成長を加速させる目標設定〜セルフ・コントロールを促す「準備」のポイント〜
今回は「目標設定」をテーマに取り上げます。目標設定について、留意すべきポイントは多数ありますが、今回は目標設定のための準備やプロセスに注目します。部下の主体性を促すうえで効果的な実践ポイントを提示します。
目次
目標設定が成長を加速させる仕組み
最初に、目標設定の効果について確認をしておきましょう。目標設定を的確に行うことで、どのような効果を期待できるのでしょうか。
目標設定のもっとも大きな育成効果は、セルフ・コントロール(自己調整)を促すところにあります(※1)。
効果的に目標を設定することができれば、部下は自分の仕事を自らマネジメントできるようになっていきます。たとえば、仕事の進め方や手段の選択、必要なスキルの修得、モチベーションの維持など、自分で調整できるようになっていくことが期待できます。
セルフ・コントロールが促されるのは、目標を定めることで次のような効果が生まれるためです。
目標設定で生まれる効果
(1)曖昧さの解消
目標設定をすることで、部下は何に注力すれば良いのかを知ることができます。また、仕事において注力すべき対象が明確になるため、集中して仕事に尽力できるようになるだけでなく、自分のリソース(知識・能力・時間・体力等)を何に対してどのように使うべきかを理解できるようになるため、主体的な判断をしやすくなります。
(2)自己評価の精緻化
目標が設定されていると、部下は自らのパフォーマンスがどの程度なのかを具体的に評価することができます。仕事の進捗レベルや自らの能力レベルを適切に把握できるため、スキルアップの必要性を知覚したり、自らの成長レベルを適切に評価したりすることができるようになります。
(3)裁量・オーナーシップの促進
目標が適切に定められていれば、仕事において自分で進捗を管理したり、行動量を調整したりするようになります。上司の指示を待たずに、自ら判断して行動を進めるために、仕事に対する責任感やオーナーシップが醸成されます。
(4)意味・意義の理解
目標が定められることで、部下は「自分の仕事がどのような目的のために存在しているのか」が理解できます。仕事の意味や価値を理解することができるようになるため、本質的な思考や判断が生まれ、意思決定に自信を持てるようになります。
このように、目標設定は仕事の「見える化」を促すことで、部下の判断や自己評価の質を高め、責任感や主体的な姿勢を刺激します。
その結果として、部下は自ら考え、主体的に行動を展開していくようになります。
上司が目標を設定するのはNG
ここからは、セルフ・コントロールの効果を引き出すためのアプローチについて見ていきましょう。NGアプローチとGOODアプローチをそれぞれ紹介します。
まずNGアプローチです。大前提として、セルフ・コントロールの効果を求めるならば「上司が目標設定を行う」のは、控えた方が良いかもしれません。上司による目標設定は、その効果を大きく低減させてしまうことが分かっています。
たとえば、次のような目標設定のプロセスは、NGアプローチと言えます。
- 課長は、次年度の目標として部署全体の数字をもとに、メンバーの業績目標を設定した。
- 課長はそれぞれのメンバーに自分が設定した目標を説明した。
- 部下は上司が設定した目標に従い、業務を進めていき、上司はその進捗を定期的に確認した。
上記のように、上司が目標を設定し、部下が従うというプロセスは好ましくありません。セルフ・コントロールを促すための目標設定が、上司によるコントロールを効かせるための「道具」として使用されてしまっている状態です。
このようなアプローチは「診断的アプローチ(※2)」と呼ばれ、部下に対してネガティブな影響を与えてしまうことが分かっています。部下が「やらされ感」を強く知覚し、主体性を失ったり、学習意欲が停滞してしまったりするなどのリスクが報告されています。
目標設定は、部下との対話のなかで行う
次にGOODアプローチを見ていきましょう。部下のセルフ・コントロールを引き出すうえで有効なアプローチが「対話的アプローチ(※3)」と呼ばれるものです。たとえば、以下のようなプロセスで目標設定をしていくやり方です。
- 次年度の目標として、部長から自分の担当する部署(課)の目標数字が言い渡された。
- 課長は、部署全体の数字をもとに、メンバーの業績目標を設定した。
- 課長はそれぞれのメンバーに自分が設定した目標について、どう思うかを確認した。
- 部下はとくに注力すべきアクションや方法論について、自分の意見を提示した。
