限定正社員という選択肢~現在地点の課題と将来的な期待~
目次
限定正社員とは?
リモートワークやワーケーション、副業、パラレルワークなど、以前に比べて働き方の選択肢は増え、その認知や多様な選択肢の出現による社会全体の変化も激しさを増している。特にコロナ禍を機にそのスピードは速くなり、近年は特に目まぐるしい。
そんな多様で豊富な選択肢の中の1つとして、”多様な正社員”いわゆる「限定正社員」という働き方があるのをご存じだろうか。
限定正社員とは、勤務地や職務、勤務時間などの範囲を労働契約で限定して働く正社員のことを指し、「ジョブ型正社員」とも呼ばれるなど、呼称はさまざまある。総じて「限定正社員」のことを意味しているため、本稿では「限定正社員」に統一して表記する。
限定正社員は、政府においても「正社員(限定条件のない一般的な正社員)」と「非正規労働者」の働き方の二極化の緩和、労働者一人ひとりのワーク・ライフ・バランスと、企業による優秀な人材の確保や定着の実現のため、普及を推進しているのだが、労働者の認知度は決して高くなく、アルバイト就業者に至っては2割に満たないのが実情だ。【図1】
本コラムでは、弊社が行った「マイナビ ライフキャリア実態調査2024年版」を中心に、限定正社員として働く人の実態などを確認しながら「働き方の多様性」という選択肢は「多様な人に届いているのか?」をあらためて考察していきたい。
限定正社員制度の企業導入状況
まずは、企業の「限定正社員制度」の導入状況から時系列でみてみると、2019年時点では19.9%、2020年時点で25.7%、2021年時点で31.2%、2022年時点で35.9%、直近2023年では40.5%と、年々「限定正社員制度」を導入する企業が増えている様子がわかる。【図2】
政府が限定正社員の普及を推進する目的にもあるように、企業にとっては雇用形態に関わらず、優秀な人材の確保や定着に繋がることが考えられる。実際に、「アルバイト採用活動に関する企業調査(2023年)」でも、限定正社員制度を導入した影響として、 「多様な人材の活用」「優秀な人材の確保」「従業員の定着」が上位となっており、こうしたことからも導入する企業は増えているのだろう。
限定正社員の「限定する条件(以下:「限定事項」と記載)」は「勤務地」「職務」「勤務時間」など、いくつか存在する。上記で示した導入割合は、なにかしらの限定事項を伴う正社員制度の有無となるため、複数の限定事項(たとえば、勤務地+職務など)が可能であったり、限定事項が単一(たとえば、勤務地のみ)であったりなど、さまざまなパターンを含んだ導入割合であることはご留意いただきたい。
浮かぶ1つの懸念
さて、企業の導入割合は4割を超えているにも関わらず、労働者の認知度、特にアルバイト就業者の認知度が低いことは、先ほどみていただいたが、この結果をみて私は1つの懸念が浮かんでいる。
それは限定正社員という働き方は、無限定の正社員、いわゆる一般的な正社員(以下:「無限定正社員」と記載)が選べる働き方、というのが実態の中心となっているのではないか?ということだ。
もちろん、認知度だけで判断できることではないが、弊社の企業向け調査「アルバイト採用活動に関する企業調査(2023年)」の中で、”アルバイトから限定正社員への転換者はいるか?”という質問をしており、それによるとアルバイトから限定正社員に転換された実績がある企業は、わずか6.8%である。【図3】
冒頭でも示した通り、政府も「正社員」と「非正規労働者」の働き方の二極化の緩和が、限定正社員制度を推進する目的の1つとしている。
非正規労働者ほど、勤務地や勤務時間などを限定した働き方を望んでいることを鑑みれば、非正規労働者の限定正社員化=正社員化という視点も取り入れなければ、多様な選択肢の出現も、ある一定の人に対する一方向的なものになってしまいかねない。このようなことも考慮しながら普及を推進していくべきだと考える。
次からは、限定正社員で働く人の実態をみていくが、非正規労働者から限定正社員になった人はいるのか?という、新たに気づいた懸念点も含め、限定正社員の実態を紐解いていく。
限定正社員として働く人の実態
限定している条件はなにか?
