マイナビ キャリアリサーチLab

この20年における「学生の就職観の変化」とその背景にあるもの

綿貫哲也
著者
株式会社マイナビ 支社業務推進担当
TETSUYA WATANUKI

今から20年前の2001年、学生の就職活動は「氷河期」の真っただ中にあったものの、採用がストップしていた大手航空会社の総合職採用が復活、IT 関連企業を中心とした雇用増加の兆候もみられ、厳しさの中にも光が差し込み始めていた。

また、インターネット(就職サイト)が就職活動の「必須ツール」として定着し、企業へのエントリー手段も郵送(ハガキ)からインターネットに移行していった時期でもあった。あれから約20年、学生の就職観はどう変化したのか?マイナビが毎年実施している「大学生就職意識調査」を紐解きながら就職観の変化とその背景にあるものを考察したい。

20年前の学生も「楽しく働き、個人の生活と仕事を両立させたい」と思っていた!

2001年卒の調査における「あなたの就職観にもっとも近いものはどれか?」という設問では8つの選択肢中「楽しく働きたい」がトップ、「個人の生活と仕事を両立させたい」が2位で、この順位は直近の2022年卒調査まで全く変わっていない。近年、よく言われる「最近の新入社員は出世欲がない」「ワークライフバランスという言葉が広がって個人の生活も重視されるようになった」というのは“イメージ”に過ぎず、すでに20年前から「楽しく働き、個人の生活と仕事を両立させたい」という考えが定着していたことがわかる。

【あなたの就職観にもっとも近いものはどれか?(択一回答)】

あなたの就職観にもっとも近いものはどれか?/マイナビ大学生就職意識調査(2001年卒~2022年卒) 

では、「20年前と現在の学生の就職観に大きな違いはないのか?」と言われればそうではない。この20年で「人のためになる仕事をしたい」は8.4%(5位)から15.2%(3位)と6.8ポイントの大幅増、「社会に貢献したい」も3.3%(6位)から6.1%(5位)と伸びている。これは「社会が抱える課題と向き合う意識」が高まっていることを表している。裏を返せば「気候変動や貧困、紛争」など“自分たちの未来”に向けて意識せざるを得ない社会課題が浮き彫りになってきたこと、「東日本大震災」や「新型コロナウイルス感染症拡大」といった未曽有の危機を経験し“人のためにできること”を考える機会が増えたことも影響しているものと思われる。

一方で「自分の夢のために働きたい」はこの20年で16.5%(3位)から10.9%(4位)と5.6ポイント減、「プライドの持てる仕事をしたい」も15.0%(4位)から3.9%(7位)と11.1ポイント下げている。「収入さえあればよい」が1.7%(7位)から5.3%(6位)に増えていることを考えれば、自分がプライドを持てるような仕事につき、夢の実現に向かって突き進むといった「理想」は描きにくい世の中になっているのかもしれない。

学生の「大手企業志向」は景気動向によって左右されてきたが…

2001年卒の調査では「大手企業志向」の学生(「絶対に大手企業がよい」または「自分のやりたい仕事ができるのであれば大手企業がよい」を選択)は41.0%、「中堅・中小企業志向」の学生(「やりがいのある仕事であれば中堅・中小企業でもよい」または「中堅・中小企業がよい」を選択)は50.3%となっており、「中堅・中小企業志向」の学生のほうが多かった。

1990年代、バブル経済崩壊後の業績悪化に伴い、早期希望退職者募集をはじめとした経営合理化を行う企業が企業規模に関係なく続出したことや著名企業である「山一証券」や「北海道拓殖銀行」が立て続けに破綻したことは「大手企業神話」が絶対的なものではないと印象付けた。

2000年代の企業選びは「大手企業に就職すること=終身雇用、年功序列に守られ安定した人生を送ることができる」という“幻想”が解け、企業規模にこだわらない就職活動の時代到来を予感させたが、直近の2022年卒の調査では「大手企業志向」の学生51.1%、「中堅・中小企業志向」の学生44.9%となっており、「大手企業志向」の学生のほうが多くなっている。

この20年間のグラフ推移を見てみると、景気動向が上向き、企業の採用意欲が高まれば学生の「大手企業志向」も高まり、採用意欲が低くなればそれに連動する形で「中堅・中小企業志向」の学生が増える傾向にあることがわかる。これは言い換えれば「売り手市場で大手企業に入りやすくなるなら大手企業に行きたいが、買い手市場で難しそうなら中堅・中小企業でもやむを得ない」という考えのようにも映る。

ただ、2021年入社新入社員を対象とした調査で「10年以内に退職」を考えている者は51.0%(「2021年新入社員の意識調査」より/マイナビ転職調べ)に達することを考えれば、たとえ「大手企業志向」の学生であったとしても、そこに「終身雇用、年功序列に守られ安定した人生を送ることができる」という発想はないことは明白だ。

定年まで同じ会社で働くという前提が崩れ、転職が当たり前になった労働市場で、“最初に”就職した企業で「どのようなスキルを身につけることが可能か」は極めて重要な要素である。学生からすると、複合的にビジネスを展開し、多くの人と関われそうな大手企業のほうが「(転職する際に有利な)“つぶし”の効くスキルが身につきそう」と映る場合が多いのかもしれない。

