マイナビ キャリアリサーチLab

全国最低賃金が2年連続で過去最大の引き上げ
物価高・社会保険適用拡大もある中、働く人は楽になるのか?

関根 貴広
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
TAKAHIRO SEKINE

2022年8月、すべての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされ、全国加重平均額は31円引き上げの961円となった。昨年度の28円の引き上げに続き、1978年に目安制度(※)が始まって以降、2年連続して最高額となっている。

長引くコロナ禍や国際的な原材料価格の上昇などによる物価高騰の中、アルバイトで働く人など、労働者にとってはポジティブな出来事だ。

一方で、企業側から見れば、原材料の高騰・社会保険適用拡大・コロナの影響下で、人件費コストも大幅な増加が重なることは、悩ましいだろう。

今回は、アルバイト情報サイト『マイナビバイト』に掲載された求人データをもとに作成した「アルバイト・パート平均時給レポート」、非正規雇用市場の動向を定点で捉えた「非正規雇用市場における採用・求職動向レポート(22年5-6月)」「非正規雇用に関する求職者・新規就業者の活動状況調査(22年7-8月)」をもとに、2年連続で行われた過去最大の最低賃金引き上げにより、働く人の生活や仕事は楽になるのか?について、私なりの考えを書いてみようと思う。

※目安制度:地域別最低賃金の全国的整合性を図るため、中央最低賃金審議会が毎年、地域別最低賃金額改定の「目安」を作成し、地方最低賃金審議会へ提示している。また目安は、地方最低賃金審議会の審議の参考として示すものであって、これを拘束するものでないこととされている。

最低賃金改定を前に全国平均時給は下落傾向。多くの企業で予想外となった2年連続の最大引き上げ

新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言の影響もあり、アルバイト平均時給は21年5月まで、20年の年間平均である1,100円程度で推移をしていたが、宣言が解除された6月になると、経済活動再開への期待感からか平均時給は上昇に転じた。その後、21年7月に再度緊急事態宣言が出されたが、同時期には最低賃金改定の過去最大幅での引き上げが示されたこともあり、大きく下落することもなく上昇傾向で推移した。

22年の直近の状況では、前年にみられた6月以降の上昇の動きはみられず、22年5月の1,147円の過去最高額の更新以降は下落傾向で推移している。【図1】

マイナビバイト掲載求人の全国平均時給推移/出典:「2022年7月度アルバイト・パート平均時給レポート」
【図1】マイナビバイト掲載求人の全国平均時給推移/出典:「2022年7月度アルバイト・パート平均時給レポート」より

これは最低賃金改定額目安の公表が8月にずれ込んだことや、2年連続での過去最大幅での引き上げを、多くの企業が予想していなかったことが起因していると考えられる。【図2】

企業人事担当による22年10月の最低賃金改定率の予想 (22年7月初旬に聴取)/出典:「非正規雇用市場における採用・求職動向レポート(22年5-6月)」
【図2】企業人事担当による22年10月の最低賃金改定率の予想 (22年7月初旬に聴取)/出典:「非正規雇用市場における採用・求職動向レポート(22年5-6月)」より

全国過重平均961円未満の求人割合が高い職種は[アパレル・ファッション関連]が約5割でトップ。その他、飲食・フード等の割合も高く、最低賃金改定の影響大

最低賃金は都道府県ごとに異なることをご存じの方もおられると思うが、22年10月の改定後の最低賃金は青森県や沖縄県など10県の853円が最も低く、東京都の1,072円が最も高くなっており、最低賃金にも地域差が存在する。メディアなどで良く見聞きする全国平均961円とは、全国の最低賃金を都道府県ごとの労働者数で重みづけした過重平均となっている。

この最低賃金額に地域差があることを踏まえた上で、職種別の最低賃金改定の影響度合いを計るため、22年7月時点でマイナビバイトに掲載中の求人において、全国加重平均961円未満の求人件数の割合を算出し職種別に比較してみた。

まず、基準となる全国の全職種合計では22年7月掲載中求人の23.2%が961円未満となっており、この23.2%より高い割合の職種ほど、最低賃金改定による影響が大きい職種と考えられる。その職種は 「アパレル・ファッション関連(48.5%)」 「警備・清掃・ビル管理(38.3%) 」 「飲食・フード(36.6%) 」「販売・接客・サービス(36.3%) 」「エステ・理美容(26.7%) 」「レジャー・アミューズメント(23.4%) 」の6職種で、比較的に専門知識や技術を必要としない時給単価の低い職種が多い。これらの職種を募集する企業においては、とくに最低賃金改定の影響が大きいと考えられる。【図3】

全国過重平均961円を基にみる、最低賃金改定による職種別の影響度合い
【図3】全国過重平均961円を基にみる、最低賃金改定による職種別の影響度合い

アルバイトで働く人が物価高により、新規求職活動や労働時間を増やす必要に迫られる可能性が

次に、物価高が労働者にどのような影響があるのかを、22年7月時点までの「消費者物価指数(総合)」とマイナビバイト平均時給の月次推移から考察してみる。

すると、消費者物価指数が右肩上がりであることに対し、マイナビバイトの全国平均時給は、直近3ヶ月間は下落傾向で、棒グラフと線グラフの間の幅が広がっていることがわかる。【図4】

