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より良い「失敗」を増やすために~組織の「真面目」すぎるメンタルモデルを緩和する方法~

神谷俊
著者
株式会社エスノグラファー代表取締役 バーチャルワークプレイスラボ代表
SHUN KAMIYA

今回のコラムでは、失敗をテーマに扱います。みなさんと一緒に失敗の効能と課題について考えたいと思います。

経営学では、以前より企業活動における失敗の重要性が説かれてきました。さまざまな領域において、失敗することの効果が主張され、推奨されてきました。より多くの失敗を、より早く発見できるかが企業の競争優位を高めると考えられています。 

他方で私たちの職場に目を向けると、失敗の位置づけは少し異なるように思います。失敗は可能な限り回避すべきものであるという信念は未だ強く、肯定的な文脈で取り上げられることは限られています。

理論的には「失敗こそが組織のパフォーマンスを高める」とされながら、実際的には敬遠されてしまう。これはどうしてなのでしょうか。本コラムでは、失敗の定義・効能を整理しつつ、失敗を意識する際に発生する心理的なハードルを解説し、それを乗り越えるための対策を提示します。

失敗とは何か?

まず、本コラムで取り上げる失敗とは、どのようなことを指すのかについて説明をします。失敗とは、期待されていた成果を下回る結果が発生した状況(※1)を意味します。端的に言えば「思ったよりうまくいかなかった(いっていない)状況」といえるでしょう。 

私たちの職場生活において「思ったよりうまくいかなかった」という状況は、頻繁に発生しています。たとえば、次のような状況です。 

  1. 新サービスがリリースされたが、想定の売り上げ推移を大きく割り込んでいる。 
  2. 戦略的なプロジェクトにおいて、期間内に目標とした進捗を達成できなかった。
  3. 会議で参加者の意見が対立し、計画していたアジェンダを完了できなかった。
  4. キャリア支援を目的とした面談で、部下のニーズを確認できなかった。 
  5. 仕事量が多すぎて常に忙しく、適切に価値を発揮することができていない。

失敗の定義には、上記の1から5はすべてが当てはまります。 

スピード感を持って膨大なタスクを遂行するビジネス現場において、これらをすべて失敗とするのは、やや非効率であるように映るかもしれません。逐一失敗として向き合っていては企業活動がままならない、という意見もあるでしょう。 

一方で、経営学においては、これらの些細なズレやイレギュラーを失敗とするからこそ、イノベーションや創造的な問題解決が生まれ、競争優位を築くことができると主張されています(※2)。本コラムもこの見地に立ちたいと考えています。 

些細な事象であっても、これらを失敗と見なし、それらを紐解きながら試行錯誤をすること。その重要性と課題について説明していきます。

失敗による“新陳代謝”

「早く成功したいなら、数多くの失敗をしよう」(※3)

これはクリエイティブな企業として知られるデザイン会社IDEOのスローガンです。未知の状況への挑戦、「現在地」や完璧主義からの脱却を伝える良いメッセージだと私は思います。IDEOのように、失敗をより多く発見し、それと向き合うことにこだわる企業がいます。まだ数は少ないものの、デザインや開発領域ではその重要性が浸透しつつあります。 

では、どうして彼らは失敗を重視するのでしょうか。このチャプターでは、失敗からはどのような効能が生まれるのかについて説明します。 

失敗の効能の1つは、ポジティブな変化を生み出すことです。失敗は、学習や創造など、既存の状態を発展的に高めていく変化を促します(※4)。より多くの失敗を発見することができれば、それによって多くの改善や開発が進みやすくなります。 

【図1】は、この“変化”をイメージするために、失敗の発見から展開されていく思考を表したものです。「うまくいかなかった」ことによって、人はどのような思考を展開するのでしょうか。 

失敗によって稼働する学習機能
【図1】

そこには、多くの問いが生まれ、思考や調査・分析が展開されていくプロセスが見出せます。

①失敗要因の探索・検証
まず、日常的な業務のなかで私たちが失敗を知覚したときに脳裏に浮かぶのは「どうしてそうなってしまったのか?」という問いです。原因を確認し、なぜうまくいかなかったのか、その要因を省察しようとします。 

