「卒業までの半年」はどのような時間なのかー法政大学・梅崎修氏
未分析の時間
大学生の就職・採用活動の実証研究は膨大な蓄積がある。学生がどのような就職活動をしているのか、どのような学生が内定を獲得しているのかについては、学生はもちろんであるが、大学関係者は強い関心を持っている。また、企業にとって採用活動は、企業の競争力向上に欠かすことができない第一歩である。
これまで私も、学生と企業に質問紙を配り、分析を重ねてきた(共著『大学生の内定獲得―就活支援・家族・きょうだい・地元をめぐって』『学生と企業のマッチングーデータに基づく探索』法政大学出版会)。多くの分析者の主な関心は、就職・採用活動の結果が影響を与える学生側や企業側の要因を分析することである。大学時代に限っても、学業成績、サークル活動、友人関係、就職活動のやり方が内定獲得に与える影響が分析されてきた。就職後の定着も結果として分析することもあったが、それは内定獲得の要因分析に追加された分析である。
このような分析を続けながら、分析されていない時間があることに気が付いた。それは、内定獲得してから卒業するまでの時間である。内定獲得のさまざまな要因が分析されたが、内定獲得と卒業までは、これまであまり光が当たらなかった「時間」であった。
内定者フォローの有効性
この内定獲得から卒業までの時間は、企業の採用戦略の上で重要性を増している。職場組織への新規参入者が、組織内での役割を理解し、その役割に必要な知識や技術を習得し、組織の規範や価値観を受け入れて内面化する過程は「組織社会化」と言われている。これは、入社後の話と思われるかもしれないが、内定後の学生は、「学生のような企業人」とも言えるのである。
組織社会化施策の中でも、入社前の期間では、企業側からのさまざまな情報提供が重要であろう。会社の良い面を伝える伝統的な採用活動が入社後に現実とのギャップによる不満・離職を引き起こすのに対して、リアルな情報を提供するというRealistic Job Preview(以下、RJP)が企業定着に与える有効性が報告されている(Wanous 1992)。
しかし、採用活動において企業が早期離職を抑制するためにRJPを行うことの効果には限界がある。採用活動の時期は、企業にとっては他社と人材獲得競争を行う時期であり、学生にとっては他の企業と比較しながら企業を決定する時期であるため、職場の良い側面を見せたいと思う。採用ブランド力の低い企業は、積極的に自社をアピールして自社に対する学生の認知度を高めなくてはならない。特に中小企業では、採用活動の時点で職場のリアルな情報を提供すると、エントリーが減少し、内定辞退が増えることが指摘されている(山本,2017)。
要するに、入社後のリアリティショック、早期離職を抑制するためには、採用活動終了後の内定者フォロー施策における適切な情報提供が有効である。内定者フォロー施策の時期は、その前後の時期と異なり、学生にとって入社意思を一定程度固めた企業に対する理解を深め、新規参入者としての組織社会化に備える時期である。
内定者フォローの3種類
そのように考えると、内定獲得からの約半年がいかに重要な時期かわかる。企業は、また学生たちも、就職・採用活動時の化粧を徐々に落としてリアルな情報を交換していく時間なのである。内定者フォロー施策は、大きく3種類に分けることができる。
(1)就職ガイダンス
会社見学会、仕事説明会など内定者と社員が接触して説明を行うもの
(2)内定者アルバイト
定期的な内定先企業に対する就業経験のこと
(3)就業準備としての学習支援
通信教育やe-ラーニング、資格取得など内定者と社員が接触せずに行うもの
これら3つの形態の違いによって、RJPとしての機能も異なると想定される。(1)就職ガイダンスと(2)内定者アルバイトは、RJPとしての機能を持ちやすいと考える。(1)就職ガイダンスは、仕事や職場について社員から就業意思を固めた学生に対して説明する機会である。採用母集団を拡大する段階にある採用活動中のセミナー等とは異なり、就業予定者に向けたものなので、職場に関するリアルな情報が伝達されると考えられる。(2)内定者アルバイトについても、就業意思を固めた学生による入社予定先での実際の就業であり、職場に関するリアルな情報が伝達されると考えられる。一方、(3)就業準備としての学習支援は、人材育成支援企業が提供するビジネスマナーなどの基礎知識を学ぶ教材の受講や資格取得などがその内容である。特定の職場のみに限定されない一般的な知識が伝達されることが多く、RJPとしての機能を持ちにくいと考えられる。
稀少な時間の奪い合い
一方、大学教員は、この時期に企業が学生に関わることを快く思っていない。就職活動中は、「学業よりシュウカツを優先してください」と言っていても内定獲得後は、ようやく大学に帰ってきた学生を指導して良い卒論を執筆させたい。ところが、4年生秋にも時間を拘束されてしまうと、もう残された時間はないのである。我慢の限界であるという大学教員もいるであろう。実際、適度な交流会や情報提供ならばともかく、内定者アルバイトの中には悪質なものがある。
ただし、このような不満は、教員側の都合であって、この時期の内定者フォロー施策を「就職活動から離れた充実したインターンシップ」と考えることもできる。当然、内定しているのだから就活のためではなく、リアルな情報を受け取りながら将来の仕事体験をしているのである。結果的に就職活動以前のインターンシップよりも学業との良い相互作用があるかもしれないのである。
