マイナビ キャリアリサーチLab

私生活と離職意思の関係
—多摩大学・初見康行氏

初見康行
著者
多摩大学 経営情報学部 准教授
YASUYUKI HATSUMI

前回のコラムでは「若手社員の早期離職」をテーマに、いつもとは異なる視点から離職行動を考察してみた。第2回も引き続き、通常とは異なる角度から離職について考えてみたい。今回のテーマは、「私生活(プライベート)の状況が離職に与える影響」である。読者のみなさまは、プライベートの状況が原因になって退職をした経験はあるだろうか?

筆者個人の体験談となり恐縮であるが、私自身はある。当時の職場に不満はなかったものの、家庭環境の変化に伴い退職をする必要があった。おそらく、同じような経験をされた方もいらっしゃるのではないだろうか。

結婚、出産、配偶者の転勤、両親の介護、子供の進学、自身の健康状態、住んでいる街への愛着など、ライフステージや私生活の変化によって退職をすることは決して少なくないと思われる。しかしながら、経営学の分野では、上記のようなプライベートの状況が離職に及ぼす影響について精緻に分析された研究はそれほど多くない(※1)。特に定量的な(数値データを用いた)研究は、今後さらなる蓄積が必要だろう。
※1:「結婚の有無」「子供の有無」「世帯年収」などの私生活に関連したデータは統計分析においても多用されている。しかしながら、統制変数として使用されることがほとんどであり、私生活の影響を主テーマとした実証研究は少ない。

そこで今回は、探索的に「私生活(プライベート)の状況」が従業員の「離職意思」に及ぼす影響について検討してみたい。

私生活の状況は離職意思に影響するのか?

再度、冒頭の質問に戻りたい。みなさまは、私生活の状況は従業員の「離職意思」に影響を及ぼすと思われるだろうか?また、もし影響するとすれば、私生活のどのような要因だと思われるだろうか?

調査結果を読む前にぜひ想像してみて欲しい。今回の分析に使用するデータは、2021年12月に行った社会人1,471名(※2)の調査結果である。専門の調査会社に依頼をし、個人を照合できない匿名形式でのインターネット調査を実施した。本調査では、はじめに過去3年間の私生活の状況について「充実していたかどうか」を聞いている。具体的には、「過去3年間、私生活は充実していなかった」などの質問に対して、「1.全くそう思わない ~ 7.強くそう思う」の7段階で回答をしてもらった。
※2:2021年12月に社会人生活に関するインターネット調査を行った。回答者の内訳は、性別(男性933名・女性538名)、年代(20代268名・30代403名・40代383名・50代417名)、結婚の有無(未婚668名・既婚803名)である。

つまり、内容を問わず、私生活に何らかの課題を抱えていたり、プライベートが充実していなかったと感じていたりする人ほど点数が高くなる。分析結果をわかりやすくお伝えするため、一旦、これを「私生活の課題感」と呼ばせて頂く。

また、本調査では「現在所属している会社を辞めたい」「よく仕事を辞めたいと考えている」など、離職に関する意向についても7段階で回答してもらっている。換言すれば、現在の仕事や会社を辞めたいと考えている人ほど点数が高くなる。一旦、これを「離職意思」と呼ばせて頂く。

以下では、この「私生活の課題感」と「離職意思」の関係について述べていく。
最初の分析では、「私生活の課題感」について、全回答者の平均値を基準(※3)に「(私生活に課題感があったと強く感じている)高群」と「(私生活に大きな課題感はなかったと感じている)低群」の2つのグループに分割した。次に、この2つのグループ間で「離職意思」の強さに違いがあるのかを分析した。【図1】は、その結果である。
※3:中央値を基準にグループ分けを行っても同様の分析結果が得られた。

「私生活の課題感」について/2021年12月「社会人生活に関するインターネット調査」
【図1】

【図1】の結果から、過去3年間、私生活に課題感があったと強く感じている「高群」の離職意思は4.11/7.00であった。また、私生活に大きな課題感はなかったと感じている「低群」の離職意思は3.06/7.00であった。

つまり、私生活に課題感があったと感じている方が、離職意思が高い傾向にあるといえる。(※4)
※4:上記の結果について統計的な分析(t検定)をしたところ、「高群(4.11)」と「低群(3.06)」には統計的な有意差(p < 0.001)があり、平均値の差の大きさを示す効果量[注](Cohen’s d)は中程度(.72)であることが確認された。
[注]水本・竹内(2008)によれば、効果量の目安は、Cohen’s dの値が.20で効果量(小)、.50で効果量(中)、.80で効果量(大)となっている。

もちろん、離職意思に差があるというだけでは、両者の因果関係を特定することはできない。また、なぜ「私生活の課題感」があると「離職意思」が高まるのか、というメカニズムも不明である。しかしながら、「私生活の課題感」の程度によって「離職意思」に有意な差がある(※5)という結果は、今回のテーマを考える上では興味深い示唆だと言えるだろう。
※5:有意な差とは、偶然とは考えにくい統計的にみても意味のある差のこと

私生活の課題感はどれくらい離職意思に影響するのか?

