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雇用・労働キーワード~現役法務が注目テーマを解説①「出向」

キャリアリサーチLab編集部
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最近よく耳にする出向とは?

コロナ禍において、「出向」という言葉をよく耳にするようになりました。

たとえば、国内航空会社では、需要の減少から大幅な減便や運休を余儀なくされ業績が大幅に悪化し、人材に余力が生じたことから、社員を他社に出向させることで人件費を削減し、さらに他業種との人材交流を実現する施策として話題となりました。

では、この「出向」とはどういったものなのか、説明をしていきます。

まず「出向」とは、端的に言うと人事異動の1つです。
通常、人事異動は自身が勤める会社の中で事業部門間を異動するケースなどをイメージされるかと思いますが、出向はその異動先が他の会社になったものです。親会社から子会社への出向がよくあるパターンです。

出向には大きく分けて2つのパターンがあり、それぞれ「在籍出向」「転籍出向」といいます。

在籍出向は、社員がもといた会社との雇用契約を維持しつつ、出向先の会社とも雇用契約関係に入る形態をいいます。この場合、社員は一定期間出向後、出向元に戻ることが予定されています。

これに対して転籍出向は、社員がもといた会社との雇用契約を終了し、出向先の会社と新たに雇用契約を結ぶ方法です。この場合、出向元との雇用契約は終了しているので、社員は今後出向先で働くこととなり、出向元に戻ることは予定されていません。

出向の意義・目的

では、出向にはどういった意義があり、何を目的として行われるのでしょうか。

在籍出向は、主に人材育成や子会社との人材交流、キャリア形成などを目的として行われることが多いです。出向者本人にとっては、出向元では経験できないような学びを得ることでキャリアアップにつながりますし、出向元の会社にとっても子会社事情に精通した社員は重宝します。冒頭で触れた航空会社で実施されたのもこの在籍出向です。あくまでコロナ禍による一時的な措置であり、コロナ禍が落ち着いた際には、再び自社で活躍してもらいたいという思惑から、この在籍出向を選択しているものと思われます。

また、コロナ禍での在籍出向の増加を後押ししたのが、「産業雇用安定助成金」という在籍出向支援制度です。

これは厚生労働省が実施している制度で、たとえばコロナ禍で経営難となってしまった企業と慢性的な人手不足に悩む企業との間で在籍出向を行うことで、出向元・出向先ともに助成金の給付を受けることが出来ます。
これまでも類似の制度として「雇用調整助成金」がありましたが、こちらの制度は助成金の給付を受けられるのが出向元のみであるため、出向元・出向先ともに助成金の給付を受けられる「産業雇用安定助成金」制度 ※ によって、コロナ禍における在籍出向の活用はより加速することとなりました。
※「産業雇用安定助成金」についての詳細は、こちらの厚生労働省HPをご参照ください。

一方、転籍出向は雇用調整の意味合いが強いです。自社での雇用が厳しくなったものの解雇は避けたい、といった場合に自社との雇用契約を終了させ、関係会社等へ出向させます。出向元との雇用契約が終了するので、会社の指示による転職、といったイメージです。

また、「高年齢者雇用安定法」により企業に求められている義務の履行を目的として利用されることもあります。
同法は、高年齢労働者の65歳までの雇用機会の確保を企業に求めています。
具体的には、定年を65歳以上に引き上げるか、本人が希望すれば引き続き雇用を継続する継続雇用制度を導入することを義務付けられています。
しかし、継続雇用制度を利用する場合でも、それまでの労働条件を維持することまでは求められていません。継続雇用先はグループ会社でも可能なので、自社での継続雇用は難しいがグループ会社にならポストが余っている、といった場合に転籍出向を利用します。

「在籍出向」と「転籍出向」の手続き上の違い

上記のとおり、在籍出向と転籍出向ではその意義や目的が異なることから、実施する際の手続きにも違いがあります。

まず在籍出向は、後に出向元に復帰することが予定されているため、社員から出向についてあらかじめ包括的な同意が得られていれば、出向を命じることが出来ます。包括的な同意は、就業規則で「社員に対して出向を命じることができる」旨を定めることで取得することができます。多くの企業ではこのような定めを設けているのです。
しかし、スキルアップが目指せるとは言っても、環境が大きく変わることで出向社員にも相当の負担が生じることから、社員に出向を命じるにあたっては、出向の必要性や出向先での賃金等についてしっかりと説明を行い、出向社員の不利益にならないよう配慮する必要があります。

一方、転籍出向の場合は、社員と出向元との雇用契約が終了することから、包括的な同意のみでは出向を命じることができず、出向社員の個別の同意が必要となります。
出向社員にとってはいわば転職命令を受けることと同じなので、出向社員が不利益を被らないよう、より厳格な手続きが求められています。
上述した「継続雇用制度」においても、当然個別の同意が求められます。しかし、定年後の再雇用ということで、通常の場合よりも個別の同意が得られやすいのです。そういった点も同制度において転籍出向が活用される理由の一つかもしれません。

派遣との比較

雇用主とは違う会社で働く、という点で在籍出向と共通した雇用形態として、派遣があります。

出向と派遣の大きな違いは、雇用契約の締結先です。これまで説明してきたとおり、在籍出向は出向元と出向先との間でにそれぞれ雇用関係を有し、出向社員は二重の雇用契約を締結している状態になります。
一方、派遣契約の場合は、派遣社員と派遣会社(派遣元)との間に雇用契約はあるものの、派遣先と派遣社員は雇用関係にはありません。雇用主は、雇用する労働者に対して賃金を支払う義務がありますが、派遣の場合は派遣先と派遣社員が雇用関係にないことから、派遣先は派遣会社(派遣元)に対して労務の提供を受けた対価を派遣料という形で支払い、給与は雇用主である派遣会社(派遣元)が派遣社員に対して支払うことになります。
また、雇用期間も異なる傾向にあります。在籍出向の場合は、1年以上の長期となることも多いですが、派遣の場合は比較的短期になることが多いです。

副業・兼業との比較

雇用契約を締結して働きながら、別のところでも働いて収入を得る、という意味では、副業や兼業も出向と共通しています。出向とこれらの働き方との違いは、別のところで働くことへの意思決定を社員が行うか、会社が行うか、という点にあります。
副業や兼業を行うかどうかは(会社が許可するかどうかは別として)社員自身が主体的に決めるものですが、出向については、手続きについての説明でも触れたとおり、通常は会社からの命令で行われるものであり、自己の判断で行うものではありません。

まとめ

今回は、コロナ禍で注目されている出向について見てきました。

特にコロナ禍での業績不振に苦しむ企業にとって、コロナ禍終息後の回復を見越して直ちに人員整理を選択したくない場合は、雇用を維持するための措置として出向を用いることは非常に有効です。

今はコロナ禍の特別措置として「産業雇用安定助成金」の制度もあり、それ以外にも公的機関が出向支援サービスを提供しています。

また、このような出向の広がりに注目して、ビジネスとして出向を扱う企業も登場しています。このような潮流は、人々の働き方に多様性をもたらす半面、企業側の都合の良い制度として利用される恐れもあり、さまざまな角度から今後も目が離せないものといえるのではないでしょうか。

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