以上のような考察を重ねると、大学4年生、内定獲得後の卒業まで約半年は、まだわからないことが多い未知の時期と言えよう。そこで私は、この半年を知るために調査を行った。続けて、我々が行った分析結果を紹介しよう(※1)。
※1 太田昌志・梅崎修(2021)「内定者フォロー施策が学生の就業意識と学習行動に与える影響―卒業前7月・2月の大学生全国調査から」『キャリアデザイン研究』第17号(日本キャリアデザイン学会発行)。
我々の分析では、①内定者フォロー施策が学生にとって有用な情報提供として機能し、リアリティショックを抑制するものとなるか、②企業による内定者フォロー施策が学生の学習行動を阻害するものとなるか、③それらの関連は大学によって異なるのか。以上、3点の課題を検討した。
内定者フォロー施策の効果分析
内定獲得から卒業までの時間を分析するには、2時点の調査が有効である。株式会社マイナビが実施した2020年卒学生就職モニター調査のうち2019年7月調査、2020年2月調査を使った。はじめに、内定者フォロー施策を経験した学生の割合を確認しよう。
内定者フォロー施策の形態によって、その経験率は違う。(1)1か月に1回以上の就職ガイダンス(46.9%)、(3)就業準備としての学習支援(48.2%)は、5割弱の学生が経験しているが、(2)内定者アルバイトの経験は、4.5%と少数の学生のみが経験している。
続けて、このような内定者フォローが、実際に学生の就業意識と学習行動の変化にどのような影響を与えているのかをそれぞれ2つの観点で分析した。つまり、2月時点の一時点の状態ではなく、7月から2月の変化を追った。全サンプルを使った場合と、高偏差値大学とそれ以外の大学に分けて分析した(※2)。大学偏差値によって就職活動は異なることが先行研究でも確認されているからである。
※2 大学偏差値については、旺文社『大学受験パスナビ』の入社偏差値を参考に分類した。
就業意識の変化要因
第一の就業意識は、予期的組織社会化である。この変数は、学生の4月以降の就労に向けて準備の程度をとらえる尺度である。就労前に予期的社会化が進んでいるほど、就労後のリアリティショックが抑制されると想定される。
第二の就業意識は、将来不安である。学生の4月以降の就労・生活等に対する心的状態をとらえる尺度である。就職活動時点の将来不安が就労前に解消しているほど、リアリティショックが抑制されると言えよう。
【図1】に示したのは、分析結果の要約である。統計的に有意な効果のみを矢印で示した。まず、就職ガイダンスは、学生の予期的組織社会化を促している。また、高偏差値大学以外の学生において、就職ガイダンスや内定者アルバイトがあると、将来不安が下がる(=軽減される)関係にある。高偏差値大学以外の学生たちは、業界第一の大企業に就職することは少ない傾向がある。学生から見ると、採用ブランド力の低さからリアルな情報提供があまりできなかった中小企業に就職しやすい。だからこそ、入社前のこの時期の情報提供で将来不安が低下したのだと考えられる。
学習行動への影響
次に、学業への影響を分析した結果要約が【図2】である。授業実験ゼミへの出席時間や学習研究の時間(大学内)を結果変数として内定者フォロー施策の影響を分析した。高偏差値大学の学生よりもそれ以外の大学の学生において内定者フォロー施策の影響は現れていた。具体的には、内定者アルバイトの経験があるほど、授業実験ゼミへの出席時間が短い傾向があり、就業準備としての学習支援があるほど、大学内での学習研究の時間が長いという関係が見られた。後者は、大学関係者にとっては、「見たくない現実」であろう。教員にできなかった学習の意味を指し示すということを、内定者フォロー施策が行っていると解釈できるからである。
企業と大学の新しい連携へ
内定者フォロー施策は、その形態や大学によって学生に与える影響が異なることが明らかになった。
第一に、学生の就業意識への内定者フォロー施策による影響について、就職ガイダンスや内定者アルバイトが、RJPとして機能していることを示唆する分析結果が得られた。就職ガイダンスは、学生の予期的組織社会化を促している。また、高偏差値大学以外の学生においては、就職ガイダンスや内定者アルバイトがあると、将来不安が下がる関係が確認された。
就職ガイダンスや内定者アルバイトによって組織参入後のリアリティショックを抑制し、早期離職を抑制することが期待できると考えられる。
国内有名大学と大企業という相互関係の中には、比較的リアルな情報交換が存在しており、その結果、大学での学習も企業から離れて自律的に行われている。一方、中小企業に就職することが多いそれ以外の大学では、4年生後半の時期には、企業と学生の関係が複雑であった。就業準備としての学習支援が大学の学習時間を増やすという結果は、この時期に自らが学んでいた学問の職業的意義を発見したことを意味しているのかもしれない。そうでなければ、学習に充てる時間が一定である場合、企業が用意する学習支援が大学での学習時間を減らすはずである。大学関係者も、内定獲得したら終了ではなく、卒業までの半年、学生たちの学習のラストスパートに対しては、企業の内定者フォロー施策と両立する形でサポートしていくべきであろう。
マイナビキャリアリサーチLab特任研究顧問 梅崎修
<引用文献>
Wanous, J. P.(1992). Organizational Entry: Recruitment, Selection and Socialization of Newcomers(2nd ed.). Addison-Wesley.
山本和史(2017)「中小企業における新卒採用行動に関する実証分析」『日本労務学会誌』18(1)、 pp.4-20.