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コーチアビリティ:創造的な成果を導く「教わり上手」の思考法 —九州大学ビジネス・スクール講師 碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

創造的な仕事はダメ出しが沢山くる

近年、新しい企画を考えたり、新事業を立ち上げたり、従来の業務プロセスを変革するような創造的な成果を出すことが求められる場面が業種や職種を問わずに増えている。たとえば、自動車ディーラーなどの小売業では、マーケティング手法としてSNSや動画投稿サイトを活用することが珍しいものではなくなってきた。新商品や自分たちの店舗の魅力を写真や動画で撮影してPRしている。

このような業務は、一昔前までは広告代理店やPR会社に依頼してプロが作成していた。しかし、デジタルツールの発展によって、現在では現場のスタッフが担当することが多い。一部の専門家のものだった、新しい何かを創造する業務のハードルが下がっている。

新事業の開発に関しても同様だ。たとえば、伊藤忠商事では新事業立ち上げに挑戦したい従業員が手挙げ式で参加することができるバーチャル・オフィスを始めている。新事業のアイデアを持つ従業員は、主業務に従事しながら、複業としてバーチャル・オフィス内で新事業の立ち上げやプロジェクトへの参加が可能だ。

これまで、新事業の立ち上げは、専門の部署や一部の従業員にしか機会がなかった。しかし、新事業立ち上げの機会は広がり、意欲さえあれば誰でも挑戦できるような仕組みを導入する企業も増えている。日常業務もプロジェクト・ベースで取り組むことが増えている。現状を分析し、アイデアや課題の解決策を考え出し、計画を立案して、実行していく。このような仕事では正解がなく、自分たちで試行錯誤しながら取り組むしかない。

しかし、このような仕事では正解がないために、チームメンバーやプロジェクトリーダー、上司など、さまざまな関係者からフィードバックを受けることになる。そこで、「素晴らしい」とポジティブなフィードバックが中心であれば受け手にとっては楽なものだが、現実には耳が痛くなるような厳しいフィードバックを受けることが大半を占める。

創造的な成果を出すには、受け取った厳しいフィードバックを建設的に受け止め、企画や提案の改善に生かすことが必要だ。また、フィードバックから得た教訓を生かして、自己の成長に繋げることも求められる。しかし、フィードバックを生かすことは簡単ではない。ここ数年、受け取ったフィードバックを生かして学びに繋げる能力として、「コーチアビリティ」という概念が注目を集めている。

コーチアビリティ(コーチャビリティ)の概念の整理

コーチアビリティ(コーチャビリティ)とは?

「コーチアビリティ」は学術的にも新しい概念で、統一的な定義が定まっていない。それでも、限られた研究をまとめると「フィードバックを求め、注意深く考慮し、自身のパフォーマンスを向上させるためにフィードバックを統合する能力」と言うことができる。

「コーチ」という言葉はスポーツでよく使われるが、「コーチアビリティ」もスポーツ心理学から出て来た用語だ。1960年代後半から1970年代初頭に、スポーツ選手が優れたパフォーマンスを発揮するための重要な資質として紹介された。

しかし、「コーチアビリティ」の重要性は、スポーツ選手育成の現場では受け入れられたものの、学術研究としては体系的に検討されてきたとは言い難かった。2000年に、米国テネシー大学のジャコビが提示した「コーチアビリティ」のモデルが、現在の研究の基盤となる研究として扱われている。

スポーツから生まれたコーチアビリティのビジネスへの応用

ジャコビのモデルでは、「コーチアビリティ」は3つの要素で構成される。

1つ目の要素は「スポーツスキルを向上させる動機」だ。フィードバックを生かすことができるスポーツ選手は、自分の能力向上に強い動機と意欲を持つ。2つ目の要素は「学ぶことへの開かれた姿勢」だ。他者から学ぶことに抵抗感がなく、オープンな姿勢を持つことだ。3つ目の要素は「コーチへの信頼」である。コーチを尊敬し、指導する内容やプロセスが間違いないものだと信頼を寄せている。

ジャコビのモデルを基として、「コーチアビリティ」の概念はビジネス状況にも応用されている。たとえば、サナハンらの研究チームは、営業パーソンの「コーチアビリティ」に着目した。フィードバックを生かすことに長けた営業パーソンは個人成績も優れているという因果関係を明らかにしている。そのモデルでは、「コーチアビリティ」の構成要素を持つとしている。

