実社会に関わる「探究学習」を通して身に付ける「問う力」ー東京大学大学総合教育研究センター教授 佐藤 浩章氏
2022年4月より高等学校の教育課程に本格導入された「探究学習」。試行錯誤を重ねながら「探究学習」を指導している高校教員が多いなか、最近は地元企業と協働して、地域課題を解決する「探究学習」に取り組み、一定の成果を上げている学校も増えてきました。
そこで採用されている学習プログラムの1つに株式会社マイナビが運営する『locus(ローカス)』があります。『locus』を監修し、長年、高校教員向けに「探究学習」の指導者向け研修を実施してきた佐藤浩章教授に、実社会に関わる「探究学習」の有用性やこうした学びが高校生の将来にもたらす影響などを伺いました。
佐藤 浩章
東京大学 大学総合教育研究センター教授
北海道大学大学院教育学研究科・博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。愛媛大学教育・学生支援機構准教授、大阪大学学際大学院機構教授を経て現職。ポートランド州立大学客員研究員、キングスカレッジロンドン客員研究フェロー等を歴任。専門は高等教育開発。近著に『高校教員のための探究学習入門:問いからはじめる7つのステップ』、『大学教員の能力開発研究』、『大学FD入門』、『授業改善』、『講義法』等がある。
目次
「探究学習」は、「問う力」を身に付ける学習活動
2021年度までおこなわれていた「総合的な学習(の時間)<以下、総合学習>」と、2022年度以降、学習指導要領の改訂により導入された「総合的な探究学習(の時間)」との違いを教えてください。
佐藤:まずこれまでおこなわれてきた「総合学習」には、2つの意味があります。1つは教科同士の学びを統合(総合)することです。高校も大学も教科ごとに学ぶのが基本的な学習スタイルですが、教科を越えて学ぶこともできます。それが「総合学習」です。
働いてみればわかりますが、実社会で起こる問題の解決のためには、数学や国語などと明確に分けられた単独の教科の知識だけが求められることはありません。数学と同時に国語が求められたり、さらに歴史の知識が必要になったりすることがよく起こります。このように1つの課題に対して複数教科の知識を組み合わせなければ、解決できないことが少なくありません。
もう1つは、「学校での学び」と「実社会での学び」の統合(総合)です。「学校での学び」は、国語、英語など学問(教科)をベースにしています。一方「実社会での学び」は、実践知、経験知、生活の知恵などと呼ばれるように、実践・経験・生活をベースにしています。高校生なら、教科とは別に、部活動や学校の行事、地域社会での活動などを通じて得られるのがこうした知識です。両者を統合するのも「総合学習」です。
このように「教科と教科」の学び、そして「学校と実社会」での知識の統合を求める学習を「総合学習」と呼びます。
今回加わった「探究学習」という要素について、 学習指導要領では、次のように説明されています。
生徒が自分で課題を見つけ、情報を収集・整理・分析しながら、問題の解決に取り組み、
意見をまとめ、表現し、自分の考えや課題が更新されていくことを繰り返していく学習活動
さまざまな教科や実社会における知識を総合して組み合わせながら課題解決を行っていくことが、学習指導要領の示す「総合的な探究学習の時間」ということになると思います。
ただ、私の著書では「探究学習」の定義が少し異なり、「学習者が問いに答える活動を通して、知識創造していく学習活動」と表現しています。
学習指導要領の定義には「問いを立てる」という要素が明確に入っておらず、「課題解決型学習」のようにみえます。私の考える「探究」は「課題の解決」ではなく「問いの答えを探究する」ことによる学習活動です。たとえば以前、大阪城の研究をしていた高校生がいました。この研究を課題解決学習として位置づけるのは難しいでしょう。このように人文系・理系の純粋学問の中には、学習指導要領が定義する「探究学習」にフィットしないケースが少なくありません。
