青少年のキャリア教育〜不登校問題へのアプローチ〜
私は不登校生徒にフリースクールでカウンセリングとキャリア教育を提供しています荒木と申します。
約15年間不登校問題に取り組み、不登校要因の移り変わりを目にしてきた私の経験を交えながら「時代に合わせた不登校生徒へのキャリア教育」を本コラムではお伝えします。
一般的な学校で行われる青少年へのキャリア教育
キャリア教育とは?
さて、みなさまは近年よく耳にする学校教育におけるキャリア教育の目的や内容をどの程度知っていますでしょうか?
キャリア教育とは、一人ひとりが自身のキャリア(生き方や働き方)をデザインし達成するための教育であり、特に小中学生に対しては関心や能力、価値観などを理解し、自身に適している職業選択やキャリアへの意識を高める土台を築くことです。
これは、自分自身の能力や将来の可能性を知ることで自信を高め目標に向かって挑戦する意欲も増し、自己発見や未来の計画作りをサポートする上で、重要な教育となっています。
キャリア教育の普及
日本は先進国と比べキャリア教育が普及していない実情があり、これまで主なキャリア教育の一環として小学校〜高校までに年に数回行われる職業体験などがありました。この記事を読んでいる多くの方にとっては、就職活動でようやく「キャリア」という言葉に触れた方も多いのではないでしょうか。
しかし、近年では小学校からキャリア教育が取り込まれるようになり、早期から「キャリア」というものに慣れ親しみ「定期的に自らを振り返り未来をデザイン」するという姿勢を身につける風土が広がっています。
キャリア教育の普及により進学や就職活動において、より自分らしい意思決定ができるようになり、社会人になってからも企業で取り組まれているセルフキャリアドッグなどのキャリア形成や研修に抵抗なく取り組めるようになります。
早期からのキャリア教育で「内面を見つめて自分の理解を深め、就労を学ぶ」ということは人生をデザインする意思決定能力を高めるためとても重要です。
実際のキャリア教育の内容と実施頻度
教育委員会の全国調査「中学校におけるキャリア教育の取り組み状況」(2021年)
中学校におけるキャリア教育の実施状況
– 中学2年生での職業体験実施割合:82.1%
– 中学3年生での進路ガイダンス実施割合:97.1%
– 中学3年生での進路希望調査実施割合:97.5%
– 中学3年生での進路相談実施割合:85.3%
地域よって異なりますが、現状のキャリア教育としては、小中学校でのキャリア教育が徐々に普及してきていますがまだ体験的な内容も多く、学校の時間割には道徳のように多く組まれています。その中でも授業として取り組まれている例として「キャリアパスポート」が挙げられます。
内省や目標設定、未来像デザインが学年始めや学年末といった時期ごとに行われ、自分の軌跡や変化の記録を振り返ることで自己理解が深まり意思決定にとても有効に働きかけることが期待できます。【図2】
上記以外の日本の教育変化として、各科目にキャリア形成を一部目的とした授業展開も着実に普及しています。しかし、まだ能力開発を目的とした体験やガイダンスなどがメインであり心や内面などへのアプローチが低い傾向にあると言えます。
キャリアの成長に求められるのは「能力開発」だけでなく「心的成長」もあり、スキルや知識を高める教育以外にも同時に心や価値観などの内面を育ませるアプローチが重要です。
内的キャリアへのアプローチの必要性
キャリア構成要素には外的キャリアと内的キャリアがあり、キャリア成長に必要な「能力開発」と「心的成長」を同じ関係性であるとイメージしてください。
外的キャリアとは
外的キャリアを簡単にいうと、履歴書などに記載する成果や事実、能力開発から派生するものです。
内的キャリアとは
一方で内的キャリアは、自分を彩り言葉で伝える「目には見えない人生の大切な要素」であり、心的成長から派生するものです。たとえば、
- 大切にしている価値観
