マイナビ キャリアリサーチLab

管理職意向を高められるか?新しいキャリアの選択肢『ポジティブな降格制度』

東郷 こずえ
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

本コラムはジェンダーギャップ指数の発表を受けて、特に経済分野に焦点をあてて課題と解決策について講演「ジェンダーギャップ指数とは?日本の現状と改善に向けたポイントを紐解く」の内容を紹介するものである。第3回については、主任研究員 関根 貴広  が「働く人の固定概念をアップデートする『ポジティブな降格』という選択」と題して解説した内容を基に加筆したものである。

ジェンダーギャップの解消のために女性の管理職比率を向上させる必要があることは第1回のコラムででもご説明したが、まず「0から1」を増やす必要があるのに、なぜ管理職から降りることを推奨する「降格制度」が解決策になりえるのか、という疑問もあるだろう。

しかし、管理職としての働き方やその責任の重さから、自分が管理職として働くことへ自信が持てないなどの理由で、そもそも管理職になること自体を忌避する傾向もある。本講演ではその点に注目して、柔軟なキャリアパスとして「ポジティブな降格」という選択肢を提示することで、まず、管理職になることのハードルを下げ 、管理職意向を醸成することに注目して説明した。

管理職意欲に影響する性役割意識

日本のジェンダーギャップ指数が改善しない理由のひとつとして女性の管理比率の低さがあるが、このような性差が生じる理由として「男性は仕事、女性は家庭」といった性別によって分業することが望ましいとする「伝統主義的な性役割意識」が影響している可能性がある。

マイナビが実施した調査によると、「組織のリーダーは男性の方が向いている」が30.1%であるのに対して「女性の方が向いている」は8.0%であり、その差は22.1ptとなった。また、「体力面で大変な仕事を行うべき」「家庭よりも仕事を優先すべき」「男性が女性を経済的に支えるべきだ」といった項目で、特に男性にその役割を担うことを期待する割合が大きくなっている。【図1】

【図1】講演資料より抜粋(引用元:マイナビライフキャリア実態調査2024年版(働き方・キャリア編)

一方で、「どちらでもない」という回答がいずれの項目でも最多となっていたり、「家事育児を優先すべき」という項目に関しては「男性であるべき(16.2%)」「女性であるべき(17.4%)」の差はわずか1.2ptであったりするなど、平等主義的な性役割意識を持つ人が社会全体で増加しつつあることが示唆される結果でもあった。【図1】

ただし、第1回目のコラム でも説明した現在の管理職比率の性差を鑑みると、「仕事、稼ぎ手、組織のリーダーは男性であるべき」という伝統主義的な性役割意識が依然として根強く残っていることが影響していることは明らかだろう。

管理職意向のジェンダーギャップ

次に、管理職意向に関する項目について確認すると、「男性は女性より管理職になりたがらない」が18.8%であるのに対して、「女性は男性より管理職になりたがらない」が28.4%であり、その差は9.6ptとなった。【図1】

さらに、「女性は男性より管理職になりたがらない」について回答結果を男女別に見ると、男性は23.3%、女性は38.5%であり、女性の方が15.2ptと高い結果となった。【図2】

女性がこのように回答した背景には「自分自身がそう感じる場合」と「(同性の)他者を見てそう感じる場合」の両方が含まれるが、いずれにしても、女性自身が「女性が管理職になること」に対して、男性よりもネガティブな印象を持っていることが示唆された。

いくつかの要因が考えられるが、管理職意向に対しても先述したような、男性が仕事、稼ぎ手、組織のリーダーの役割を担う一方で女性が家庭の役割を担うべきと考える伝統主義的な性役割意識が大きく影響しており、さらに、その意識は、男性から女性に対するものだけでなく、女性が自分自身や男性に対しても持っていると考えられる。

自発的かつ時限的な「ポジティブな降格」という選択

正社員の6割以上が昇進を望まない

これまで管理職意向に対するジェンダーギャップに注目してきたが、そもそも、男女ともに管理職になりたがらない傾向を示す調査結果もある。

マイナビが実施した調査 によると、正社員である男女3,000名に「現状よりも昇進したいか」について聞いたところ、回答が最ももっとも多かったのは「これ以上の昇進は望まない」で61.7%となった。また、特に女性においては男性よりも16.9pt多い72.6%となった。

特に興味深いのは、役職別に見た結果だが、男女ともに「一般社員(役職なしの方)」で「これ以上の昇進は望まない」という回答が多い点である。このことから「0から1」のフェーズで管理職になりたがらない人が多い、という課題があるといえる。【図3】

【図3】講演資料より抜粋(引用元:正社員のワークライフインテグレーション調査

管理職になりたくない理由について、マイナビが実施した調査によると男女ともにもっとも多いのは「責任が重くなる」という項目だ。他には、業務量が増えることによって仕事とプライベートの両立が難しくなる、というような理由があげられている。【図4】

