転職で生じる男女の給与格差と自己啓発の重要性
目次
はじめに
「女性活躍推進法」の改正により、22年7月から、従業員数301人以上の企業に対し「全労働者」「正規雇用労働者」「非正規雇用労働者」の区分で「男女の賃金の差異」の情報開示が義務づけられた。情報公開する企業が増えることで、求職者が転職先を検討する際に、初年度年収やモデル年収等に加え、男女の給与差に注目する人が増えるだろう。同時に、優秀な人材の獲得を目的とした待遇改善の動きも活発化することが予想される。
本コラムでは、転職の際に生じる男女の給与格差の実態に加え、要因や今後重要視すべきことについて言及していきたい。
正社員男女の年収格差は約200万円。50代では約300万円以上のギャップ
22年4月に実施した「マイナビ ライフキャリア実態調査」によると、正規雇用者の主な年収は男性平均560.7万円、女性平均364.0万円と、男女間で約200万円の差があることがわかった。【図1】
この年収を性年代別に見ると、男性は年を重ねると年収が上がり、定年になると下がるという構造だが、女性の場合、年を重ねても年収が上がりきることなく、30代以降はほぼ横ばいで推移している。
そのため、20代のときはもっとも小さかった男女の年収差は30代、40代と広がり、もっとも差が大きい50代においては、300万円以上の差が見られた。【図2】
男女の給与差の主な要因は「管理職比率」と「勤続年数」の差
厚労省によると、男女の給与格差の主な要因は「男女間の職階(部長、課長、係長などの役職)の差」であり、「勤続年数の差」も影響するとされている。
出産・育児で休職する可能性がある女性にとって、終身雇用を前提とした長時間労働や、会社都合の転勤がある従来の日本型雇用は、正社員として働き続けることが難しい雇用システムとなっていた。正社員として働いても、結婚や出産を機に退職することが想定され、昇格昇給は抑制されてしまうのだ。
帝国データバンクの調査によると、管理職に占める女性の割合は平均9.4%となり、過去最高を更新したが、政府が目標として掲げている「女性管理職30%」とはほど遠く、低水準が続いている。
参考:https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p220813.html
転職により給与が下がる割合は女性の方が多い
「転職動向調査」によると、21年の正社員転職率は過去6年間でもっとも高い水準となった。転職という選択がしやすくなったことで、待遇改善のために転職をする人も増え、以前より自分の好きなタイミングで働く環境を選びやすくなったといえるだろう。【図3】
しかし、調査結果から男女で年収の上がる人・下がる人の割合に差が生じていることがわかった。直近1年間に転職経験がある男女に、前職の最後の1年間の年収と現在の年収の違いを聞いたところ、男女ともに20代では「同じくらい」が約4割、30代40代50代で「現職の方が多い」が5割を超え、60代では「現職の方が少ない」割合が高まる結果となった。【図4】
全体の傾向は男女ともに同じだが、数値差で比較すると、60代を除いた全年代で女性の「現職の方が少ない」が男性を上回り、女性の方が転職を機に年収を下げている人が多いことがわかる。
女性は給与に「不満」だが、転職するときは「休日・労働時間」をより重視
ではなぜ女性は、男性と比較して転職を機に年収が下がる人が多いのだろうか。
まず、働いている人は自身の給与について、どう考えているのかを見ていく。「中途採用・転職活動の定点調査(22年7月)」で、現在の給与に関する満足度を聞いてみたところ、満足度がもっとも高かったのは男性20代(51.0%)と男性50代(51.0%)であった。一方不満がもっとも高かったのは女性30代(57.4%)と、全年代において、男性より女性の方が給与に関する満足度が低いという結果が得られた。【図5】
しかし、同調査で同じ対象者に、転職をするとしたら「給与の高さ」と「休日、労働時間の適性さ」どちらを重視するかを聞いたところ、「給与の高さ」を重視するのがもっとも高かったのが男性20代(57.5%)、「休日、労働時間の適性さ」を重視するのがもっとも高かったのが女性30代(64.4%)となった。全年代において男性より女性の方が「休日、労働時間の適性さ」を重視している結果となった。【図6】
