マイナビ キャリアリサーチLab

現場マネージャーのキャリア指導力の向上を促進
【NTTコミュニケーションズ株式会社】

矢部栞
著者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

厚生労働省は、従業員の自律的なキャリア形成支援について模範的な取り組みを行っている企業等を表彰する「グッドキャリア企業アワード」を実施しています。今回は、グッドキャリア企業アワード2022でイノベーション賞を受賞した東京都千代田区の通信事業・NTTコミュニケーションズ株式会社を訪問。3,000人の面談から得たノウハウを凝縮した「発奮・スタンスセオリー」の内容、その効果などについてお話をうかがった。

会社紹介

まずは、NTTコミュニケーションズ株式会社についてご紹介させていただきます。

会社名:エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
設立:1999年
事業内容: 国内電気通信事業における県間通話サービス、国際通信事業、ソリューション事業、及びそれに関する事業等
従業員数:9,000人(NTT Comグループ:16,850人)

今回取材を受けてくださったのは、ヒューマンリソース部 キャリアコンサルティング・ディレクターの浅井公一さんです。

3,000人を超える社員との面談実績をもとに「発奮・スタンスセオリー」を制作

——はじめに浅井様のキャリアコンサルティングへの取り組みについてお聞かせください。

従業員のキャリア開発に対するサポートには2014年から携わっています。ベテラン社員の活躍推進を目的として、毎年、満50歳になる非管理職の社員約300人に向けた研修と面談を実施していました。
その後、こういった研修や面談はベテラン層だけではなくてあらゆる層に対してもやるべきだということで、2020年にキャリアデザイン室が正式に立ち上がりました。

現在の活動の軸になっているのは主に3つ。キャリアに関する社員の相談を受け付けること、部下の指導に悩むマネージャーを育てていくこと、そして、キャリア開発に関して同じような課題が出てきたときに組織に対して改善の提案を行うことです。 現在は、私を入れて本務6名、兼務3名の計9名で年間1,000人くらいの面談を実施しています。

——貴社は「グッドキャリア企業アワード2022」でイノベーション賞を受賞されました。評価された取り組み内容を教えてください。

現場のマネージャーが、部下の自律的なキャリア形成を支援できる仕組みを構築したことが評価されました。キャリアデザイン室ではこれまで3,000人以上の社員の面談を行い、その7割以上にポジティブな行動変容が起きたことが確認できています。

しかしながら、チーム全員の能力を最大限に発揮させる役割を担うべきは、やはり現場のマネージャーです。 そこで、キャリアデザイン室が培ってきたノウハウや知見を集約し、その指南書として「発奮・スタンスセオリー(※1)」というハンドブックを作り上げました。
この「発奮・スタンスセオリー」を通じて、マネージャーのスキル向上や部下育成の意欲向上を支援し、キャリア面談後の行動変容調査をもとにキャリア支援技能の蓄積や改善を行っています。
※1:「発奮・スタンスセオリー」は、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授によって提唱された「プランド・ハプンスタンスセオリー(日本語訳:計画された偶発性理論)」というキャリア理論をなぞらえた名称にしています。なお、この名称は現在、商標登録済です。

——「発奮・スタンスセオリー」について詳しく教えてください。

「発奮・スタンスセオリー」社外向け説明資料より抜粋/NTTコミュニケーションズ株式会社ご提供
「発奮・スタンスセオリー」社外向け説明資料より抜粋/NTTコミュニケーションズ株式会社ご提供
※10の奥義=シニア社員が「自分なりの働き方」や「今よりもっとポジティブに生きる」ための行動変容を促す手法

「発奮・スタンスセオリー」というのは、マネージメントスキルや部下育成の意欲向上を支援するマネージャー向けのハンドブックです。このハンドブックには、国家資格であるキャリアコンサルタントの資格を持ったキャリアデザイン室のメンバーによるアカデミックな知見と、3,000人を超える社員との面談実績をもとにしたキャリア指導法がふんだんに盛り込まれています。2021年秋ごろから2022年5月ごろの約半年という時間をかけて、マニュアルの内容を作成していきました。

マネージャーのみなさんに部下を指導する指南書として活用していただくことで、部下が納得するアドバイスができるようになっていただき、また、マネージャー自身のキャリアビジョン形成にも役立つ内容に仕上げました。

今の時代は、HR分野でもAIテクノロジーの導入が進んでいるとはいえ、やはり人事の基本は人間が中心です。個々人に寄り添ってキャリア開発の支援をするというのはAIにはできない部分です。

