パーソナライゼーションの時代~双方向コミュニケーションで新卒採用を進化させる~
近年の新卒市場では、企業と学生の関わりが特徴的です。従来の面接や人事面談は、選考や意思確認の場から、対話を通じた学生の理解と関係構築の場へと進化しています。本コラムでは、その重要性とこれからの採用において求められる企業の対応について提示して参ります。
目次
“インタラクティブ”な関わりの重要性
弊社では、新卒採用に関するアンケートやインタビュー調査を通して学生たちの「入社意欲に影響した要因」を継続的に調査しています。
この調査結果を見るなかで興味深いのは、企業と学生の「双方向(インタラクティブ)な場」の影響力が年々高まっていることです。たとえばリクルーター面談や人事面談などがこれに該当します。企業から一方的に情報を提供するのではなく、学生からも質問したり、意見を提示したりできる場の重要性が以前にも増してその存在感を増している印象です。
面接の影響度
そのなかでも、とくに影響度の増しているものに「面接」があります。下記のグラフに見られるように「面接のなかで意欲を高めた」という学生が、この数年間で着実に増加していることが分かります。
〈入社意欲を高めた要因:「面接」回答者の年次推移〉
「面接=選考」という観点から見ると、面接官との関わりのなかで意欲が高まるのはやや意外な印象を受けるかもしれません。学生たちの意欲を高めているのは、どのようなコミュニケーションなのでしょうか。「面接で意欲を高めた」と回答した学生たちに話を聞くと、次のようなコメントが確認できました。
面接の際、自分のやりたいことについて話したところ、面接官が「それならうちの〇〇事業部でできますよ」と具体的な例を挙げて教えてくれました。また、その事業部の仕事の進め方について、丁寧に説明してくれたので、個別に説明会をしてもらっているようでした。自分がその会社で活躍できるイメージが湧き、志望度がぐっと上がりました。
面接官から「うちの会社で働くことを想定した場合に、何か不安はありますか?」と質問され、勤務地に対する不安を述べると、配属エリアの決め方や異動の判断プロセスについて、詳細に教えてくれました。社員の意見を考慮して検討すると知り、かなり気持ちが楽になりました。
いずれのコメントにおいても、面接のなかで学生の心理(要望や不安など)を踏まえたコミュニケーションが展開されていることが分かります。面接官がフィードバックやレクチャーを行いながら、学生の動機づけや不安解消を行っている点が特徴的です。
また、企業の採用担当者に話を伺うと次のようにおっしゃっていました。
面接以外で現場社員の協力を得られる機会は限られています。セミナーでパネルディスカッションに登壇してもらったり、イベントのなかで座談会に登壇してもらったりするぐらいです。WEB情報でさまざまな情報が収集しやすくなっている一方で、リアルな現場の声を確認する機会がどうしても限定的になってしまう。だからこそ、面接時間を多めにとって、学生たちがリアルに働くイメージを持てる場にしています。
面接や面談で意欲を高める学生が増えている背景には、個々の学生と向き合うコミュニケーションにこだわる企業の姿勢があるようです。学生が求める情報を確認し、よりリアルなキャリアイメージを促すことに注力する企業が増えているように感じます。
学生の多様化に対応する「パーソナライゼーション」
このような「インタラクティブな場」が重視される背景には、学生たちの多様化も強く影響しているのでしょう。学生たちにインタビューをしていても、そこには多様な個人差があることがよく分かります。
「情報量」の違い
とくに個人差が大きいのが「情報量」の違いです。
現在の新卒市場では、インターンシップやオープン・カンパニーなどを通じて、早期から企業と接点を持つことが可能です。そのため、多くの学生は早い段階から情報収集を始めています。ただし、全員が早期から動き始めているわけではありません。3年生(修士1年生)の3月以降に活動を開始する学生もまだまだ多い状況です。
当然ながら、早期に活動を始めた学生は企業研究が進んでおり、詳細で具体的な情報を求める傾向にあります。その企業が手掛けている事業内容に精通しており、興味ある仕事内容や希望部署なども明確です。そのために彼らは、希望部署の配属可能性について情報を求めていたり、希望部署での成長イメージについて理解を深めたいというニーズを持っていたりします。
一方、後期に活動を開始した学生においては「よく分からないままとりあえずエントリーシートを提出した」という人も珍しくありません。彼らはインターンシップやセミナーの開催が落ち着いた時期から活動をスタートさせるために、企業や業務を理解する機会は限られています。ひとまずの「志望動機」だけを準備して、業務をよく理解しないまま面接に参加したという学生もいるでしょう。彼らは、より基本的で概要的な理解を必要としています。
また近年では、「キャリア観(キャリア志向・求める働き方などに関する価値観・考え方)」の違いもより特徴的になってきています。
