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大転職時代において従業員を惹きつける人事部のコミュニケーションとは?—慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教 羽生 琢哉氏

羽生琢哉
著者
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教
HANYU TAKUYA

大転職時代の到来

総務省の労働力調査によると、2023年平均の転職希望者は1,007万人となり、年平均として初めて1,000万人を超えた。転職希望率(全就業者における転職希望者の割合)は15.3%で、実に約6人に1人が転職を望んでいる計算になる。

実際の転職率に関しては、マイナビキャリアリサーチLabが公表している転職動向調査によれば、2022年の正社員の転職率は7.6%で2016年以降もっとも高い水準になっている。今や転職は当たり前の大転職時代に入ったと言える。

注目すべきは、近年の転職希望者数は比較的安定して増加している点である【図1】。

転職希望者と転職希望率の推移
【図1】転職希望者と転職希望率の推移

実際に転職が実現するかどうかは企業の求人数など経済環境によっても左右されるため、転職者数を正確に予測することは難しい。しかし仮に転職に至らなかったとしても、転職希望者が増えていること自体が、企業としては組織の求心力や要員計画に関わるリスクとなるため望ましい状況とは言えない。それではなぜ、これほどまでに転職希望者が増えているのだろうか?

転職希望者が増えている背景

SNSの普及による情報の透明化

理由の一つに、インターネットやSNSの普及を通じて情報の透明化が進んだことが挙げられる。上記と同じ労働力調査によれば、実際の転職者の離職理由に関しては「より良い条件の仕事を探すため」という回答が2013年以降右肩上がりに増えて、現在も高い水準となっている。

労働者はインターネットやSNSを通じて他社の実情を目にする機会があり、自分の置かれた現状を相対的に認識できるようになったために、より良い労働条件に対する期待を抱くようになっていると考えられる。

若年正社員のキャリア観の変化

もう一つ理由として、人生100年時代と言われる中で、若手世代のキャリア観が変化したことが挙げられる。筆者が社会人となったのは2013年だが、就職を意識し始めた大学生の頃から終身雇用は当たり前でないと考えていた。

一つの会社にとらわれず、さまざまな可能性を含めて自らのキャリアを追求する姿勢は、現代の若手世代にとって当然の権利として主張されるものとなっている。こうした価値観の変化に敏感にならず、一企業内で勤め続けることを前提にして、従来と同じやり方で若手世代に組織の論理を押し付ければ、若手世代はますますギャップを感じるようになり、彼らの心は組織から離れていってしまいかねない。

人事戦略としての“選び、選ばれる関係”へ

経済産業省が2020年に取りまとめた「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」(通称:人材版伊藤レポート)には、「“囲い込み型”から“選び、選ばれる関係”へ」という印象的な言葉がある。

同報告書には、「個人が自律・活性化し、企業と対等な関係になっていくことを考えれば、囲い込み型ではなく、企業と個人が、互いに選び選ばれる、多様性のあるオープンな雇用コミュニティを推進していくことが求められる」と記載されている。

労働者を自社独自の価値観やルールで染め上げて転職を選択できなくなるように囲い込むようなやり方は、事業環境の激しい現代において、企業にとって適切な人事戦略ではなくなりつつある。

“選び、選ばれる関係”に向けた企業のアプローチ

労働者からみれば、転職は必ずしも悪いことではない。転職することで当人がより充実したキャリアを築ける可能性があるならば、企業側も労働者の決断を尊重すべきであろう。しかし、企業が当該労働者を必要としているのならば、労働者からも求めてもらえるように企業側の姿勢を変えていく努力が必要である。そのようにして築き上げられるのが「選び、選ばれる関係」であり、これは【図2】の右上象限で表される。

「選び、選ばれる関係」に向けた企業のアプローチ
【図2】「選び、選ばれる関係」に向けた企業のアプローチ

一方、対極にある左下象限は、企業も当該労働者も互いに求めていない状態である。これはいわゆる雇用のミスマッチであり、この場合は、円満な形で退職に進んだほうが双方にとって好ましいと言える。

左上象限は、企業側は当該労働者を求めていないが、労働者のほうが企業を求めているという状態である。この象限に該当するケースとして、たとえば、これまで労働者を自社の価値観に染め上げて囲い込んできた結果、中高年層が滞留しているといった問題が挙げられる。当該労働者は企業への恩義や愛着を感じているかもしれないが、長期滞留に伴って能力やモチベーションが低下しており、人件費支払いがそれに見合っていないと判断されれば、企業としては何らかの対応を取らなければいけない。