研究自体が直接課題解決にはつながらなくても、学問としては非常に重要だといわれるものは無数にありますが、実用性や問題解決だけにフォーカスしてしまう「探究学習」では、課題解決につながらない学びは扱えなくなってしまいます。しかし、本来「探究学習」は、学習目的を課題解決に限定したものではないため、あらゆる学びを扱うことができます。
実用性や課題解決につながるかどうかは関係なく、最終的には自分が立てた問いに対する答えを探究していくのが「探究学習」です。
VUCAの時代こそ、「問う力」が求められる
近年「探究学習」が注目されているのは、高校生に、どのような能力や経験を得ることが求められているからでしょうか。
佐藤:今の世の中は、環境の変化が激しく、将来の予測ができない『VUCA(ブーカ)の時代』と言われています。この言葉は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字からとった造語です。こうした時代においては、すでにある知識や過去の実例から、答えを見つけても通用しないことが多くなっています。なぜなら、過去とは社会環境が大きく変化してしまっているからです。
こうした時代を生き抜いていくためには、自分で課題を発見し、問いを立て、自分で答えを見出していくことが必要になってきます。まさに「探究学習」で取り組む、高次元の認知レベルの学習活動が求められています。
また、「良き問いをつくるものは良き答えを見つける」という言葉があります。たとえばChatGPTも、利用者である人間がどういうプロンプト(指示文)を出すかによって、アウトプットの精度が大きく異なることは、みなさんもご存知だと思います。
その指示文というのが、まさに「問い」です。ロジカルで的確な問いを投げかければ精度の高い答えが返ってきますが、曖昧で広範な問いを投げれば答えも抽象的なものになります。AIの発展により、今後は「問う力」の格差が生じてくると思われます。
近年、教育実践家や教育学研究者の中には、「問う力」が重要であると主張する人が増えています。誰かに与えられた問いに対する答えを見つける能力の相対的価値は低下しつつあります。自分で問いを立て、それに対して自分で答えることができなければ、世の中に活かせる力にならないからです。こうした能力を伸ばすために、「探究学習」が重視されているのです。
「探究学習」を経て得た学びは、その人にとって一生忘れない知恵や能力になっていきます。大学で卒業論文を書かれた方なら、当時の研究内容が何年経っても忘れられることなく、自身の記憶に鮮明に残っていることを実感していると思います。それはまさしく自分自身で問いを立て、自分でその答えを見つけてきたからにほかなりません。
実社会に関わることで主体的に「社会を生き抜く能力」が磨ける
『locus』のように、高校生が地元企業とともに地域課題の解決に取り組む「探究学習」もあります。このように実社会に関わる学びの重要性について教えていただけますか。
佐藤:高校教育においては、これからの社会を生き抜くために育むべき「学力の3要素」が中央教育審議会により示されています。第1の要素は「基礎的な知識・技能」。知っていること(知識)とできること(技能)を身につけることです。これは、このあとに出てくる2つの要素の基礎になります。
第2の要素は、高次の認知能力である「思考力」「判断力」「表現力」です。これは、基礎となる「知識」と「技能」を組み合わせて、活用する応用力です。
第3の要素は、「主体性」「多様性」「協働性」です。「知識」や「技能」、高次の認知能力となる「思考力」「判断力」「表現力」があっても、それを使おうという「主体性」がなければ活かすことはできません。また、「多様」な他者と「協働」することができなければ、社会でこれらの能力を発揮することはできません。
高校生の場合は、未就労者が大多数なので、ビジネスパーソンのように基礎的な知識・技能を応用する機会が限られています。そこで『locus』のような学習プログラムを通じて、企業や実社会と接点を持ち、それぞれが抱える課題を把握して、解決するトレーニングをおこなっているのです。