】消費者物価指数(総合)の推移と、マイナビバイト全国平均時給の月次推移/総務省統計局「 2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)7月分」を参照しマイナビで作成
【図4】消費者物価指数(総合)の推移と、マイナビバイト全国平均時給の月次推移/総務省統計局「 2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)7月分」を参照しマイナビで作成

消費者物価指数が上昇しているということは、労働者の生活支出は増加し、一方で、平均時給が下落傾向にあるということは、賃金収入は増えていないと考えられる。

この先さらに物価上昇スピードが増し、平均時給が横ばい程度で推移することになると、労働者の生活収支のバランスは変化することになる。特に最低賃金に近いアルバイトで生計を立てる就業者などは、現在の生活収支のバランスを保つため、労働時間を増やしたり、新しく求職活動を行う必要に迫られる可能性が高まるのではないだろうか。

また一方では、同時期に改正される「社会保険適用拡大」に視点を移すと、非正規雇用の仕事を探す人の4割超が住民税や社会保険料を負担しないように、収入や就労時間に制限を設けている。

特に主婦層では、「就労時間・収入に制限を設けている」という回答が6割に迫っており、社会保険料の負担により可処分所得が減ることを嫌厭し、働く意欲の低下を招く可能性も考えられる。【図5】

非正規雇用の仕事の就労時間・収入制限を設けた働き方の実施状況/出典:「非正規雇用に関する求職者・新規就業者の活動状況調査(2022年7-8月)」より
【図5】非正規雇用の仕事の就労時間・収入制限を設けた働き方の実施状況/出典:「非正規雇用に関する求職者・新規就業者の活動状況調査(2022年7-8月)」より

「物価高」×「最低賃金大幅引き上げ」により、企業が行う施策は「正社員のスキル向上」が最多、次いで「非正規社員の削減」

一方で、様々な課題が山積している企業側ではどのような対応を検討しているのだろうか。

22年7月に行った企業向けの調査で、「最低賃金額の引き上げが行われた場合に必要だと思う施策はなにか?」を聞いた結果、対応策として一番多い回答は「正社員のスキル向上による生産性向上」、次いで「非正規社員の削減」、「設備投資の抑制」、「正社員、非正規社員の労働時間短縮」という結果だった。【図6】

<企業>最低賃金引き上げが行われた場合に必要だと思う施策/出典:「非正規雇用市場における採用・求職動向レポート(22年5-6月)」より
【図6】<企業>最低賃金引き上げが行われた場合に必要だと思う施策/出典:「非正規雇用市場における採用・求職動向レポート(22年5-6月)」より

正社員の生産性を上げることを最優先としつつも、非正規社員の削減・労働時間短縮を検討する企業も多いことがわかる。

また、社会保険適用拡大については、「事業所の規模:常時500人超えから⇒常時100人超え」に変わることで、これまで社会保険の適用外であった中小規模の企業や、「勤務期間:継続して1年以上使用される見込みから⇒2ヶ月を超えて使用される見込み」に変わることで、1年未満の反復契約を行っていた企業など、これまでより多くの企業で社会保険料の負担が増加する。さらには原材料の高騰による原価率の上昇なども報道にある通りだ。

上記のように人件費の問題、社会保険適用拡大の問題、原材料高騰の問題と、これら3つにより、容易に賃金を上げる、雇用を拡大するということは難しい状況にあるのではないだろうか。【図7】

短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大【要件早見表】/日本年金機構「 令和4年10月からの短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」を参照しマイナビで作成
【図7】短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大【要件早見表】/日本年金機構「 令和4年10月からの短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」を参照しマイナビで作成

楽観視はできないアルバイト雇用の状況

今回の最低賃金の大幅引き上げは、長引くコロナ禍・物価高の状況において、労働者にとってはポジティブな出来事ではあるが、可処分所得で考えれば豊かで安定的な生活ができる、といえるほどの金額ではないだろう。

また、企業にとっては負担増の要素が重なり、今後はアルバイト採用においても生産性を重視した厳選採用や、労働時間の短縮など、非正規雇用者に対してコスト抑制を優先していくことが考えられる。

あらためて、諸外国の最低賃金もみてみると、日本においては過去最大の引き上げとなったが、国際比較でみれば決して大幅な引き上げとはいえず、さらに日本の最低賃金は低い方だといえる。【図8】

最低賃金の国際比較(G7)
【図8】最低賃金の国際比較(G7)

今後、政府による速やかな物価上昇抑制の対策が必要であることはいうまでもない、また合わせて継続的な最低賃金の引き上げ議論や、非正規雇用者に対する賃上げの議論も重要だ。

企業においては、短期的な視点でのコスト抑制だけを行うのではなく、非正規雇用者も対象とした人材育成を行うなど、雇用形態の垣根を超えた人的な先行投資を積極的に行うことで、労働者1人1人の労働生産性を高め、長期的な視点において自社の企業価値の向上となり、労働者への賃金還元にも繋がっていくのではないだろうか。

キャリアリサーチLab研究員 関根 貴広

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