——このような取り組みを始めたきっかけを教えてください。

これまでキャリア開発の支援は、我々キャリアデザイン室のキャリアコンサルタントの資格を持った人間がやってきましたが、部下育成というのは本来上司の業務だと思うのです。そして、部下育成のなかにはキャリア指導も当然含まれるはずです。
しかし、キャリア指導は専門的なキャリア理論や実践的ノウハウが不可欠ですから、一朝一夕にできるものではありません。異動希望を聞いたり、昇進のステップを示したりすることはできても、本人の幸せを強く意識したキャリアを一緒に考え、的確なアドバイスを与えることは簡単ではないでしょう。

そこで、これさえ読めばキャリアコンサルタント並みとは言わないですが、それに近いキャリア指導やサポートができるバイブルがあればいいのではないか⋯⋯。そう考えたのが、この取り組みをスタートしたきっかけです。
弊社にはマネージャーが約1,300人いますが、ほとんどのマネージャーは年上の部下を持っています。近い将来には50代の社員が中堅社員として働く時代が来ることは間違いないでしょう。これからのマネージャーは年上の部下、50代を中心としたベテラン社員のモチベーションアップ、パフォーマンス向上にも取り組みつつ、定年再雇用の社員の管理や業務指導も任されることになる……。その際の基準となるハンドブックを作る必要がありました。

——取り組みを進めるなかで、苦労したことがあれば教えてください。

従業員のキャリア開発への取り組みに関して、経営層の理解を得ることでしょうか。私の場合も、2013年に人事部に異動してきましたが、最初、「ベテラン社員の活性化を促すために、研修と面談を実施します」と説明しても、経営層にはなかなか理解してもらえませんでした。

しかし、1年目に500人と面談して、そのうちの79%に行動変容が起きました。その成果がマスコミでも報道されて、結果的に経営層にも納得していただけました。

やはり、大切なのは成果を出すことだと思います。成果を出せば会社は認めてくれます。また、いきなり会社全体で取り組みを進めるのではなくて、スモールで取り組みを始めることも有効だと思います。特に、取り組みに賛同してくれる部署を中心にスタートして、その部署の取り組みを手厚くフォローしてとにかく成果を挙げることが大切です。

成功例を他の部署に共有できれば、賛同してくれる組織がどんどん増えていきますから。 ほかには、現実に即したシビアな内容を書いたことでしょうか。50代のベテラン社員のキャリア自律を促すために専門性の極め方や副業・兼業の進め方を紹介したり、育児休暇を取ることに対する現実的なアドバイスなども紹介しています。どこまで突っ込んで紹介するか大いに悩みましたが、できるだけ実状を踏まえてリアルなアドバイスにつながる内容に仕上げました。

——現場マネージャーのみなさまに自主的に取り組んでもらうために工夫したことはありますか。

まずは、マネージャー向けに情報をリリースし、組織別に説明会を実施しました。

ハンドブックは全体で約500ページのボリュームがあるので、これを全部読んでもらうことは現実的ではありません。そこで、必要な箇所をゲームの攻略本感覚で読めるように、対象社員の年齢別や事象別に目次を整理しました。今の自分が抱えている課題や、興味があるパートだけを検索し、すぐに目的のページに飛べるように仕上げています。

また、マネージャーのみなさんに、キャリア指導に関する課題についてアンケートをとると、どのようにキャリア面談を行ったらよいかわからないという回答が常に上位に位置しますので、キャリアコンサルタント集団であるキャリアデザイン室の面談の方法を詳しく解説しています。

他には、キャリア面談で上司が陥りやすい失敗について事例を挙げて説明したり、若手、中堅からシニアまで、さまざまな社員からよく質問される内容を「1,000本ノック」と名付けたFAQとして約700問掲載しました。

——現場マネージャーのみなさまからの反応はどうですか。

ハンドブックのPV数を分析すると、マネージャーの5割は読んでくれていることがわかりました。特に自分より年上の部下がいるマネージャーについては9割も閲覧してくれているようです。このハンドブックの一番の狙いはベテラン社員の活躍推進なので、その目的はしっかり達成されていると感じています。

また、内容が理論的な知見にとどまらず、実際の面談を通して得られた実践的なものであるからこそ、ハンドブックを読んだマネージャーからは、「心に染みた。深く考えさせられた」といった感想を多くいただいています。

さらに、マネージャーからは「FAQの内容にそって実際にやってみたけどうまくいかなかった。次の対応策をさらに詳しく聞かせてほしい」というような個別の相談がキャリアデザイン室に頻繁に入ってきていることからも、部下のキャリア開発支援のヒントを掴んでもらえる内容になっていると手応えを感じています。

