新生活のストレスによるメンタルヘルス不調、個人ができる対策や産業医の頼り方とは-日本医師会認定産業医 山越志保氏

キャリアリサーチLab編集部
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新社会人、職場の異動・転勤など新生活を迎える方が増える季節。この時期に注意したいのは、環境の変化によるストレスです。ストレスを放置すると精神的な不調につながり、さまざまな症状として現れる可能性があります。そこで頼りになるのが「産業医」。産業医を適切に活用することで、自分の健康を守るためのアドバイスやサポートを受けることができます。

今回、新生活によるストレスが従業員のメンタルヘルスに与える影響や、個人ができるメンタルヘルス対策、産業医への頼り方などについて、日本医師会認定産業医の山越志保さんに話を伺いました。

産業医・労働衛生コンサルタント・内科医 山越 志保

山越 志保(産業医・労働衛生コンサルタント・内科医)

福島県立医科大学医学部卒業後、虎の門病院での研修・勤務を経て、産業医業務を開始。都内クリニックで内科医としての勤務と並行して、2016年に株式会社さくら事務所を設立。製造業、IT、金融、アニメ、ゲーム、出版社などの多岐にわたる業界で産業医業務に従事。2018年に東京医科大学大学院で医学博士取得。著書に『健康リモートワーク読本』(メディア・ケアプラス)。

増加するメンタルヘルス不調と産業医ができること

日本の職場のメンタルヘルスをめぐる現状

Q.「メンタルヘルス」という言葉が一般的になってきましたが、あらためて言葉の定義や日本の職場のメンタルヘルスをめぐる現状を教えてください。

山越:「メンタルヘルス」は心の健康状態を表します。たとえ何かに失敗してしまい一時的に落ち込むことがあったとしても、次の日には回復して、仕事や生活に一生懸命取り組め、楽しめる状態が、メンタルヘルスが良好であると言えます。

日本の精神障害に係る労災請求件数は、長期的に見ると増加傾向にあります。産業医として現場に立っていても、メンタルヘルス不調者は増加しているという肌感覚があります。2015年12月より従業員50人以上の職場で義務化された「ストレスチェック制度」によって、高ストレス者に面談を実施するケースも増え、企業のメンタルヘルス対策の意識が向上していると感じています。

その一方で、企業における現場対応の難しさも感じています。メンタルヘルス対応自体がオーダーメイドを求められますし、メンタルヘルス不調は心の傷であり、身体的な不調と比較して、一般的に複合要因で発生すると言われています。心の傷は目で見ることはできないうえ、職場や仕事の問題だけでなく、プライベートの問題、その人自身の物事の考え方やストレス耐性なども複雑に絡み合っているため、企業側からの働きかけのみでは解決が難しい側面があるからです。

そして、精神疾患であるがゆえに疾患特有の注意を要するケースもあり、個人情報の取り扱いにも十分配慮する必要があります。企業・従業員・産業医の間に信頼関係が築けていないと必要な情報が適切に共有されず、状況が悪化してしまう可能性も考えられます。

さらに、企業によってはメンタルヘルス対策を立てづらい場合もあります。例えば、長時間労働になりやすく、短納期・タイトなスケジュール管理が求められやすい業界で個別の企業だけでの対応策が見つけづらい、経営層・管理職のメンタルヘルスへの意識がまだまだ進んでいない、産業医と連携できる人事担当者が不在である、資本の問題で産業医などの外部リソースを十分に活用できないなど、構造的な問題が存在することもあるためです。

「独立性・中立性」を重視する産業医

Q.健康な時は産業医とあまり接点がないため、不調になるまで産業医の存在を知らない人も多いと思います。産業医の役割を教えてください。

山越:産業医の役割は、従業員が職場で安全に、健康に、そして快適に働き続けるために、従業員と会社の双方をサポートすることです。従業員50名以上の会社では産業医を選任する義務がありますが、規模に関係なく、会社や経営者が必要だと思えば選任することができます。

産業医の業務内容の一例としては、心身に不調を抱える従業員やストレスチェックで高ストレス者と判定された従業員と面談をしたり、定期健診の結果を確認したうえで就業判定を行ったりします。また、安全で健康に働ける環境が整っているかどうか、職場を巡視することも業務の一環です。