「とにかく20代はさまざまなことを経験したい」という学生もいれば、「自らの専門分野で特定の技術に関する専門性を磨きたい」という学生もいます。さらに、「仕事にはそれほど注力せずに、プライベートやライフキャリアを充実させたい」という学生もいるでしょう。
その他にも「海外で働きたい」という学生や「地元で働きたい」「首都圏で働きたい」など希望勤務エリアにも個人差が大きいように感じます。
このようなニーズの多様化に対して、企業はどのように対応すべきでしょうか。求められるのは、個々に合わせた柔軟な対応です。いま多くの企業が注力し始めているのが「パーソナライゼーション」と呼ばれる取り組みです。
個々のニーズに合わせて最適化する
「パーソナライゼーション」とは、個々の学生のニーズに合わせて情報や対応を最適化することを意味します。これらは本来、マーケティング分野で用いられる概念ですが、学生たちの多様化を踏まえ、採用活動においても重視されるようになってきました。
これは情報化が進んだことも関係しています。たとえば、いま多くの学生が「口コミサイト」や「SNS」「動画配信サイト」などから情報を収集するようになっています。インタビューした学生のなかには、「転職サイトの口コミ情報を確認し、自分が受験している企業の退職者がどのような不満を抱いていたのかをチェックしている」という学生もいました。
企業情報にアクセスしやすくなり、学生たちはよりリアルで詳細な情報を求めるようになりました。その反面、マス(不特定多数)を対象にした普遍的・標準的な情報の価値は下がり、影響力も従来から低下しつつあると考えられます。
現在の採用市場では、全体に対して広報をすることも重要ですが、それ以上に個々の学生にフィットする情報を届けることも重視されるようになってきています。学生のニーズを引き出したうえで、それにフィットする情報を提供していくことが求められています。
〈マス・コミュニケーションからパーソナライゼーションへ注力点のシフト〉
自社の「パーソナライゼーション」を振り返る。
ここから、採用施策のコミュニケーションをどのようにテコ入れしていくべきかについて提示します。2026年卒を対象とした選考がスタートする前に、以下の2つの観点で自社の採用プロセスを振り返っておくことが肝要です。
(1)インタラクティブな場の設定
まず重視したいのは、対話機会の確認です。採用プロセスにおいて、学生と腹を割って双方向に話し合いができる場はどれくらいあるでしょうか。施策として実施をしていても、適切に機能していないケースがあるため、注意深く振り返ることが大切です。
仮にリクルーター制を敷いており、面談を実施しているという企業でも、リクルーターが面談のなかで一方的に話し続けているのであれば、それはパーソナライゼーションが展開されているとは言えません。
また、セミナーで座談会を実施していても、社員1名が対応する学生が多くほとんど質問できないような場になっていたり、面接においても終始緊張した雰囲気が続き、学生が聞きたいことを率直に質問しにくかったりするようであれば、やはりパーソナライズされた採用プロセスとは言えません。
まずは、自社と学生の関わりを振り返り、面談や面接などにおいて、学生が率直に自分のニーズについて話せる場がどの程度確保されているかを確認していきましょう。
もし不足しているならば、内々定直後に面談機会などを設けても良いかもしれません。内々定後は、学生も入社を意識するようになっていますし、また合格も確定したことで、より具体的で率直な話し合いがしやすいタイミングです。キャリアについて腹を割ってじっくり話せる場を戦略的に増やしていくことが求められています。
(2)コミュニケーションの質にこだわる
また、大切なのはコミュニケーションの質を高めることです。学生たちの話を聞いてみると、次のような対応の企業が意外と多いことが分かります。
たとえば、自分のキャリアに対する考えやニーズを質問するだけ質問して、「分かりました」で終わってしまう面接官やリクルーター面談でも、「なんでも聞いてね?なんでも答えるよ」と”待ち”の姿勢で学生からの質問ありきで面談をするリクルーター担当者などです。
大切なのは、学生のニーズと自社の業務・キャリアとのマッチングを生み出すコミュニケーションです。改めて、自社の面接・面談のコミュニケーションの内容について丁寧に振り返ることが求められます。
自社の採用をパーソナライズするための「GROWモデル」
自社のコミュニケーションの質を高めるためには、一定のトレーニングが必要です。たとえば、次に紹介する「GROWモデル」などは、パーソナライゼーションを進めるうえで有効なコミュニケーションです。
GROWモデルとは
GROWモデルは、Goal(目標)、Reality(現在)、Options(選択肢)、Will(意志)という4つのステップからなり、対話を通じて自己理解や課題解決をサポートするフレームワークです。
GROWモデルは、従来はコーチングの技法として使用されてきました。クライアントが主体的にアクションプランを検討することを促すため、本来は4つのステップのすべてを「問いかけ」によって進めていくものです。
