雇用機会均等法の施行から35年、今後20年で300万人を超える女性が定年を迎えるという。人生100年時代とも言われるなか、女性は自らのセカンドキャリアにどう向き合うべきなのか。本企画では、50歳前後の女性を取り巻く労働環境の特徴や課題を明らかにしつつ、まだまだロールモデルの少ない状況で、キャリアのシフトチェンジに挑戦しセカンドキャリアを切り拓いた女性たちの等身大の姿をレポートしていきたい。
シリーズ第1回では、厚生労働省において、長年、国の労働政策に関わり、キャリア支援、女性活躍支援、人事制度の見直しなどに取り組んできた事業創造大学院大学の浅野浩美教授にうかがったお話をお届けする。
聞き手:赤松 淳子/マイナビキャリアリサーチLab 副所長 ※所属は取材時点のものです。
左:事業創造大学院大学 浅野浩美教授
右:赤松 淳子/マイナビキャリアリサーチLab 副所長
※所属は取材時点のもの
はじめに
浅野先生ご自身について
──現在、社会人大学院生などを対象に教鞭をとられていらっしゃる浅野先生ですが、50歳で大学院へ進学されたとうかがいました。ご自身について最初に少しお話を伺えますでしょうか。
新卒で国家公務員試験を受け、厚生労働省(当時の労働省)へ入省しました。「心理」という試験区分だったのですが、男女雇用機会均等法が出来る前のことで、今と違って責任ある仕事に就く機会もそれほどなく、「定年まで勤める」というロールモデルもありませんでした。とりあえず、長く働きたいな、と思っているうちに、ここまで来た、という印象です。
最初のうちは、期待されていないな、と思うことも多かったのですが、少しずつ、世の中が変わり、子育てが一段落した頃には、何か仕事にプラスになることを学ぼうと、社労士と産業カウンセラーに挑戦しました。しかし、資格だけでは物足りなくなり、労働政策を考えるなら、もっと企業について学んだ方がいいんじゃないか、と思い、50歳から社会人大学院に通いました。
子供に勉強しろと言うのがイヤになり、それなら自分が勉強しようという気持ちもあったかもしれません。管理職として忙しい時期でもあり、仕事も面白かったので迷いもしました。一部の方に相談し、受験し、合格したのですが、それからが大変でした。国会業務や急ぎの業務が多く、また、仕事では決して手を抜かない、と決めていたので、学位取得は無理かもしれない、と思うこともありました。周りにもあまり言えませんでした。
何とか修了できましたが、そうこうするうちに、学会での理事や執筆、講演などを依頼されるようになり、大学院で教える機会などもいただきました。その都度、職場の許可を得て取り組んでいたのですが、知らないうちに、役所外のネットワークも広がり、自然な形で、いろいろなことをするようになっていました。
──今回の企画を始めるにあたり、長年「働く」という軸に携わっておられ、また自らも50代からのシフトチェンジを体験された浅野先生のお話をうかがえることは、さまざまなヒントをいただけると期待しております。
どうぞよろしくお願いいたします。
働く女性を取り巻く雇用環境
50代女性の雇用環境
──最初に、企業でいわゆる正社員として働く50歳代前後の女性たちを取り巻く雇用環境についてお聞かせください 。
厚生労働省の「令和2年高年齢者の雇用状況」によると、報告前1年に60歳定年企業において定年を迎えた者は、男性24.4万人、女性11.9万人と、女性は男性の半数弱となっています。女性の場合は、ライフステージによる変化が大きく、仕事と生活の関係も個人差が大きいので、キャリアの推移や雇用形態が多様となります。年齢別の正規雇用率の推移を男女で比較するとよくわかるのですが、女性の正規雇用率は20代前半をピークに低下していきます。
しかし、年代ごとに詳しく見てみると、定年年齢が近い50代では正規雇用率の差は男女で倍以上の開きがあるものの、40〜44歳くらいより若い世代ではその差はそこまで大きくありません。将来的に正社員として定年を迎える女性の比率は上がっていくものと考えられます。
また、厚生労働省「高年齢者の雇用状況」集計結果を見ると、60歳定年企業における定年に到達した人の継続雇用割合を見ると、わずかですが女性が男性を上回る結果となっています。正社員として定年まで勤務した場合には、その後の就業継続傾向は男女の差があまりないので、これからは、定年まで正社員として勤務し、さらに定年後も意欲的に働く女性の数は増加していくだろうと思われます。
定年まで働きたい女性の割合は?
