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大学入試改革はキャリア教育を変えるのか?

羽田啓一郎
著者
株式会社Strobolights 代表取締役社長
KEIICHIRO HADA
キャリア教育連載

こんにちは、株式会社Strobolightsの羽田と申します。今は独立していますが、前職がマイナビで、キャリア教育に関する事業を約10年間やってまいりました。

今回のテーマは大学入試改革についてです。紆余曲折がある中でコロナ禍に入ってしまい、最近話題になることも少なくなりましたが、キャリア教育に大きな影響がある話題なので、この連載の中でもどこかで取り上げたいと思っておりました。

「大学入試改革」という言葉としては聞いたことがある方も、実情をご存じない方も多いのではないでしょうか。この記事で大枠はご理解いただけると思いますので、ぜひ最後までご覧ください。

大学入試改革の簡単な概略

まず、大学入試改革について簡単にまとめさせていただきます。2013年に教育再生実行会議でこれからの教育に関する問題提起があり、2021年に入試制度が変わる、という方針が2017年に発表されました。

知識基盤社会(=新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化を始め、社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す21世紀の社会)が到来する中で、新たな価値を創造していく力を育てる必要がある。そしてその社会への対応には、従来型の知識偏重型の受験では対応が難しい、という考え方があります。

「学力の3要素」と「2本の柱」

特に、「学力の3要素」(「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」)を多面的、総合的に評価する入試に転換するべく、大学入試改革においては、「2本の柱」が据えられました。

2本の柱とは、「英語民間試験の活用」と「記述式問題の導入」です。いずれも、マークシート回答のような暗記式問題ではなく、知識をベースに思考力や実践力が求められる問題形式です。これらのセンター試験を改め“共通テスト“として行われることになりました。

加えて、学力の3要素が評価できておらず、早期合格による高校生の学習意欲低下を招いているAO推薦入試については、新たなルールが設定されAO入試・推薦入試を改め、“総合型選抜・学校推薦型選抜”になりました。

詳しくはこちらの資料をご参照ください。


e-ポートフォリオ構想の出現

また、e-ポートフォリオという構想も大学入試改革の流れの中で起こりました。これは簡単にいうと「学びのポートフォリオを生徒が記録し、それを大学入試の際に提出する」という試みです。受験科目だけではなく課題探究学習やインターンシップ、ボランティア活動などの「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性等)」もポートフォリオの中に蓄積していこう、という機運が、高校の教育現場で高まっていきました。

JAPAN e-PortfolioというWebサイトも登場し、各大学で使えるポートフォリオのフォーマットも定め、採択する大学も増えていきました。

これが、大学入試改革発足時の理念、考え方です。ただし、当時の、です。現在どうなったかは後述してまいります。

大学入試改革がキャリア教育に影響を与える理由

まず、どうして大学入試改革がキャリア教育に影響するのか、についてお伝えしていきます。

以前、キャリア教育が普及しない理由についてまとめさせていただきました。必要性は多くの人が感じていても、目標設定も効果検証もしづらいため、教育現場ではどうしても優先順位が下がってしまうのです。

しかし、キャリア教育の優先順位を上げるために、大学入試改革は効果があるのではないか、と当時私は考えていました。

なぜかというと、大学の合格実績を上げることは高校、特に私立にとって重要な経営課題だからです。本来あるべき姿かどうかはともかく、大学入試に対応するような勉強が多くの教育現場で行われていたのが実態です。高校生活の出口である大学の入試が変われば、高校の教育方針も変わる。高校が変われば中学校も変わる。そしてキャリア教育を受けてきた若者が増えれば、大学の教育も変わるのではないか・・・そう思っていました。

私は前職のマイナビ時代、キャリア甲子園という高校生向けのPBL型ビジネスコンテストを立ち上げて運営してまいりました(PBLについては以前こちらにまとめています)。
私の記憶では、2016年から2017年頃、高校の先生方から「生徒が大学入試で提出するポートフォリオに記載する学びの活動が必要なので、キャリア甲子園に参加したい」という問い合わせが増えてきました。きっかけは大学入試対策であったとしても、そこでキャリア教育に触れる機会ができれば生徒たちにも学びになっていたはずです。高校生のキャリア教育は、入試制度改革によって大きく前進したと感じています。

これはビジネスの世界でも同様ですが、仕組みやルールが変わらなければ多くの人を動かすことはできません。社会人になってからの学び直しも最近は増えてきましたが、日本の教育制度における一旦の最終地点である大学の入り方が変わることによって、日本の教育全体が変わる。このような期待感を、私は抱いていました。そして、多くの関係者も同様だったと思います。

