シニアがいきいきと働くためのジョブ・クラフティング
—法政大学・岸田泰則氏
シニア活躍の鍵を握るジョブ・クラフティング
人口減少による労働力不足が指摘され、今後も企業の人手不足が今以上に加速していくことが予想されている。そんななか期待されているのが、シニアの活躍である。OECDの報告書によると、シニア雇用の世界的な潮流は、 Live Longer、 Work Longer (長く生き、長く働く)である。そのため、シニアをどうやって活性化させるのか、あるいはいきいきと長く活躍してもらうにはどうしたらいいのか、その方策、手段が問われている。シニアがいきいきと長く働くための1つの鍵概念として、ジョブ・クラフティングが近年注目を集めている。
ジョブ・クラフティングは、会社から与えられた仕事を自らの能力や志向にあわせて調整していく手法である。クラフトという語彙が表しているように、仕事を手作りしていくことをイメージしており、そこには個人が主体的に仕事を作り出す、あるいは再創造するという意味がある。ジョブ・クラフティングとは会社から与えられた仕事を自らのニーズにあわせて変えていくことであり、「やらされ感のある仕事」をやりがいのある仕事に変えることができる。そして、シニアにとっては、ジョブ・クラフティングは年齢とともに変わっていく身体的変化や精神的変化、あるいは社会的変化に応じて、仕事を変えていく手段である。シニアがジョブ・クラフティングを用いることで、いきいきと長く働くことができるようになる。
シニアのジョブ・クラフティング行動はどのようなものか
ジョブ・クラフティングの学術的な定義は複数存在するが、ジョブ・クラフティングの代表的な定義は、「課せられた仕事における境界、あるいは仕事における人間関係の境界において、個人がなす物理的・認知的な変化」(Wrzesniewski & Dutton 2001、p.179)である。Wrzesniewski & Dutton(2001)は、仕事における物理的な境界の変化(タスク・クラフティング)、仕事の人間関係における境界の変化(関係的クラフティング)、仕事における認知的な境界の変化(認知的クラフティング)の3次元を提示している。
ジョブ・クラフティングの効用としては、自ら仕事に対する考え方や行動を変えることで、個人のワーク・エンゲージメントを高め、職務パフォーマンスも向上することが挙げられる。平たく言えば、ジョブ・クラフティングを行うことで仕事への熱意を持てるようになり、仕事に没頭し、ポジティブで達成感に満ちた心の状態でいることができる。さらには、ジョブ・クラフティングにより、自己効力感が高まり、モチベーションも上がることも報告されている。
これをシニア社員へ適応すると、役職定年や定年再雇用といった処遇の変化を経験するシニア社員が、ジョブ・クラフティングを行うことで個人と仕事の間のミスフィットを解消し、自らを掘り下げることができるようになる。
実は、ジョブ・クラフティングは、シニア社員の職場適応に対して相性の良い考え方である。というのも、ジョブ・クラフティングには物理的な変化だけでなく認知的な変化(価値観など心理的な変化)も包含している。シニアは定年後も働き続けることの意味を問い直すという認知的な変化も経験しており、この認知的な変化(認知的クラフティング)がシニアの職場への適応を促すことにつながる。
シニアのジョブ・クラフティング研究においては、境界を拡張方向に変化させる「拡張的ジョブ・クラフティング」の他に、境界を縮小方向に変化させる「縮小的ジョブ・クラフティング」が織り交ざっていることが明らかになってきている(岸田、2022)。
定年といった年齢で区切られたキャリア・ステージの変化に伴い、シニア社員が、拡張的ジョブ・クラフティングや縮小的ジョブ・クラフティングなどを起こすことで、非正規雇用である再雇用者という立場で職場に適応していくことが明らかにされている。【図1】
再雇用者は、「気持ちを切り替えて仕事に従事する」ことで「プレイヤーとして自ら手を動かす」や「新たな仕事のやりがいを見出す」などの拡張的なジョブ・クラフティングを行う一方、「生活に占める仕事の比重が逓減」していくことで、「自分の立場に合わせて仕事量を調整」していくなどの縮小的なジョブ・クラフティングも行っている。こうやって見てくると、シニアのジョブ・クラフティングは、役職定年や定年といったキャリアにおけるトランジッションへの適応を図るための手段になっている。
シニアへのジョブ・クラフティング支援について
シニアが行うジョブ・クラフティングは、自己効力感やモチベーションを高めることばかりでなく、加齢とともに遭遇するさまざまな変化に対処するためのセルフケアとしての効用もある。年齢を重ねることで自らも変化し、環境も変化する。その結果、自らと仕事との間のミスフィットも多くなる可能性があり、そのような危機に際し、ジョブ・クラフティングが自らと仕事との関係をもう一度コントロールすることを可能にする。