- 心がけている姿勢
- やりがい、働きがい
- 夢や信念
などが挙げられ、成長課題を達成しながら獲得できるものとなります。
成長課題とは
成長課題とはなんでしょうか。成長課題は、発達課題とも呼ばれますが、簡単にいうと年齢ごとに乗り越えていく「心を成長するステップ」であり、就職までに「アイデンティティーの確立」を達成することが子供から大人になるまでの課題となります。
社会人になるまでの連続した心の成長の課題
1 基本的信頼
0〜2歳までに達成する「自分が望んだように愛され自分や人を信用できる力」「自分は愛されている大切な存在なのだと実感する力(自尊感情)」「優劣感に囚われずに転んでも起き上がれる根拠なき自信」のことで、養育者との関係で育まれます。
2 セルフコントロール
2〜4歳に達成する「衝動や感情を自制し、ルールを守る力」「物事の分別を知り社会適応する力」のことで、両親(複数の養育者)との関係で育まれます。
3 積極性
4〜7歳までに達成する「自発性とも呼ばれ好奇心や探究心」「失敗を恐れず一歩前に進む力」「試行錯誤する力」のことで、家族や近所の子供達と育まれます。
4 勤勉性
7〜12歳までに達成する「社会や周囲に期待されていることを自ら習慣的に行う力」「習慣の継続、決められた場所に通う、規則的なことに順応する力」のことで、これが会社に通うことや仕事をすることに繋がります。近隣や学校の中で育まれます。
5 アイデンティティー確立
13〜22歳で達成する「自分という存在を認識する」「主観自己と客観自己を理解し、精神的に自立していく力」のことで、自分の興味関心や能力、価値観を理解し職業選択に関わってきます。心の深いところを話し合える仲間の中で育まれます。
1〜5のステップを順番に達成した上で、人は自立にたどり着きます。ここでいう自立とは、職を得て一人暮らしする意味ではなく「調和の世界の中で自らの役割を理解し能動的になにかに取り組みながら生きること」であり、精神的な自立も含まれます。
心の成長(成長課題達成)には年齢に応じた人間関係が重要であり、連続した成長課題を達成する過程で自分を理解しながら内的キャリアが育まれます。
社会で働くことはもちろん、能力や条件(成績や学歴など)も求められますが、条件だけに囚われると「自分は条件を達成していないからダメだ」と、劣等感に打ち負かされキャリア選択に大きな影響を与えることも多いに考えられます。
外的・内的キャリアの両面を理解することが重要なのですが、近年の青少年には内面的な力が弱く未来に進む力や活力が低下している傾向があるため、特に内面へのアプローチがキャリア教育では求められます。人と結びつく力や転んで起き上がる力など、内面的な力が低いことで不登校数も年々増加しているという現状も日本のキャリア問題の1つと言えます。
近年移り変わる不登校の原因
2022年度から増加した不登校理由
近年増加している不登校の要因はさまざまで、時代背景を色濃く映し出しています。10〜15年前までは非行少年問題が多かったのですが、それ以降は圧倒的に引きこもりが増加しており、時代により不登校生徒の属性や要因も大きく移り変わり続けています。
令和2年度不登校児童生徒の実態調査によると、近年もっとも多く挙げられる要因は、
- 1位 身体の不調(33%)
- 2位 勉強がわからない(28%)
先生のこと(28%) - 3位 友人関係(26%)
いじめ問題(26%)
生活リズムの乱れ(26%)
となっています。
もっとも多く挙げられる身体の不調
実際のカウンセリングでは「学校に行こうとすると腹痛や頭痛、体が重くなる、ベッドから起き上がれない」などよく聞きます。
起立性調整障害、自律神経失調症などと診断を受けお腹を下す不安から通学への不安を募らせているケースもありますが、これらの身体の不調の心理的要因はさまざまで、慢性的なストレスや挫折による体調不良が挙げられます。
慢性的なストレスの蓄積