──職場環境は整ってきたものの、現状では定年まで働きたいと考える女性の割合は低いということでしょうか ?
女性の場合は、結婚や出産などライフイベントに伴う環境変化が大きく、たとえ定年まで働き続けたいと思っていても現実的には難しいと思うことが多いからか、年代によって定年までの勤続継続意欲に違いがあるようです。下の表は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) の調査結果で、定年までの勤続継続意欲を、年齢別かつ男女別に集計したものです。
これによると、女性の場合は40〜44歳で45.1%、45〜49歳で48.9%と5割を切っています。男性を見ると40〜44歳で51.0%、45〜49歳で52.3%ですので、男女で少し差があります。しかし、50〜54歳、55〜59歳の数値を見てみると、男女の差はほとんどありません。50歳を超えると、定年まで働きたいと考える割合は男女変わらなくなるようです。
年代とともに勤労意欲は上昇
この傾向は、企業への定着意識別に年齢構成を見るとよくわかります。下の「年齢構成(定着意識別)」の表は、企業への定着意識を以下の3つのグループに分けて、年齢層を見たものです。
- 現在勤務している会社に定年後も働き続けたい=定着コア層(定年後も継続)
- 現在勤務している会社に定年まで勤務するつもり=現役定着層(定年まで勤務)
- 現在勤務している会社に定年まで勤務するつもりはない=流動層(定年前離職、未定)
若いので当たり前、と言えばそうでしょうが、流動層(定年前離職、未定)は、40〜44歳、45〜49歳の割合が、他の2グループに比べて高くなっています。
さらに、高齢期(おおむね60歳以上)に働くとすれば、どのような働き方がもっともよい と思うかという考えを聞いたところ、定着コア層では「フルタイムで働く」の比率が高く、現役定着層と流動層では「パートタイムで働く」の比率が高くなっています。
フルタイムで働くという選択肢以外に、パートタイムで働きながら、その他の時間を使って仕事だけではなく、たとえばボランティアに近い活動をしたり、やりたくてもこれまで時間がなくてできなかったことにチャレンジしたりする、そんな時間の使い方をしたいと考える人が増えているのではないかと思われまます。
意識の変化、環境の変化
──働くことに対する女性の意識の変化の背景には、キャリアを取り巻くさまざまな環境の変化があると思いますが、その要因をどのように分析していらっしゃいますか?
少子高齢化への対応が急務となり、高齢者や女性、外国人など多様な人材の活躍が期待されています。働く場所や時間に制約がある人でも、個人の状況や希望に応じた働き方ができる環境づくりが進められています。残業や転勤を前提としない働き方が選択でき、性別に関係なく能力のある人が活躍の機会を与えられ、雇用形態に関わらず評価されるよう制度設計が進みつつあります。
結果として、女性が長く働ける環境も整ってきました。産休・育休からの復職、子育てが一段落してからの就職など、それぞれのライフステージに応じた働き方を実現できるようになりつつあります。
コロナ禍による変化をプラスの方向に
コロナ禍も働き方に大きな変化をもたらしました。雇用環境は悪化し、とりわけ飲食・サービス業などで、女性を中心に非正規労働者への影響が大きく出ています。こうした部分については、何とかしていかなければいけません。その一方で、ポストコロナに向けて、この変化にどう対応していくか、考えていくことも必要だと思います。
コロナ禍が社会や職場に与えたインパクトは非常に大きく、環境変化に対応するために知恵が必要となりました。コロナ前からダイバーシティの必要性が叫ばれていましたが、コロナ禍の今、まさに、いろいろな知恵、多様な人材が求められています。
テレワークの普及も女性にとってはプラス材料となりうるものです。Webツールを活用して円滑に仕事を進めるうえで必要なのは、あうんの呼吸でなく、言葉です。女性が得意だとされる言語化能力を活かすことができると思われます。また、昨今流行語にもなっているジョブ型雇用は、人に仕事を付けるのではなく仕事に人を付けるものです。これを導入することによって時間などでなく仕事できちんと評価されるようになれば、適正な評価につながります。
50歳という節目と悩み
定年というゴールを前に抱くモヤモヤ感
──女性が長く活躍できる環境が整いつつあるようですが、これからのキャリアについて迷いや悩みを抱えている50代女性が多いように思います。いったいどんな課題に直面しているのでしょうか?
