新入社員を組織に定着させる~つなげて馴染ませるオンボーディング戦略~
今回のコラムでは、「オンボーディング」をテーマに取り上げます。オンボーディングとは、獲得した人材が組織に定着し、馴染むための支援施策を意味します。間もなく新人が入社する企業も多いことでしょう。改めてオンボーディングの効果や実践ポイントを整理し、有効な支援の要点を提示します。
目次
オンボーディングの成果をとらえる
まずは研究事例をもとに、オンボーディングが生み出す成果をとらえていきましょう。最初に「なぜ取り組むべきなのか?」を確認したうえで、実践上の要点を提示して参ります。
オンボーディングには、大別して2つの成果が生まれることが報告されています。
個人における成果
1つ目は、個人における成果です。オンボーディング施策を適切に展開することは、新入社員にとって有益な効果をもたらします。「この会社の一員として、頑張っていこう」という前向きな心理状態を促進するのです。
入社したばかりの新入社員は、「外」から自社にやってきた「ゲスト(来訪者)」です。ただし、オンボーディングを通して組織と関わりを持つなかで、「メンバー(成員・仲間)」としての自覚が芽生え、前向きに職務に従事するようになります。学術的にも、オンボーディングによる職務満足や仕事に対するモチベーションの高まりが報告されています(※1)。
反対にオンボーディングが機能不全の状態では、個人にとってネガティブな影響を生み出すことも分かっています。うまく適応できない新人たちは、いつまでも「ゲスト感覚」から脱け出すことができません。
「この会社でやっていけるのだろうか?」という漠然とした不安を抱き、仕事や職場の人間関係に溶け込もうという姿勢も生まれない。このような場合、新人は職務に対する意欲が停滞するだけでなく、職場や組織に愛着を持つことができずに早期離職をするリスクも高くなると言われています(※2)。
組織における成果
もう1つは、組織における成果です。オンボーディングは、企業にどのような恩恵をもたらすのでしょうか。もっとも直接的な効果は、財務への影響です。オンボーディングによって定着や戦力化が促されれば、企業としてはこれまでに投下したコストや経費を賄う財務上の効果を獲得することができます。
しかし、オンボーディングがうまくいかず、新人が早期に離職してしまえば、これらのコストはすべて負債となり企業の財務状況を圧迫します。その意味で、オンボーディングの成否は採用や育成にかけたコストを、新人の活躍によって回収するうえで大変重要な取り組みとなります。
その他の効果として、人材が定着することで安定した人材マネジメントが可能になったり、コア人材を育成したりすることも可能になると言われています。また近年重視されるのは、革新的な成果です。外部からITやテクノロジーに関する専門性を持った人材を採用した際、彼らを組織にうまく馴染ませることができれば、組織内の業務プロセスやサービス開発により革新的なアプローチが生まれます(※3)。
オンボーディングは、早期離職を防ぐだけでなく、個人のポテンシャルを引き出し、組織をより豊かにしていくために不可欠な取り組みと言えるでしょう。
「生きた情報」の重要性
では、どのようにオンボーディングを進めていけば良いのでしょうか。先行研究を手がかりにオンボーディングのポイントを提示していきましょう。
オンボーディングに関する研究では、新人が組織に馴染んでいくなかで、大きく分けて次の3種類の学びを獲得していることが分かっています。これらの学びを適切に促していくことで、オンボーディングの効果を期待できると言えるでしょう。
新人が組織に馴染むための3種類の学び
- 「仕事の進め方」に関する学習
- 「ネットワーク(利害関係・役割関係)」に関する学習
- 「文化・価値観」に関する学習
とくに注目したい点は、上記の2です。以下の図にあるように、新人が学ぶ内容の多くは「ネットワーク」に関連する情報です。「仕事の進め方」は全体の一部に過ぎません。新人が職場生活にうまく適応していくためには、仕事「以外」の人間関係や職場の価値観を適切に学ばせていくことが肝要であると言えそうです。
また、「ネットワーク」に関する情報とは、たとえば次のような情報です。
- 自分の上司の趣味や性格は?機嫌が良い(悪い)時の“シグナル”は何か?
- 部署内で誰と誰が仲良しなのか(犬猿の仲なのか)?
- 自分の業績の進捗がイマイチな場合、どのように振る舞うことが求められるのか?
- 他部署とのやりとりにおける「地雷」は何か?
- 「上」の人たちに気に入られるためには、どのようなイベントに顔を出せばいいのか?
- コンペで勝率を上げるために不可欠な敏腕のパートナー会社はどこか?
- 顧客企業A社の商談をまとめるためには、先方のどの担当者を同席させる必要があるか?
