【流通・小売・フード業界】の転職市場を最新調査から考える
―業界別に転職市場を徹底分析―
先行き不透明な時代に中途採用・転職の満足度を上げるため、企業・求職者の相互理解につながるような転職市場の情報を業界別に発信する本コラム企画。第1回はIT業界、第2回は医療・福祉・介護業界についてまとめた。第3回となる今回は「流通・小売・フード」業界を取り上げる。
「流通・小売・フード」業界は新型コロナウイルスの影響が強く、採用に関しても全体と比べて回復に時間がかかっていた。しかし直近では、行動制限解除やインバウンド回復により人手不足感が急速に高まり、採用意欲も高まっている。
本格的な需要を迎える夏休みを前に、どのような対策を取っていくべきか、企業・求職者両方の特徴をまとめて考察していきたい。
目次
流通・小売・フード業界の概況
求人件数の推移
求人件数は増加傾向だが、全体と比べると少なくコロナの影響が残っている
マイナビ転職に掲載開始した求人件数について、2019年1~12月の平均値を基準に、2019年1月から2023年6月現在までの推移をみる。コロナの影響前は全体の求人件数と「流通・小売・フード」業界の求人件数はほぼ同じ水準で推移していた。しかし緊急事態宣言が始まってからは、全体と差が生じるようになった。
全体では2020年後半ごろから2019年平均と同程度の求人件数に戻り、現在まで増加傾向にあるのがわかるが、「流通・小売・フード」業界の求人件数が2019年平均と同水準に戻ったのは2021年後半と1年ほど差がある。流通・小売・フード業界も求人件数は増加傾向にあるものの、全体と比べると伸び率は低く、コロナの影響が残っていると推察する。【図1】
2022年12月に企業向けに行った「中途採用状況調査」では、2022年の業績について、流通・小売・フード業界は「好調計」が61.7%と全体より7pt低かった。
コロナの影響で業績に課題を感じる企業が多いために、全体と比べて採用の回復が遅れていると考えられる。流通・小売・フード業界で中途採用を控える企業が多い状況はいまだ続いていると考えられるが、行動制限が解除されたことで、今後、全体平均との差は縮んでいくだろう。【図2】
直近1年間(2022年)の業績は、前年(2021年)と比較してどうだったか
中途採用意向
今後の中途採用は「経験者・未経験者ともに積極的」
2022年12月に行った「中途採用状況調査」では、流通・小売・フード業界は今後の中途採用について、「経験者採用・未経験者採用ともに積極的」が全体と比べて10pt以上高かった。全体と比べて経験を問わずに積極的に中途採用を行う意向があることがわかる。【図3】
行動制限が解除され、インバウンドも回復しつつある現在、流通・小売・フード業界は積極的に採用を行っていると考えられる。未経験者も積極的に採用する意向があり、全体と比べて採用条件を広く設定していると推察される。
今後1年間(2023年)における中途採用の見通し
初年度年収の推移
初年度年収は2022年平均411.8万円。2019年平均から2.1万円増加
求人に記載されている初年度年収の平均値を集計すると、全体の2022年平均の初年度年収は454.2万円だった。流通・小売・フード業界の求人に絞って集計すると、2022年平均は411.8万円。全体とは42.4万円の差がみられ、流通・小売・フード業界の給与水準は比較的低いことがわかる。
全体では、経験者求人が増加した影響で2020年前半に大きく初年度年収が増加している。一方で流通・小売・フード業界では大幅な増加はみられず、2020年以降は410万円代で推移している。【図4】
元流通・小売・フード業界で、2022年に転職した個人の動向
異業界転職率
異なる業界に転職した割合が高い
2022年に転職した20~50代の正社員向けに行った「転職動向調査」では、全体の47.1%が前職とは異なる業種に転職していた。流通・小売・フード業界に絞ると、57.3%が異なる業種に転職しており、全体平均と比べて10pt以上高かった。
この調査では「前職が流通・小売・フード業界」だった人は117人、「現職が流通・小売・フード業界」の人は101人となっており、2022年の流通・小売・フード業界の人材は流出傾向にあったようだ。【図5】
転職理由
転職理由トップは「給与が低かった」
ここからは、元流通・小売・フード業界で、異なる業界に転職した人と同業界に転職した人それぞれの特徴をみていきたい。
「転職動向調査」では、2022年の1年間で転職した人の転職理由トップは「給与が低かった」だった。元流通・小売・フード業界だった人に絞ってもその傾向は変わらず、異なる業界に転職した人・同じ業界に転職した人ともに「給与が低かった」がトップとなった。