これらの結果だけで結論づけられるものではないが、管理職になることで働き方が大きく変わってしまうことへの恐れがあり、管理職になった後、自分自身のプライベートの状況が変わったときに対処できなくなってしまうのではないか、という不安感があると推察される。

また、【図3】で示したように女性の方が男性に比べて、より昇進を望まない傾向があるが、仕事とプライベートの両立ができなくなってしまうことに関して、「伝統的な性役割意識」の影響で、女性の方が強く罪悪感を持つことが報告されている研究もあり(たとえば、Aarntzen et al,.2021, Martínez et al,.2011等)、男性よりもより「不安感」を感じてしまう可能性がある。

ポジティブな降格制度とは

このように「管理職になりたくない」という人が増えている状況に対処するために注目されているのが「ポジティブな降格制度」である。これは、自発的かつ時限的に管理職から降格することができる制度を指す。

たとえば、管理職の方が育児や介護といった家庭の事情や、ご自身の病気の治療など仕事以外の要因によって、管理職業務の継続が難しくなった場合に、一時的にその状況を回避できるとするものだ。ただし、重要なのは、ただ降格するというものではなく、あくまで自発的かつ時限的なものということである。

管理職の負荷をライフステージの変化に合わせ軽減し、一時的な降格で仕事と生活の両立基盤を整える時間を創出することが狙いである。また、プライベートな要因だけでなく、管理職としての経験を積んだ後に、専門職としてのキャリアを追求することも可能となるだろう。

調査結果から見るポジティブな降格制度の需要

「ポジティブな降格制度」といっても、降格することを本当に従業員はネガティブに捉えないのだろうか。マイナビが実施した調査によると、「ポジティブな降格制度」に対して「利用したい」と考える割合は一般社員で45.1%、係長・主任・職長クラスで60.3%となった。

経営層はどちらかというと降格させる側になるので、「導入したい」が62.0%であるというだけで、世間的にポジティブに受け入れられていると結論づけるのは性急だと感じるが、役職がない、もしくは役職が高くない層で利用したい人が半数程度いることには興味深い結果だ。【図5】

【図5】講演資料より抜粋(引用元:マイナビライフキャリア実態調査2024年版(働き方・キャリア編)

次に「ポジティブな降格制度」を利用してみたいと思う理由について確認すると、非管理監督者の方(一般社員、係長・主任)では「個人的なライフワークと仕事の両立のため」が最多で、ついで「管理職としてのプレッシャーが軽減されると思うため」が続いた。また同様の理由が管理監督者においても上位となっている。

経営者においては「実績と評価のギャップを是正させるため」など、どちらかというと評価という視点でシビアな意見が上位となったが、「管理職としてのプレッシャーが軽減されると思うため」が3番目に回答割合が高い。【図6】

こうしてみると、管理職でない従業員側の方が管理職になることのプレッシャー軽減のために「ポジティブな降格制度」に期待していることがわかる。

ポジティブな降格制度の懸念点

一方で、「ポジティブな降格制度」には懸念点もある。先ほど「ポジティブな降格制度」を利用したいと回答した方に利用にあたっての懸念点を聞いたところ、「収入の減少」や「社内評価への悪影響」があげられた。【図7】やはり降格は降格なので、そのデメリットは確かに存在し、特に大きいのが「収入の減少」だといえる。

導入にあたっては、あくまで従業員が「自発的かつ時限的に」行うものとするということを前提とし、慎重に運用する必要はあるだろう。

ただ、降格できないことによって、従業員が無理に管理職として働き、生活の両立ができず離職したり、管理職自身がバーンアウトしたりしてしまえば元も子もないので、新しいキャリアの選択肢として前向きに検討されることが期待される。

最後に

今回は新しいキャリアの選択肢として「ポジティブな降格制度」を紹介したが、管理職になったとしても個人的なプライベートと仕事の両立を図れるようにするなど、そもそもの働き方を見直す必要などもあるだろう。そうしたことも含めて、「管理職像」のアップデートも必要だろう。

最後に関根は下記のようなメッセージで講演を締めくくった。
長い職業人生の中で、多様な状況の変化に合わせて「ポジティブに降格ができる」という選択肢を創出することは、働く人の「管理職イメージ」や「昇進意欲」をアップデートし、管理職の男女比も改善へ向かうことでしょう。

【図8】講演資料より抜粋

マイナビキャリアリサーチラボ 主任研究員 東郷 こずえ

引用文献
Aarntzen, L., van der Lippe, T., van Steenbergen, E., & Derks, B. (2021). How individual gender role beliefs, organizational gender norms, and national gender norms predict parents’ work-Family guilt in Europe. Community, Work & Family24(2), 120-142.

Martínez, P., Carrasco, M. J., Aza, G., Blanco, A., & Espinar, I. (2011). Family gender role and guilt in Spanish dual-earner families. Sex Roles65, 813-826.

関根 貴広
登場人物
キャリアリサーチLab主任研究員
TAKAHIRO SEKINE

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