これらは、必ずしも業務内容には直接的に関わるような情報ではありませんが、ある意味でビジネスの根幹を成す情報と言えます。組織のなかに馴染み、職場生活を滞りなく進めるためには、マニュアルや指示書には一切掲載されない”生きた情報”が不可欠なのでしょう。
実際に、高いビジネススキルを持った有能な中途社員が“生きた情報”にアクセスできなかったことで、組織に馴染めずに離職をしていったというケースは多く耳にします。どれほど優秀でも、能力が高くても、現場に潜在する情報を獲得できなければ、そのフィールドに十分に適応することはできないものです。
「生きた情報」はネットワークから学ぶ
オンボーディングを戦略的に進める組織には、「ネットワーク」に含まれるような”生きた情報”をどのように学ばせるかを検討することが求められます。
職場にある多様なネットワークにつなぐ
もっとも効果的なのは、職場のなかにある多様なネットワーク(人間関係)につなぐことです。さまざまな「先輩」や「知り合い」たちと友好関係を築かせることだと言われています。これらの関係を通して周囲の仕事ぶりや振る舞いを学ぶことができれば、新人は効率的に組織のなかで育まれていきます。
たとえば、自分の「上司の性格」や「うまく付き合っていくための術」を先輩社員から聞いたり、「自分の担当している顧客の好み」を教えてもらったり、「どのパートナー会社と一緒に仕事をすればコンペに強いのか」や「必ず参加するべき社内イベント」など、職場生活を営むうえで不可欠な“知恵”を周囲から学び、新人は組織へ溶け込んでいくのです。
効果的な組織適応とは
では、どのような人間関係が新人の組織適応において効果的なのでしょうか。ポイントは次の2種類のネットワークを構築させることです。
1つ目は、関与レベルが高く狭い範囲で築かれる「ストロング・タイプ」のネットワークです。直属の上司との関係性や、同じ職場やチームで一緒に仕事をする同僚との関係性などがこれに該当します。
これらのネットワークは、学術的にはLMX(Leader-Member-eXchages)やTMX(Team-Member-eXchages)と呼ばれ(※4)、部下のパフォーマンスや離職リスクに影響を与えるような重要な関係性です。「ストロング・タイプ」のネットワークをしっかりと築くことができれば、新人の職務態度や組織への愛着がよりポジティブになることが報告されています。
2つ目は、関与レベルが低く広い範囲で築かれる「ウィーク・タイプ」のネットワークです。別の部署の先輩社員や上司など、日常業務では関わらないような社内のメンバーとの関係性がこれに該当します。こちらのネットワークは新人がより多角的な視点で視る「メタ視点」の提供という点で、その効果を発揮します。職場生活を送るうえで必要な幅広い知見・示唆を与えてくれるのです。
職場は、ある意味で閉鎖的な環境です。自分の部署で「当たり前」「普通」「常識」とされていることを、“一般的”と考えてしまうと、知らずのうちにリスクや不具合を抱え込んでしまうこともあります。また、職場内の人間関係がうまくいっていない場合は、強いストレスを抱え込んでしまう可能性も考えられます。
このようなときに、「ウィーク・タイプ」のネットワークが構築できていれば、多角的な視点で現状をとらえることができるでしょう。他部署の上司や先輩が「メンター」や「避難場所」となることで、新人は適切にバランスをとりながら現状を解釈し、冷静に対策を検討することができます。
「ストロング・タイプ」のネットワークは業務を遂行するために”インフラ”となるネットワークですが、これに依存してしまうと新人たちの視野は狭くなってしまいます。それを補うために、「ウィーク・タイプ」のネットワークにうまくアクセスさせながら、相互補完的にネットワークを構築させることが求められます。
ネットワーク構築の要点
オンボーディングでは、「ストロング・タイプ」と「ウィーク・タイプ」の双方のネットワーク構築が有効です。では、新人に良質なネットワークを構築させるためには、企業にはどのような対応が求められるのでしょうか。以下に、実践的な要点を提示します。
選考プロセスへの注力
オンボーディングは、「採用プロセスから始まっている」と考えるべきでしょう。新入社員は、応募者の段階から、面接や職場見学を通して貴社の学習を始めています。そのため、採用プロセスで職場の状況を現実的に伝えることは、オンボーディングの効果を高めるうえで非常に大切です。
とくに、注力したいのは面接です。面接の時間をしっかりとり、互いの理解を深めることで、新人は会社の業務や文化、人間関係やコミュニケーションを学んでいきます。さらに、所属長が面接官としてその場に参加することも効果的です。配属前に上司と新人が顔合わせをしておくことで、両者の間には愛着が生まれやすくなります。さらに、所属長自身に「自分が合格を出した人材だ」という自負も生まれやすくなるために、良質な上司・部下関係を築きやすくなるでしょう。
「マナー研修」の重要性
近年、マナー研修を実施しない企業も増えています。テレワークの影響や社会的に印象管理の価値を重視する考えが希薄になりつつあることなどが要因と考えられます。しかしながら、実はマナー研修は新人の組織適応を進めるうえで有効なアプローチです。
マナー研修は、新入社員の“新人らしさ”を高め、職場の人間関係を円滑に築くことに貢献します。たとえば、マナー研修に参加した新人たちが、配属初日から研修で学んだ通りに元気よく挨拶し、メモを片手に話を聞き、教科書通りの名刺交換をし、事あるごとに報告・連絡・相談を徹底して実践していたらみなさまはどう思うでしょうか。「新人らしさ」を感じるとともに、彼らを支援したいという気持ちが高まるはずです。
