マイナビ キャリアリサーチLab

リスキリングにおける企業と個人の意識の差

朝比奈あかり
著者
キャリアリサーチLab研究員
AKARI ASAHINA

マイナビが実施した最新の調査「企業の雇用施策に関するレポート(2023年版)」「転職動向調査2023年版(2022年実績)」をみると、企業と個人ではリスキリングが必要だと考えている職種や、その職種に必要とされる能力が異なっていた。この差から生まれる問題や問題解決案について考察していきたい。

リスキリングとは

リスキリングの定義

リスキリングとは学び直しのこと。ビジネスモデルの変化や技術革新への対応を目的に、必要なスキルや知識を働きながら学習するという意味を持つ。日本では経済産業省の主導で推進されており、最近ニュース等で耳にする人も増えてきているだろう。

リカレント教育との違い

リスキリングと似た使われ方をするリカレント教育だが、リスキリングとは少し意味が異なっている。リカレント教育とは、学校教育を終えて働いている人が必要に応じて学び直し、仕事に役立つスキルを磨き続ける教育制度のこと。

リスキリングと大きく異なる点は学び方。リスキリングでは働きながら学ぶが、リカレント教育では一度退職(休職)してから学び、再度仕事に就く。また、学ぶ内容についても異なっており、リスキリングは技術革新への対応を学ぶ目的としている一方で、リカレント教育では学ぶ内容は個人の自由とされている。

今回のコラムでは、「リスキリング」の方に焦点を当ててまとめていく。

調査ではどんなギャップがあった?

マイナビでは、このリスキリングについて企業・個人それぞれに調査を行った。企業の回答者は、2022年に中途採用業務を担当しており「採用費用の管理・運用」に携わっている人事担当者。個人の回答者は正社員として働いている20代~50代の男女のうち、2022年に転職した人となっている。

リスキリングが必要だと考えられる職種にギャップが

企業から見てリスキリングが必要な職種は「営業」、 個人がリスキリングが必要だと考える職種は「管理・事務」だった。上位職種にかぶりはあるものの、個人では「営業」は3位となっており、認識が異なっていた【図1】。

リスキリングの必要性が高い職種/リスキリングコラム
【図1】企業・個人それぞれに聞いたリスキリングの必要性が高い職種
企業の雇用施策に関するレポート(2023年版)」「転職動向調査2023年版(2022年実績)」より作成

各職種に必要だと考えられるリスキリング内容にギャップが

企業には「リスキリングが必要な職種それぞれについて今後必要だと思う能力」を、個人には「経験または希望している職種について今後必要になりそうな能力」を聞いた。

結果は、企業は「営業にプログラミング能力、事務にはビッグデータの分析処理能力」が必要だとする回答がもっとも多かった【図2】。個人は「営業にビジネス課題を設定・解決する能力、事務には情報セキュリティ能力」が必要だとする回答がもっとも多く、企業と個人で違いがみられた【図3】。

必要だと思うリスキリング内容(職種別)/リスキリングコラム
【図2】企業に聞いた必要だと思うリスキリング内容(職種別)
企業の雇用施策に関するレポート(2023年版)」より作成
今後必要になりそうな能力/リスキリングコラム
【図3】個人に聞いた今後必要になりそうな能力(経験・希望職種別)
転職動向調査2023年版(2022年実績)」より作成

企業でもっともリスキリングが必要だと回答されていたのは営業職だった。従来の営業職は顧客のニーズをヒアリングし、社内外の技術部門と調整を行ってサービスを提供する場合が多かったと考えられる。営業職にIT系能力をつけることで、サービスの提案にスピード感を持たせて生産性を高めたいと考える企業が増加しているのではないかと推察する。

個人には理解度が高い職種に対して今後必要になりそうな能力を聞いている。営業職を経験・希望している人が考える今後必要になりそうな能力に「プログラミング能力」は多く挙がらず、「ビジネス課題を設定・解決する能力」「語学力」「デジタルマーケティング能力」といった現在の業務の延長線上にある能力が必要になると回答する人が多かった。

将来の労働移動に影響も?

企業と個人でリスキリングへの認識にギャップがみられているが、このギャップは労働移動に影響する可能性がある。労働移動とは、人が地域、産業、職種間で移動することを指す。過去には産業の発展に伴って農業から工業へ人が移動したが、このような労働市場における労働力の移動を労働移動という。現代においても、技術革新をはじめ複合的な理由で労働移動が必要とされており、移動を円滑にするための施策のひとつとしてリスキリングが推進されている。

リスキリング推進の背景にはビジネスモデルの変化や技術革新への対応があるため、企業で不足している能力や職種が個人に伝わっていないと、人員不足の仕事と飽和している仕事の調整に更に時間がかかってしまうだろう。また個人がニーズが高いと考えて得た能力が実はそこまでニーズが高いわけではなかった、など個人の高いモチベーションが最大限に活かされなくなってしまうことも考えられる。

ギャップが生じる原因は?