『locus』が扱う内容は、地元企業を題材とするものが多くあります。地元企業には親や親族、知り合いが勤めている可能性が高く、当事者意識も生まれやすくなります。また、高校を卒業したあとの社会で活かせる実践的なスキルを伸ばすトレーニングも取り入れられています。このように、より自分事として取り組みやすい地元(実社会)をテーマにしている点が特徴です。
地域企業の情報などを入手しやすく、将来のキャリアを考えるきっかけにもなる
『locus』を監修いただいている中で、特に有用性を感じる点があれば教えていただけますか。
佐藤:まずは、『locus』を提供しているマイナビ社が、地域企業と強いつながりを持っている点です。この強みを活かして、どういう事業をおこなっているのか、どういう課題を解決しようとしているのかを、高校生が地元企業に実際に訪問して(あるいはオンラインで)、インタビューをすることができます。
さらに、課題の解決方法についても、実際に企業で使用されているものを取り入れている点です。たとえば、会社の強みを洗い出す「SWOT分析」や、根本的な原因を探る「なぜなぜ分析」など、ビジネスシーンで活用されているフレームワークを学ぶことができます。
最後に、将来のキャリアについて考えられる点です。日常の生活だと接点のないBtoB企業(企業間取引を主なビジネスにしている企業)にも触れることができるので、「こんな企業もあるのか」「こんな働き方もできるのか」といった発見をしながら、自らのキャリアの選択肢を増やすことができます。
一辺倒な課題解決案でなく、多様なアイデアを創出できる
「探究学習」をおこなうことは、高校生のその後の学びや将来にどのような影響があると思われますか。より良い「探究学習」の進め方についてのお考えとあわせて教えてください。
佐藤:「探究学習」の動機は学生によって多様です。課題を解決したい、しなければならないということで火がつく学生もいれば、学問そのものの面白さや、テーマ自身への個人的関心・興味の高さから探究に取り組みたいという学生もいます。学校としては、それらすべてを「探究学習」に含めるように設計すると、探究の学びの幅が広がると思います。
たとえば地域の商店街と連携して「商店街の活性化プランを作成しよう」という課題を設定して「探究学習」を実施するとします。このように課題解決を目的にしてしまうと、高校生は「若者が集まるようなイベントをしてはどうか」という提言を毎年のようにしてしまうということが起きます。
ですが、「商店街に来る人たちの行動パターンはどのようになっているのか」という問いを立てて、統計学・社会学・数学を使ってアンケート項目をつくり、そのデータを収集・分析して、実態を明らかにすることもできます。また、「商店街の歴史の中に、今後の活性化のアイデアになるものはないか」という問いを立てて、歴史学の視点から商店街の成り立ちを調べて、そこから商店街の強みを抽出することもできます。このように、学問に基づく探究型のアプローチのほうが、課題解決型のアプローチよりも、ユニークで有用度の高い提案ができることがあります。さらにいえば、そちらの方が結果として課題解決につながる可能性もあります。
学問に基づく探究型のアプローチは、教科の学びがどう社会で活用できるのかを実感しやすく、教科学習にも良い効果があります。教科学習の意義を理解しながら教科を学んでいく経験があると、高校を出たあとの大学や就職先でも、常に応用場面を意識して学んでいくことができるようになります。
「コンテンツ(内容)」と「コンテキスト(文脈)」を合わせて教える
高校生がそのような学習をおこなっていくためには、高校教員はどういう指導を心がければいいのでしょうか。
佐藤:大きく2つあります。1つは、教科学習の「コンテンツ(内容)」と実社会の「コンテキスト(文脈)」をセットで教えることです。学校で学んでいる教科の知識は、どの場面で有用なのか、実社会の文脈に合わせて学習指導をおこないます。もう1つは、高校教員が「コンテキスト」を教えられるようになるためには、企業や行政で働く社会人と交流し、実社会で教科の学びがどのように応用されているのかを理解しておく必要があります。
「探究学習」は個人探究が原則
「探究学習」の今後の課題や、将来どのように発展していく可能性があると思われるかのお考えを教えてください。