目標までの想定工数の検証
現状リソースの保有レベルを確認 
さらに、その失敗をリカバリーできるかを検討するかもしれません。失敗することで発生したコストを補填しながら、設定された目標までたどり着けるのかを確認するのです。また同時に、自分のリソースにも意識的になることでしょう。リソースとは、自分のスキルレベルや情報量、時間や体力など、業務パフォーマンスの源となる要素です。失敗の知覚は、自らの資源の保有量について振り返る機会となります。

④既存アプローチの批判的検討 
⑤異なるアプローチの探索・実験 
⑥既存目標の妥当性を確認
また、これまでのアプローチ方法を批判的に検証したり、別のやり方で進めることはできないか試行錯誤したりするでしょう。場合によっては、現状の目標についても見直しを始めるかもしれません。目標と「現在地」の距離を見定め、より効果的で実現性ある目標にスイッチできないかを検討しようとする機会も多くなります。 

失敗は、多くのリフレクション(内省)を促します。うまくいかなかったことで、現状を冷静に見直すモードにスイッチが入るのです。 

さらに、状況を分析するような振り返りは、やがて批判的な思考を呼び込みます【図2】。これまでの考え方や、正しいと思っていた手段を敢えて棄却(アンラーニング)し、健全なる問題意識で効果的・創造的に考えを広げるようになることが報告されています(※5)。 

失敗の知覚が生み出す内省
【図2】

改めて強調したいことは、これらの多様な思考や学習が失敗を起点に発生しているということです。想定通りの結果を導き出すだけでは、批判的な思考をすることは難しいでしょう。「いつもの仕事」をさらに磨き上げるためには、些細な事象であったとしても失敗を見出すことが大切です。 

失敗がもたらす生産性の向上

また、失敗を早期に発見することは、生産性を高めることに寄与します。とくに「小さな失敗(early warning signs)」と呼ばれる業務プロセス早期の些細なミスを発見し、改善へと結びつけることができれば、企業はより多くのコストを節約することができるとされています。 

この点に関して、ソフトウエア開発の分野では、コンピューターサイエンスの研究者によって、作業フェーズ別に発見された失敗を補填・修正するためのコストに関する研究結果が提示されています(※6)。失敗の発見に気づくのが遅れるほどに、その修正にかかるコストが指数関数的に上昇してしまうことが分かっています【図3】。

作業段階別 修正コストの推移
【図3】

初期段階の些細なミスや軽微なイレギュラーを重視し、その修正を適宜行っていくことで、企業は生産性を改善することができるといえます。

反対に、「ちょっとしたズレ」や「行き違い」を放置すれば、大きな損失を招くリスクを含んでいます。技術情報の共有がスムーズに進まなかったことによって、結果的に市場への参入が遅れてしまうケースや、ちょっとした見落としによって大量の製品不良を生み出してしまうケースなど、小さな見落としが大きな問題へとエスカレーションするケースは多数報告されています。 

企業においてパフォーマンスを高めるためには、軽微なミスをきっかけに深く学ぶ姿勢を促すことが重要です。そのためには、より良く失敗に気づき、共有し、改善していくことが求められます。

なぜ人は失敗を忌避するのか?

一方で、失敗は見過ごされやすいことも問題視されています。目の前で失敗が発生し、それに気づいていたとしても、大きく捉えずに何となくやり過ごしてしまうのです。

主な要因は、職場のメンタルモデルにあるといわれています(※7)。メンタルモデルとは、価値判断における“ものさし”を意味します。職場社会のなかで築き上げられたルールやシステム、そして上司や同僚の言動によって構成された“ものさし”が、失敗に対するネガティブな意味づけを促していると指摘されています。

メンタルモデルのイメージをより具体的に持っていただくために、次のようなシチュエーションを例に挙げます。やや極端な例ですが、ちょっと想像してみてください。 

あなたと同じ部署に中途社員が入社をしてきました。あなたと一緒の業務に従事することになり、少しずつ業務にも慣れ始めたころ、その中途社員がミスをしました。その中途社員は「これは失敗ですね!」と悪びれる様子はありません。さらには、失敗の原因を積極的に追究し始め、その原因としてあなたの指示内容が曖昧であったことや、そのために自分が精緻に理解できていなかったこと、さらには、そもそもの手段や方法が効率的でないことなどについて指摘しました。 

