働く場所に縛られない住環境を選択する時代の到来か
目次
はじめに
この1~2カ月でも各社のテレワークやワーケーションなど働く場所に関する報道をよく見る。たとえば海外ではイーロン・マスク氏がテスラの幹部に週40時間の出社を通告したり、米国本土のグーグルも4月から週3日以上のオフィス勤務を促したりしている。国内ではホンダが5月から週5日出社に切り替えたとする報道や、楽天グループが出社割合を週3日から週4日に変更したなど、コロナ後に出社割合を増やすといった報道があった。一方で、NTTグループが完全テレワークへの移行を見据え、居住地の制限をなくし、出社は出張扱いといった報道がトップニュースを飾っている。
実際に総務省の令和3年通信利用動向調査において、1999年の調査開始以来、初めてテレワーク導入企業の割合が51.9%に達し、半数を超えている。弊社の転職動向調査でもテレワーク経験者の割合は増加している。では今後、テレワークが浸透していったと仮定して、地方への移住は進むのだろうか。以前のコラムでも多少取り上げているが、今回はまた別の調査結果を紹介しつつ、地方移住の可能性を占ってみたい。
人事担当者の2割はコロナ前と比較してUターン希望者が「増えた」と認識
マイナビ 中途採用・転職活動の定点調査(2022年4月)で企業の人事担当者に「コロナ禍でU/J/Iターンを希望する人が増えたか」を聞いてみると、7~8割が「変わらない」と回答する一方、Uターン希望者がコロナ前より「増えた」と回答した割合が21.4%で、コロナ前より「減った」とした5.4%を上回っており、どちらかというと「増えた」と認識している担当者が多いという結果となった。これはJターンやIターンでも似たような傾向がみられることから、少なくともコロナ禍をきっかけに人事担当者の周囲で住む場所の変更を検討する人が増えてきているということは言えそうだ。【図1】
テレワーク実施率とUターン希望者増加の関係
この内容をUターン希望者に限定して業種別や従業員規模別に比較をしてみると、従業員規模が大きな企業ほど希望者がコロナ前より「増えた」とする割合が高く、業種別では「IT・通信・インターネット」や「金融・保険、コンサルティング」といった業界で「増えた」とする割合が高いことが分かる。これは同調査の別の設問で割り出したテレワーク導入率(※1)と関係しており、導入率の高い業界や従業員規模の担当者ほど、「増えた」と回答する割合が高いことが分かる。やはり当たり前ではあるが、テレワークの経験を通じて、Uターン等の移住を考えるようだ。【図2】
※1:テレワーク導入率…別設問「テレワークを活用し、会社や支社の所在地から離れた地域に住む人材の採用に積極的になったか」において、「テレワークを導入していないので答えられない」と回答した以外の合計割合を記載。
念の為、テレワーク導入の有無で同じUターン希望者の増減を比較してみると、導入済みの企業担当者では「増えた」が26.4%に対し、未導入の企業担当者では1.7%に留まっており、明確な因果関係を言える訳ではないが、テレワーク経験がUターン検討の後押しをしていると推察できる要素であることは言えそうだ。【図3】
若い世代ほどUターンに積極的
今度は同じ「マイナビ 中途採用・転職活動の定点調査(2022年4月)」から、「前月転職活動を行った人、若しくは今後3か月で転職活動を行う予定の人」を対象にした就業者側の視点で見てみよう。こちらはUターン、Jターン、Iターンを実際に「行動した」人と、「興味あり」の人で聞いてみた結果、すでに15.8%の人が「U/J/Iターンした」と回答し、28.4%が「U/J/Iターンしていないが興味はある」回答している。調査対象が「転職準備を行っている層」という前提はあるものの、かなり関心度合いが高いようだ。特に若い年代ほど実際に「U/J/Iターンした」とする割合が24.7%と高く、すでに行動に移していることが分かる。【図4】
この設問自体は前年比較できるものではないが、弊社が別で実施しているマイナビライフキャリア実態調査でもテレワークを前提とした転職なき地方移住の可能性を聞いた設問があり、移住に関する関心は微増傾向がみられている。就業者サイドでは関心が高まり、検討をする人や実際に移住する人が少しずつ増えているようだ。
UIJターン経験者の5人に1人が「会社を変えずにテレワークで移住を実現」