ここで重要なのは、同じ医師でも、主治医(かかりつけ医)と産業医では役割が異なる点です。主治医は患者を診察し、検査や治療を行う立場ですが、産業医は企業内の医療専門家として「働く」という視点で考えます。つまり、産業医は診察を行わず、業務を安全に健康に遂行できるかという観点から従業員の健康状態を評価し、企業と従業員の間に立って、独立的・中立的な立場で双方をサポートするのです。

この「独立性・中立性」は産業医の重要な特徴であり、2019年4月に施行された働き方改革関連法(改正労働安全衛生法第13条第3項)により、その重要性が強調されるようになりました。企業と従業員のどちらか一方だけに寄り添うのではなく、両者が良好な関係性を築けるように、医学的な見地からアドバイスをする立場にもあります。

新生活の環境変化による潜在的ストレスとは

Q.産業医の山越さんから見て、新生活を迎える従業員が直面しやすいストレス要因には、どのようなものがありますか?

山越:新入社員の場合、学生から社会人へという社会的な立場・役割の大きな変化に加え、職場でさまざまな人と新たな人間関係を築く必要があることから、ストレスを抱えることも少なくありません。

特に4月の入社から研修期間までは、先輩や上司も気を配ってくれますが、その後の配属先で独り立ちを求められ、責任や負担が増えることによるストレスなどで秋ごろになって不調が現れやすい傾向があります。もしくは、入社1年目はお客さま状態であり、入社2年目に負担が増えて不調が出やすくなるケースもあります。

また、異動や昇進、転職を経験する人も同様に、プライベートも含めて人間関係や環境の変化がストレスになります。ストレスと言っても一概に悪いものではなく、ストレス自体が良い刺激として人生のスパイスになるものでもあり、新生活にわくわく・ドキドキといった期待感にもつながると考えられます。しかしながら、大きすぎる変化やさまざまな小さな変化が多数重なりあった場合に、それが疲労蓄積の原因になる可能性もあります。

例えば、前職ではフル出社だったのにリモートワークに変わった、またはその逆など、出社体制の変化によるストレスも最近はよく耳にします。特にリモートワークでは、出社に比べてコミュニケーションの機会が大幅に減少し、それが、本人も気づかないうちに、さらなるストレスの原因になることもあるのです。

プライベートに関して言えば、お酒の過剰摂取や生活習慣の乱れ、結婚・出産といったライフイベント、子育て・介護による睡眠不足や疲れ、女性だけでなく男性も含めて年齢によるホルモンバランスの変化なども、新生活での職場や仕事の変化と相まって、負のストレスの要因になり得ます。

メンタルヘルス不調のサインが現れたら、休む時間を確保する

メンタルヘルス不調のサインとは

Q.早期にメンタルヘルスの不調に気づくためには、どのような兆候に注意すべきでしょうか?

山越:現場で産業医として業務していると感じるのが、メンタルヘルス不調のサインとして、もっとも多いのは睡眠の変化だということです。寝つきが悪くなる、夜中に何度も目が覚める、朝早く目が覚めてしまうなどの変化がある場合は注意が必要です。

特に、最初は週1日眠れなかったのが、数カ月あるいは年単位で徐々に不眠の日数頻度が増えていき、不調者本人も気づいたら眠れなくなっていたということも少なくありません。分かりやすい例を挙げると、食欲の変化で、食事量が減ったり、逆に食べ過ぎたりします。そして、頭痛、腹痛、腰痛などの痛みという形で症状が出る方もいらっしゃいます。

仕事面では、集中力や判断力、作業効率の低下などが現れます。このため、同じ仕事をしていても以前と比べてやたらに時間がかかる、ミスが増える、決断できない、仕事の優先順位がつけられないといった変化が現れている方は要注意でしょう。感情面では、イライラしやすくなったり、やる気が出なかったり、意欲が低下したりします。また、化粧の仕方が変わる、見なりに気をつかわなくなる、以前まで楽しめていたことが楽しくなくなる、といった変化が現れることもあります。

ここで懸念されるのは、自分自身のストレスに無自覚、または無防備な方です。「私は大丈夫」「メンタルヘルス不調になるのは弱い人だ」といった思い込みがあると、気づくのが遅れ、自分自身のメンタルヘルス不調の状態が深刻化する恐れがあります。

初期のメンタルヘルス不調への対策

Q.メンタルヘルス不調の初期症状に対して、個人ができる対策はありますか?