2024年3月時点で限定正社員として働く人の限定している条件(以下:「限定事項」と記載)の内訳は、「勤務地のみ限定の正社員」が81.0%と大半を占めた。次いで「複数の限定事項を組み合わせた正社員(ハイブリッドな限定正社員)」が8.7%、「勤務時間のみ限定の正社員」5.3%、「職務のみ限定の正社員」5.0%と続く。【図4】
「勤務地限定の正社員」は、転居を伴う異動のない正社員、もしくは一定地域内でのみ異動のある正社員となる。同様に「勤務時間限定の正社員」は、育児・介護休業法で定める短時間勤務制度の適用を受ける者を除き、フルタイム正社員より1週間の所定労働時間が短い正社員、または1週間の所定労働日数が少ない正社員となり、日数・時間ともに短い正社員も該当する。
「職務限定の正社員」は、職種・職務内容や仕事の範囲が他の業務と区別され、一定の職種・職務内で勤務できる正社員となり、いずれも企業との労働契約書に明記されることが一般的である。
「勤務地限定の正社員」は、地域限定正社員などとも呼称されることがあり、店舗や事業所などを全国展開する企業が販売員や事務員などに摘要するケースは、メディアを通して耳にすることもあるのではないだろうか。
以下より、4つの限定事項(①勤務地のみ・②職務のみ・③勤務時間のみ・④複数の組み合わせ(ハイブリッド))に分類し、さらにその実態をみていく。
性別と年代
まずは基本的な部分として、限定正社員で働く人の性別と年代を押さえておこう。「勤務地のみ限定の正社員」「勤務時間のみ限定の正社員」は男性より女性で多く、「複数の限定事項を組み合わせた正社員」「職務のみ限定の正社員」は、女性より男性で多いが、いずれも微細な差となっている。
年代別では、「勤務地のみ限定の正社員」として働くのは30代~40代で多い傾向にあり、「職務のみ限定の正社員」「勤務時間のみ限定の正社員」は50代~60代で多い傾向、「複数の限定事項を組み合わせた正社員」は20代~30代で多い傾向にある。【図5】
就業中の職種は?
次に、職種をみてみると、「事務従事者(総務・一般事務など)」が28.2%でもっとも多く、次いで「サービス職(接客店員など)」15.1%、「製造技術者・生産工程従事者」9.1%となり、限定正社員で働く人の職種は、上位3職種が過半数以上を占め、その大半は事務職かサービス職として働いている。
また、職務のみ限定の正社員では、「事務従事者」が32.9%で、その他の職種はいずれも1割を満たしておらず、事務職の職務の限定のしやすさも影響しているのではないかと類推される。一方で、複数の限定事項を組み合わせた正社員では「サービス職」22.1%(全体比:+7.0pt)となった。
限定正社員として働くためには、労働契約書に限定事項を明記し、企業と労働者双方の合意が必要となるわけだが、働く職種と限定事項の組み合わせによっては、労働契約書への限定事項の明記方法や、労働契約通りの働き方や運用における難易度に差が出てくることも考えられる。【図6】
限定正社員と無限定正社員の年収差
限定正社員は労働契約で勤務地・職務・勤務時間などの働く条件を限定している、つまり無限定正社員(限定事項のない一般的な正社員)に比べ、労働に制限や制約を加えているということになる。労働に制限や制約があることで、限定正社員と無限定正社員の給与には違いがないのか?という疑問が浮かぶのは私だけではないだろう。
そこで、2023年4月~2024年3月の1年間の見込み年収とはなるが、無限定正社員と限定正社員の年収差を確認してみると、無限定正社員の見込み年収の平均は497.4万円に対し、限定正社員全体の見込み年収の平均は435.5万円で、限定正社員は無限定正社員より61.9万円も少ない。
また、限定事項別でもみると「職務のみ限定の正社員」の見込み平均年収487.3万円(無限定正社員との差:-10.1万円)でもっとも高く、次いで「勤務時間のみ限定の正社員」が460.6万円(無限定正社員との差:-36.8万円)、「複数の限定事項を組み合わせた正社員」が450.4万円(無限定正社員との差:-47.0万円)、「勤務地のみ限定の正社員」が429.1万円(無限定正社員との差:-68.3万円)となった。【図7】