営業パーソンのコーチアビリティの5つの要素

  • 努力の強度:自己成長のためにどれだけ意欲的に取り組んでいるか
  • 学ぶことへの開かれた姿勢:他者から学ぶことに抵抗感がなく、オープンな姿勢を持つこと
  • コーチへの信頼:コーチを尊敬し、指導する内容やプロセスが間違いないものだと信頼を寄せる
  • フィードバックへの対処:フィードバックを受けた後、即座に改善のための行動に繋げることができるか
  • チームメイトとの協力関係:チームメイトや同僚に対して、フィードバックを求める

コーチアビリティは起業家に重要な資質であるとチユタらの研究チームは述べている。インキュベーターやアクセラレーラーなどの起業家支援の実務家の間では、起業家の成功において、コーチやメンターからのフィードバックを受け取る起業家側の資質の重要性が知られていた。

チユタらの研究では、実証研究にて、投資家の判断でコーチアビリティの優れた起業家は投資判断を受けやすいという結果が出ている。

起業家のコーチアビリティの3つの要素

  • 努力の強度
  • 学ぶことへの開かれた姿勢
  • コーチへの信頼

フィードバックに対する従業員の姿勢と行動

また、コーチアビリティはスポーツ選手や営業パーソン、起業家のような特定の職種に限定されるのではなく、一般的な能力だと考える研究もある。

ウェイスとメリガンは、フィードバックに対する従業員の姿勢と行動に着目した。そこでは、「コーチアビリティ」は3つの構成要素で捉えられている。

  • フィードバックの探索
  • フィードバックの受容
  • フィードバックの実行

1つ目は「フィードバックの探索」だ。フィードバックを受けることを望み、機会を望む行動である。2つ目は「フィードバックの受容」だ。受けたフィードバックに反感や怒りを覚える、受け入れる。3つ目は「フィードバックの実行」である。受けたフィードバックを生かして、改善行動に移れるかどうかになる。

これら、「コーチアビリティ」の研究の概念をまとめたのが下表である。

対象構成要素引用元
アスリートスポーツスキルを向上させる動機学ぶことへの開かれた姿勢コーチへの信頼Giacobbi(2000)
営業パーソン努力の強度学ぶことへの開かれた姿勢コーチへの信頼フィードバックへの対処チームメイトとの協力関係Shannahanら(2013)
起業家努力の強度学ぶことへの開かれた姿勢コーチへの信頼Ciuchtaら (2018)
一般従業員フィードバックの探索フィードバックの受容フィードバックの実行Weiss & Merrigan (2021)

ここから、「コーチアビリティ」は個人がフィードバックを受け入れ、改善行動に移せるのか。自己の成長にどれだけ動機づけられ、意欲を持っているのか。フィードバックをくれるコーチやメンター、上司、同僚との信頼関係を構築できているかが、主要な要素だとわかる。

起業家の「コーチアビリティ」でも少し触れているが、「コーチアビリティ」は学術だけではなく、実務でも注目を集めている。日本では、株式会社コンカー 代表取締役社長の三村 真宗氏が著書『みんなのフィードバック大全』(光文社、2023年)にて重要性を語っている。

プロになる漫画家は「アドバイスの受け上手」

実務家からの発見と言う意味で、フィードバックを受ける側の心構えの重要性については、面白い本がある。漫画家の藤田 和日郎氏の人材育成のノウハウが書かれた『読者ハ読ムナ(笑): いかにして藤田和日郎の新人アシスタントは漫画家になったか』(藤田・飯田、小学館、2016年)である。

藤田氏は、アニメ化経験もある主に小学館の少年誌で活躍している漫画家だ。そして、アシスタントがプロデビューする人材育成の巧手としても知られている。この図書では、新人漫画家や漫画家志望者が担当編集者から受けたアドバイスやフィードバックとの付き合い方について書かれている。

その中でユニークな人材育成方法として、「職場内での『好きな映画の批評会』」がある。各人が、自分が好きだと思う映画を持ち寄って一緒に観る。そして、その映画が面白かったか、つまらなかったか、なんとも思わなかったかなど、自由に感想を言い合う。

当然、自分が面白いと思った映画を「つまらない」「なんとも思わない」と言われるとショックを受ける。しかし、藤田氏はこの体験が大切なのだと言う。

自分の作品を編集に読んでもらいフィードバックを受ける。そのとき、フィードバックを建設的に受け入れるためには、「作品」と「自分の人格」が別なのだと切り離さないといけない。しかし、自分が面白いと思って作った渾身の作品を批判されることは精神的な苦痛が大きい。そこで、「自分が好きな映画」という自分が好きだけど、自分が作ったわけでもないもので批判される練習をするのだ。