山越:先ほど述べたような初期症状に気づいたり、あるいは、「なんだかおかしいな」と思ったり、家族や友人から「最近、おかしいよ」と言われたら、まずは睡眠や食事、運動など基本的な生活習慣を整えることが大切です。

特に睡眠は重要で、寝る時間や起きる時間を一定にし、休日と平日の睡眠時間の差は2時間以内に抑えることをおすすめします。さらに、朝起きたら簡単なものでいいので朝食をとったり、朝から日光に当たったりすると、体内時計が整えられ、睡眠の質を良くするのに役立ちます。

また、新生活を迎える方は頑張りすぎる傾向がありますが、「休む時間」を重視することも大切です。スケジュールを立てる際に、多くの方がやるべきことから先に決めますが、そうではなく、休憩、睡眠、休日などの休む時間を計画的にスケジュールに組み込むことをおすすめします。十分な休息は仕事の一部と考え、より持続的に働くために必要なものだと捉えましょう。しっかり休むと、よりパワフルに働くことができます。

早期対応が回復の鍵、2週間以上不調が続いたら相談を

Q.個人でメンタルヘルス対策を行ってもあまり改善が見られなかった場合、どのような対策をすべきでしょうか?

山越:「落ち込み」「イライラ」「不安」など、いつもと違う状態が2週間から1カ月以上続くようであれば、上司、家族、信頼できる同僚・先輩など身近な人や、もしくは産業医などの専門家にまずは相談しましょう。職場に産業医がいない場合、心療内科や精神科、または普段通っている内科の医師に相談して、医療の専門家につながることも一つの方法です。

大切なのは、一人で抱え込まないことです。一般的にメンタルヘルス不調が長く続いているほど回復にも時間がかかる傾向があるため、できるだけ早い段階で気づいて、適切な処置をとることで、早期に回復できる可能性が高まります。

また、産業医や主治医から「休んだ方が良い」と言われた場合は、早めに休職することも一つの選択肢です。「まだ頑張れる」と仕事やキャリアにしがみつこうとする方や、「休むと評価が下がるのでは」と不安に思う方も多いようですが、実際には早い段階で休んだ方が回復も早く、結果的に復帰しやすくなるケースが少なくありません。

休職の制度については企業によって異なり、3年間取得できる場合もあれば、1年、半年、3カ月とさまざまです。就業規則を確認し、自分が利用できる制度を把握しておきましょう。

「顔を知っておく」と相談しやすくなる、産業医との関わり方

Q.いざという時に備えて、普段から個人が産業医を頼りやすくしておくためのポイントはありますか?

山越:「産業医の顔を知っておく」ことが重要で、そのために産業医面談があればぜひ受けてみてください。新入社員や中途採用者は環境変化による不調リスクが高いため、入社後3カ月から半年の時点で産業医面談を設ける企業もあります。

このような面談経験が一度でもあると、その時点で特に問題がなくても、将来何か不調が起きた際に「そういえば、うちの会社には産業医がいたな」と思い出して相談するきっかけにつながるでしょう。

もしくは、人事部を通じて産業医を紹介してもらうケースもよくあります。人事部は産業医と連携して職場のメンタルヘルス対策に取り組むことが多いためです。また、従業員50名以上の企業で義務づけられている月1回の衛生委員会に産業医が出席していることも多く、社内に周知されている衛生委員会の議事録などを通じて産業医の存在を認識しておくこともおすすめです。

