マイナビ キャリアリサーチLab

キャリア教育はなぜ普及しないのか。現場から見えてきた課題

羽田啓一郎
著者
株式会社Strobolights 代表取締役社長
KEIICHIRO HADA
キャリア教育連載

はじめまして、株式会社Strobolightsの羽田と申します。

私は前職のマイナビ時代、大手法人の新卒採用営業として活動した後、キャリア教育の新規事業の立ち上げを行ってまいりました。現在は独立し、大学の講師やクライアントのキャリア教育コンテンツ開発、また自分でも学生や若手社会人のキャリア教育サービスを運営しています。企業の採用現場と、小学生から社会人までのキャリア教育現場に当事者として関わってきました。

その中で感じるキャリア教育の課題について、理論や理想論ではなく現場の感覚をお伝えしていきたいと思います。「キャリア教育の重要性は誰しも感じているのに、なかなか普及しない」理由がおわかりいただけるかと思います。

*記事内で小学生から高校生までを指す言葉のことを”生徒”、大学生のことを指す場合を”学生”、いずれも総称する場合を”若者”と記載しています。

「キャリア教育」に関する定義、解釈が曖昧

まずはそもそもの話ですが、みなさんは「キャリア教育」と聞いてどんな教育を思い浮かべるでしょうか。明確に答えられる人は少ないのではないかと思います。

キャリア教育

キャリア教育とは、一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育 (文部科学省 平成22年度第二次審議経過報告)より

文部科学省の定義によるとこのように言われていますが、じゃあこれってどういうことなのか?と問われると人によって解釈が分かれてしまうのです。“一人一人の社会的・職業的自立”を実現するためには何が必要か?と考えるだけでも人によって考え方が異なるはずです。キャリア教育の受け手となる若者にも、そしてその先の人生にも多様性があって当然なので、一義的な定義は難しい。キャリア教育を定義づけること自体が本来的には矛盾があるのかもしれません。

実際に教育現場に顔を出していると「キャリア教育をやらないといけないことはわかっているけど、具体的に何をすればいいのかわからない」という声は非常に多い。これは、キャリア教育についての共通言語、解釈が浸透していないからだと思います。これでは普及するはずがないですよね。

キャリア教育にコミットするメインプレイヤーが少ない

続いての問題。上記の通りキャリア教育についての共通言語がないことも関連しますが、キャリア教育を生業とするメインプレイヤーが少ない、という問題。これは一体どういうことか。若者を取り巻くキャリア教育に関連するプレイヤーごとに見ていきましょう。

学校教育関係者にキャリア教育専門の方は少ない

小学校から大学まで、キャリア教育を専門とした指導教員、職員はほとんどいないのが現状です。例えば高校では進路指導の先生、大学ではキャリアセンター職員が在学学生の進路に関する業務を行なっており、キャリア教育に隣接したお仕事をされています。

しかしそれはあくまで「高校卒業後の進路」や「大学卒業後の就職先」で実績を上げることを主目的とした組織です。大学のキャリアセンターも最近では低学年キャリア教育に取り組む学校も増えてきましたが、それでもやはりキャリアセンターのメイン業務は在学生の就職先の支援です。就職活動の対策ではなく、低学年から含めて「キャリア」についてプログラムを企画、運営することにコミットする専任の担当者がいる大学は少ないのではないでしょうか。

もちろん、教育関係の方々は短期的な進路だけでなく、在学生の人生を考えてご支援されているとは思いますが、目の前の大学進学や就職先の支援だけで手一杯になってしまっているのが現状かと推察します。

キャリア教育はマネタイズが難しく、教育・就職関連の企業が参入しにくい

ビジネスの立場から教育や就職に関わる企業も多いですが、その中でも「キャリア教育」をメインとして事業展開している企業は多くありません。

理由は明白で「マネタイズが難しい」からです。何故難しいか。これだけで一本記事が書けてしまうので詳細は割愛しますが、端的にまとめると「顧客にとって緊急度が高くない領域だから」。本来、ビジネスというものはお金を払う顧客が抱えるなんらかのニーズを叶えるサービス、プロダクトがあるものですが、キャリア教育の場合、顧客(学校、学生、企業)にとってそこまで緊急度の高いイシューでは無いと考えます。だからお金になりづらいのです。

私もマイナビ時代、2011年からキャリア教育の新規事業を立ち上げてきましたが、マネタイズの観点で捉えるとなかなか難しいものがありました。そして同時期に多数の競合他社がキャリア教育サービスを立ち上げてはそれらが消えていくのを見てきました。企業である以上、マネタイズが難しいものを持続的に拡大させていくことは難しいものです。人材を含めた事業投資をこの分野に大胆に行うことはできない。ビジネスマーケットとしては拡大しにくいのがキャリア教育なのです。

企業の採用担当はキャリア教育が主目的の組織ではない

キャリア教育の代表的な手法として民間企業へのインターンシップがあります。実際、高校生や大学生の学年不問のインターンシップ受入をしている企業も多くあります。ただ、私は企業側の仕事もしているのでよくわかるのですが、学生のインターンシップを受け入れる、というのはなかなか負荷のかかる仕事です。

「学生と関わる」という理由で、インターン受入は企業の中で新卒採用担当者が担うことが多いのですが、ただでさえ多忙な新卒採用をやりながら工数のかかるインターンシップを行うのは難しいものがある。普段学生と接しているからこそ、キャリア教育の必要性を感じる採用担当者は少なくありません。ただ、それを実際に行えるかどうかはまた別です。インターンシップを受け入れられたとしても非常に限定的な範囲で行わざるをえず、参加できる若者は少なくなってしまいます。


