40~50代前半までは7割近い人が何らかの職種にリスキリング意向を持つ一方で、50代後半から60歳前半は6割前後と、ややリスキリングに消極的な姿勢がみられる。【図2】

リスキリングを望まない理由として「必要性を感じない」(27.9%)や「面倒くさいから」(26.0%)に次いで、「年齢的に活かせる期間が短いと思うから」が23.2%と高くなっている。【図3】

【図2】リスキリング意向の有無(n=1,250名) / 【図3】リスキリングしたくない理由 (n=423名) 
/ 出典:人生100年時代のシニアキャリアに関する調査(2024年4月調査)
【図2】リスキリング意向の有無(n=1,250名) / 【図3】リスキリングしたくない理由 (n=423名)
/ 出典:人生100年時代のシニアキャリアに関する調査(2024年4月調査)

特にリスキリングにやや消極的な姿勢がみられる50代後半から60歳前半では、「必要性を感じない」と「活かせる期間が短い」という回答が高めに出ている。体力や気力の問題もあるだろうが、定年退職が近づいてくると、新しいスキルや知識を学ぼうとする前向きな意識が醸成しづらいと予想される。

しかし、本来は早い時期に老後まで活かせる自分なりのスキルを見出すことで、老後のキャリアを自由に設計しやすくすることもできるはずだ。そこで次は、リスキリングしてみたい職種にフォーカスしてみたい。

とはいえ7割はまだ準備をしていない

ではこれらの職種に対してどの程度、リスキリングの準備を進めているのだろうか。何らかのリスキリングの意向がある人に実際に準備の進捗状況を聞いたところ、70.2%の人は「特に何もしていない」と回答している。

ミドルシニア世代と一部シニア世代も含む40~65歳正社員全体でみると、リスキリング意向がない人が3割、意向はあるが準備をしていない人が5割、意向があり何らかのアクションを起こしている人が2割ということになる。40代以上の年齢でも、5人に1人は将来に対する投資行動を何らか実行しているという点では、期待が持てる数字と言えるのではないだろうか。

リスキリングへの準備としては「準備に向けた情報収集」(8.4%)や「資格対策本や専門書の購入」(8.0%)、「社内の研修制度を活用して勉強」(7.2%)などの割合が高い。また「すでに準備が完了している」とする回答も9.1%あり、リスキリングを半ば終えた人たちも一定数いることがわかる。

年代別に比較してみると、40代は比較的社内の研修制度を活用してリスキリングに取り組む割合が高く、50代は準備そのものを行えていない割合が高いが、同時に50代後半から60代前半では準備が完了している割合が他の年代より高く、役職定年や定年を機に、準備をしっかり進めた人と、その前後で悶々としたまま足踏みをしている人に分かれるような結果となっている。【図4】

リスキリングしてでも就いてみたい職種への準備状況

【図4】リスキリングしてでも就いてみたい職種への準備状況(n=1,069名)
/ 出典:人生100年時代のシニアキャリアに関する調査(2024年4月調査)

リスキリングしてでも就いてみたい職種は「総務・業務」

先程の設問でリスキリングしてでも就いてみたい職種を最大5つ選択してもらった。結果、もっとも要望の多かった職種は「総務・業務」で8.3%。続いて「営業・代理店営業・営業育成指導」(6.2%)、「医療・看護・介護・福祉」(5.4%)、「財務・経理・会計・税務関連」(5.3%)、「営業企画・販売促進」(4.6%)となっている。

トップの「総務・業務」は先程示した企業側のニーズとしてはさほど高くない為、リスキリングしてもミスマッチを引き起こす可能性が高いので注意が必要だ。トップ10を見ると、現場で体を動かす職種より専門知識や経験を活かす職種が多い。

年代別で見ると「営業企画・販売促進」や「教師・教育関連」など、50代後半から60代前半で高い。特に女性は「総務・業務」や「財務・経理・会計・税務関連」「人事・採用・労務」などを希望する割合が高く、リスキリングしてオフィスワークを望む傾向がみられる。

またデータの詳細を見ると地方在住の女性で「医療・看護・介護・福祉」が8.6%と高く、地方で仕事に就く為には、オフィスワークより医療・介護施設で働けることを望む傾向がみられる。【表1】

リスキリングしてでも就いてみたい職種
【表1】リスキリングしてでも就いてみたい職種(上位抜粋)/ 出典:人生100年時代のシニアキャリアに関する調査(2024年4月調査)