一つのアプローチ(【図2】の①)として、当該労働者をキャリアチェンジに向かわせるための認識変容を促し、他社にも視野を広げてもらうことで円満な退職へと向かわせることが考えられる。もう一つのアプローチ(【図2】の②)として、企業から必要とされる人材となるようにキャリア自律支援をはじめとして、労働者の能力開発や再活性化に向けた教育投資を行うことが考えられる。

最後の右下象限は、企業側は当該労働者を求めているものの労働者に選ばれていない状態である。ここには、先述した潜在的な離職希望者が該当する。企業としては、こうした労働者から求めてもらえるように組織的な改善策を検討する必要がある。そして、その中心的な役割を果たす人事部は、望ましい人事システムの変容に向けて取り組むことが求められる(【図2】の③)。

離職防止に向けた人事部のコミュニケーションの重要性

それでは、どのように人事システムの変容に取り組んでいけばよいのか。その具体策を【図3】に整理して示している。

人事システムの変容に向けた取り組み
【図3】人事システムの変容に向けた取り組み

人事システムのコンテンツ改善

まず人事システムのコンテンツの改善が考えられる。一般的な離職理由として「給与」「労働時間・休日」「評価」「教育体制」という観点が挙げられるが、これらについて自社の従業員のニーズを適切に取り入れたうえで人事制度・施策を見直す必要がある。

ただし、いくら素晴らしい人事制度・施策を設計し運用したとしても、その意味内容が適切に労働者に伝わらなければ人事部の意図どおりに従業員の態度を引き出すことはできない。したがって、人事システムのコンテンツの設計以上に、どう伝わるかというプロセスの観点を持つことが大切である。

人事部のコミュニケーションの質

人事システムのプロセスは、策定した人事制度・施策に含まれる意味が従業員に対して共有・伝達されていく活動を指す。言い換えれば、人事部のコミュニケーションの質が重要となる。人事部は従業員にまつわる機密性の高い情報を管理しているために、そのコミュニケーションが閉鎖的になる傾向がある。

筆者が一般社員を対象に行ったインタビュー調査でも「人事部が何をしているのかわからない」「人事部には話しかけづらい」という声が多く聞こえてきた。しかし、上述した人材版伊藤レポートを機に、CHRO(最高人事責任者)の設置をはじめとして、人事部が主体となって人事戦略・人事方針を発信することが求められており、従業員側も人事部からのメッセージを期待する機運が高まっているように感じられる。

2022年に公表された人材版伊藤レポート2.0の実践事例集を見ても、先進企業における人事責任者の多くは、現場社員との対話を通じて自社のパーパスや人事方針の浸透を図ろうとする姿勢が読み取れる。

コミュニケーションの改善がもたらす好循環

そもそもコミュニケーションとは、一方向的な情報伝達ではなく相互作用により意味が交換・共有される活動である。したがって、人事部は従業員に対して話す・伝えるだけでなく、積極的に従業員の声を聴き、そのニーズを引き出すという活動も重要となる。

先述と同じ筆者が行った調査では、従業員の就業継続要因として、人事部が現場の従業員に対する関心や配慮の気持ちを持ったコミュニケーションが重要であることが明らかになった。人事部が現場に対する関心や配慮の気持ちを持つことによって、現場からの信頼を得られ、現場からも人事部に対して要望を伝えやすくなることが期待される。

そして、その要望を踏まえた人事制度・施策の改革を通じて、従業員の組織に対する満足も高まっていくという好循環をつくることができる。

まずは真剣に聴き、率直に伝えることから

人事部のコミュニケーションの重要性について、筆者と関わりのある人事担当者に伝えたところ、「なかなか現場と関わる時間が取れない」「人事部の立場が弱く、現場との関わり方が難しい」という意見をいただくことがあった。

こうした意見を持つ背景には、人事部のコミュニケーションに関して、実際に目に見えるコミュニケーションの量や接点を増やす活動に単純化して捉えていることが考えられる。しかし、人事部のマンパワーも限られている中で、やみくもに直接的なコミュニケーション活動を増やすことは現実的でない。そのため、現状のコミュニケーション活動を見直す中で、その質を高めていくという発想が重要となる。

