企業における非正規社員の待遇改善は進んでいるのか~賃上げ動向を探る~
目次
はじめに
物価高や人手不足を背景に、最低賃金は2年連続で過去最高の上げ幅で改定され、同時にアルバイトの平均時給も上昇している。また、2021年からは「同一労働・同一賃金」が適用され、正社員と非正規社員間の不合理な待遇格差の是正が行われており、アルバイト等の非正規社員に対して、賃金をはじめとした待遇の改善が進められている。
企業で非正規社員の待遇改善の動きが広がっていることから、本コラムでは非正規社員の賃上げについて企業の動向を探っていく。
アルバイトの平均時給の推移
アルバイトの平均時給は年々上昇
2023年の三大都市圏※の平均時給は1,245円で、前年比では55円の増加となった。アルバイトの平均時給は年々上昇していることから、以前に比べればアルバイトの待遇改善は徐々に進んでいるとみられる。
また、2024年3月の職種(大分類)別では、[飲食・フード]が1,152円(前月比:5円増、前年同月比:45円増)で、2023年2月以降は1,100円以上で推移し、直近は9カ月連続で過去最高額を更新し、飲食・フードの職種で平均時給が上昇している様子がうかがえた。【図1、2】
正社員と非正規社員の賃金格差
非正規社員の賃金の平均は正社員の7割以下
アルバイトにおける賃金の待遇改善は進んでいるように思われるものの、2023年の賃金構造基本統計調査結果から非正規社員の賃金をみると、正社員の賃金の平均は33万6300円に対して、非正規の賃金の平均は22万6600円となり、非正規社員の賃金の平均は正社員の7割以下にとどまっており、正社員に比べて非正規社員の賃金は低いことが分かる。
業種別では、宿泊業・飲食サービス業の賃金が他の業種と比べてもっとも低く、非正規社員の賃金の平均は19万7400円となり、正社員の賃金の平均である28万4100円と比べても低かった。【図3】
特に、アルバイトの時給上昇の動きがみられる宿泊業・飲食サービス業では他の業種や正社員と比べると賃金は低く、賃上げは依然として十分とはいえず、さらなる待遇改善が必要であると考えられる。
企業での「同一労働同一賃金」の対応状況
「基本給」を改定済みの企業は43.6%
前章にて非正規社員の賃金は正社員より低いことがわかったが、2021年にパートタイム・有期雇用労働法が全面施行され、同じ労働であるならば待遇も同じにすべきだとの「同一労働同一賃金」の考え方が原則とされている。
そこで、正社員と非正規社員間での不合理な待遇差の是正状況について聞いたところ「改定済み」と回答した割合は、「基本給」が 43.6%と最も高く、次いで「賞与」が31.0%となった。【図4】
企業規模別でみると、「改定済み」の項目は大企業と中小企業ともに「基本給」が最も高く、大企業で 49.9%、中小企業で 40.5%となった。2020 年 4 月から大企業、2021 年 4 月から中小企業と段階的に対象が広がる形で適用されていることから、「基本給」において「改定済み」の割合は大企業で半数程度、中小企業で半数以下と、大企業と比べて中小企業では改定済みの企業が少ない様子がうかがえた。【図5】
また、今後「改定予定」の項目については、大企業では「精皆勤手当」が 27.0%と最も高く、次いで 「賞与」が 26.6%となり、中小企業では「賞与」が 20.8%と最も高く、次いで「基本給」が 17.8%となった。賞与は基本給の次に待遇差が大きいことから、今後さらに改善が進められることが見込まれる。【図 6】
企業のアルバイト不足割合と人材確保施策
人材不足を感じた企業は6割超え、人材確保施策は「給与増額」が増加
一方、アルバイト等の非正規社員の待遇改善を行う企業の目的としては、不合理な待遇差の改善という側面に加えて、人材確保といった側面もあると考えられる。
2023年のアルバイト人材の人手不足感は63.6%と前年より1.7pt増加し、2020年のコロナ禍による不足感の緩和以降は毎年不足感が高まっている。【図7】
人手不足が高まる中で、企業がアルバイト人材確保のために実施した施策としては、「給与の増額(33.5%)」が2019年から連続で最も高く、次いで「主婦(主夫)層の積極採用(25.3%)」 「シニア層(65歳以上)の積極採用(24.0%)」「正社員(限定正社員含む)登用制度の導入(23.0%)」となった。前年と比べると、「給与の増額」が4.8pt増と最も増加しており、人材確保のために賃上げを行う企業が多い様子が見られた。【図8】
2023年と比べた非正規雇用の賃上げ状況
賃上げした企業は過半数、最も多かった業種は[飲食・宿泊]
企業は人材確保や不合理な待遇格差の是正を目的として非正規社員の賃上げを行っている様子がうかがえたが、ここからは企業における非正規社員への賃上げ実施状況と予定を業種別にみていく。
