
MVVの効能と副作用
今回のコラムでは、MVV(Mission/Vision/Value)をテーマに取り上げます。近年、多くの企業がMVVを策定し、社内への浸透を進めています。本コラムでは、その効能を整理したうえで、MVVの導入に際して浮上してきた課題を提示します。MVVの導入を進めている方、また検討している方と示唆を共有できればと思います。
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MVV: Mission/Vision/Valueとは何か?
MVVとは、組織が目指す方向性や社員に求めるスタンスなどを明示したものです。さまざまな定義や解釈がありますが、もっとも参照されているP.F.ドラッカーの説明を踏まえて整理しましょう。

理解を深めるため、MVVの具体的な企業の事例も提示します。下記は、GoogleのMVVです。企業がどのような世界を創り上げることを目指しているのか。そのために、どのような価値判断を大切にして働くのかが示されています。

GoogleのMVVは、社員の仕事の進め方やスタイル、考え方などについて提示しています。このようにMVVには、個々の社員によって解釈が異なるような事柄について、組織の見解・価値認識を提示するものが多くみられます。
その意味で、MVVは社員間でズレや対立が発生しないように、前提として定める「約束事」であると言えそうです。
本コラムでは、このMVVが持っている作用・機能を整理します。また、MVVを推進するうえで生じる問題についても提示していきたいと思います。
MVVの効能
MVVの存在は、企業にどのような影響を与えるものなのでしょうか。もちろん、MVVを策定すればその効果が得られるというものではありません。ただし、導入する企業の多くはそれぞれ具体的な効能を期待してMVVを定めています。下記では、MVVの効能について主なものを見ていきましょう。
①協働性を高める。
近年、職場の多様化が進んでいます。同一企業のなかでもさまざなキャリア観や仕事観が混在していることも多いと思います。MVVは、このようにして生まれた「ズレ」を調整し、スムーズな協働を進めるうえで重要です。
たとえば、仕事の進め方です。個々によってどのように仕事を進めるか、異なる認識を持っていることも多いでしょう。とにかくスピード重視で早く終わらせて周囲からのフィードバックを早めにもらうべきか。それとも、上司の手を借りずに、ひとりで丁寧に完璧を目指すべきか。性格や価値観、経験値によって考え方は異なってくるでしょう。
また、仕事の位置づけについても社員間で温度差は生まれます。仕事は「ほどほど」に終わらせ、プライベートを楽しみたいという社員もいます。反対に、プライベートには目もくれず仕事に専念し、自宅では寝るだけ、という考え方の社員もいるかもしれません。
このように、社員間で仕事の進め方や位置づけにズレが生まれると、組織のパフォーマンスは停滞していきます。個々がそれぞれの判断で仕事を進めていくために、噛み合わなくなってしまうのです。また、何を基準に仕事の成果をとらえるべきかが見えにくくなるため、個人の仕事に対する意欲が停滞し、評価に対する不満も生まれてきます。このような状態を回避するためには、社員が共通の価値認識を持って仕事を進める必要があります。
たとえば、
・それぞれの仕事で、何をゴールとすべきか?
・仕事において何を大切にすべきか?
・同僚とどのように関わるべきか?
・何をもって成長ととらえるべきか?
こういった「ズレ」が生まれやすい事柄に対して、MVVによって共通解・共通規範を示すことで、メンバー間の認識差を小さくできます。

②主体的な活動を促す。
また、このようにして定められた共通認識は、個々のメンバーの主体的な活動を促すことにつながります。MVVは現場の主体的な活動を支援します。
MVVによって共通の判断軸が示されているわけですから、上司が逐一指示や助言をする必要はより少なくなるでしょう。また、制度やルールで行動を統制する必要もなくなってきます。
メンバーは、共通の価値認識にもとづいて、現場で自ら判断を進め、主体的に試行錯誤を進められるようになるでしょう。
その結果として、社員の仕事に対する意欲が高まったり、創造的な成果につながったりといった効果を期待できます。

③組織のバランスを整える。
企業のなかには、ビジネスの成果を高めるエネルギー(業績志向性)と、組織社会を形成・維持するエネルギー(コミュニティ志向性)の2つが存在しています。これらのエネルギーのバランスを整えるうえで、MVVは重要な役割を果たします。
「業績志向性」が高まっていけば、当然ながら業績を高めるために最適化した判断・活動をすることが多くなります。たとえば、合理的・効率的な判断や、スピード感を持った振る舞いがより顕著になっていくでしょう。反対に「コミュニティ志向性」が高まっていけば、職場における社会的・人間的な判断や振る舞いがより強化されていきます。
この2つのエネルギーがバランスを保っているとき、組織は持続的にパフォーマンスを高めていきます。しかし、バランスを欠いてしまうと組織は、その営みを継続できなくなってしまいます。
たとえば、「業績志向性」が過剰に高まれば、組織内のコミュニティは徐々にその豊かさを失っていくでしょう。パフォーマンス「だけ」を重視するならば、次のような判断や意思決定も「正論」になりえてしまうからです。
・メンバーのモチベーションや関係性を軽視し、労働負荷をかけて働かせる。
・パフォーマンスの低いメンバーを、早々にチームから放出し、人的コストを軽くする。
・目標利益を達成していないチームは、メンバーの意見・意欲に関わらず即解散させる。
このような判断や意思決定です。このような「合理的」な振る舞いが横行すれば、体調不良やキャリア不安から組織を離脱する社員も出てくるでしょう。
モラルや倫理を欠いた行為で、業績を上げようとする社員も出てくるかもしれません。こうなってしまっては、社員が健康的・道徳的に企業生活を営めなくなるため、組織は少しずつ壊れていきます。
反対に、「コミュニティ志向性」が高まり過ぎても組織は問題を抱えていきます。市場の変化や財務的な指標よりも、社員の組織への愛着や関係性を過剰に配慮するようになっていくからです。
たとえば、経営者が意思決定において、過剰に社員の顔色をうかがうのでは、当然ながら思い切った采配はできなくなります。意思決定スピードは低下し、市場における好機を逃すことになってしまうかもしれません。
また、上司部下関係にも緊張感がなくなり、互いの仕事をシビアに評価する視点がなくなっていきます。社員の成長や活動量も停滞することから、やはりこちらも組織の持続可能性は低下します。
このようなアンバランス・リスクを回避するために、MVVは有効です。どのようなMissionを担っているのかを意識させることで、仕事において挑戦する姿勢を促せるからです。
「業績」や「売り上げ」といったキーワードを使わずに、組織の使命感や存在価値を語ることは、コミュニティ意識を刺激し、社員に共同体としての感覚を促すことにつながります。