男女雇用機会均等法が施行されたのが1986年ですから、今、50歳前後の方は均等法第一世代と言われる方たちの少し後、1990年代に就職した世代ですね。法律は施行されたとはいえ、採用、配属、昇進などの面でまだまだ苦労が多かった世代です。それでも、結婚や出産、育児などとの両立をはかりながら懸命に仕事に取り組み、自分なりのキャリアを築きあげて責任ある仕事を任されている方も多いことでしょう。
また、いわゆる管理職経験者も徐々に増えています。しかし、定年が近づいてくると否応なく職場での立場や役割の変化に直面します。今までずっと走り続けてきた中でふと気づくと定年というゴールが見えてくるタイミング、このまま現在の仕事にとどまるべきか、新しいことを始めるべきか、でも50代はまだ働きざかりで目の前の仕事は待ってくれない。そういう日々の中ではっきりしないモヤモヤ感を抱える方も多い時期だと思います。
多くの女性が直面する「50歳という節目」
年齢階級別の就業率は、女性、男性とも年々上昇しているが、特に女性の伸びが著しい。
『LIFE SHIFT』の著者、リンダ・グラットンさんが「人生100年時代」という言葉を提唱されましたが、ここまで長く働くことが求められる社会になるとは、誰も想像できなかったのではないかと思います。 ようやく家庭での負担が減って、「これからもう少しギアを上げて仕事がんばってみようかな」と思い始めたタイミングで定年が目前に迫ってくるんですね。
でも、まだまだ体は元気だし、もっと働ける、もっと仕事をしたいという思いはある。「では、これからどうしたらいい?」と思い悩み始めるタイミングがちょうど50歳くらいなのだと思います。前述のJEEDの調査でも、50歳を超えるとそれまでより迷わなくなっていました。
もう1歩、踏み出すために
──今後の生き方、働き方について悩み、セカンドキャリアを模索する女性たちに、どんなアドバイスができるでしょうか?
これからは自分自身のこと「も」考える、ということを大切にしてほしいと思います。30代は仕事と家庭の両立をがんばり、40代になって男性より遅れて昇進を意識するようになり、50代になってようやく子育てや家庭のことを気にせず思いきり仕事ができるようになったという方も多いと思います。常に自分以外の誰かのこと、家族のこと、後輩のことなどを考えながら仕事をしてこられた方も、このあたりで、これからの自分の生き方や働き方など、自分自身のこと「も」考えてあげる、ように意識するのがよいと思います。
女性の強みと内的キャリア
これまでは女性は男性ほど昇進しないことが多かった。これ自体は、残念なことではありますが、逆説的にポジティブに考えると、役職定年による落差や定年前後のギャップは男性ほど大きくありません。現場を離れていないので「現場感」を持ち続けているということも多い。これはとても大きなアドバンテージです。それまでのスキルをそのまま活かして仕事をすることができるわけですから。
女性の特性を表す興味深い調査データがあります。2019年に21世紀職業財団が、50代、60代の男女正社員を対象に行った調査で、仕事で重視していたことをたずねています。それによると、「信頼」「仕事の面白さ」「成長」など内的キャリア(自分にとってのキャリア)と関係することは、男性は年代とともに低下しますが、女性は一度低下した後に再び上昇しています。50代の女性は、働く価値観としてステータスや肩書きより、周りからの信頼とか自身の成長、仕事のやりがいを再び重視するようになっています。女性の50代は、男性ほど落差が激しいものではないことが読み取れます。
準備とヒント
──定年後を見すえ、充実したセカンドキャリアを歩むためには、どんな準備が必要でしょうか?