人は相手に“脆弱さ”を感じると、支援しようという気持ちが生まれ、信頼関係を築く態度が形成されます(※5)。専門性も経験も持っていないのに、素直で元気な新卒の新人が可愛がられるのはそのためです。反対に、中途社員の場合はこのような“脆弱さ”が希薄であるために、敵対視してしまったり、「お手並み拝見」のような達観視した態度をとってしまったりする社員が多くなるのです。
新人らしい振る舞いを教育することは「時代遅れである」と指摘する意見があることも確かです。確かに、業務遂行そのものにおいて、マナーや挨拶・服装などは直接的に関係のないことかもしれません。しかし、職場社会に馴染み、友好関係を築くうえでは一定の効能があると考えられるため、オンボーディング施策の1つとして入社プロセスに組み込むのが有用です。
現場配属前の非公式メンターと出会う場
先に述べた通り、新人が組織に馴染むためには、「ウィーク・タイプ」のネットワークを構築することが求められます。ただし、「ウィーク・タイプ」のネットワークには課題があります。構築手段が限られてしまうところです。「ストロング・タイプ」のように仕事上の役割や業務遂行をしているだけで自然と構築されるものではありません。
社交性のある新入社員ならば、業務時間外に積極的に他部署の先輩に声をかけたりするのかもしれませんが、多くの新人はそうではないはずです。またテレワークを導入している企業であれば「先輩にわざわざ声をかけに行きにくい」という躊躇いが生まれてしまい、関係構築は一層難しくなるかもしれません。
だからこそ、非公式なつながりを構築できる機会を設定してあげるのが良いでしょう。具体的なアプローチは、いろいろ考えられます。たとえば、サークルや部活のような社内横断的な活動の促進やその紹介イベントを開催したり、5年目社員と新入社員の世代間交流イベントを開催したり、あるいは「社内留学」「社内インターン」のような形で他部署と交流する機会を提供しても良いでしょう。
大切なポイントは、それを実施する時期です。会社の業務内容にもよりますが、ようやく仕事を覚え、職場の「ストロング・タイプ」の関係構築もできてきたタイミングが理想です。入社後3カ月~6カ月程度が目安でしょうか。このタイミングで現状を俯瞰させ、多角的な情報を収集できるネットワークに「接続」させるのです。
それより早ければ「ストロング・タイプ」の関係性が成熟していない可能性があるために、新人に「ウィーク・タイプ」の関係を築こうという動機が生まれにくく、場を設けてもうまく活かすことができません。また、職場外のネットワークから得た情報が”ノイズ”になってしまうリスクがあります。たとえば「直属の上司はAと言っているが、他部署の先輩はBと言っている」というように、異なる意見が複数入り込むことで本来のOJT効果が弱まってしまうリスクがあります。
反対に、それより遅いのも効果的ではありません。たとえば、新人が自分の直属の上司や所属部署の同僚に幻滅や苛立ちを感じていた場合、「ウィーク・タイプ」の立ち上げが遅れるほど離職や意欲低下のリスクが高まってしまうためです。適切な時期にネットワークが機能するように、自社の現場の状況を踏まえながら機会提供をする必要があるでしょう。
さいごに
今回のコラムでは、オンボーディングをテーマに取り上げました。さまざまなアプローチや理論が提示される領域ですが、大切なポイントは当事者の視点を持って本質的に考えることなのでしょう。みなさま自身が今の組織に入ってきたときに、どのような支援をしてもらって嬉しかったでしょうか。
また、何をしてもらえたら良かったと感じたでしょうか。テクノロジーが進み、世代が変わっていっても、人間の本質は大きく変わるものではありません。自分たちが新人であったころを思い出しながら、施策検討を進めれば、きっとそれは良質なアプローチになるはずです。
<参考資料>
※1:尾形真実哉. (2008). 若年就業者の組織社会化プロセスの包括的検討. 甲南経営研究, 48(4), 11-68.
※2:Wanous, J. P., Poland, T. D., Premack, S. L., & Davis, K. S. (1992). The effects of met expectations on newcomer attitudes and behaviors: a review and meta-analysis. Journal of applied psychology, 77(3), 288.
※3:尾形真実哉. (2008). 若年就業者の組織社会化プロセスの包括的検討. 甲南経営研究, 48(4), 11-68.
※4:Chao, G. T., O’Leary-Kelly, A. M., Wolf, S., Klein, H. J., & Gardner, P. D. (1994). Organizational socialization: Its content and consequences. Journal of Applied psychology, 79(5), 730.
※5:Rousseau, D. M., Sitkin, S. B., Burt, R. S., & Camerer, C. (1998). Not so different after all: A cross-discipline view of trust. Academy of management review, 23(3), 393-404.
著者紹介
神谷俊(かみや しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表
企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。