さて、この中途社員に対してみなさんはどのような感情を抱いたでしょうか。みなさんの上司や同僚はどのような反応を示すと思いますか。その社員を「実に優秀だ」「なんて生産的な思考をする人材だ」と諸手を挙げて称賛する会社は稀だと思います。 

「困った新人だ」と思った人の方が多いのかもしれません。実際に、このような新人がいたら、これらの発言に対して周囲は冷ややかな反応を示す方が多いと思います。新人がいくら失敗の原因を分析したところで、それを「開き直り」や「言い訳」と意味づけ、社会性やマナーの不足を指摘するなどして、逸脱者といったレッテルを貼ってしまう企業の方が多いのかもしれません。 

どうしてか?その背景には、「新人は謙虚に学ぶ姿勢を示すべき」「先輩や上司の指示には従うべき」「ミスをしたら謝罪をすべき」「既存の手段や方法を否定するのは成果を出してからにすべき」といった暗黙の了解や、職場の常識が存在しているのかもしれません。 

当然ながら、職場における集団行動を維持するためには、規範や協働意識はとても大切です。しかし、時にそれらは失敗から学ぼうとする行為を厳しく抑制する空気感を醸し出すこともあります。 

失敗は、客観的に見れば「思ったよりもうまくいかなかった」という事実に過ぎません。ただし、これにメンタルモデルに起因する評価が下されることで、そこにネガティブな認識が生まれます【図4】。その帰結として、ネガティブな意味づけを回避したいがために、社員はうまくいかない状況を小さく扱うようになってしまうのです。 

失敗の意味付け
【図4】

失敗を活かす組織をつくるために

失敗を否定的に捉えるメンタルモデルは、どのようにして変えることができるでしょうか。当然ながら、一筋縄では進めることはできません。判断軸の根底にある価値観を変える必要があるためです。

それも職場社会全体の価値観を変革するのですから、成すべきことは多くあります。本コラムでは、どのようなポイントを押さえていくべきかについて、3点ほどピックアップしました。 

リーダーのリフレーミング

まず、もっとも重要になるのがリーダーや管理者の振る舞いです。組織におけるものさし”の構成要素として、もっとも影響力が高いものがリーダーや上司の言動であるためです(※8)。

ただ皮肉なことに、もっとも影響レベルの高いリーダー達ほど、失敗を忌避する傾向があることが報告されています(※9)。一定のステータスや評価を獲得している人材ほど、失敗によって自らのキャリアに損失が生まれることを嫌うために、自らの誤りやミスを認めにくいといわれています。 

しかし、それでは組織のメンタルモデルはいつまでも完璧主義”を脱却することはできません。改めて失敗の効果や必要性について、リーダー達が学びを深め、知性と合理性によって自らのメンタルモデルを更新していくことが求められます。 

両利き”の文化醸成

失敗は、タスクパフォーマンスを一時的に停滞させます。長期的に見れば効能はあるものの、短期的に見ればそれはコストを発生させます。それゆえに、「良くないもの」という社会的評価をされてしまうのです。 

ならば、タスクパフォーマンス以外に仕事ぶりを判断するものさし”が必要になります。失敗を良いものとして捉えるものさし”を用意することです。 

たとえば、失敗を是とするスローガンや、チームカルチャーを明文化したものなどを積極的に提示すること。タスクパフォーマンスを高めることも重要ですが、実験や失敗を通して学習を進めることも重要です。 

このような両利き(※10)”のチームを構成することで、社員はより失敗に対する防御姿勢をゆるめ、試行錯誤を重ねやすくなるでしょう。 

注意が必要なのは、パラドックスによる混乱やフラストレーションの高まりです。タスクパフォーマンスの向上と、失敗の奨励を同時に支持することは、その背景や必要性を理解していない社員からすれば、リーダーが一貫性のない態度をとっているように映ります。そして、それは時にリーダーに対する信頼を低下させてしまいます。 