21世紀職業財団の調査では、定年後も働き続けるための準備を50代でしていない人が、男女とも4割以上いることがわかっています。また、準備している内容で多いのは、「健康な体を維持するための運動等」(男性28.1%、女性30.5%)で、次に「スキルを磨くための学習」(同19.8%、19.9%)となっています。セカンドキャリアに向けての準備という意味では少し心もとない状況です。
特別な挑戦の必要はない
今いる会社で仕事を続けるにしても、セカンドキャリアを模索するにしても、その仕事に取り組む意味ややりがい、面白さを再確認することが大切です。また、自分が培ってきた専門性をどう活かすのかを考え、社外にネットワークを広げる意識も持ってほしいです。セカンドキャリアを考えるとしても、“特別な挑戦”である必要はないと思います。これまでの経験や培ってきたこととつながる意味を考えることが重要だと思います。
多くの会社で取り入れられている定年後の制度や定年前のキャリア研修は、男性を対象に考えられているものが多いと思います。中高年キャリア研修についての調査研究をした時も、受講者のほとんどは男性で、ぴんとこなかった、という女性からの回答もありました。キャリアの自律化、というと、難しいことのように感じるかもしれませんが、要は、自分で自分のキャリアをどうしたいのか考える、ということです。女性は男性よりも平均寿命も健康寿命も少し長いわけですし、後回しせずに、自分自身のことを考えるべきでしょう。
インタビューの最後に
──浅野先生のご経験から、後輩女性へのエールをいただけますでしょうか。
学び直し、パラレルキャリア、デュアルキャリアなど、セカンドキャリアの歩み方は多種多様ですが、別にこれまでに経験してきたことと違うことに挑戦しなければいけないわけではありません。身近なところから始めてみる、これまで気になっていたことを考えてみる、1科目だけ試しに受けてみる、そんな意識でいいと思うのです。始めてみれば、何かが変わります。何かが見えるようになります。
うまくいかなければやめればいい。忙しくて大変なら一度立ち止まったり休んだりすればいい。ワークライフバランスを実現しながら、15年、20年とがんばって仕事をしてきた方であれば、すでに自分の中にできることがたくさんあるはずだと思います。
もちろん高いところを目指してもいいですが、ここまで十分がんばってきたのだから、別にそんなことをしなくてもいい。気になることがあったら一歩踏み出してみる、誘われたら行ってみる、そこから始まると思います。
■プロフィール
浅野 浩美(あさの・ひろみ)
事業創造大学院大学 事業創造研究科 教授
筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。博士(システムズ・マネジメント)。厚生労働省で、人材育成、人材ビジネス、キャリア教育、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案に従事したほか、労働局長として働き方改革を推進。人事制度見直しのためのマニュアルを執筆。社会保険労務士。日本キャリアデザイン学会理事、経営情報学会理事、日本人材マネジメント協会執行役員等。
編集後記:赤松 淳子/マイナビキャリアリサーチLab 副所長
働き続ける中で50歳という節目が近くなったとき、ふと見渡すと定年を迎えられた先輩のロールモデルが身近にはほとんどなく、いわゆる総合職が増加する中で女性の定年はこれから増えていくことに気づきました。「ならば探そう!」それが本企画のきっかけでした。この企画を通して、セカンドキャリアに踏み出された方々のご経験や、現状と課題などを少しでもお伝えし、今後増える女性の定年退職についてレポートできればと考えています。
第1回目にあたり、有識者かつセカンドキャリアを体現されている浅野先生にお話をうかがうご縁をいただけたことは幸運でした。「50歳からはぜひ自分のこと『も』考えましょう」「高みへのチャレンジだけでなく身近なところからチャレンジしてみる、そうすると見えてくるものがある。 」というメッセージは心に残り、女性ならでは強みを生かし「しなやかに」波にのる、それが1つのヒントになるのではないか、と感じました。 ※所属は取材時点のものです。