混乱を極める大学入試改革

しかし、大学入試改革は2021年10月現在、思うような進展を見せていません。高い理想と現実の壁だけでなく、タイミング悪くコロナ禍も直撃。一言でその原因を語ることは難しいですが、どんなことが起こっていたか、代表的な原因をまとめます。

e-Portfolioが頓挫した理由

まずe-Portfolio構想について。高校生の主体的な学びを記録し、それを大学受験で活用するために文部科学省はこのe-Portfolioを2019年4月に一般社団法人教育情報管理機構に運営委託しました。e-Portfolioは強固なセキュリティと安定運用が絶対必要な事業でしたが、この一般社団法人教育情報管理機構は2020年8月に運営許可が取り消されてしまいました。システム安定運用のための財源を会員大学の会費で賄う計画でしたが、思うように会員大学が集まらず財源が枯渇し、安定的なシステム運用が難しくなり、運営許可が取り消されてしまったのです。

運営母体を失ったe-Portfolioのサイトは運用を停止されることになってしまいました。

共通テスト、2本の柱の実現は困難

続いて2021年の共通テストから導入予定だった英語民間試験と記述式問題という「2本の柱」。2019年11月に英語民間試験の利用が、その翌月の2019年12月には記述式問題の導入が、採点の質を担保できないなどの問題から見送られました。その後、改めて2025年以降の導入が検討されましたが、今年7月に有識者会議は「実現は困難といわざるをえない」という提言を萩生田文部科学大臣に提出しました。

理由はさまざまあるのですが、英語民間試験では地域格差による受験機会が公平に担保できない点や、受験料の会計負担が問題になりました。そして記述式問題では約50万人分の記述問題を短期間で採点することが採点の公平性・正確性が確保できない、という問題があり、それを解決する手法が見出せませんでした。これらが「実現は困難といわざるをえない」となった主要因です。

教育現場が混乱

このように、高邁な理想を掲げてスタートした大学入試改革でしたが、紆余曲折の中で振り回されたのが教員と、受験の当事者である生徒たちです。特に難関大学の場合、高校1年生の頃から準備を始める生徒も多く、2021年に新制度がスタートすると思って準備を始めたら立て続けに改革が中止となり、結局どうなるのかが見えない状態になってしまったのです。これでは対策のしようがありません。

そして2021年10月現在、改革がどのように進んでいくのかははっきりと示されてはおりません。

理想と現実の壁を超えて、なんとか前進できないものか

企業の新卒採用や就活生、そしてキャリア教育に関わり続けている私としては、大学入試改革はぜひ実現していただきたいことです。理由は上記の通りですが、残念ながら現時点ではまだ絵に描いた餅でしかありません。

e-Portofolioも記述式問題も「これは本当にうまくいくのか?」「どうやって実現するんだろう」という声は、当時関係者の間でよく話題になることではありました。ただ、まさかここまで混乱するとは誰も思っていなかったのではないでしょうか。混乱だけならまだしも、e-Portofolioは停止、そして「2本の柱」も実現はかなり厳しそうです。

VUCAの時代、そしてコロナ禍と、これまでの当たり前が大きく変化している中、旧態然とした教育でいいはずがありません。一連の騒動の発端は2013年の教育再生実行会議における「知識偏重の一点刻みからの脱却」という問題提起でした。この問題提起自体は全く間違っておらず、むしろ時代を先読みした素晴らしい指摘だったと思います。

ただ、教育現場・生徒不在のまま関係者の議論だけで話が進み、現場の実態を踏まえた計画になっていなかったこと、そしてその難易度の高い改革の実行フェイズに入った時に強力なリーダーシップを発揮するプレイヤーもおらず、関係各所が一つにまとまらなかったことが問題の本質だと私は考えています。そしてそれは日本の縮図であり、長らく日本から世界を牽引するイノベーションが起きていないのと同質な課題だとも思います。

コロナ、経済の復興など、我々国民にとって重要な課題は多くありますが、10年20年先の日本の姿を占うためには教育が変わる必要があります。姿形は変わっても、2013年に提起された問題に対する取り組みは、終らせない。
「大学入試改革はキャリア教育を変えるのか?」という問いに対して、「変えることができる」と期待を持ち続けたいと思います。

株式会社Strobolights 代表取締役社長 羽田啓一郎氏
羽田啓一郎
株式会社Strobolights
代表取締役社長

著者紹介
立命館大学卒。株式会社マイナビにて大手企業の新卒採用支援を経て、学生向けキャリア支援プロジェクト「MY FUTURE CAMPUS」「キャリア甲子園」「キャリアインカレ」「課題解決プロジェクト」「キャリア教育ラボ」等を立ち上げ、国内最大規模までグロース。2020年に独立、株式会社Strobolights設立し、小学生から若手社会人までのキャリア支援サービスを展開。早稲田大学、立命館大学、昭和女子大学、武蔵野大学などで就活やキャリア教育の講義も担当。

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