タスク志向と学習志向の双方を促した際に、違和感や不満を抱える社員が出てきた場合には迅速に対処する必要があります。どうして失敗を奨励しているのか?について丁寧にその意図を説明する場を設けましょう。経営組織は、生産性も創造性も同時に求めるコミュニティです。それゆえに、矛盾したエネルギーを同時に促すことは健全な状態をつくるうえで不可欠なアクションであることを提示する必要があるでしょう。 

創造的目標を設計する

失敗を忌避する心理を突き詰めると、その背景には「ミスなく進めるべきタスクである」「成果を出して当然のタスクである」という認識が前提にあることが分かります。 

「仕事=言われたことを全うするもの」「仕事=成功させるもの」という常識があるからこそ、そこ過程で発生したミスに対して否定的な眼差しが向けられてしまうのです。個人もその「常識」に適応しようと、進行に差し障りのない失敗は報告を控えるように動機づけられます。 

では、難度が高く、失敗して当たり前のタスクだったらどうでしょうか。当然ながら、失敗を共有しやすくなります。実際に新規事業開発や新製品の開発を手掛けるチームにおいて、仕事は実験的な意味合いを帯びています。うまくいかないことが前提であり、むしろそこから多くの情報を収集できるために失敗を重視します。次の実験への糧とするスタンスで彼らは日常的に失敗と向き合っています。 

開発職以外の仕事をする人々にとって、日常業務で失敗前提の「実験」をするわけにはいきません。とはいえ、通常業務と並行して、創造的な目標((creativity goal))(※11)を設計することは可能です。うまくいく可能性が50%程度しかないような、実験的な企画やプロジェクトを立ち上げたり、新たなアプローチを試したりはできるかもしれません。 

日々の業績目標のほかに、実験目標や学習目標を用意するなどのアプローチは有効でしょう。パフォーマンスを発揮する、とは異なる文脈で目標を設定し、社員の行動をパラレルにマネジメントすることで、失敗に対する態度を緩和することができます。 

いずれにしても、失敗に対する認識や位置づけを変えていくためには多角的なアプローチが求められます。社員の声に耳を傾けつつ、強いリーダーシップを持って変革していくことが求められます。


<参考文献>
(※1)Cannon, M. D., & Edmondson, A. C. (2001). Confronting failure: Antecedents and consequences of shared beliefs about failure in organizational work groups. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 22(2), 161-177. 
(※2)Thomke, S. H. (2003). Experimentation matters: unlocking the potential of new technologies for innovation. Harvard Business Press. 
(※3)Kelley, T. (2001). The art of innovation: Lessons in creativity from IDEO, America’s leading design firm (Vol. 10). Currency. 
(※4)Maidique, M. A., & Zirger, B. J. (1984). A study of success and failure in product innovation: the case of the US electronics industry. IEEE Transactions on engineering management, (4), 192-203. 
(※5)Matsuo, M. (2019). Critical reflection, unlearning, and engagement. Management Learning, 50(4), 465-481. 
(※6)Boehm, B., & Basili, V. R. (2007). Software defect reduction top 10 list. Software engineering: Barry W. Boehm’s lifetime contributions to software development, management, and research, 34(1), 75. 
(※7)Stout, R. J., Cannon-Bowers, J. A., Salas, E., & Milanovich, D. M. (1999). Planning, shared mental models, and coordinated performance: An empirical link is established. Human factors, 41(1), 61-71. 
(※8)Tyler, T. R., & Lind, E. A. (1992). A relational model of authority in groups. In Advances in experimental social psychology (Vol. 25, pp. 115-191). Academic Press. 
(※9)Finkelstein, S. (2004). Why smart executives fail: And what you can learn from their mistakes. Penguin. 
(※10)March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization science, 2(1), 71-87. 
(※11)Shalley, C. E., Zhou, J., & Oldham, G. R. (2004). The effects of personal and contextual characteristics on creativity: Where should we go from here?. Journal of management, 30(6), 933-958. 

著者紹介
神谷俊(かみや・しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表

企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。

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