メンタルヘルス対策に取り組むうえで、一人ひとりの内省力を育むことの重要性

Q.個人が産業医や周囲の人と協力してメンタルヘルス対策に取り組む時のコツや注意点を教えてください。

山越:メンタルヘルス対策に取り組むうえで非常に重要なのが各個人の「内省力」、つまり自分自身を客観的に見る力です。100%客観的に自分を見ることは難しいですが、「なぜこんなにイライラしているのだろう」「なぜこんなに仕事が嫌なのだろう」といった自分の状態を理解し言語化する習慣をつけると、困った状況を分かりやすく相談相手に説明することができます。相手に正しく理解してもらえれば、問題解決につながる可能性が高いです。

仮に「なぜ(Why)○○なのか?」と考えて、自分の中でつまずき、ぐるぐると同じところで考え・思考が止まってしまったならば、そこは保留して「どうしたら(How)解決するのか?」「どうしたら、解決に近い状態に近づくか?」と、自らの問いかけを変えるのも一つの方法です。

いきなりそこまで考えることが難しい場合には、まずは自分に起こった出来事(事実)と、自分の感情を切り分けて、書き出してみましょう。事実と自分の感情を分けて相談相手に伝えるだけでも分かってもらえることもあります。

例えば、「仕事が嫌」ということをとっても、特定の上司・お客さまが苦手なのか、彼らの言動が嫌なのか、仕事のシステム・ルールに問題があるのか、残業が多いのかなど細分化できるはずです。「なんとなく調子が悪い」という場合でも、どのような症状があるのか、いつから発症しているのかなど、できるだけ具体的に伝えられれば、より適切なアドバイスを受けることができ、解決策も見えてくるものです。

ただし、産業医は従業員の就業について決定権を持っているわけではなく、あくまで医学的視点から助言を行う役割だということをあらためて強調しておきます。これは、「疾病性」(病気の診断や症状そのもの)を扱うのが主治医であるのに対し、産業医は「事例性」(職場で問題となっている行動や状況)を扱うという違いによるものなので、この違いを理解したうえで、率直に自分を取り巻く困った状況や自分の状態を話して、専門的なアドバイスを安心して受けてほしいと思います。

人生100年時代において長く働き続けるために

Q.最後に、山越さんから新生活を迎える方に向けて、メンタルヘルス対策に関するメッセージをお願いします。

山越:新生活は楽しく感じる反面、大きく環境が変わる、もしくはさまざまなタイプの小さな変化が多数起こることで良くも悪くもストレスになり得ます。特に仕事においては「早く結果を出さなければ」「頑張っている姿を見せなければ」と評価を気にするあまり、つい休息を軽視しがちになるかもしれません。

しかし、健康があってこその仕事です。「きついな」「何か体調がおかしいな」と違和感を覚えた場合には、一人で悩まず、家族や上司、人事、できれば産業医を含む専門家に早めに相談してください。

たとえ数カ月程度休職したとしても、人生100年時代と言われるような長期的な視点に立つと、ごくわずかな期間に過ぎません。休職を「キャリアの挫折」と捉えるのではなく、「長期的な働き方を実現するための調整期間」と考えることで、心理的な抵抗感も和らぐのではないでしょうか。

実際に産業医をしていても、メンタルヘルス不調で長く休職しても、数年後には会社でエース社員として元気に働いている人を何人も見ています。健康を維持することこそが、長く働き続けるための最優先事項。新生活を迎えるみなさまが、心身ともに健やかに、充実した日々を送れることを心から願っています。

編集後記

今回は、新生活のストレスが引き起こすメンタルヘルス不調の影響とその対策について、産業医の山越さんにお話を伺いました。2019年4月に施行された働き方改革関連法を受けて、職場でのメンタルヘルス対策の重要性が認識されつつありますが、個人レベルで見ると、メンタルヘルスの不調を抱え込んでしまう人も依然多いのではないかと考えます。

新生活を迎える方々だけでなく、働くすべての人がメンタルヘルスに関わる問題に直面する可能性があります。だからこそ、各自が仕事と健康のバランスをとりながら、メンタルヘルスについて考えることが重要だと考えます。この記事が、少しでもそのきっかけとなれば幸いです。

片山久也
登場人物
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA
沖本麻佑
登場人物
キャリアリサーチLab編集部
MAYU OKIMOTO

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