マイナビ キャリアリサーチLab

学生を追い詰める、「やりたいことを探そう」の罪深さ

羽田啓一郎
著者
株式会社Strobolights 代表取締役社長
KEIICHIRO HADA
キャリア教育連載

みなさんこんにちは、羽田と申します。2020年に独立し、現在は小学生から社会人まで、あらゆる年代の「キャリア」に関する仕事をしており、マイナビキャリアリサーチLabでキャリア教育に関わる当事者の現場感についてコラムを書かせていただいています。

前回、キャリア教育が普及しない理由について書かせていただきましたが、今回は「やりたいことが若者を苦しめる」というお話についてです。

私はいくつかの大学で講師業をやりつつ、自分でも大学生のコミュニティの運営をしています。また私の会社では長期インターンの学生が複数人働いており、学生と近い距離で会話する機会を意識的に多く設けるようにしています。

彼ら、彼女らとの会話の中で感じるのは、大人が思っている以上に学生たちは「やりたいこと」に追い詰められている、ということです。

やりたいことが強迫観念になっている理由

「やりたいことを探そう」「やりたいことはなんですか?」

キャリア教育ではよく聞くこのメッセージ。教育に少しでも関わったことがある方なら一度は口にしたことがあるのではないでしょうか。もちろん、学生へのエールとしてご発言されていることだとは思います。

しかし、この「やりたいこと」が若者にとっては重荷になる場合があります。特に就職活動(就活)で「やりたいことが見つからない」と苦しんでいる学生は本当に多い。

就活で苦労したり思い悩んだりすること自体はある意味当たり前のことかもしれません。しかし、「やりたいことが見つからない」ことに対して極端に自信喪失をしたり、絶望的な心境になったりしているようなのです。

なぜこうなってしまうのか。私は二つ、理由があると思っています。

「好きなことで、生きていく」ことが輝いて見える世代

今の若い世代はSNSで存在証明をする世代です。Twitter、Facebook、Instagram、TikTokと媒体や見た目は変わっても、自分が生き生きと輝いている姿、様子を披露する舞台がSNSなのは変わりません。そして、他の人のSNSの投稿は実際よりも随分と輝いて見えるものです。

YouTubeの「好きなことで、生きていく」という2014年から開始したキャンペーンをご存じでしょうか。思い返せばあの頃から、会社や既存の枠組みに縛られずに自分のスタイルで生きていくことが、憧れのライフスタイルとして定着し始めたような気がします。

YouTuberと呼ばれる人たちは楽しそうに仲間達と動画を撮って大金を稼ぐ。一方でメディアを開くと「社畜」や「ブラック企業」「リストラ」という報道が目につき、「会社で働くこと」は苦行であり、やりたいことが見つからない人たちの末路のように映ってしまう。

彼ら世代には「やりたいことがある」はかっこいいことであり、「やりたいことがない私」は価値がない存在なのだ、と認識してしまう学生がいるのです。そしてSNSを開けば友人が「好きなことに没頭する青春の様子」が飛び込んでくる。どんどん自信を無くしていき、就活に突入すると企業から「やりたいことはなんですか?」と聞かれたときにうまく答えられず、不首尾な結果に終わってしまう。

こうして「やりたいことが見つからない自分はなんてダメな人間なんだ」と感じ始めてしまう学生が生まれるのです。

社会貢献に共感しなければ就職できない、と感じる学生がいる

就活支援をしている方なら思い当たる節があるのではと思いますが、学生は就活になると途端に社会課題解決などの高尚なことを語り始めます。私の繋がりのある学生約300人にアンケートで聞いたところ、「企業に面接で志望動機を語るときは、社会課題への興味を言わなければならない」と考えている学生が約50%いました。企業は採用説明会やWebサイトで「社会への革新」「社会への提供価値」などを志高くメッセージとして発信していることが多いためか、「そういう学生が求められているのだ」と感じてしまうようです。

そしてこれも、やりたいことが見つからない理由の一つなのではないか、と私は感じています。どういうことかというと、社会課題解決に主体的な使命感を持てる学生がすべてではない、ということです。