以上、学校教育関係者、教育/就職関連企業、企業の採用担当という各プレイヤーの観点をまとめました。念のためお伝えしておくと、私は何もそれぞれのプレイヤーを責めているわけではありません。日頃、こうした方々とは仕事をさせていただいている中でキャリア教育は構造的に難しい…、と常々感じています。

キャリア教育は即効性のある効果が見えづらい

ではどうしてキャリア教育にはメインプレイヤーがいないのでしょうか。その理由の一つに「効果が測りづらいこと」があると思います。他の教育科目と異なり、正解がないのですからこれはある意味仕方ないことでもあります。

例えば社会人講話をアレンジする、PBLを導入する、インターンシップを行う・・・など各現場では様々な取り組みが試行錯誤でなされていますが、これらを実施した上で「で、どういう効果があったのか?」となる。取り組んだものに対して効果が可視化されないことは、仕事をしていて辛いですよね。やったことの効果が数字でわからないと、組織としても評価が難しいし、次に向けた改善策を打ちづらい。キャリア教育を組織的に行うことの難しさの一つが、「効果測定が難しい」ことなのです。

教育現場は外部人材に頼らざるを得ない

教育現場でもキャリア教育導入には大きな障壁がありますが、「もっとキャリア教育をやらなければならない」という課題感は年々強まっています。ではどうするかというと、「外部人材」と呼ばれる学校外のプレイヤーに依頼することが多いです。

まだまだ民間企業経験者が教育現場には少なく、企業を含めた社会のことをしっかり伝えられる先生は多くありません。そこで、外部人材に依頼してカリキュラムの策定や生徒の指導を依頼することになるのです。ただ、ここにもまた構造的な問題があります。私自身、”外部人材”として学校法人に対してキャリア教育の企画を行う仕事も多いのですが、いつも思うのは「外部の自分がやってしまっていてはノウハウが学校の中に蓄積しないな」ということです。これでは継続して依頼コストもかかりますし学校の窓口担当者が人事異動などで替わる度にそれまでのナレッジがリセットされてしまう。外部人材の活用は学校法人の手段の一つではあるので有効活用いただきたいところではありますが、「学校内のナレッジの蓄積」は大きな課題であると私は考えています。

当の若者本人達が望んでいない

そして最後の課題。それは、教育の受け手である若者達に「キャリア教育」の必要性が届きづらいということです。幸いにも日本はまだ経済大国であり、多くの若者は遠い先の人生を考えるよりも、目の前に楽しいことがあるものです。

また、成績評価に直接影響する科目の勉強も忙しいのに、「評価がつきづらいキャリア教育」を熱心に取り組む必要性を感じない。「将来のことを考えなければならない」ということはなんとなく感じてはいても、「今やらなければならない」という緊急性を若者は感じていないのです。また、高校生や大学生たちは、将来のことを考えて積極的に発言をしていると同世代の知人達から「意識高い」と言われてしまいます。この場合、「意識高い」は揶揄のニュアンスが強く、言われる側は肩身が狭い思いをしたりクラスで浮いてしまったりすることも多い。

だから本当はプログラムに興味があっても、周りを気にして参加しづらい、という声も学生本人からよく聞きます。それでも積極的に参加する若者は志も能力値も高く、キャリア教育というよりはエリート教育になってしまう側面もあったりします。上記のような理由で、大人がいくら言っても若者がキャリア教育プログラムに参加することにはそれなりの心理的ハードルがあるのです。大学1,2年生向けにキャリア支援センターがキャリア教育に関するプログラムを用意しても、なかなか参加学生が集まらず担当者が肩を落とす、という光景をよく見てきました。

前述しましたが、キャリア教育をやっても効果測定がしづらい中、「参加人数」をKPIとして設定する場合もあります。本来的な教育効果として正しい指標とは思えませんが、それくらい参加させるのが難しいという証左であるともいえます。


いかがでしたでしょうか。この20年あまり、「キャリア教育」という言葉は常に必要性が叫ばれてきたような気がします。しかしこうしてみると、「本当は誰もキャリア教育を望んでいないのではないか」とすら思えてしまいます。

キャリア教育を生業としている私からすると四面楚歌状態ですが、キャリア教育が普及しない構造的な理由についてご理解いただけたのではないかと思います。このような現状を基本情報とした上で、次回からは私が直接見聞きしてきたキャリア教育の各現場や若者の声、事例をお届けしたいと思います。

株式会社Strobolights 代表取締役社長 羽田啓一郎氏
羽田啓一郎
株式会社Strobolights
代表取締役社長

著者紹介
立命館大学卒。株式会社マイナビにて大手企業の新卒採用支援を経て、学生向けキャリア支援プロジェクト「MY FUTURE CAMPUS」「キャリア甲子園」「キャリアインカレ」「課題解決プロジェクト」「キャリア教育ラボ」等を立ち上げ、国内最大規模までグロース。2020年に独立、株式会社Strobolights設立し、小学生から若手社会人までのキャリア支援サービスを展開。早稲田大学、立命館大学、昭和女子大学、武蔵野大学などで就活やキャリア教育の講義も担当。

                   次のコラム→

関連記事

コラム

学生を追い詰める、「やりたいことを探そう」の罪深さ

大学生低学年のキャリア意識調査(2020年12月調査)

調査・データ

大学生低学年のキャリア意識調査(2020年12月調査)

2020年度<2021年卒>キャリア・就職支援への取り組み調査

調査・データ

2020年度<2021年卒>キャリア・就職支援への取り組み調査