- 上司は、それに対してアドバイスをしつつ、一緒に目標内容を検討した。
上記のプロセス(2)までは診断的アプローチと同様です。ポイントは(3)以降のプロセスです。上司が自分で考えた目標の内容を部下にトップダウンで設定するのではなく、部下の意見を確認し、その意見を踏まえて目標を構成しています。
このようなインタラクティブなやりとりを踏まえることで、部下は目標設定に積極的に関与し、自分の感じている問題意識や成長意欲を上司に提示しやすくなります。その結果、部下の考えやキャリア観を踏まえた目標が構成されやすくなり、部下自身も「自分事」として主体的に仕事を捉えることができるようになります。
目標設定をすれば良い、というわけではなく、設定プロセスが非常に重要です。上司が“コントローラー”を持ったまま部下を動かそうとしても、当然ながらセルフ・コントロールの効果は生まれないでしょう。部下に“コントローラー”を預け、部下がどのように動いていきたいのかを上司が学んでいくスタンスが大切です。
パフォーマンス目標「以外」に注目する
ここからは、対話的アプローチを進めるためのポイントを見ていきます。まず、複数の目標を設定することが大切です。この点について説明をする前に、まずは目標の種類について確認をしていきましょう。目標には、主に次のような種類があります。
パフォーマンス目標
業績や成果の達成水準を示す目標です。営業職であれば「売り上げ目標」「粗利目標」など、その仕事の最終的な成果を示す目標がこれに該当します。最終的な成果をより細分化して「〇月末までに〇〇円の売り上げを達成する」など、週次・月次のパフォーマンス目標を示すケースもあります。
プロセス目標
仕事を進める過程で求められる行動や取り組みの実践レベルを示す目標です。営業職であれば「毎日、テレアポを〇社に対して行う」「1カ月間で提案資料を〇社に対して行う」といった内容がこれに該当します。プロセス目標をうまく取り入れることで部下の尽力が「見える化」され、部下自身に「自分はちゃんと取り組んでいる」という実感を刺激することができます。
ラーニング目標
仕事を進める際に必要なスキルや知識の修得を促す目標です。修得するために必要な経験や学習すべき内容を目標に盛り込みます。営業職の場合は「ヒアリングについて記述された書籍を3冊読む」「ヒアリングスキルを高めるために、〇社に対してヒアリング目的のアポイントを取得する」「ヒアリングスキルを高めるために、ヒアリングすべき内容を網羅的にまとめた学習資料を作成する」などが考えられます。
先述の「対話的アプローチ」を意識して目標設定をするためには、「プロセス目標」や「ラーニング目標」を戦略的に設定していくのが良いでしょう。
多くの企業で重視される目標は、「パフォーマンス目標」だと思います。しかし、なぜそれ以外の目標を重視するのでしょうか。
パフォーマンス目標以外を設定する理由
「パフォーマンス目標」は、売り上げ目標や利益目標など、数値で進捗を評価されるような最終成果目標であることが多い目標です。そのために、あらかじめ会社の方針や上司の考えによって固定的に定められていることが多く、部下の意見を十分に反映させることが難しくなります。
そのため「パフォーマンス目標」のみを設定して、部下の意見を聞こうとしても、部下はなかなか意見を提示しにくかったり、反対に上司からの一方的な指示や説明が増えてしまったりしてしまうでしょう。その結果、「パフォーマンス目標」だけを設定すると、部下の「やらされ感」が高まってしまうリスクが高くなります。
反対に、「プロセス目標」や「ラーニング目標」は、部下の思考や意見を反映される余地の大きい目標です。たとえば、「プロセス目標」を一緒に考える際は、「パフォーマンス目標」を達成するために、とくにどのタスクやプロセスに注力することが大切だと感じているのか?じっくり部下の意見を聞きながら、進めることができるはずです。
また、「ラーニング目標」に関しても、部下は自分の能力・スキルレベルをどのように評価しているのか?また、どのような成長を遂げたいと考えているのか?などについて言葉を交わしていくことができるでしょう。
部下自身の考えや成長ニーズを深く理解しながら、一緒に目標を決めていくことができれば、「やらされ感」は軽減されていくでしょう。むしろ「自分の仕事である」という実感が高まり、主体的な取り組みをスタートさせることができるでしょう。
目標設定前に部下に準備を促す