続いて「U/J/Iターンした」と回答した人に、実際どのような形で実現したのか聞いた結果、もっとも多かったのは「転職して勤務地を変更した」が49.3%、続いて「会社を変えずに転勤で変更した」が22.3%となっている。【図5】
注目したのは「会社を変えずにテレワークで変更した」が20%も存在していることだ。この回答は20代(25.6%)や30代(27.4%)で平均より高い割合となっており、若い層でこの方法を活用してUIJターンを実現しているようだ。
政府も地方移住を後押し
政府でもテレワーク制度の浸透と拡充を通じて、地方に人材を環流させたいという意向がある。その一つが「地方創生テレワーク推進事業」だ。内閣府が中心となって、産官学が連携して推進事業を行っている。各地方自治体は地元の就業環境を整える手立てを行ったり、さまざまな事例紹介等を行ったりしている。マイナビもその一翼を担っており、地方創生テレワークの趣旨に賛同したAction宣言企業を紹介するといった取り組みを行っているが、まだまだ一般に認知が広がっているとは言えない状況だ。
これまでの議論として、職場と住宅は近い方が通勤時間の短縮による恩恵として、満員電車の負荷軽減やプライベートな時間の融通が利きやすいとして、若い世代中心に「職住接近」が良いものとされる傾向があった。※2しかしこれからは、その若い世代を中心に地元回帰の流れが生まれる可能性も高まっていている。特にコロナ禍で満足に大学に通えなかった新卒の世代では、「マイナビ2023年卒大学生Uターン・地元就職に関する調査」では、やや地元回帰の傾向がみられている。また、在宅勤務を経験することで得られる新しい時間の使い方を知ってしまった就業者は今後の企業選択におけるポイントの一つとして、在宅勤務制度の有無が注目されていることは弊社の各種調査でも示されている。政府としても、ここは長らく課題としてあった地方への人材還流のチャンスとして、大きな期待を寄せているところだ。
※2: UR都市機構「平成世代と昭和世代の暮らし意識調査」(2019年発表)参照。
環境整備だけではなく、地域の人とつながる機会も必要
但し、各地域において、単に制度や補助金だけ準備して、人を呼び込むだけでは各地域を活性化する人材にはなり得ない。それこそ、移住支援金や単に住む場所を求めて地方に移住し、周囲と関わりを持たない人が増えてしまう可能性もある。そうならない為には、その地域をよく理解し、地域住民との交流を深められるような機会を、時間をかけて創出していくことが重要になる。
また、少し前に話題となった関係人口の構築というのも一つの手段だ。同じ内閣府で「地方創生インターンシップ」という事業も行われている。学生がインターンシップを通じて地方で働くことを体験しつつ、各地域の人との交流を通じて、関心度を高めていくというものだ。すぐに当該地域で就職しないにしても、その地域の産業や、そこに住む人々の人となりや生活の一端を垣間見ることはできる。このようにさまざまな形を模索していくことで、少しずつ関わりを深めていき、やがて当該地域に本気で住むことを考えるようになるのではないだろうか。
さいごに
コロナ禍の産物として、テレワークは労働環境に大きな変化をもたらした。このテレワーク環境の浸透は各地方在住の人にも恩恵がある。たとえば経理業務に精通した人が地方ではあまり就業先がなく、諦めて別の職業についていた場合、テレワークで都心部の企業に就職し、同等の給与が貰えるチャンスができ、積んだキャリアを無駄にしなくてもよくなる。営業スキルも対面ではなくオンラインになれば、どこからでも販売が可能だ。更にはこの円安を契機として海外企業に転職し、為替差益で日本円の給与を上げることも可能だ。
テレワークはまだ少しずつ浸透し始めたばかりで、越えなければならない課題も多い。リモートでの評価基準やマネジメント方法の確立、環境整備の投資など乗り越える課題はあるが、運用の中で徐々に改善されていくだろう。冒頭に記載した通り、今後各社独自のテレワーク運用を模索しつつ、徐々に浸透していくと思われる。
少なくとも、これまでは顧客や仕事場と自分の住まいは物理的に日々通える範囲に限定されていたものが、これからは「働く場所と住む場所を分けて考える時代」に突入したと言えよう。新たな働き方として、今後の浸透に期待したい。
キャリアリサーチLab所長 栗田 卓也