——今後目指していきたい姿を教えてください。

「発奮・スタンスセオリー」は、シニア社員編、若手中堅社員編、育児に関わる社員編、退職再雇用者編などが完成していますが、まだすべての層の社員をカバーしているわけではありません。たとえば、役職定年になった社員や、弊社の場合はアスリート社員のキャリア開発を目的とした内容なども拡充したいと考えています。

それに、社員のキャリア開発支援というのは、言わば生ものです。時代によって指導する内容も当然変わってきますし、会社の人事方針も社会情勢に合わせて変化することがあります。やはり定期的なメンテナンスは不可欠ですし、つねにアップデートしていく必要があります。決して完成することはないというのが正直な気持ちです。 その上で、キャリアコンサルタントの手前ぐらいまでキャリアアドバイスができるマネージャーを育てていきたいです。究極的にはキャリアデザイン室が必要とならないくらいになるといいなと考えています。

——社員のキャリア自律に関する取り組みを始めたいと考えている企業に向けて、アドバイスがあればお話ください。

実は、副業で人事・キャリア支援者のための実践塾「浅井塾」の塾長として活動しています。その塾にはさまざまな企業の人事の部課長さんが参加されていて、自分の会社でも「発奮・スタンスセオリー」を作りたいというお話をよくお聞きするのですが、その際は、「他社を真似てもダメですよ。自分の会社専用のものを作るしかありません」とアドバイスしています。
会社によって成り立ちも違えば、社風も人事制度も違いますから、汎用性のあるものというのは作れないと思います。自分の会社の社員にだけ効果があるものを作るために、自分の会社でキャリア開発支援が必要な層はどこなのかを分析し、社員との面談を通してしっかり現状把握をする必要があります。

社外向け資料「発奮・スタンスセオリーのつくりかた」より抜粋/NTTコミュニケーションズ株式会社ご提供
社外向け資料「発奮・スタンスセオリーのつくりかた」より抜粋/NTTコミュニケーションズ株式会社ご提供

また、「発奮・スタンスセオリー」を作るきっかけにもなったベテラン層のキャリア開発支援について言えば、「歳を取ったからできない、がんばれない⋯⋯」といったネガティブな思い込みを払拭させてあげることが重要だと思います。
もし50代のベテラン社員のキャリア開発支援をするとしたら、面談時に「あの人は50代だからがんばれないと思われたいか、50代なのにあんなに生き生きと仕事をしてると思われたいか。あなたはどっちの人材になりたいですか?」などと、ちょっと刺激的で相手の状況に合わせた語りかけの言葉を用意しておくことも効果的だと思います。
結局のところ、なぜ自律しなければいけないかというところが腹落ちすれば、余計な研修は必要ありません。キャリア自律に関する一般的な知識は研修で学んでもらって、後は個別面談を通して意識改革を促していくことが重要だと思います。


浅井公一さん/NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部 キャリアコンサルティング・ディレクター

■プロフィール
浅井 公一(あさい・こういち)
NTTコミュニケーションズ株式会社
ヒューマンリソース部 キャリアコンサルティング・ディレクター
HRラボ株式会社
人事・キャリア支援者のための実践塾「浅井塾」塾長
企業内キャリアコンサルタントとして、ミドルシニアを中心に約3000人のキャリア開発に携わり、面談手法を指導したマネージャーも1000人を超える。圧倒的面談量をもとに築き上げた独自のキャリア開発スタイルにより75%の社員が行動変容を起こす。著書に『ビジトレ』、キャリア支援者のための私塾「浅井塾」(HRラボ社)を開講。

編集後記:キャリアリサーチLab編集部 矢部 栞
3,000人の社員とのキャリア面談を基に、社員の自律的なキャリア開発を支援するノウハウを構築。その内容をハンドブックにまとめ、現場のマネージャーに展開するという取り組みが評価された事例です。
グッドキャリア企業アワードのイノベーション賞を受賞されたことで、「うちの会社でもやりたい」というようなお問い合わせも増えているようですが、浅井様は「本やセミナーのまね、人のまねをしても自社に合うとは限らない」とおっしゃっていました。経営層が問題意識を持ち、本気で社員のキャリア自律のサポートに取り組むことが大事だというお話が印象に残りました。


——次回も、社員のキャリア自律に取り組む企業にインタビュー。引き続き「イノベーション賞」を受賞した企業をご紹介します。

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