自らを客観視するメタ認知

コーチアビリティの研究でも、フィードバックを受け入れるための感情のコントロールやEQ(感情的知性)を高めることの重要性が言及されている。そして、自分を客観視して捉える「メタ認知」ができるかが重要となる。

また、フィードバックは誰から得るのかも重要だ。上司やメンターが、直面している課題に対して適切なフィードバックを下すことができる専門性を有しているかどうかは確かではない。たとえば、社内で誰も取り組んだことがない事業やプロジェクトに取り組むとき、フィードバックをくれる上司が見当違いなことを言う可能性もある。そのため、適切なフィードバックをもたらしてくれる人材を社内外問わずに求める行動が大切だ。

たとえば、「セル生産方式」を発案したことで有名な生産管理コンサルタントの山田 日登志氏は、岐阜県生産性本部時代に工場改革に行き詰まり、トヨタ自動車の大野耐一氏と出会い、弟子入りしたことでキャリアが開けた。

創造的な人材の「コーチアビリティ」

「コーチアビリティ」に関する学術理論と実務家からの発見をまとめると、創造的な人材がフィードバックを受けるときの特性として、以下のモデルが考えられる。

図:創造的な人材のコーチアビリティの理論モデル

創造的な人材の「コーチアビリティ」として、一般的な「コーチアビリティ」としての3因子と創造的な成果を出すための2因子からなる5因子構造だ。

一般的な3因子は、学術研究で用いられてきた理論を基としている。第1因子は「フィードバックを得ようという主体的な行動」だ。自己成長のためにフィードバックを上司や同僚に自ら求める。第2因子は先行研究でも扱われてきた「学ぶことへの開かれた姿勢」だ。第3因子は「コーチやメンターへの信頼」である。フィードバックを素直に受け入れるために、フィードバックをもたらす側との信頼がなくてはならない。ただし、これは人間関係としての信頼というよりも、もたらすフィードバックの質に対する信頼と言える。

創造的な成果物を出すための2因子は、実務家からの発見が基となる。第4因子は「フィードバックに対するメタ認知」だ。自分の出したアイデアや成果物が批判されたとき、自分が批判されたのだと拒否反応や怒りの感情を示すのではなく、客観視してフィードバックを受け入れるメタ認知だ。第5因子は「コーチやメンターを求めるネットワーク行動」である。創造的な成果とは、正解のない仕事から生まれる。しかも、社内では誰も経験したことがないタスクやプロジェクトに取り組まないといけないこともある。

そのため、会社から公式に割り当てられた上司やメンターが適切なフィードバックを下せるとは限らない。自分が求める成果を出すために、組織の枠に捉われずにフィードバックを求める姿勢が重要となる。

さいごに

自分が一生懸命に考え、作り上げた成果物を批判されることは非常にストレスのかかることだ。

頭では正しいアドバイスだと考えていても、感情が受け入れることができないこともあるだろう。もしくは、「自分のアイデアがよく考えられ、優れたものだということを理解してもらえていないだけではないか」と相手を説得したくなる気持ちが出ることもある。

しかし、フィードバックを素直に受け入れ、真摯に生かすことができなくては、成果に結びつけることは難しい。特に、創造的な成果は、多様な視点からの意見を取り入れることが大切だ。フィードバックを受ける側の心構えとして、「コーチアビリティ」の重要性は、今後、増していくことだろう。

<参考文献>
Ciuchta, M. P., Letwin, C., Stevenson, R., McMahon, S., & Huvaj, M. N. (2018). Betting on the coachable entrepreneur: Signaling and social exchange in entrepreneurial pitches. Entrepreneurship Theory and Practice, 42(6), 860-885.
Giacobbi, P. (2000). The athletic coachability scale: Construct conceptualization and psychometric analyses (Doctoral dissertation). Knoxville: University of Tennessee.
Shannahan, K. L., Bush, A. J., & Shannahan, R. J. (2013). Are your salespeople coachable? How salesperson coachability, trait competitiveness, and transformational leadership enhance sales performance. Journal of the Academy of Marketing Science, 41, 40-54.
Weiss, J. A., & Merrigan, M. (2021). Employee Coachability: New Insights to Increase Employee Adaptability, Performance, and Promotability in Organizations. International Journal of Evidence Based Coaching & Mentoring, 19(1).


著者紹介 
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

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