したがって、現実的には、人事システムの変容という本来の人事部の活動を遂行することを通じて、人事部のコミュニケーションを改善していく方法が建設的である。このとき、コミュニケーションが持つ二つの側面として、関係的側面(対人欲求が満たされること)と情報的側面(情報が明確に提供されること)から対応を考えることができる。

関係的側面の対応

まず関係的側面の対応としては、人事部の現場への関心や支援の意識を高めながら、人事制度・施策を検討することが挙げられる。人事部は「経営視点」からの合理性だけを重視するのでなく、「従業員視点」も統合的に組み入れながら人材戦略を構築し、各人事施策の運用方針を定めていく必要がある。

このプロセスにおいてはアンケートやインタビューなどを通じて、できるだけ現場の従業員の声を真剣に聴こうとする姿勢が求められる。従業員に過度な期待を抱かせないように現場の声はできるだけ聞かないという考えを持つ人事担当者もいるが、そうした不誠実な態度はどこか従業員に伝わってしまう。

たとえ不満やクレームであったとしても、従業員から発せられる本音は組織を良くするための貴重な種となる。また、そこで得られた意見に対しては、しっかりと反応したりフィードバックしたりすることも忘れてはいけないだろう。

情報的側面の対応

次に、情報的側面の対応としては、明確なメッセージとしての情報提供が挙げられる。そのためには、人事部にとっての人事課題と人材戦略を明確にし、人材戦略に基づいて各人事施策を整合的に理解する必要がある。とりわけ、各人事施策のメッセージの一貫性に関する検討はおろそかになりがちである。

たとえば、経営戦略や人事戦略として「変革への挑戦」というメッセージを打ち出しているにもかかわらず、人事制度の運用が保守的で年功的のまま、従業員の主体的な挑戦の行動が適切に評価されないような状況をよく目にする。

その結果、従業員は人事部の取り組みに対して矛盾したメッセージを感じ取り、不信感を抱くことにつながりかねない。もちろん、各人事施策の一貫性を整理することは、労力もかかり容易にできることではない。しかし、少なくとも、人事部が「どこを目指して」いて、「何が課題」で、「現在地としてどの段階にいるのか」ということを率直に伝える努力はできるだろう。

たとえ、現段階で人事制度が不完全だったとしても、そうした人事部の現状を率直に伝えていく姿勢は、従業員との健全な信頼関係の構築に結びつくはずである。

まとめ

人事部のコミュニケーションの第一歩としては、従業員に対して「真剣に聴き、率直に伝える」ことが大切である。言葉のうえでは単純で当たり前に思うかもしれないが、聴くことも伝えることも、想像以上に簡単ではない。真剣に聴くためには、相手の隠れた背景まで深く考えようと努力し、広い心で受け止める姿勢が求められる。

率直に伝えるには、自分たちの存在意義や目的について深く理解し、聴き手のことを考えて表現を工夫することが求められる。「真剣に聴き、率直に伝える」ことを踏まえて、一人ひとりの人事担当者は、どれほど従業員との間で豊かな関係性を築こうという想いを持って仕事に取り組むことができるだろうか。

転職が当たり前の大転職時代において、従業員を自社に惹きつけられるかどうかのキーパーソンは人事担当者であり、企業に対する魅力は人事部のコミュニケーションの姿勢によって決まるのである。


羽生 琢哉

著者紹介 
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教 羽生 琢哉(はにゅう たくや)

人事分野の専門誌「労政時報」の編集者を経て、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程を修了。現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の後期博士課程・特任助教として、組織心理学(組織行動、人的資源管理、ピープルアナリティクス、キャリア開発、成人発達など)を中心テーマに、企業との共同研究・実践プロジェクト活動に従事。2021年から「人としての器」に関する研究プロジェクトを推進し、2024年に株式会社人としての器を設立。慶應義塾大学SFC研究所上席所員、筑波大学働く人への心理支援開発研究センター研究員を兼任。国家資格キャリアコンサルタント、一般社団法人キャリアアドバイザー協議会登録キャリアアドバイザー。「若者離職と人事部との関係性」に関する修士論文で最優秀賞、2020年度人材育成学会奨励賞。

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