年収については、従事する職種や所属する企業の従業員規模など、さまざまな要素によっても変わるが、今回の結果だけでみれば「限定事項の有無」や「限定事項の種類」によって、無限定正社員との年収ギャップが大きいことが見て取れる。
また、限定正社員の各種満足度をみると、仕事内容・働き方では満足が6割超と不満を上回っているのに対し、収入の満足度のみ「不満(53.0%)」が「満足(47.0%)」を上回っている。【図8】
“限定正社員”という働き方を選ぶ際には、現在だけを見て条件を限定してしまうのではなく、給与なども含め、少し先の自分にとっても必要な選択であるか?など、未来視点も加え、総合的に勘案して選択し、企業と労働契約を結ぶことが重要だろう。
限定正社員で働く以前のキャリア
ここからは、冒頭で提起した懸念点である「限定正社員という選択」が、一定の人に対する一方向的なものになっていないか?つまり非正規社員から限定正社員になった人はいるのか?を考察するため、限定正社員で働く人の前職の雇用形態から、その傾向を確認する。
結論を先に述べるが、「非正規社員から限定正社員に転職」し、現在限定正社員として働いている人は、全体のわずか4.7%であり、限定正社員で働く人の9割以上が「無限定正社員から限定正社員に転職(52.4%)」「初職から限定正社員(退職経験なし)(40.6%)」となっている。
特に、女性の「複数の限定事項を組み合わせた限定正社員」で「無限定正社員から限定正社員に転職」が61.5%と全体より10pt以上高いことが目立つ。【図9】
非正規労働者の多さは日本の雇用問題の1つであり、限定正社員の普及を推進する目的でもある正社員と非正規労働者の働き方の二極化の緩和のためには、非正規労働者の限定正社員化(正社員化)という実態も伴うべきではあるが、残念ながら現状はレアケースとなっていることがうかがえ、限定正社員という選択肢を享受するための、みえない”壁”が存在しているのかもしれない。
限定正社員で働く人の将来的な意向
限定正社員の認知度はまだまだ高いとは言えず、非正規労働者の限定正社員化というスキームは残念ながら、ほぼ未開拓という状況にある。
ただ、少なくとも従来の正社員では転勤を断ることや職務内容・勤務時間を制限することが容易ではなかったことを考えれば、労働契約で何らかの就業条件を限定するという形で、多様な働き方を選択できるようになってきていることも、また事実である。
ここからは、限定正社員で働いている理由、そして、限定正社員は今後のキャリアをどう考えているのか?について確認していく。
限定正社員で働く理由
現在、限定正社員として働く理由の上位3つは「自宅の近くで働ける(25.6%)」「仕事とプライベートの両立がしやすい(23.7%)」「雇用の安定性(17.2%)」となっている。
限定事項別で上位3つの理由が高い傾向にあるのは、「複数の限定事項を組み合わせた正社員」となり、上位3つの理由の他、「残業など、勤務時間や勤務日数の負荷の少なさ(24.7%)」「自分の能力範囲に適した業務の質である(22.7%)」「介護と両立がしやすい(18.9%)」で全体より10pt以上高く、勤務地限定をベースに、職務・勤務時間の3つ、もしくはいずれかを組み合わせた限定正社員として働いていることが推察される。
また、数表部分の前職の雇用形態別でみてみると「非正規社員から限定正社員に転職」した人、「限定正社員から限定正社員に転職」した人に特徴がみられ、「非正規社員から限定正社員に転職」した人では「自宅の近くで働ける(36.6%)」が全体より10pt以上高く、「仕事とプライベートの両立がしやすい(32.1%)」が全体より5pt以上高い。
一方の、「限定正社員から限定正社員に転職」した人では「仕事とプライベートの両立がしやすい(33.8%)」「現在の勤務地からの変更がない(25.5%)」が全体より10pt以上高くなっており、自宅近くの職場で勤務地が限定されることで、ワーク・ライフ・バランスが取れる環境に繋げている様子がうかがえる。【図10】