仕事探しの条件

ミドルシニア/シニア層のアルバイト調査(2024年)」で仕事探しの条件を聞いており、非正規に限定されるものの、シニアの就業先選択理由では「自宅から近い」「年齢に関係なく活躍できる」「シフトの融通が利く」などが挙げられている。

また希望する職種では男性は「軽作業」、女性は「オフィスワーク・事務」などできるだけ体の負担が少ない職種を希望する傾向がみられる。リスキリングにおいても、これらの条件を満たせるようなスキルの習得を目指していると考えられる結果となっている。

リスキリングしたい職種別の準備状況

続いてリスキリングしてでも就いてみたい職種に対する準備状況を希望の多かった職種中心に見てみると、もっとも希望の多かった「総務・業務」は準備割合が26.9%と低く、希望はすれども具体的なアクションに至るほどの熱量は感じられない。

同様に「電気・電子・機械・半導体製造」(30.6%)や「公共サービス」(31.4%)なども低かったが、このあたりの職種は具体的にどのような準備をすればよいのかわからないという可能性も考えられる。一方で「医療・看護・介護・福祉」(34.3%)や「SE・プログラミング」(38.9%)、「教師・教育関連」(40.0%)などは準備比率もそこそこ高く、且つすでに準備が完了している割合も他より高い。

これらは資格が必要になる職種なので、準備も進めやすかったと想像される。このように職種によって進捗はまちまちだが、資格が必要な職種や専門性の高い職種は学習が進む傾向にあり、リスキリングで何を学べばよいか漠然としている職種は準備が遅れる傾向がみられた。

近年は社内人材に対してリスキリングを推奨し、人材活用を活発化される動きも増えてきている。このあたりは企業側も必要な知識やスキル経験、若しくは有用な資格を明示することで、取り組みを早められるのではないだろうか。【表2】

出典:人生100年時代のシニアキャリアに関する調査
【表2】出典:人生100年時代のシニアキャリアに関する調査(2024年4月調査)

まとめ

今回はミドルシニア世代と一部シニア世代も含む40~65歳正社員の老後の働き方において、現在有している自分の知識や経験と企業ニーズの関係性、及びリスキリングを通じて新たなスキルの習得意思やその準備状況を確認してみた。

現状、企業の7割はミドルシニアやシニアの雇用に関して雇用の門戸を開く意思があり、望むスキルや経験は「管理職としての知識や経験」や「営業・販売促進系の知識や経験」などで需要が高いことが示された。

このように自らのスキルや経験がどの程度市場価値を有しているかを把握しておくことは、今後のキャリアを考える上で重要なことだ。これまでの経験が活かせるのであれば、更なる精進を積むという判断もできるし、自分の経験が総じて市場価値が低いと判断できれば、リスキリングを検討することも可能だ。

但し、このような調査で示せるのは職種や業種に関する需要程度で、一個人の判断材料としては、やや漠然としたものしか提示できない。市場価値を個人単位でより詳しく知りたい場合は、近年各社で解禁されつつある「副業・兼業」などの仕組みを通じて、自らの知識やスキルの需要を把握する方法もある。

実際に依頼主の要求にどこまで応えられるか、結果としての報酬は自身の希望報酬とどの程度乖離が生まれるのか、体験してみることでわかることは多い。副業兼業が許可されていない場合は、紹介会社への登録を行い、自分のスキルの棚卸しと市場価値を理解することも可能だ。シニアになる前に、自身の可能性を把握できる機会があれば、ぜひチャレンジしてほしい。その上で、リスキリングの必要性を検討してみるのはどうだろうか。

今回の調査でも50代のリスキリング意向は他の年代と比べて低めであったが、人生100年若しくは70歳を終えても働くことを視野に入れるならば、十分に投資した時間や費用を回収できるだろう。個人的にも、人生100年時代というだけでなく、人口減少を伴う日本の雇用を考えると、たとえ定年を迎えたとしても、体が元気なうちは負担を軽減しながら柔軟に働くシニアが増えた方がよいと考える。

この負担軽減というのがなかなか難しいが、働き方が多様になっている現代では、老後キャリアの選択もまた多様な選択が可能になるだろう。最終回となる次回は副業兼業への考え方や、それ以外の多様な働き方についてもミドルシニア・シニア世代の考え方を確認しつつ、これからのシニアのキャリア形成に関してまとめてみたい。

マイナビキャリアリサーチLab所長 栗田 卓也

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