前年(2023年3月)と比べて、既存の非正規雇用者に対する賃上げを行った企業は51.3%で、業種別では[飲食・宿泊]が63.2%と最も高く、次いで[建設]で55.3%となった。飲食・宿泊業や建設業で賃上げを行う企業が多かったことが分かった。【図9】
また、賃上げ率をみると、「5%程度」が20.2%と最も高くなった。5%以上賃上げした企業は66.0%で、業種別では、[建設]で74.9%と最も高かった。【図10】
2024年度の賃上げ予定
賃上げ予定企業は57.2%、最も多い業種は[建設]
一方で、2024年度に賃上げを予定している企業は57.2%で、業種別では[建設]で70.2%と最も高く、次いで[飲食・宿泊]で64.9%となった。【図11】
また、2024年は連合が「5%以上」という賃上げ目標を掲げており、「5%以上」の賃上げ予定の企業は56.8%と過半数になった一方で、非正規春闘で要求のあった「10%以上」の引き上げを予定する企業は21.5%にとどまった。「10%以上」の賃上げ予定の企業を業種別でみると、[建設]で30.2%と最も高く、次いで[飲食・宿泊]で29.7%となった。
2024年問題で人手不足が懸念される建設や、慢性的な人手不足が続く飲食・宿泊業では、賃上げ実施割合と賃上げ意向がともに高く、2024年度の賃上げ予定については10%以上の賃上げを行う企業が多い様子がみられた。【図12】
アルバイト就業者の経済状況
経済的なゆとりがない割合は約6割
企業で非正規社員の賃上げによる待遇改善が徐々に進められている様子がうかがえたが、賃上げにより待遇改善を図ることは労働者の生活安定や労働の質向上に影響することから、労働者の経済状況についても探っていきたい。
アルバイト就業者に経済的なゆとりがあるか聞いたところ、「ゆとりがない」と答えた人は65.0%と半数以上となった。属性別では、[就業フリーター]で8割となり、他の属性と比べて顕著に高かった。【図13】
また、経済的なゆとりがないと答えた人に求める支援を聞いたところ、「給与アップ」が71.0%と最も高く、次いで「給与以外による金銭面の支援(給付金など)」が39.8%となり、金銭的支援が上位に挙がった。
ゆとりがない割合が高かった就業フリーターでは、金銭面の支援に次いで「正社員採用・登用」が29.5%と高くなっており、約3人に1人が正社員への転換支援を希望している様子がうかがえた。【図14】
正社員と非正規社員間の賃金格差を是正していくことに加えて、正社員として働くことを希望する人に正社員転換の支援を行っていくことも必要であると考えられる。
非正規雇用者の賃上げ以外の待遇改善
賃上げ方法として福利厚生の導入・拡充予定の企業は31.6%
企業と労働者ともに賃上げの必要性を感じているものの、賃上げが難しい企業もあると考えられる。そこで、2024年度に非正規雇用者への賃上げ予定がない企業に、「定期昇給」「ベースアップ」といった賃上げが難しい場合の待遇改善の方法として、非課税対象である福利厚生の拡充によって、実質的に従業員の手取りを増やし賃上げと同様の効果につなげる方法であれば導入を検討できるか聞いたところ、そう思う割合は39.6%となった。
「定期昇給」「ベースアップ」といった通常の賃上げとは異なる方法として、福利厚生の拡充は非正規雇用者の待遇改善に有効な施策となりそうだ。【図15】
また、2024年度に賃上げを目的とした非正規雇用者の福利厚生の導入・改定を行う予定・検討中の企業は31.6%、まだ検討できていないが必要性を感じている企業は34.9%となり、非正規雇用者の賃上げを目的とした福利厚生の導入・改定に関して企業の関心が高い様子がみられた。【図16】
導入・改定予定の福利厚生は「食事代の支給」が22.3%と最も高く、次いで「慶弔お見舞金」が21.3%となった。【図17】
まとめ
物価高や最低賃金改定、同一労働同一賃金の適用などの影響を受け、2024年度に非正規雇用者に対する賃上げ予定の企業が多い様子が見られた。2024年の賃上げ率は30年ぶりの高水準であった2023年を超えることが見込まれ、建設や飲食・宿泊業で賃上げ率が高くなると考えられる。
一方、アルバイト就業者で経済的なゆとりがない割合は6割を超え、労働者にとって賃上げが必要である様子もうかがえた。正社員と非正規社員の不合理な待遇格差のための賃上げは急務だが、人材確保などのために賃上げの必要性を感じているものの、物価上昇分や人件費分の価格転嫁が難しく、賃上げをしたくてもできない企業もあると考えられる。
そのため、非課税対象である福利厚生の拡充によって、実質的に従業員の手取りを増やし賃上げと同様の効果につなげることが、非正規社員の待遇改善や企業の人手確保に繋がる施策の一つとなり得るのではないだろうか。待遇改善の方法として、福利厚生の導入・改定に関心がある企業が多いことから、実際の賃上げと合わせて非正規社員に対する福利厚生の見直しや拡充に今後期待が持てるだろう。
キャリアリサーチLab研究員 三輪 希実