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次世代の組織マネジメント~AI主導の業務管理は実現するのか?~【前編】ー京都大学 経営管理大学院 教授 関口倫紀氏

キャリアリサーチLab編集部
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テクノロジーが進化し、企業はDXなどでIT を積極的に導入している昨今。2022年11月にはChatGPTの日本語版がリリースされ、わずか2カ月でユーザーが1億人を突破しました。今後、AIにより組織マネジメントが行われる日もそう遠くないかもしれません。

そうした可能性がどのくらいあるのか。そうなった場合に、社員のマネジメントや採用、評価などを行っている管理職はどういう業務を担うことになるのか。AI(人工知能)による、組織マネジメントや人々の働き方への影響の研究に取り組もうとしている京都大学経営管理大学院の関口 倫紀教授に話を伺いました。

「アルゴリズミック・マネジメント」とは、AIを使って人々の働き方を管理すること

——関口先生がこれから取り組もうとされている研究概要について教えてください。

関口:「アルゴリズミック・マネジメント」が組織マネジメントおよび人々の働き方に与える影響についての研究を行おうとしています。「アルゴリズミック・マネジメント」というのは、一言でいうと「AI(人工知能)」を使って、人々の業務や働き方を管理することです。

これまで、私たち人間はIT技術を使って、さまざまな業務を自動化してきました。これらIT化とAI化は、いったい何が違うのでしょうか。それは、ソフトウエアが自ら学習する能力を持っているか、いないかの違いです。AIはビッグデータを収集して、自律的に学習し、賢くなっていきます。

今までは、マネジメントや評価などの「自ら考えて、意思決定する」重要な要素は人間が行い、標準化できる作業レベルのタスクは、ITに任せていました。これからは、人間が行っていた意思決定の部分もAIが担うようになってきます。

たとえば、(現時点でいくつかの課題はありますが)採用においては、自社のターゲットになりうる人材の募集や、面接・選考の一部分をAIが行うようになるでしょう。そして将来的には採用のみならず、業務の推進・遂行、経営の意思決定など、広範囲にわたってAI(アルゴリズム)が担っていく可能性があります。

そうなると、企業における組織のあり方や私たちの働き方が大きく変化していくことが予想されます。今は、上司は当たり前に人間ですが、今後はAIになりうる可能性も出てきます。具体的に、どのように変わっていくのか。その兆しについて、今でも起こりつつある事例などを探しながら、働く人たちの環境については、さまざまな新しい研究手法を取り入れて、研究を進めようと考えています。

AI(アルゴリズム)の指示・管理のもとに動くような働き方が普及した場合に、私たち人間の能力やスキル、それからモチベーションや態度などが、今とは違うものになっていく可能性も秘めています。そういうことも研究では解明していきたいと考えています。

標準化された業務とプロフェッショナルな業務から、AIによるマネジメントは導入されていく

標準化された業務とプロフェッショナルな業務から、AIによるマネジメントは導入されていく

——欧米では、もうすでにそうした変化の兆候はあるのでしょうか?

関口:代表的なのは、UberやUber Eatsです。これらのサービスにはプラットフォームがあり、そのプラットフォームが、利用者と配達者・ドライバーとのマッチングを行っており、その間には人間は介在していません。

稼働回数、稼働時間、利用者のレビュー(評価)などを反映したアルゴリズムが、配達者やドライバーに指示を送っています。今、AI(アルゴリズム)が、人々の労働を管理(マネジメント)しているもっとも近いカタチではないでしょうか。

なお今後、AI(アルゴリズム)によるマネジメントが適用しやすい仕事としては大きく2つのタイプが考えられます。1つは、細かく分けられて標準化されているタスク(仕事)です。これなら誰にでもできるため、時間が空いている人にオファーすることが可能です。

このタスクに適した人材を、アプリ(プラットフォーム)がアルゴリズムから算出し、依頼を行います。そういう仕組みをつくることができるので、アルバイトがやっているようなマニュアル化された単純作業が適用しやすいです。

もう1つは、前者とは反対にプロフェッショナルな人たちが行う仕事です。企業に依存せずに、高度なスキルを持って活動する人たちが、 自分自身でお客さんを探すよりも、プラットフォームにお客さんを見つけてもらう。そのほうが、業績評価や顧客満足度、報酬など、さまざまな観点から自分に合った案件を探してくれるので、働きやすくなる可能性はあります。

このサービスなら、自分が持っているスキルを最大限発揮できるので、副業や兼業で収入を増やしたい人たちも参画してくる可能性があります。この2つのタイプの仕事は、おもにフリーランスが対象です。

その後、ボリュームゾーンにいる、いわゆる会社で働いている一般的な人たちにも効率化や最適化が求められてくるので、業務が整理され、アルゴリズム(AI)によるマネジメントが浸透していくと考えられます。

また、アルゴリズミック・マネジメントの導入が早い業種は、IT業界です。ITの場合は、仕事を分割したり、分業して後で統合したりするようなことをITやデジタルで行えるので、AIが評価やマネジメントがしやすいからです。

管理職は「AIに働きかける人」と「AIから指示を受ける人」に分かれてくる

——マネジメントにAIが介入してくると、マネジャーなどの管理職はどういった業務を担うことになるでしょうか?