- 期待を答えたい気持ちから頑張りすぎてしまう
- ハードな習い事で心のバネを緩める時間があまりない
- 自分のストレス要因を理解できていない
- 家庭がギスギスし心の鎧を脱げる場所になっていない
挫折による体調不良
- 部活で怪我をしてレギュラーから外れた
- 怪我で入院後学校に行き辛くなった
近年、身体不調を訴える心理的要因として「生活の中で知らぬうちにストレスを溜めている」というケースが多くみられます。上記の不登校のきっかけ1〜3位までを見て「あぁ、なるほど」「やっぱりそうなのか」など思われた方も多くいるかと思います。
その一方、私が不登校問題に携わる中で近年増えてきた要因として「きっかけが何か自分でもよくわからない」というものがあり、実に全体の2割強を占めています。本人、保護者も原因がわからず、どうしたら良いのか困惑するケースも増えてきています。
内面を見つめる作業が苦手な青少年の増加
1 内面の言語化スキル低下
近年は「ネッ友と遊んでいる」「ボイチャで話している」など対面の直接的交流の低下をカウンセリングでよく感じます。
一般的には感情や気持ちは人との携わりの中で育まれるのですが、ゲーム主体の交流だけではどうしても心の成長は低下してしまいます。実はゲームは主体的に行っているように見えて脳にとっては単なる反射運動なのです。画面に映し出されたアクションに対して受け身を取る状態のため能動的な行動ではありません。
直接的な人間関係では上手に関係維持するために言動を改善する心の作業が生まれ、「相手の気持ちを想像する」「自分の言動を振り返る」「語り合う」ことで内面の言語化スキルが向上します。
一方、ゲームやインターネット依存の延長で直接的な交流の欠如から「自分が何を感じているのかよくわからない」など自分の気持ちを把握できない状態に繋がるケースが増えています。
2 休校による休み癖
一方、2020年春に行われた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による一斉休校をきっかけに「なんとなく休み癖がついた」「学校に行かない楽しさを知ってしまった」などと不登校につながるケースもよくあります。
カウンリングで「なんとなくの中にどんな気持ちが含まれている?」と丁寧に時間をかけながら分解していくと「勉強についていけない」「友達にどうみられるか不安」などが挙がってきます。その言語化により理想や現実のギャップ、課題への理解が深まります。
内面を見つめる力、感じている気持ちを言葉にする力の低下が「なんとなく」の根本的な要因ともいえます。
不登校により起こる弊害
一度、不登校が始まると自らの力ですぐ学校に復帰できる生徒は少なく、多くの不登校生徒が自室に篭り社会的孤立状態に陥ってしまうため本来学校生活で達成すべき成長課題にアプローチできる機会が激減してしまいます。
中学校〜高校において大人になるための課題は関係構築力であり、心は人間関係を摂取し成長させていきます。中学校に進学してから先輩や後輩、部活、委員会、他校交流など関係性が増えいくことでさらに社会性が育まれますが、心を成長させる交流が不登校により抜けてしまうと「人と人が関係し合う社会」に適応する力が著しく低下してしまいます。
また、孤立状態は主観世界のみにいる状態でもあり、他者フィードバックを受け取ることができません。たとえば「こういう発言はやめたほうがいいよ」「そんなこと言わないでよ」などの思春期に多く起こり得る友達同士の会話も立派な他者フィードバックであり、受け取ることで自己言動を修正することにつながります。これにより心の作業が生まれ、客観的にも自分を理解し心が育まれるのです。
さまざまな事情があったり心が怪我をしたりと不登校になる背景はそれぞれですが、不登校を続けると「自己世界でなんでもまかり通る」状態に居続けるため、人と結びつく力を著しく低下させる危険性も孕んでいるのです。