さて、ここで問題となるのが、どのようにシニアのジョブ・クラフティングを喚起していけるのかということである。次のとおり、シニアに対するジョブ・クラフティング支援の方策を紹介しよう。
実際に、シニアが実施できるジョブ・クラフティングのエクササイズとしては、次の4つのステップに分かれる(高尾、2021)。1つ目のステップが業務の棚卸しである。まず、自分が担当しているすべてのタスクを付箋紙に書き出す作業を行ってみよう。
2つ目のステップが自己の棚卸しである。自分の持ち味(自己の強み)や自らの熱意、価値観などを付箋紙に書き出してみよう。
3つ目のステップは、仕事と自分とのマッチングの再編成である。1つ目のステップと2つ目のステップで書き出した付箋紙の紐付けを行ってみよう。具体的には、自分のタスクと持ち味を結び付けてイメージ図を作ることをおすすめする。
4つ目のステップが、アクション・プランへの落とし込みである。詳細なアクション・プランを書き出してみよう。アクション・プランは、小さなことから始めるスモール・ステップがとても重要である。このスモール・ステップの考えのように、小さな一歩から始めるなど容易に挑戦しやすい目標を立ててみよう。ジョブ・クラフティングのクラフトという、自らの手作り感を持ってアクションを起こすと良いであろう。自らがやり方を工夫改良して、ジョブ・クラフティングのエクササイズを実行してほしい。
【業務の棚卸し】 | 担当している個々の業務ごとに、費やしている時間やエネルギーを視覚化する |
【自己の棚卸し】 | 自分の持ち味(強み・熱意・価値観)をリストアップする |
【仕事と自分とのマッチングの再編成】 | 自分の持ち味との関連づけが高まるように、仕事が再編成されたイメージ図を作成する |
【アクション・プランへの落とし込み】 | 実際の仕事を③で作成したイメージに近づけていくために、なすべき行動を具体化する |
このように、自らがスモール・ステップでジョブ・クラフティングのエクササイズを行うことができるが、さらに重要なのが職場の上司とのすり合わせである。自らのジョブ・クラフティングを上司に開示し、上司からなんらかのフィードバックをもらうことで個人は会社からの支援を得ていると感じることができる。孤軍奮闘してジョブ・クラフティングに取り組むことで疲労困憊に陥る心配もあるので、シニアからジョブ・クラフティングの内容を上司に相談することや、上司がシニアを支援することが必要になるであろう。
ジョブ・クラフティングには組織にとって良い効用ばかりあるわけではなく、医薬品と同じように副作用もある。たとえば、シニアが組織のルールや枠から外れたジョブ・クラフティングを行った場合、上司は組織のルールや枠の中に戻すマネジメントも必要となる。そのため、シニアがジョブ・クラフティングを行うにあたっては、その効用を組織にとってより良いものにするための個人と上司の対話が欠かせない。シニアは多様性が増しており、上司はシニアに何を期待しているのかを明示することが必要となる。このように、個人への役割を明示するといった個対応のマネジメントがシニアのジョブ・クラフティングをより良い方向へ導く。
実は、シニアもキャリア上の不安を抱えていることが多い。そんな不安を抱えているシニアを放置せずに、上司がシニアに伴走するという姿勢を示すことが、シニアが自らジョブ・クラフティングを起こすことの支援になる。さあ、いまから一歩踏み出すことをおすすめする。
<参考文献>
OECD.(2018).Working better with age:Japan. Ageing and employment policies. Paris:OECD Publishing.
Wrzesniewski. A. & Dutton. J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of Management Review, 26(2), 179-201.
岸田泰則(2022)『シニアと職場をつなぐ―ジョブ・クラフティングの実践』学文社
高尾義明(2021)『「ジョブ・クラフティング」で始めよう働きがい改革・自分発!』日本生産性本部
著者紹介
岸田 泰則(きしだ・やすのり)
法政大学大学院 兼任講師、千葉経済大学 兼任講師
法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。博士(政策学)専門は、組織行動論、経営管理論。近著に『シニアと職場をつなぐ―ジョブ・クラフティングの実践』(学文社)など。