関口:マネジメント業務にAIが代替されるようになると、当然そういう仕事自体が減っていく可能性があるため、その仕事をしていた管理職はAIを挟んで下にきたり、上にいったりすることが考えられます。

「下」というのは、自分が意識決定するのではなく、AIの指示・管理にしたがって業務を行う立場になることです。「上」というのは、AIを整備したり、制御したりして、AIを適切な状態に維持する業務が考えられます。

たとえば、AIが 評価やマネジメントをする際に、なぜ、そういう評価や指示を行うのか。ロジックを整理して、その行動を解釈し、マネジメントを受ける人たちに分かりやすく伝える仕事。AIと人間との橋渡し的な役割も「上」にいる人たちの業務になります。

ただ、AIの「上」や「下」というのは、「AIに働きかける人」と、「AIから指示を受ける人」という役割の違いがあるだけで、「下」だからといって、必ずしも収入や地位がダウンするわけではありません。下のポジションに移っても、プロフェッショナルとして以前よりも稼げる人は出てくると思います。

人は楽な方に流れていく。いつのまにかAIのマネジメントも受け入れるだろう

人は楽な方に流れていく。いつのまにかAIのマネジメントも受け入れるだろう

——管理される人の中には、AIにマネジメントされたくないと思う人も多いのではないかと思いますが、そのあたりはどういったことが考えられますか?

関口:たとえば、Amazonで買い物をする、あるいは、Netflixで動画を見ると、レコメンド(おすすめ)の商品や作品が表示されます。これは、ユーザーの購入履歴や視聴履歴をもとにAIが選んでいるわけですが、ユーザー(人)は、AIから指示を受けているという感覚はほとんどないでしょう。どちらかといえば、自ら意思決定をして購入したり、鑑賞したりしている気になっています。

それは、知らないうちに、巧みにAIに操られているともいえるでしょう。同じようなことがメールでも体感できます。最近メールを打っていると、ソフトが先読みして文字を表示してくれます。本来は、自分の伝えたいことがあって、メールを書いているはずなのに、実は、その予測変換文字を追いかけて、メールを書かされている。

こうなると、次第に自分の意思でやっていることなのか、AIから指示されてやっていることなのかが、分からなくなってきます。しかし、AIを使っていると便利だし、効率的に稼げるので、その機能を止めることはしません。やはり人は楽な方に流れていきます。従来の人のアクションを考えても、最初はAIに抵抗するかもしれませんが、次第に受け入れるようになってくるのではないでしょうか。

学習によって、AIが勝ち筋を見通せるようになれば、人に適したマネジメントを行える可能性がある

——みんながAIの指示を聞く中で、それと違うことを選択すれば、他者との差別化ができそうですが……そういう判断をした時に、どのような評価が下されるでしょうか?

関口:そこは大きな論点だと思います。人間がAIにマネジメントされるようになると、そうした逆張りが実は不可能になってきます。 どういうことかというと、たとえば、AIが「お客さんのビックデータを囲い込んだ方がお客さまの満足度が高まるし、報酬も上がりますよ」といった指示をメンバーたちに出したとします。

でも、ある社員は「それは違う」と思うので、AIがレコメンドしたことと違うことを選択するとします。結果どうなるでしょうか。やはり、AIの指示は、これまでの膨大なマーケットデータを元に算出して導き出したモノなので、AIの方が確率的に成果が出やすく、その社員が選んだやり方では成果が出せず、結局お客さんに怒られて、リピートに至らないということが起きてしまいます。

そうなると、その社員は反省して、 AIの指示することは正しいと考え、その後はAIの指示を選ぶようになります。もちろん業界、業種、職種によると思いますが、データさえあれば、勝つ確率や成功する確率、お客さんの喜ぶ確率を分析して、AIは勝ち筋を見通すことができます。

これからは人間が判断するよりも、 AIが判断した方が勝ちやすくなります。ChatGTPがこれだけ広がってきているのも、こうした1つの傾向だと思います。自分が考えるよりも、AIを使った方が間違いは少ないし、楽だ、ということが広がっている証です。 得意不得意はあるにせよ、AIは進化してさらに賢くなってくるので、組織のマネジメントも近い将来、AIが行うようになってくるのだと思います。

——今回は、関口教授が取り組もうとされているAIによる組織マネジメントの可能性や管理職の役割などについて、語っていただきました。後編は、アルゴリズミック・マネジメントが普及した時に、働く人の立場はどう変わっていくのか。今後、人間が求めることとは何かについて伺います。


関口倫紀

関口倫紀(京都大学経営管理大学院教授)
大阪大学大学院経済学研究科教授等を経て2016年より現職。専門は組織行動論および人的資源管理論。欧州アジア経営学会(EAMSA)会長、日本ビジネス研究学会(AJBS)会長、国際ビジネス学会(AIB)アジア太平洋支部理事、学術雑誌Applied Psychology: An International Review共同編集長、Asian Business & Management副編集長等を歴任。海外学術雑誌に論文多数。最近の共監訳書に、ウェンディ・スミス、マリアンヌ・ルイス(共著)『両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』がある。

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