不登校の生徒へのキャリア教育 「大切なことは交流と自尊心を温める授業」
私はカウンセリングを通して、不登校生徒の学校復帰が難しい理由として「友達にどう思われているのか気になる」「教室に行ったら白い目で見られそう」「なんて陰で言われているのかわからない」といった声を聞きます。
そのような事実はないことがほとんどで「実際に何か言われているの?」「何か裏掲示板やグループラインで言われているの?」など尋ねると一人で思い込んでしまっていたと判明する状況が多く見られます。
交流による不安が先行している状況のため、自己世界から脱却するためにも不登校生徒のキャリア教育ではまず「交流の喜び」や「所属の安心」を与え、活力や自尊心を高めることが重要となります。
交流が心を成長させる
また、不登校生徒の問題の1つとして、相談できる相手が「同世代」にいないことも挙げられます。
- 1位 家族
- 2位 誰にも相談しなかった
- 3位 学校の先生
思春期になると物事を同世代から学び教え合うことが重要です。家族に相談できることも素晴らしいのですが、相手が家族だけの状態も1つの問題となっています。
思春期で親や先生など、大人からしか物事を教わっていないと精神状態が不衛生にもなるため、不登校生徒のキャリア教育では同世代からの「学び合い」「教え合い」が重要なポイントとなります。
たとえば、
- グループワークを通じて他者の意見を尊重し合い、自尊感情と他尊感情を高める
- 意見やアイデアを述べることによりプラスの達成体験を得る
- 世界にはさまざまな考え方があると知る
が挙げられます。
「勤勉性〜アイデンティティー確立」までに重要なのが友人
この時期のポイントは下記のことが言えます。
- 7〜12歳までは「幅広い交流」で多様な価値観や考え方を知り尊重する
- 13〜22歳までは「質の深い関係」(仲間、親友、尊敬できる先輩や大人)で内面を語り合う鏡合わせの作業が重要
一般的にはキャリア教育と聞くと「将来を考える」「職業を知る」というイメージが先行しがちですが、不登校生徒へは「自尊心を高める」「社会性を高める」といった内容も強く求められます。
適切な人間関係や交流の中で「社会で生きる力」を獲得しながら、私たちは大人になります。コミュニケーションや敬意、TPO理解、協調性なども適切な人間関係の中で育まれ、学生時代に人間関係の中で獲得した力が社会に出てからのチームワークや接遇、交渉などにも繋がっていくのです。
まとめ
人と結びつく力と内面を見つめる力が低下している近年の不登校生徒へのキャリア教育では、自尊心を高めながら楽しく学び自己理解を深めることが課題です。
そのため特に内面へのアプローチや他者交流の工夫が求められます。
実際にこんな声を子供達からもらったことがあります。
- こういう授業が学校でも欲しかった
- 家族や友達との関わり方の工夫を知れた
- 世の中にいろんな職業があると知って自分でも大丈夫だと思えた
キャリア教育に触れることで学校やフリースクール問わず早期から心を成長させ、物事を見る視野を広げられます。自己世界と職業選択の幅を広がより社会に出やすくなる効果が大きく期待できます。
早期から内面を見つめる練習を繰り返すことで社会の壁にぶつかった時に「自分が何を考えているのか」を整理し、問題を解決しやすくなります。また、人間関係を構築できていれば、辛い時に相談できる相手がおり視野が狭まらずに済みます。
現代の日本は、個人が能力を発揮する時代に加速度的に変化しています。能力や優劣感に囚われず、のびのびと自分らしい人生(キャリア)を描く時代の波を上手に乗ってもらいたいと不登校生徒へのキャリア教育に願いを込めています。
著者紹介
荒木 信雄(あらき・のぶお)
国家資格キャリアコンサルタントとしてフリースクールやIT企業にカウンセリングや研修、キャリア教育を提供中。心の悩み、キャリアの悩みまで幅広く取り扱って人生をより豊かに自分らしく生きて働くためのサポートなど。