マイナビ キャリアリサーチLab

小学生がプレゼン!?進むキャリア教育の低年齢化

羽田啓一郎
著者
株式会社Strobolights 代表取締役社長
KEIICHIRO HADA
キャリア教育連載

こんにちは、羽田と申します。元マイナビ社員で企業の新卒採用営業やキャリア教育事業の責任者を務めた後、今は独立して小学生から社会人に至るまでの「キャリア」に関するサービスの企画立案や大学講師を行なっています。
今回は小学生のキャリア教育事情について書かせていただきます。

キャリア教育はいつから始めるべきなのか?

本連載の1回目に、キャリア教育の問題点を高校、大学を中心にご紹介しました。

キャリア教育はいつから始めるべきか、という議論は以前からありました。キャリア教育は大学生になってからでは遅い、という意見もあります。

私の意見としては、大学生になってからでは遅いということはなく、大学生には大学生のキャリア教育があり、またそれと同じように小学生、中学生、高校生にもそれぞれの発達段階におけるキャリア教育があるべきだと考えています。

私が認識している限り、日本のキャリア教育では、大学生対象のプログラムが2000年代から各所で始まり、大学入試制度改革の流れの中で高校生対象のプログラムが2015年頃から散見されるようになりました。

また次回以降に高校生のキャリア教育については述べさせていただきますが、今回のテーマである小学生のキャリア教育はここ最近少しずつ盛り上がりを見せています。大学生からキャリア教育が普及し始め、どんどん低年齢化していっているのです。

では小学生におけるキャリア教育では何をすればいいのでしょうか?文部科学省が掲げるキャリア教育とは「職業観・勤労観を育む教育」です。子供たちが職業体験できるテーマパークとして「キッザニア」が有名ですね。また近隣の工場や施設を訪問する「社会見学」は小学校では毎年必ず行われています。また、航空会社の機体工場見学ツアーなど、休日や長期休みに行われるものも人気を博しています。

このように、世の中にあるさまざまな会社、職業に小学生の頃から触れさせることで職業観の涵養を狙っていく取り組みはすでに数多く存在します。

ただ、小学生のキャリア教育においては職業観や勤労観を育むこと以外にも大切なことがあると私は考えています。

それは「ITへの適応」と「成功体験の蓄積」です。一つずつご説明していきます。

GIGAスクール構想とプログラミング教育の普及

GIGAスクール構想・IT機器を使う小学生

まず「ITへの適応」からご紹介します。
GIGAスクール構想をご存知でしょうか。小中学生に一人一台、PCを貸与するという政府の取り組みです。私の小学生の子供も、今年に入ってからモバイルPCを家に持ち帰ってくるようになりました。

GIGAスクール構想は前倒しで実現する見込み

ここ最近よく耳にするGIGAスクール構想ですが、構想自体はコロナ以前からありました。当初は2019年から5年間かけて普及を目指していたそうですが、コロナ禍によって計画が前倒しになり、2021年3月までには日本全国でPC配布が完了する見込みだとのことです*1。そしてこれから、小中学校の授業でもPCを用いたカリキュラムが動いていきます。PCを用いた授業にはまだまだ現実的な課題は多く存在していますが、まずは環境面を整えていくという大方針は達成されそうです。

プログラミング教育の必修化の本当の狙い

また2020年度からはプログラミング教育の必修化も始まりました。こちらはプログラミングができるようにする教育だと勘違いされていることも多いですが、本来の狙いはちょっと違い、「プログラミング的思考力を養う教育」であると言われています。

どういうことかと言うと、論理的思考力や情報処理能力を、プログラミングを通して身に付けさせるということです。プログラマーをどんどん輩出していこうというわけではなく、ITを扱うための基盤を形成していくための教育をプログラミング教育と呼ぶのです。

これから大きなインパクトを生んでいく環境整備

GIGAスクール構想もプログラミング教育も狙いは同じで、一言でいうと「ITに対する基礎素養を身につけさせる教育」と言えるでしょう。コロナ禍でDX(Digital Transformation、デジタルを利用した変革)という言葉もよく聞くようになりました。言わずもがなですが今後の社会ではITをいかに活用するかが重要になってきます。ただ、日本ではIT人材が不足していると以前から言われており、苦手意識を持つ人も少なくありません。実際にプログラミングをしなくても、ITの仕組みを理解していなければ、ITを使った業務効率化や、Webを使ったサービス立案などはできようもありません。高等教育を受ける前段階の初等中等教育段階から少しずつ、ITの基礎的なリテラシーを高めていく必要があるのです。

少し時間はかかりますが、近い将来、小中学生もPCを当たり前のように使える世代になる、ということです。これはかなり大きな変化があると言えるでしょう。

GIGAスクール構想やプログラミング教育については、このキャリアリサーチLabでも後日取り上げさせていただく予定です。

大人顔負けのプレゼンを行う小学生も登場

スタートアップJr.アワード・小学生プレゼン
スタートアップJr.アワード2019決勝大会でプレゼンする小学生

小学生のキャリア教育で大切だと私が考えるもう一つの要素が「成功体験の蓄積」です。私は普段、大学生とコミュニケーションを取ることが多いのですが、よく感じるのが「自己肯定感が低い大学生が本当に多い」ということです。

SCTT理論*2(社会認知的キャリア理論)という考え方があります。人が何か新しい挑戦や行動を起こすときの心理的メカニズムを説明した理論なのですが、この理論の中で「自己効力感」はとても重要なファクターだと考えられています。自己効力感、つまり自己肯定感があると、人は何か困難な壁にぶつかった時も自分なりに試行錯誤しながら乗り越えようとしますが、自己肯定感が低いと「私には無理だ」と挑戦する前から諦めてしまいます。