佐藤:私は、この10年間高校の教員向けに「探究学習指導者セミナー」を実施してきました。その中でいくつかのボトルネックがみえてきました。今後は、それらを解決していくことが「探究学習」を普及・発展させていくためには重要だと考えています。
まず1つ目の課題は、「問いから始まらない探究学習」が非常に多いことです。たとえば、「●●について」というタイトルの探究学習は、ほとんどが「調べ学習」になっています。こうした課題が生まれた背景には、先ほども言ったように生徒にとって「問いは答えるものであって、つくるものではない」という考え方が、教育の現場で長きにわたって共有されてきたことが考えられます。
先生自身が「問いの立て方や作り方」を学んでこなかったので、生徒に教えられないのです。私の実施してきた「探究学習指導者セミナー」でも、その部分を強調して教えています。先生自身が「問いを立てられる」ようになり、教えることができるようになれば、高校生自身も良い問いをつくれるようになってきます。問いづくりは「探究学習」の柱になっていくでしょう。
2つ目の課題としては、学校の現場では「探究学習」の導入意図を踏まえて取り組む教員が多数派ではないということです。多くの先生は、今もまだ従来の教科学習を教えることに注力しています。どちらかというと「探究学習」はオプションであると考えられているのではないでしょうか。しかしながら時代の要請を考えると、今後は「探究学習」が中心になっていくだろうと予測しています。教科学習は、オンデマンド教材を活用した個別最適化された学びに変化していくと思います。すでにこれに近い学習スタイルを採用している高校が国内外にいくつもあります。
大学入試も変化しつつあります。「高校時代どういう探究学習をやってきたのか」についてプレゼンテーションをおこない、その内容で受験の合否を決めていくような入試を取り入れる大学が増えています。大学の入試制度が大きく変化すれば、先生たちの意識も変化していくでしょう。
3つ目の課題は、「探究学習」がグループによって行われることが多いことです。先生たちからは、生徒一人ひとりを指導する時間がとれないと聞きます。しかし、当然ながら共同探究の方が、個人探究よりも難易度は高いのです。大学の研究でも、個人研究ができない教員は共同研究者として声がかかりません。探究学習は、原則個人で行われるべきだと考えます。個人探究だと人任せにすることができないので、どんな形であれ最後まで「やりぬく」力を身に付けることができます。
「探究学習」に先進的に取り組んでいる高校をみると、先生一人ですべてを指導しているわけではありません。低学年の生徒は、先輩たちのプレゼンテーションを見たり、わからないことを先輩に相談したりと、上級生の力を借りながら学べる仕組みがあります。自分の担当教科でない場合は、他の教員から指導・助言をもらえるような仕組みが作られています。大学のゼミや研究室の仕組みが参考になるでしょう。「探究学習」を推進していく上では、こうした学校全体でのサポート体制の整備が重要になるでしょう。
編集後記
今回、東京大学大学総合教育研究センターの佐藤 浩章教授にお話を伺いました。「探究学習」は、このVUCAの時代には必要な「問い力」を身に付けられる、非常に有用な学習法だというのがわかりました。しかし、現状高校教員が「探究学習」を高校生に指導できる知識やノウハウがなく、「探究学習」が中心となった教育体制にはなっていないのが現状としてあるようです。
『locus』のような実社会に関わる探究学習プログラムを活用することで、高校生が自分事として対象とする課題を考え、問いを立て、答えを創り出すことができる。こうしたツールの有用性を非常に強く感じました。
あとは、学習支援体制の強化です。一人の教員だけで「探究学習」を進めるには限界があります。他の教員や上級生と連携できる学校全体の体制が整えば、実現性も高まるのではないでしょうか。
次回は、高校生と地域企業を結び付けることによって地域や企業にとってどのような効果を生むのかについて、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の阿部剛志上席主任研究員と喜多下悠貴主任研究員解説していただきます。