少子高齢化も、環境問題も、教育格差も、SDGsも、知識としては知っていても、そこに主体的な興味や使命感があるわけではない(あれば何らかのアクションをすでに起こしている)。

しかし、就活では企業の前でこうした社会課題に対する興味を語らなければならない、と勘違いしている。そのため、興味を持てそうな社会課題を探すのですが、心の底から使命感を持てるもの(=やりたいこと)がそれほど簡単に見つかるわけがない。

社会課題に主体的な興味を持てない学生に対する是非は本稿の主旨ではないので触れませんが、「やりたいこと=社会課題解決でなければならない」と勘違いしている学生が多い。だから「やりたいことが見つからない・・・」と自信を無くしてしまうのです。


以上二点。学生にとって「やりたいこと探し」はプレッシャーになっている理由をお話ししました。

では、そんな学生に「やりたいこと」を探させるのは、キャリア教育にとって正しいのでしょうか?私は違う、と考えています。その理由についてお伝えしていきます。

やりたいことは原体験から生まれるもの

「やりたいこと」はカタログの中から選ぶようなものではありません。何らかの原体験を経て「やりたくなっていくもの」なのが自然な状態だと思いませんか?

やったこともないのにやりたいと思える方が稀だと思うのです。だから、若者にはどんどん原体験をさせた方がいい。そのためにもインターンシップは重要ですし、就活が始まる前から社会人や企業との接点を増やすことには意味があると思います。

しかし、今の日本にそのような環境、機会が十分に用意されているとは言えません。原体験を持たない学生からしたら、見たことも触ったこともない選択肢の中から「やりたいことは何だ」と問われているのです。

就職関係者に講演させていただく機会があるとき、私がいつもするたとえ話をご紹介します。

夏目漱石は、日本の文明開花を「開かれた開花だ」と批判しました。長く続いた鎖国を解いて開国した日本ですが、それは日本文化の成熟としての内発的な開花ではなく、黒船という外的要因によって外から開かれた「上滑りの開花である」と。

この「上滑りの開花」は日本の就活に似ていると思いませんか。それまでの学生時代の経験が成熟し、その結果やりたいことに辿り着けばいいのですが、多くの学生は「就活解禁」という黒船によって慌てふためいて「やりたいこと」を無理やり見つけようとする。いわば「上滑りの志望動機」をこしらえるのです。しかも、非常に短期間で。

その結果が、若手社員の早期離職問題の一因にもなるのかもしれません。

キャリア教育にとって大切なのは「やりたいことを探そう」ではなくて、やりたいことの起点となりうる原体験の機会を用意してあげることだと私は考えています。そしてこの原体験は、早ければ早いほどいい。

たとえば、私がご支援させていただいている取り組み事例をご紹介すると、小中学生向けのプレゼンテーションコンテスト、スタートアップJr.アワードや、高校生向けのビジネスコンテスト型キャリア教育プログラム、キャリア甲子園などがあります。大学に入る前から原体験を積み、進路選択に生かして欲しいと考えています。

しかしこうなると難しいのがコロナ禍です。留学や旅行、人との触れ合いなどの経験が制限されてしまっているのが2021年現在の大学生。原体験を味わう機会がこれまでの大学生に比べて極端に少ない。そんな世代の学生たちに「やりたいことは何だ」と問うていくのは、あまりに酷だと言えるでしょう。

日本の就活は「お見合い型就活だ」と言われることがあります。できれば学生生活の日常の中であらゆる機会に出会い、自然と好きになっていく「恋愛型就活」が理想的だと思います。

今ある選択肢は、数年後になくなっているかもしれない

キャリア教育にとって「やりたいことを探そう」は違うと考える理由の二つ目です。

未来学者とも言われるトーマス・フレイは「2030年までに全世界の半分の仕事はなくなる」と2012年に予想しました。※1 AIによって人の仕事が奪われる、という言葉はよく聞きますが、実際は仕事自体が完全になくなるわけではなく、刷新されていくという考え方がより適切かもしれません。

しかし刷新されるといっても過去の仕事がそのまま残るわけではないことは事実。それなのに、今ある職業の選択肢の中から「やりたいこと」を学生が探すことにどれだけ意味があるのでしょうか?