ただし、新卒採用の面接でGROWモデルを実践する場合は、「問いかけ」よりも「フィードバック」や「レクチャー」を多用しながら進めていきます。相手がビジネスパーソンではなく、業務未経験の学生であるためです。学生に問いかけてもうまく返答できなかったり、知識不足で余計に不安になってしまったりすることもあるからです。
面接官と学生が、一緒に学生自身のキャリア目標について検討を進めながら、「フィードバック」と「レクチャー」を活用しながら“どのような経験が必要なのか?”や、“どのような選択肢があるのか?”を示していくスタンスが求められます。
面接におけるGROWモデルの流れは以下のようになります。
(1)Goal(目標)
面接の最初のステップとして、学生が自身のキャリアにおいて達成したい目標を明確にすることが重要です。もし、目標が漠然としている場合であっても、「1年後の成長イメージ」など近い将来を想像させ、学生が入社後にどのような毎日を送りたいと感じているのかを言語化してもらいます。
言語化が難しい場合は、面接官がうまく言い換えたり、表現を補足したりして、面接のなかで入社後の自分について具体的なイメージを持ってもらうことを促します。さらに、その目標を達成していくために求められる要件(たとえば、獲得すべきスキルや経験、高い業務意欲など)についても丁寧に説明をしていきます。
(2)Reality(現在)
次に、学生が現在直面している現実や課題、いまの気持ちなどについて話し合います。ここでは、Goalのイメージや共有した要件について、学生がどのように受け止めているかを確認します。
学生が抱えている不安や疑問などを吐き出してもらい、誤解や理解不足な点があれば補いつつ、それらに対して企業がどのようにサポートできるかを説明します。たとえば、勤務地や残業時間に不安を抱えている場合は、具体的な実績やルール管理の方法を丁寧に説明し、安心感を提供します。
(3)Options(選択肢)
続いて、学生が持つ選択肢を一緒に考えます。キャリアの選択肢が複数ある場合、どの選択肢がもっとも学生の目標達成に近づくかを共に検討します。
学生は並行して受験している他社や、比較検討している企業については、話してくれないかもしれません。そのため、ここでは自社にはどのような選択肢があるのかを説明します。異動やジョブローテーションの可能性、将来的なキャリアアップの方法などを具体的に提案し、自社の選択肢を選ぶメリットについて解説します。
(4)Will(意志)
最後にここまでのやりとりを振り返り、改めて学生の気持ちを確認します。そのうえで、不安な点や心配な点が残っているのであれば、人事担当者を通して継続的に情報提供機会を設ける旨を伝え、学生がGoalに辿り着くために就活中に経験しておいた方がいいことなどをアドバイスしていきます。
また、(高評価の学生であれば)動機づけるために「十分に適応できる素養を持っていること」や「高く評価し、強い期待をしていること」などを伝えます。
GROWモデルは、ビジネスコーチやキャリアエージェントなどが駆使するスキルです。そのために、一朝一夕で修得できるものではありません。継続的なトレーニングが肝要です。日々、意識してコミュニケーションのなかに取り入れることで、効率的にスキルアップできるため、リクルーターや面接を担当する社員には、部下や若手社員との関わりのなかで日常的に取り組んでもらうのが良いでしょう。
採用コミュニケーションの進化と今後の展望
これからキャリアへの関心が高まっていくにつれ、学生たちはさらに自分の意見や疑問を率直に企業に伝え、対話を通じて理解を深めたいと望むようになっていくでしょう。求人倍率も引き続き高い水準を維持していくことが見込まれていることから、学生と企業のあいだには徐々にフラットな関係性が育まれていくはずです。
さらに、今後の採用活動においては、AIやデータ分析を活用した個別対応の強化が進むことが予想されます。デジタル技術の発展により、学生の行動データやアンケート結果をもとにしたパーソナライズドなアプローチに注力する企業も増えていくことも考えられます。
これからの展望を踏まえると、学生の多様な期待やニーズに応える採用戦略をより早期に築き、取り組みのなかでブラッシュアップしていく企業こそが競争優位を獲得できると言えるのでしょう。学生と向き合う採用について、改めて検討するタイミングに私たちは来ています。採用コミュニケーションをいかに進化させることができるのか?が問われています。
著者紹介
神谷俊(かみや しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表
企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。2020年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。2021年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。