大学生になって自己肯定感が低いと留学をはじめとした課外活動はもちろん、就職活動に対しても後ろ向きに取り組むことになり、主体的なキャリア形成ができません。自己肯定感を高めるためには自分なりに考え、行動して何かのハードルを乗り越える原体験が必要です。こればかりは理屈で教えて育まれるものではなく、本人の行動がないとどうしようもありません。そして小さなことでも何か新しい挑戦をする、という行為は年齢が若い方が乗り越えるハードルはより低くなります。

小中学生に成功体験を積ませる、スタートアップ企業の取り組み

こうした考え方を踏まえ、私がお手伝いしているスタートアップ企業の事例をご紹介させてください。小中学生の体験型キャリア教育を行なっているバリューズフュージョンという会社があります。表参道のオープンカフェでのレモネード販売体験や、オンラインでのキャリア教育講座、また各企業が行う職業体験を紹介するポータルサイトなどを運営しているまだ若い会社です。

私はこの会社で、スタートアップJr.アワードという小中学生向けのプレゼンテーションコンテストのプロデュースを担当しています。私がこのコンテストのお手伝いをさせていただいている理由は、まさに「成功体験を積む機会を作る」こと。スケッチブックの手書きでもいいから、何か自分で考えたアイデアをアウトプットして書類審査に応募してみる。コンテストなので全員通過というわけにはいきませんが、なるべく多くの作品が通過できるようにしています。

そして書類審査を通過したらプレゼンテーションをご家庭のスマートフォンなどで録画し、動画審査に提出。動画審査を通過したら決勝大会として尾木ママさんなどの審査員を相手にプレゼンテーションを披露する、という大会です。

意図的に審査の段階を増やすことで、「通過した!」という経験を多くの子供達に味わってほしい。参加者全員というわけにはいきませんが、こうした取り組みを通して小さな成功体験から大きな成功体験を生んでいます。

成功体験で、子供たちは驚くべき進化を遂げる

ここで、2020年度大会で優勝した小学生のプレゼンをご覧ください。

いかがでしたでしょうか。小学生なのにこんなプレゼンができるのか、と驚かれたのではないでしょうか。

そうなのです。成功体験を通して子供たちはどんどん成長していきます。自分の考えが認められた!という経験を糧に彼らはワクワクしながらプレゼンに取り組みます。

こんな事例も誕生しました。優勝は逃しましたが、2020年度大会で決勝に残った群馬県在住のある兄弟は幼少期から海や魚に興味がありました。そこでスタートアップJr.アワードでは波力発電をテーマとしたプレゼンテーションを行い、審査員から高い評価を得ました。その後、主催者であるバリューズフュージョンのサポートもあり、商船三井と連携。この夏に、商船三井と共催で職業体験のワークショップを開催するようです。

商船三井と共催で職業体験のワークショップを開催する群馬県在住の兄弟
商船三井に訪問した群馬県の兄弟

キャリア教育とは、生き方教育

今回は、小学生のキャリア教育にフォーカスしたコラムを書かせていただきました。キャリア教育というとどうしても「やりたいこと探し」や「仕事理解」というコンテンツに行きつきがちです。ただ、まだアルバイトもしたことがない小学生相手に「仕事」を理解・定着させるのはなかなか難しい。

それよりも、今後の人生を前向きに、力強く歩んでもらうためのベースを作ってあげることが初等教育段階では必要なのではないかと私は考えています。「小学生にキャリア教育なんてまだ早い」と思われる方もいらっしゃいますが、「ITへの適応」と「成功体験による自己肯定感の醸成」であればご賛同いただけるのではないでしょうか。

私は、キャリア教育とはつまるところ生き方を学ばせることだと考えています。VUCAの時代や多様性の時代と言われている現代社会において、パターン化された思考法やノウハウでは限界があります。もっとも大切なのは人生におけるさまざまな課題を自ら乗り越えていける力です。そしてこの力は、若いうちから少しずつ身につけてもらった方がいい。

まだまだ過渡期にある小学生のキャリア教育ですが、これからますます発展していく領域だと感じています。

*1 「GIGAスクール構想の実現に向けたICT環境整備(端末)の進捗状況にICT環境整備(端末)の進捗状況について(令和3年5月 文部科学省初等中等教育局 情報教育・外国語教育課)資料より」

*2  SCTT理論(社会認知的キャリア理論)は心理学者Albert Banduraが提唱した三者相互作用(人と環境と行動の三者)の理論に基づき、のちにLent,Brown&Hackettにより自己効力感や相互作用の考えを加え確立された理論

株式会社Strobolights 代表取締役社長 羽田啓一郎氏
羽田啓一郎
株式会社Strobolights
代表取締役社長

著者紹介
立命館大学卒。株式会社マイナビにて大手企業の新卒採用支援を経て、学生向けキャリア支援プロジェクト「MY FUTURE CAMPUS」「キャリア甲子園」「キャリアインカレ」「課題解決プロジェクト」「キャリア教育ラボ」等を立ち上げ、国内最大規模までグロース。2020年に独立、株式会社Strobolights設立し、小学生から若手社会人までのキャリア支援サービスを展開。早稲田大学、立命館大学、昭和女子大学、武蔵野大学などで就活やキャリア教育の講義も担当。

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