さらに、目標を設定する際には、部下に準備を促しておくことが不可欠です。部下と一緒に「プロセス目標」や「ラーニング目標」を定めようとしても、部下が自分の意見をうまく伝えることができずに、対話がうまく進まないというケースも多く見られます。
上司が「どのタスクが重要だと思うか?」「どのようなスキルを高めたいと思っているのか?」と尋ねても、部下は自分の意見をすぐにまとめ、言語化できるとは限りません。
部下が意見を提示できなければ、結果的に上司がリーダーシップをとって目標を決めていくことになり、上司の意図に反して「トップダウンの印象」や「やらされ感」が生まれてしまいます。それを回避するために、目標設定を行う際には必ず部下に事前準備をしてもらう方が良いでしょう。
<準備1> 業務の振り返りと評価
まず、日常的な業務内容を振り返り、部下自身にとっての課題を整理してもらいましょう。下記の業務整理表を確認してください。上司はこのような記入式のフォーマットを作成し、部下に記述をしてもらいましょう。
整理表の記入方法は次の通りです。左側の「タスクフロー」に、その部下の業務を進行する流れを記述してもらいます。さらにその右側には各項目のポイント(1pt〈低い・小さい〉〜3pt〈高い・大きい〉を記入してもらいます。それぞれの項目は、次のような意味合いです。
- 「重要度」:そのタスクのパフォーマンスに対する影響度の大きさを入力する欄
- 「難度」:部下にとって難しさを感じる度合いを入力する欄
- 「負荷」:そのタスクを行うために必要な時間的・心理的・体力的なコストを入力する欄
- 「不安・懸念」:そのタスクに対して、改善の必要性や課題を感じている度合いを入力する欄
- 「強化点」:上記のポイントを踏まえて、今後とくに強化したいタスクを決めるためのメモ欄
部下が記入した整理表を確認した際に、もし部下の「タスクフロー」に抜けているタスクがある場合や「重要度」の評価に大きなズレが見られる場合は、それとなくアドバイスをして修正を促します。
たとえば、「〇〇のタスクはどこに含まれているの?」「このポイントは、どうして低めなの?」などのような問いかけです。あくまで部下が主体的に目標を設定するための作業なので、上司が強く指摘したり、強制的・指示的に作業を促したりすることは避けましょう。
最後に、一番右の欄「強化点」に記入をしてもらいます。ここでは、他の項目のポイントを参考にしてもらいながら、部下自身に「今後、とくに改善・強化したいと考えているタスク」をチェックして、コメントを記入してもらいます。
比較的ポイントが高いところを意識してもらうように促しましょう。たとえば、以下のような入力内容の場合は「リスト作成」「ヒアリング・問題意識醸成」「プレゼンテーション(2)」などです。
<準備2>問題点の分析
ここまで整理できたら、次のステップに入ります。目標設定をするための準備は、これだけではありません。次のステップでは、業務を整理した際に「強化点」として〇がついたタスクを中心に進めていきます。ここでも記入式のシートを使ってさらに思考を深めてもらいます。
まずは「問題点」を整理するシートを使います。「問題点」を整理するシートでは、部下が課題に感じているタスクに対して、どのような難しさ・不安を感じているのかを自由に記述をしてもらいます。部下自身に問題を意識してもらいつつ、上司もそれを把握することがこの作業の目的です。
この作業に時間をかけてもらうことがポイントです。自分の仕事における問題や不安をより具体的に把握することができれば、パフォーマンスを引き上げるための要点もつかむことができます。部下・上司ともに問題をより良く把握するために、しっかり考える時間をとりましょう。
記入シートで問題点を出してもらったら、部下がもっとも改善すべきと感じているものをチェック(赤マル)してもらうと、より課題が明確になるでしょう。下記では、先ほどの業務整理表で「強化点」として挙げられていた「リスト作成」をもとに記入例を提示します。
部下が記入シートの8マスすべてを埋めることができない場合は、思考の「呼び水」となるような問いかけを上司から提示しても良いでしょう。たとえば、今回のケースでは「アポイントの見込みがある企業にアプローチできているか?」「電話をする際に、どのように優先順位をつけているか?」等の問いかけです。部下が自身の業務を振り返る際の焦点を提供するイメージで、「〇〇については、どう思うか?」といった具合で問いかけます。