今「やりたいこと」を見つけても、その仕事がなくなって他の仕事に変わっていく確率は高いのです。これはとても残酷ですよね。

AIによるものではありませんが、これと似た事例が最近起こりました。2020年、コロナ禍によって大手航空会社が新卒採用をストップしました。航空会社といえば学生の就職人気企業ランキングで上位に位置していた業界です。以前から憧れ、航空会社の制服に身を包んで働く自分の将来像を思い描いていた学生も多いことでしょう。しかし、いざ自分が就活に飛び込もうとしたとき、その夢は挑戦する機会すら奪われてしまった。彼ら、彼女らの絶望は想像に難くありません。

昭和の時代ならともかく、VUCAの時代(不確実の時代)と言われている現在において、「やりたいことを探す」というメッセージを発するにはそれなりの思慮が必要です。少なくとも、自分の存在価値を見失い、絶望的な気持ちになってしまうまで追い詰める必要はないのではないでしょうか。

やりたいことより、キャリアアンカーを見つけよう

以上、今回は「やりたいことを見つけさせる」ことについてお話をしてきました。誤解なきようお伝えすると、やりたいことがあること自体は悪いことではありません。何らかのきっかけでやりたいことが自然に見つかった学生はぜひその道を志してほしいと思います。

しかしそうではない学生に「やりたいことを探そう」というメッセージを発信するのは酷だ、というのが私のスタンスです。

ではどうすればいいか。私がいつも学生さんにお伝えしているのは「キャリアアンカーを発見しよう」ということです。キャリアアンカーとは、アメリカの心理学者、エドガー・シャインが提唱した考え方で、簡単にいうと「キャリアの軸」です。価値判断の基準や自分が生き生きと能力を発揮できる環境など、不確実な時代の中で所属する会社・組織が変わっても自分が仕事をしていくうえで守りたい、譲れない価値観を自覚しておこう、という考え方です。

やりたいことは見つからなくても、キャリアアンカーはそれまでの学生生活を振り返っていけば誰にでもあります。私もこれまでキャリアアンカーを探るワークショップを何度も行ってきましたが、大学3年生くらいになると誰でもキャリアアンカーとなりうるものを持っています。例えばですが、サッカーや野球などのチームスポーツに熱心に打ち込んできた学生は「仲間と一緒に何かを成し遂げることが喜び」がキャリアアンカーとなり、その結果「チームで動き、なんらかの成果を達成する仕事として広告代理店に就職したり、自己肯定感が低い反動で「自分がやったことの成果を認めてもらえること」がキャリアアンカーの学生はこれから世の中に大きなインパクトを与えるであろう業界、ということでキャッシュレス業界に就職したりしています。

このように、学生時代の日常生活の中にも、何かしらその人の「行動選択の軸」みたいなものはあります。そこから将来につなげていくのです。

ただし、多くの学生は自分のキャリアアンカーを自覚していません。それを見つけるサポートをしてあげたい。

キャリア教育で必要なのは原体験を増やすことと、その経験を通して自分を内省し言語化していくこと。この二つだと私は考えています。

職業や所属する会社はあくまで手段です。自分らしさが発揮され、一人一人が納得感を持つキャリアを歩めるように行うのがキャリア教育。

「やりたいことはなんだ?」と問い詰めることがキャリア教育ではないのです。

※1Frey and Osborne(2013),“THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS. TO COMPUTERISATION?”
Oxford Martin School Working Paper

株式会社Strobolights 代表取締役社長 羽田啓一郎氏
羽田啓一郎
株式会社Strobolights
代表取締役社長

著者紹介
立命館大学卒。株式会社マイナビにて大手企業の新卒採用支援を経て、学生向けキャリア支援プロジェクト「MY FUTURE CAMPUS」「キャリア甲子園」「キャリアインカレ」「課題解決プロジェクト」「キャリア教育ラボ」等を立ち上げ、国内最大規模までグロース。2020年に独立、株式会社Strobolights設立し、小学生から若手社会人までのキャリア支援サービスを展開。早稲田大学、立命館大学、昭和女子大学、武蔵野大学などで就活やキャリア教育の講義も担当。

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