逆にいえば「企業規模が大きい」だけでは志望する理由と結びつかないので「“つぶし”の効くスキルが身につかない大手企業」は見向きもされなくなるであろう。事実、志望者が集まる大手企業と集まらない大手企業の差が開いてきているという話はあちこちで聞く。そういう意味においては“企業規模”に焦点をあてた「大手企業志向か中堅・中小企業志向か?」という設問自体が意味を持たなくなっているのかもしれない。

【あなたは「大手企業志向」ですか、それとも「中堅・中小企業志向」ですか?(択一回答)】

あなたは「大手企業志向」ですか、それとも「中堅・中小企業志向」ですか?/マイナビ大学生就職意識調査(2001年卒~2022年卒)
あなたは「大手企業志向」ですか、それとも「中堅・中小企業志向」ですか?/マイナビ大学生就職意識調査(2001年卒~2022年卒)

「やりたい仕事」から「安定」重視の背景

企業選択のポイントはこの20年、一見大きな変化はないように見える。用意された20の選択肢のうち2001年卒調査で上位5位に入った選択肢の中で、4つが2022年卒調査でも5位以内に入っている。上位選択肢の顔ぶれが変わっていないため、大きな変化はないように見えるが、グラフ推移や数値を詳細にみると学生の企業選びの背景にあるものが確実に変化していることがわかる。

2001年卒調査では「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」が他の選択肢を大きく引き離し48.2%でトップ、以下「働きがいのある会社」21.0%、「安定している会社」18.4%、「これから伸びそうな会社」17.2%、「自分の能力・専門を活かせる会社」15.7%と続いていた。2022年卒調査では「安定している会社」が42.8%と24.4ポイントの増でトップ、以下「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」(34.6%)「給料のよい会社」(17.5%)「働きがいのある会社」(12.8%)「これから伸びそうな会社」(12.4%)の順になっている。

「安定している会社」が大きく伸び、「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」の比率が低下しているが、この背景には今の若年層世代の切実な経済事情が影響していると思われる。つまり、幼少期からの多くを「不況下」で過ごし、家計的にも厳しい中で進学し、学費も奨学金でまかなうといった学生が増えているという事情である(大学生全体の奨学金利用率:1998年約10%、2018年約37%/日本学生支援機構調べ)。

ミドル・シニア世代からすれば「挑戦意欲が希薄で、景気動向の影響を受けにくい会社で安定した生活を送りたい学生」が増えている状況は「嘆かわしい」と思うかもしれないが、今の若年層世代は「大人たちが活き活きと働き、働くことで何かを実現していくというポジティブな姿」を見てきていない。なので「仕事を通じての自己実現」などと言われてもイメージできない学生も多い。それよりもまず、人としての根源的な欲求である「安定した生活をすることができる報酬の確保」を優先せざるを得ないのではないかと考える。※1マズローの欲求段階説

さらにいえば、この20年における価値観の多様化や産業構造の複雑化が進み「仕事そのもの」も複雑化し、わかりにくくなったこと、産業のライフサイクルが速まり、今後さまざまな業種で淘汰、再編が予測される中「選んだ会社や仕事が存在し続けられるのか?」という不安も背景にあるように思う。特に後者に関してはここ2年のコロナ禍で「事業への多大な影響」がでた企業が続出した影響も大きいのではないか。

【企業選択をする場合、どのような企業がよいと思うか?(複数回答)】

企業選択をする場合、どのような企業がよいと思うか?(複数回答)/マイナビ大学生就職意識調査(2001年卒~2022年卒) 

まとめ

学生の就職意識というのは景気動向や就職市場の状況によって変化する。言い換えれば、一時的に変化したように見えても景気動向や就職市場の状況が元に戻れば同じような調査結果に落ち着く側面がある。ただ、一見「それほど変わっていない」ように見える調査結果もグラフ推移や数値を詳細にみることで、学生の企業選びの背景にあるものが見えてくる。特に、この20年における

①意識せざるを得ない社会課題の増加
②働くことにポジティブな印象を抱けない環境
③「安定した生活」に必要な報酬の確保を優先せざるを得ない経済事情

という3つの背景は学生の就職観に大きな影響を与えたといえる。大学生に限らず「日本の若年層が将来への希望を持ちにくい世の中になっている」と言われて久しいが、今後さらに国外企業も含めた競争の激化、産業構造の変化、雇用形態の多様化、流動化が予測される中で学生が自発的に「仕事」や「生き方」を考える機会が増え、さらに選択できる能力を身につけることができるようになることを願う。


著者紹介
綿貫 哲也(わたぬき・てつや)
株式会社マイナビ 支社業務推進担当

1987年 毎日コミュニケーションズ(現マイナビ)入社。就職情報事業本部 営業職として、250社の採用募集活動に携わる。管理本部総務部長、沖縄支社長、埼玉支社長などを歴任。埼玉県経営者協会をはじめとした経済団体等で企業経営者、採用担当者向け講演多数。特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会 キャリアコンサルタント(国家資格)、日本キャリア開発協会会員(CDA)、著書に「中小企業の採用担当者へ!これが新卒獲得のノウハウです」(実務教育出版)。

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