これらの結果から、女性の方がライフステージの変化によって仕事に費やせる時間が制限されるため、給与に不満はありつつも、実際に仕事を選択する際には休日や労働時間、その他の項目を重要視せざるを得ない状況が想像できる。まだライフステージの変化に差し掛かっていない年代でも、数年後の将来を見据えた選択をしているのではないか。
結果として、転職のタイミングで給与の優先度が男性よりも低くなることが、女性の年収減少につながる要因のひとつと考えられる。近年は多様な働き方が推進され、子育てや介護と両立しながら働ける制度の導入が整備されつつあるが、性別的役割の固定化はアンコンシャス・バイアスとして人々の心に根付いているようだ。
職種により異なる中途正社員の初年度年収
『マイナビ転職』に掲載されている求人の平均初年度年収は、2018年から増加し続けている。
22年8月度の平均初年度年収を職種別に見ると、もっとも高かったのは「ITエンジニア」554.9万円、次いで「コンサルタント・金融・不動産専門職」527.1万円、「企画・経営」525.8万円、「建築・土木」511.6万円とこの4職種が500万円を超えた。一方もっとも低かったのは「医療・福祉」384.0万円、次いで「技能工・設備・配送・農林水産他」393.6万円、「保育・教育・通訳」400.0万円、「管理・事務」403.3万円となった。
21年の転職者を見ると、男性は初年度年収の高い職種に就く割合が高く(ITエンジニア、企画・経営、建築・土木等)、女性は年収の低い職種に就く割合が高い(医療・福祉、保育・教育・通訳、管理・事務)ことがわかる。【図7】
こういった転職時に選択する職種の違いも、男女の給与差に影響していると考えられる。
加えて、もっとも平均年収が高かった「ITエンジニア」ともっとも低かった「医療・福祉」の年間推移を見てみると、「ITエンジニア」は2018年から増加が顕著で40万円以上伸びているのに対し、「医療・福祉」は増加しているものの、その増加幅は低く9万円程度にとどまっている。【図8】
転職は経験を活かして、同じ業種や職種内で行う人が多く、その傾向は年齢が上がるほど強くなる。年を重ねると未経験の職種で転職することが難しくなるからだ。
そのため、年収の上がりにくい職種や業界で働き始めると、転職によって年収をアップさせることが難しくなるともいえるだろう。
おわりに
法整備などにより、男女の給与格差是正につながる対策はすでにいくつかとられている。同一労働同一賃金の施行が2020年から段階的に実施され、ジョブ型雇用も推進されている。また、男性育休取得の促進に加え、コロナ禍で導入が進んだテレワークにより、性別問わずに家事や育児に費やす時間を調整しやすくなった人も多いのではないか。
そして、22年7月からは従業員数301人以上の企業に対し、「男女の賃金の差異」の情報開示が義務づけられた。求職者は、今まで以上に男女の給与差に注目する人が増えることが予想される。同時に優秀な人材の獲得を目的とした企業による改善の動きも活発化するだろう。
併せて、働く人が自分の力で年収を上げる選択肢を増やすためには、転職の際の異職種、異業種間の人材流動性を高めることも重要だと考える。そのためには企業が提供するリスキリングの機会などを積極的に活用することで、現在の勤務先だけでなく将来のキャリアチェンジにも備えることが必要だろう。
3月頭に行った調査によると、仕事の幅を広げることや年収を上げることを理由に、リスキリングの必要性を感じているにも関わらず、取り組めていない正社員が約5割に達することがわかった。【図9】
取り組めていない理由は、仕事が忙しく時間がとれない、具体的に何をすべきかわからない、金銭面の課題などいくつか要因は考えられるが、まずは必要性を感じている人が何の支障もなく取り組める環境を整え、かつ、学んだことがキャリアに直結する内容や仕組みを構築することが必要である。
異職種間の流動性を高めることを目的とした自己啓発は、個人のみにゆだねるのではなく、これまで以上に国や企業含めた社会全体で取り組むことが給与格差是正の近道になると考える。
キャリアリサーチLab主任研究員 早川 朋