企業文化をベースとした採用の海外における展開
–大分大学・碇邦生氏
採用における企業文化の重視は世界的なトレンド
この30年間で世界の採用活動は大きく変化してきた。たとえば、90年代までは日本と欧米(特に米国)の採用活動は、日本は入社後の育成を重視するために企業文化との適合を重視し、欧米は即戦力を重視するために職務遂行能力の有無を重視すると言われてきた。
しかし、企業文化との適合を重視すべきだという動きは、特に即戦力を重視していると言われる米国でも90年代初めから起きている。スタンフォード大学のチャールズ・オライリーは、90年代から企業文化と従業員個人の価値観の適合を重視すべきだと主張してきた。採用に関する研究では、アイオワ大学のティモシー・ジャッジらの研究チームが、企業文化との適合は入社意欲(厳密には、組織への誘因)を高めるという実証結果を報告している。これらの研究が示すように、米国でも採用における企業文化との適性を重視する動きがみられた。
採用における企業文化の適合が重視されるとともに、長期的に活躍して欲しいと従業員への期待も変化している。米国企業は解雇しやすいという日本人が持つ一般的なイメージからするとかけ離れているかもしれないが、米国の人事系研究の重要テーマの1つが「早期離職の抑制」だ。成果を出している従業員には社内で機会を見つけ、長く働いて欲しいという思いは日本と同じだ。特に米国はポジションが上がると在任期間が長くなる。ニッセイ基礎研究所(2019年)によると米国の内部昇進CEOの平均在任期間は13.4年なのに対し、日本は約半分の5.1年しかない。米国労働省の資料では、米国の45歳以上の労働者で10年以上の勤続年数を持つ割合は4割を超えている。35歳までは転職を繰り返すものの、年齢が上がると1つの会社に落ち着くキャリアの在り方が読み取れる。
2000年にマッキンゼーのエド・マイケルズらのチームが実施した「ウォー・フォー・タレント調査」では、米国における採用コストの高騰から、育成を主軸とした長期的な雇用関係の構築への転換が提言された。同調査の結果では、優れた成果を残す管理職は「一流の企業文化」を持つ企業で働きたいと考える傾向にあると示している。
企業文化を明示化し、採用活動に応用している例はNETFLIXだ。2009年に創業者のリード・ヘイスティングが公開したカルチャーデッキは、Facebook(現Meta Platforms)のCOOであるシェリル・サンドバーグに「シリコンバレーから生まれた最高の文書の1つ」と絶賛された。NETFLIXの採用でもっとも重視されることは企業文化と適合するか否かだ。同社では採用だけではなく、育成や評価、人員整理でも企業文化との適合を重要視し、同じ企業文化を共有する仲間で組織作りをすることに注力している。
企業文化との適合は「入社後に育成が難しい要素」
なぜ採用において、企業文化を重視することは重要なのか。それは、企業文化への適合は入社後に訓練することが難しく、採用時に選抜するほうが企業文化の醸成において効率的なためだ。「採用と育成はトレードオフ」というセオリーがある。採用と育成は、組織内に必要な人材を調達するという共通の目的を持つ。人材調達の手段として、採用では社外から人材を求めることから「外部労働市場からの調達」と呼び、育成では社内の人材を活用することから「内部労働市場からの調達」と呼ぶ。人材調達の戦略を立てるときには、外部労働市場と内部労働市場のどちらを重視するのか、バランスをとることが求められる。
このとき、外部労働市場と内部労働市場の調達では2つの得手不得手がある。1つは時間の問題だ。外部労働市場からの調達は時間がかからない反面、採用のコストが高く、採用後に期待通りの活躍をするかどうかの信頼性が低い。反対に、内部労働市場からの調達は育成の時間がかかる反面、今いる人材の再活用となるため予算的な負担が採用と比べると少ない。加えて、ミスマッチのリスクも低い。
もう1つの得手不得手は、入社後の育成では補うことが困難な要素があるということだ。たとえば、業務遂行に必要な技能や専門知識は入社時に持っていなかったとしても比較的育成が容易だ。マネジメント行動やチームでの動き方、コミュニケーションの取り方など、行動面の要素も入社後の訓練で身に着けることができる。
しかし、仕事に対する価値観や姿勢、精神的な安定性、私生活の価値観や倫理観、意思決定やコミュニケーションの癖(志向)は入社後に訓練することが難しい。訓練しようと思えば不可能ではないが、そうなると職務経験を持たず、専門性のない真っ新な状態の新規学卒者を育成していくという従来の日本企業のやり方を踏襲することになる。残念ながら現代のスピード感をもって環境変化に対応するというビジネス環境には時間がかかりすぎ、あまりそぐわないアプローチ方法だ。
訓練が難しい要素は採用活動で重点的に見抜くことが望ましい。そして、訓練が難しい要素のほとんどが価値観や志向に関するものであり企業文化との適合に密接な関係にある。そのため、採用活動では自社の企業文化を明示化して選抜に活かすことが重要になる。
企業文化を採用活動に活かす2つの方法
企業文化の明示化には、主に2つのアプローチ方法がある。1つは、既存の企業文化のフレームワークを用いる方法だ。たとえば、前述したチャールズ・オライリーが開発したテストを用いて、自社の企業文化を評価する。NETFLIXでも、INSEADのエリン・メイヤーが開発した「カルチャーマップ」が大きな貢献をしている。日本でも適性検査の結果を選抜時の参考にすることが多いが、既存のフレームワークを用いる一種の方法と言える。
もう1つが、従業員の行動データや調査結果を分析して、独自のフレームワークを作り上げる方法だ。GoogleやTwitterなどの先進的な企業が統計学や心理学の博士号所持者を雇用し、ピープル・アナリティクスのチームを作り上げている目的の1つでもある。そうして出来上がったフレームワークから測定ツールを開発し、採用活動に活かしている。独自のフレームワークを用いている事例として、IKEAが挙げられる。IKEAも企業文化との適合を重視することで有名な企業だ。
2つのアプローチを採用に活かすプロセスをまとめると下図のようになる。既存のフレームワークを用いるか、独自のフレームワークを作り上げるかという違いはあるものの、基本は同じだ。既存の従業員からデータを収集することで企業文化の要素を抽出し、フレームワークとして形作る。そのうえで、フレームワークを評価するための測定ツールを開発する。既存のフレームワークを用いるときには、従業員からのデータ収集で用いたテストと同じものを応募者にも使用する。そして、従業員のデータと応募者の受験結果を照らし合わせてマッチングする。
採用で強い企業文化を創り出す
エド・マイケルズらは、高い成果を出す人材は「一流の企業文化」を持つ企業を重視すると述べている。近年の欧米企業の人事を見ていると、マーケティングやブランド構築の専門家が参加するようになり、企業文化の構築をミッションとしたチームを持つ企業も珍しいものではなくなってきた。日本でも、ソフトバンクやメルカリのように、企業文化の醸成をミッションに持つチームを設置する企業が増えている。
「一流の企業文化」を醸成するために採用は重要な役割を果たす。なぜなら、価値観や志向といった文化と関連する個人の資質は入社後の訓練が難しく、そもそも素養を持った人材を採用時に見抜くことが肝となるためだ。採用には、企業文化を醸成するキープレイヤーとしての役割も期待されている。
著者紹介 大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。