また、タスク上の課題を分析するためのインプットが不足している場合は、他の情報を参照させる等の予備プロセスを設けても良いでしょう。部下が保有している情報量が少ないと、部下は仕事の理想の状態をイメージできず、また何が問題点なのかを特定することもできません。
このような場合は、事前にインプットの機会を提供することが求められます。今回のケースならば、先輩社員にリスト作成のアドバイスをもらう場を用意したり、リスト作成のセオリーをレクチャーしたりするなどして、一定の情報量を提供する場を用意することが求められます。
<準備3>改善アクションの検討
問題が整理できたら、今度はまた別のシートを使って「改善アクション」を検討していきます。先ほど使用した「問題点」のシートを確認しながら、今度は別のシート(「改善アクション整理表」)に改善策を記入してもらいます。
部下1人でアイデアの記入が難しい場合は、上司や先輩社員も参加して一緒に考えていくのが良いでしょう。ただし、上司や先輩社員が積極的にアイデアを出し過ぎてしまったり、指示的な文脈でアクションを提示したりすると、「上司や先輩社員から改善案を強制されている」という部下の認識が生まれ、セルフ・コントロールの感覚が低減します。
フラットな関係性でコミュニケーションを交わせるように、上記のシートを参加人数分用意して、上司や先輩社員がそれぞれアイデアを考えるといったやり方や付箋などを使って、それぞれが考えたアイデアを付箋に貼り付けながら共有していくというやり方をお勧めします。
一通り記入されたら、さらにここからアクションを絞り込むために「改善アクション」を評価していきます。もっとも効果的だと思うもの(チェックした「問題点」を改善できるもの)や、すぐに実践できそうなものをチェックしてもらいます。
尚、ここでは「リスト作成」のみを取り上げて整理していますが、実際は「リスト作成」と同じレベルで重要課題と考えられる「ヒアリング・問題意識醸成」「最終プレゼンテーション」などについても上記の作業を進めていきます。
現状を正しく振り返ることで、次の展開が始まる
ここまでの作業を目標設定の前段階でやることで、ようやく部下も主体的に目標設定を行う準備が整います。
部下のなかで、上司と目標について対話するための言語化が進み、成長イメージもより具体的に描けるようになっているはずです。さらに「自分の仕事」という認識をより強く持つことができるようになっているために、上司から「どうしたいか?」と質問されても、困惑せずに自分の意見を提示できるようになっているでしょう。今の自分の仕事に対して、部下のなかで整理ができるからこそ、部下は「次」の展開を意識することができるようになります。
大切なことは、部下が主体的に目標を目指す姿勢を促すことです。そのためには、目標の種類を増やしたり、部下にも事前準備をお願いしたりするなど、戦略的なプロセス設計が求められます。
すべては、部下自身が仕事をセルフ・コントロールし、生き生きとポテンシャルを発揮してもらうための尽力です。先行投資と考え、丁寧にプロセスを設計できれば、部下の主体性はきっと高まっていくはずです。
これからOJTを進めるなかで、部下の目標を設定する機会も増えてくるでしょう。是非参考にしていただければ幸いです。
<参考資料>
※1:Schunk, D. H. (1990). Goal setting and self-efficacy during self-regulated learning. Educational psychologist, 25(1), 71-86.
※2:Henri, J. F. (2006). Management control systems and strategy: A resource-based perspective. Accounting, organizations and society, 31(6), 529-558.
※3:Marginson, D., McAulay, L., Roush, M., & van Zijl, T. (2014). Examining a positive psychological role for performance measures. Management Accounting Research, 25(1), 63-75.
著者紹介
神谷俊(かみや しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表
企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。