原因は何点か考えられるが、第一として、そもそも企業内で今後必要になる能力の棚卸しが不十分であることが考えられる。市場が変化していく中で、今後自社の人材に必要になる能力について細かく把握する必要があるだろう。

次に、企業内で必要な能力について、なぜ必要なのか説明が十分にできていないことが考えられる。社内外で研修機会を設けていても、その研修の必要性をきちんと説明できていなければ研修の質は下がってしまうだろう。

また、必要な能力を身に付けた場合、キャリアへどうつながるかが不明瞭であることや、報酬設定が不十分であることも考えられる。新たな能力を身に付けるには、大きな労力が必要となる。技術革新についていけるような高度な能力ならなおさらだ。大きな労力をかけても新しい能力を身に付けるほうがメリットはあると個人が思えるよう、リスキリング実施者へのキャリアの提示や待遇改善に検討が必要となるだろう。

「日本人は成長意欲が低い」は本当か?

大学生・低学年

日本人はそもそも成長意欲が低いのでリスキリングが進まないのではないか、と考える人もいるかもしれないが、著者は「日本人は成長意欲が低い」という認識があるのはいわゆる日本型雇用の影響が残っているためだと考えている。

マイナビが2022年に行ったライフキャリア実態調査では、自己啓発をしていない割合が全体で約8割だった【図4】。「就業者(正規)」いわゆる正社員で働いている人のみに絞ってみると、約6割が自己啓発を行っていないと回答している。

自己啓発を行っていない人に対してその理由を聞くと、もっとも多かったのは「やろうと思わない」だった。お金がない、時間がない、機会がない、などの具体的な理由ではなく、漠然とやりたくない、という理由が圧倒的に多かった。就業者(正規)に絞ってもこの傾向は変わらない【図5】。

一方で、2022年に転職した人の中で、今後必要になりそうな能力を具体的に挙げられた人は、約半数は何らかのリスキリングを行い、今後行いたいと回答した人も合わせると約8割がリスキリングに積極的だった【図6】。つまり、成長の必要性を感じている人は積極的に自己研鑽をしているということだ。

この差から、日本人は成長意欲が低いのではなく、成長の必要性を感じている人が少ないのではないかと考えられる。日本型雇用では、年齢や在籍年数によって自動的に昇給する仕組みがあったり、ジョブローテーションなど会社の指示によって異動があるためにキャリアが不明瞭で、今後必要になりそうな能力の予測がつきにくかったりなど、大きな労力をかけてリスキリングを行うメリットを感じにくい状況だったと考えられる。

自己啓発活動を行ったかどうか/リスキリングコラム
【図4】自己啓発活動を行ったかどうか(労働状況別)
ライフキャリア実態調査より作成
自己啓発を行わない理由/リスキリングコラム
【図5】自己啓発を行わない理由
ライフキャリア実態調査より作成
必要だと考える能力それぞれについて、リスキリングを行ったか/リスキリングコラム
【図6】必要だと考える能力それぞれについて、リスキリングを行ったか
転職動向調査2023年版(2022年実績)」より作成

今後どうしていけばよいか?

企業では今後必要になりそうな能力の棚卸しを行い、研修を実施したり、リスキリングの必要性について社員と対話を行ったり、必要になる能力を実際に持っている人への評価を高めたり、キャリアプランを選択できる仕組みを作ったりと、さまざまな対応をしていく必要があるだろう。ポイントは、いかに成長の必要性を感じてもらえるかだ。

個人は、自身がやりたいこととプラスして、会社が必要としていることについて調べ、それらが重なっているスキルを身に付けるようにしてみてはどうだろうか。現在の仕事と全く関係ない能力を得るのも良いが、自分の仕事を見返して、必要ない業務や効率化できそうな業務を整理し、今の仕事に活かせる新しい能力を身に付けるのもお勧めしたい(これをアンラーンと言う)。

このようなことを実施していけば、人手が飽和してしまう仕事から不足する仕事への移動がスムーズに進み、個人も、自主的にキャリアを形成できる人が増えていくだろう。また、企業が必要としていることがわかり、スキルを身に付ける個人は賃金も増加させていくことができるだろう。

キャリアリサーチLab研究員 朝比奈 あかり

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