元流通・小売・フード業界で、異なる業界に転職した人は、「休日や残業時間などの待遇に不満があった」や「新しいことに取り組みたかった」が高く、土日祝休や勤務時間を変えたい希望や、新しいことに挑戦したい希望が強かったと推察できる。
一方で元流通・小売・フード業界で、同業界に転職した人は、「自分のペースにあった仕事がしたかった」「副業や兼業を行える環境が欲しかった」が高く、柔軟に働きたい希望が強かったと考えられる。異なる業界に転職した人も、同業界に転職した人も、「給与」に対する不満がベースにある中、転職理由には特徴がみられた。【図6】
転職理由(上位抜粋)
転職後の年収変化
元流通・小売・フード業界で、同業界に転職した人は「年収が上がった」が低い
「転職動向調査」では、全体で39.5%が「転職で年収が上がった」と回答している。
元流通・小売・フード業界で、異なる業界に転職した人に絞ると、「年収が上がった」が43.3%と全体と比べて高かった。初年度年収の推移からもわかるように、流通・小売・フード業界は比較的初年度年収が低いため、異業界への転職で年収は上がりやすいものの、給与を重視して転職した人も少なくないと推察する。
元流通・小売・フード業界で、同業界に転職した人は、「年収が上がった」が30.0%と異業界に転職した人と比べて10pt以上低かった。もっとも多いのは「変わらない」の40.0%で、給与待遇よりも、自分のペースで柔軟に働けるかどうかを重視して転職した人が多かったのではないかと考えられる。【図7】
転職で年収は上がったか
流通・小売・フード業界で、2022年に中途採用を行った企業の動向
中途採用の理由
中途採用理由トップは「年齢など人員構成の適正化」
2022年12月に企業向けに行った「中途採用状況調査」では、全体の中途採用理由トップは「組織の強化・活性化のため」となった。
流通・小売・フード業界に絞ると「年齢など人員構成の適正化」が46.7%でトップとなった。全体と比べると、「労働時間短縮への対応」「退職者の増加」が5pt以上高くなっている。人材が流出傾向にある中、残業削減など労働時間を短縮する対応に取り組む企業が増えていると考えられる。【図8】
中途採用理由(複数回答)
条件が満たない場合の採用理由
条件を満たさなくても採用した理由は「社内で育成する環境があるから」
直近1年間(2022年)に採用し入社した社員について、募集開始当初の必要資格や条件、経験・スキル全般を満たしていなくても採用した、と回答した795人にその理由を聞いた。全体でもっとも多かったのは「人柄が良かったから」で、面接等でわかった人当たりの良さは募集条件と並ぶレベルで重要視される場合があるとわかった。
流通・小売・フード業界に絞ってもトップは「人柄が良かったから」となった。全体と差がみられたのは「社内で育成する環境があるから」で5pt以上高かった。【図9】
条件、スキル・経験全般を満たしていない部分があったが、採用となった理由(複数回答・上位抜粋)
図3では流通・小売・フード業界は「経験者・未経験者ともに積極的に採用する予定」だとわかったが、未経験者を積極的に採用する背景には充実した育成制度があると推察する。
まとめ
よりよい転職を成功させるために
流通・小売・フード業界は、行動制限解除などコロナの影響が減っていくにしたがって急速に人手不足感が高まると考えられる。それを見越して、今後の企業の採用意欲は高く、経験者・未経験者ともに積極的に採用するとしているが、今のところ人材は流出傾向にある。
企業は勤務時間の短縮のために人員を増やしたり、働き方の待遇を改善している傾向がある。また未経験者も積極的に採用する背景には、充実した育成制度があるようだ。
一方で、初年度年収の増加はあまりみられず、給与待遇の改善は他業界と比べて遅れている企業もあると考えられる。人材流出を防ぎ、人材獲得をするネックとなっているのは給与面だろう。
元流通・小売・フード業界で同じ業界に転職した人は、自分に合ったペースで働きたかったり、副業ができる環境で働きたかったりなど、柔軟に働ける環境を探して転職した割合が全体よりも高かった。転職理由のトップは「給与が低い」で、物価高騰の影響もあり給与への意識は高まっているものの、コロナの影響も残る中で給与待遇の改善は難しい企業が多いと考えられる。
柔軟に、自分のペースで働けることは、人によっては高水準の給与と同等の大きな魅力になり得るため、副業の認可、副業人材の雇用、残業削減施策、短時間勤務制度、週休3日制などといった柔軟に働ける環境を整備し発信していくことを重視する企業は増えていくだろう。
キャリアリサーチLab研究員 朝比奈 あかり