MVVの過剰適応リスク
このように、組織にとって有効な機能を持っているMVVですが、近年いくつかの組織を調査するなかでそのリスクとも取れる「副作用」も見えてきました。
それが、過剰適応リスクです。
この数年でMVVを過剰に意識したことで生まれた問題をいくつか目にしてきました。たとえば、MVVに強く共感し、自他共に「会社の顔」として認められていた社員が体調不良から休職してしまうケース。あるいは、MVVに強く共感する事業リーダーが、部下に対して厳しくMVVの体現を求めたことで、同事業部で離職者が増加してしまったケース。また、カルチャーにマッチしていないという理由で中途入社した社員への適切な育成支援がされないケースなどです。
また、弊社が行ったある企業の分析結果でも同様の傾向が見られています。たとえば、MVVに対する肯定感が強いほど、ワークエンゲージメントが高い一方で、同時に健康リスクも高めているといった分析結果などです。
どのような有効な施策でも、過剰に意識されていくと「副作用」を生み出します。
組織文化の研究では「文化中毒(Cultural dopes)」という概念があります。その組織の価値観や習慣に染まり、俯瞰した視点・思考を失ってしまうことを意味します。
また、組織学習論においても「活用過剰(excessive exploitation)」や「狭視野な学習(learning myopia)」という概念で「し過ぎ」に対する指摘がされています。組織が自らの「内」ばかりを活用し過ぎてしまい、環境変化に適応できなくなっていくリスクを意味する概念です。
いずれも、集団の規範や価値認識を受け入れるだけでなく、過剰に共感・支持しようとすることで視野狭窄の「副作用」が生まれることを意味するものです。MVVを導入する企業は、この明らかな「副作用」に配慮して運用を進める必要があるでしょう。
MVVと社員の適切な「距離」を考える。
多様化する社会で、自社の方向性を打ち出すことは重要です。先に述べたように、個人差を減らし、個々の主体的な振る舞いを高め、組織内のバランスを整えることにつながるためです。
他方で、MVVが社員の創造性の発揮や思考の幅を縮小させる「呪縛」となりうることも意識しておくことが大切でしょう。
自社特有の価値観に社員を過剰に適応させてしまうことは回避すべきです。自社の「内」を過剰に評価してしまうリスクや、「外」の社会に対する興味や関心を奪ってしまうかもしれません。新たな視点や自社にとって有益な価値認識を組織に呼び込むことを妨げてしまう可能性も考えられるでしょう。
組織の管理者は、MVVを体現する推進者としての役割を意識するだけでは十分ではありません。組織内で過剰適応リスクが生まれていないかをモニタリングする役割も意識する必要があります。
とくに社員のエンゲージメントが高く、「良い会社」と評価される組織ほど、このような客観性の担保が求められるでしょう。MVVの浸透がうまくいっている会社ほど、過剰適応のリスクは高まるからです。組織内で生まれる不具合やインシデントをよく分析し、背景にMVVの影響が潜在していないか、意識的になる必要があります。
また、社員個人においては、MVVを唯一の価値規範と考えずに、より広い視点で自らのキャリアをとらえる姿勢は必要なのでしょう。組織内に身をおきながらも、自社もまた「マイノリティ」であることを念頭に、広い社会のなかで越境を繰り返し、自らをとらえる機会も大切です。
MVVと社員個人の「距離」について再考することは、MVVを活用するうえで大切な視点といえるでしょう。
<参考文献>
Burt, R. S. 1992. Structural holes: The social structure of competition. Cambridge, MA: Harvard University Press.
Drucker, P. F. (1992) “The New Society of Organizations” , Harvarad Business Review, Sept.-Oct. 95-104.
Benner,M.J.and M.Tushman (2002) “Process Management and Teshnological Innovation: A Longitudinal Study of the Photography and Paint Industries,” Administrative Science Quarterly,Vol.47.No.4.
Levinthal, D. A., & March, J. G. (1993). “The Myopia of Learning.” Strategic Management Journal,14.

著者紹介
神谷俊(かみや・しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表
企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。