自宅の近くで働けること、ワーク・ライフ・バランスが取れることは、非正規労働者が働く上で特に求める条件である。さらに限定正社員という働き方は雇用安定にも繋がるため、「限定正社員制度」が非正規労働者のキャリアをエスカレーションさせる制度として、早期に機能してほしいと、あらためて感じる。
将来的に希望するキャリア
限定正社員は、この先も「限定正社員として働き続けたいのだろうか?」それとも「無限定正社員になりたいのだろうか?」最後に将来的なキャリアの意向について確認してみると、限定正社員の3人に2人以上(69.7%)が、今後「無限定正社員になりたい」と回答した。そのうち57.9%が「現在の勤務先でなりたい」としており、無限定正社員になりたい人とした人の8割以上が現在の勤務先での無限定正社員化を望んでいる。
また、「現在の勤務先ですぐにでもなりたい」が33.2%になるなど、現在の勤務先で無限定正社員化を望む人の過半数以上([現在の勤務先でなりたい(33.7%)]÷[現在の勤務地で限定正社員になりたい(57.9%)]=57.3%)が、早期に現在の勤務先で無限定正社員化の意向を持っていることがわかる。【図11】
限定正社員から無限定正社員への転換、無限定正社員から限定正社員への転換など、正社員という雇用形態でありながら、多様な選択肢の往来を可能にすることで、企業にとっては優秀な人材の定着や確保に繋がり、労働者にとってはライフステージの変化に合わせながら、持続的・安定的に働き続けられることに繋がっていくだろう。
限定正社員の2024年時点の課題と将来的な期待~まとめ~
限定正社員という働き方は、正社員と非正規社員の間にある中間的な働き方と言われることもある。年収を指標に確認すると、無限定正社員が497.4万円、限定正社員435.5万、非正規社員は230.8万円(週5日以上おもに仕事をしている非正規社員)が、2023年3月~2024年4月の見込み年収であることから、確かに限定正社員は正社員と非正規社員の中間にあるともいえそうだ。【図12】
しかし、中間である限定正社員と非正規社員の見込み年収には200万円以上の大きな差があり、「アルバイトから限定正社員化した人がいる企業」、「非正規社員から、限定正社員に転職した人」は、残念ながらレアケースである。
本来であれば、「同一労働同一賃金」の実現などが、正規と非正規の格差の緩和にも繋がるはずだが、もう1つの考えとして、非正規社員から限定正社員にキャリアをエスカレーションできる状況にしていくことも、収入格差の緩和や柔軟な人材流動、安定雇用に繋がっていくのではないだろうか。
現在はさまざまな情報が溢れ、手軽に情報を得ることもでき、なにをするにしても選択肢は豊富だ。それは働き方や雇用形態も同様だが、反面、自分にとっての正しい選択が非常に難しくなってきているとも言える。
また、豊富になった選択肢を、広く多くの人が自由に選べる状態にあると断言することはできるだろうか?少なくとも、本コラムでみてきた限定正社員という働き方を選択できるのは、一定の人、そして一方向的になっている傾向があることは現在地点の課題であり、今後も限定正社員の普及を推進する上で、課題となってくるであろう。
しかし私は、課題と同時に正社員と非正規社員の中間にある「限定正社員」という働き方は、今後の日本の労働市場に重要な役割を担ってくるのかもしれないという『期待』もしている。
それは、個人のライフステージの変化に合わせて、各種限定事項の柔軟な組み合わせ直しを可能にしたり、限定正社員と無限定正社員の柔軟な往来を可能にしたり、さらには非正規社員と限定正社員の往来も柔軟にすることが可能になれば、あらゆる人が安心して長期就業できる可能性を高め、持続可能な労働市場に繋がっていくだろうという期待だ。
もしかすると「限定正社員」は、将来的に一人ひとりの可能性と向き合える働き方、そして持続可能な労働市場をブリッジする”重要な働き方”になるのかもしれない。
マイナビキャリアリサーチLab 主任研究員 関根 貴広