次の疑問は、仮に「私生活の課題感」が「離職意思」に影響する場合、その影響力はどれくらい大きいのか、という点である。

誰もが自分の私生活において、多かれ少なかれ悩みや課題を抱えているだろう。それ自体は自然なことであり、全く悪いことではない。問題は、「離職」という現象を考える上で、「私生活の課題感」をどの程度考慮すべきなのか、という点である。もし私生活の課題感が離職意思に強く影響しているのであれば、企業としても何らかの対策を考えなければならない。

そこで今回は、離職の原因としてよく挙げられる「仕事内容の不満」、「給与・待遇の不満」、「職場の人間関係の不満」と比較することによって、疑似的に「私生活の課題感」の影響力を検証してみた。具体的には、重回帰分析(※6)という統計手法を用いて分析を行った。【図2】は、その結果である。
※6:重回帰分析とは、説明変数と呼ばれる複数の要因(原因と想定されるもの)が、応答変数(結果)に与える影響を分析する統計手法である。ここでは、「仕事内容の不満」、「給与・待遇の不満」、「職場の人間関係の不満」、「私生活の課題感」が説明変数(原因)であり、「離職意思」が応答変数(結果)になる。

「私生活の課題感」の影響力/2021年12月「社会人生活に関するインターネット調査」
【図2】

【図2】の右端に注目して欲しい。「有意確率」の列に「*(アスタリスク)」が付いているものが統計的に有意な要因である。つまり、「仕事内容の不満」、「給与・待遇の不満」、「職場の人間関係の不満」、「私生活の課題感」は、すべて「離職意思」に有意な影響を与えていると解釈できる。

また、図中央に表示されている「標準化係数β」は、各要因の「影響力の大きさ」を示す指標である。数値が大きいほど、「離職意思」への影響が大きい。【図2】から、離職意思の向上にもっとも強い影響を与える要因は「仕事内容の不満(0.315)」であることがわかる。

一方、「私生活の課題感」の影響力は0.161であり、「給与・待遇の不満(0.185)」ほどではないが「職場の人間関係の不満(0.107)」よりは大きい。本結果のみで判断することはできないが、「私生活の課題感」は他の職場要因と比較しても、一定の影響力を持っていることが推測される。

留意すべき私生活の状況とは?

これまでの分析結果から、「私生活の課題感」は「離職意思」に影響を及ぼす可能性があること、またその影響力も一定程度ある可能性が示された。

総論として、「私生活の課題感」は職場内の不満要因と同様にケアすべき対象と考えられるだろう。しかしながら、「私生活の課題感」の「中身」とは一体何だろうか?もちろん、私生活の課題は千差万別であり、簡単に一括りにすることはできない。しかし、ある程度の方向性がわからないと対策の検討も困難である。そこで、本調査では、最後にどのようなタイプの課題感が離職意思に影響を及ぼすのかについて、探索的な分析を試みた。【図3】は、その結果である。

どのようなタイプの課題感が離職意思に影響を及ぼすのか/2021年12月「社会人生活に関するインターネット調査」
【図3】

再度、【図3】の右端に注目して欲しい。繰り返しとなるが、「有意確率」の列に「*(アスタリスク)」が付いているものが統計的に有意な要因である。

今回の結果から、「居住地域への不満」、「両親の介護・介助の必要性」、「育児による転居の必要性」の3つが、離職意思の向上に有意な影響を与えていることが確認された「居住地域への不満」など、一見すると業務との関連が低そうな要素も職場を離れる要因になりうることが示唆される結果となった。

企業として何ができるのか?

2回のコラムを通して、「離職」をテーマにいつもとは少し異なる視点から分析を試みてきた。特に今回は、私生活の状況が離職意思に与える影響に焦点をあてた。非常に探索的な分析であり、調査・分析方法にも改善が必要であることは間違いない。

しかしながら、私生活の状況が離職に代表される社会人生活にも影響を及ぼす可能性が示された点は興味深い。日頃、意識して考えることは少ないが、社会人生活と私生活は密接につながっている(両者は切り離せない関係にある)ということが、改めて示されたとも言えるだろう。一方、このような私生活の分析は、企業にとってどのような意味(含意)を持つのだろうか?

本結果のわかりやすい活用例としては、企業の福利厚生などに私生活の課題感をサポートする内容を組み込んでいくことである。たとえば、「両親の介護・介助の必要性」は、今後の日本社会では避けられない問題であり、在宅勤務や勤務時間の柔軟化など、企業も一層のサポートを検討しなければならない分野だろう。

また、「育児による転居の必要性」についても、企業による子育て世代のサポートの重要性が浮き彫りになったと言える。余談であるが、本件については筆者が米国カリフォルニア州の企業インタビューで聞いた話を1つ共有させて頂きたい。

カリフォルニア州のシリコンバレー周辺は、GAFAに代表されるテック企業が軒を連ね、熾烈な人材獲得競争が繰り広げられている。人材は自社内で育成をする「Make」ではなく、必要なスキルを持った人材を外部労働市場で買ってくる「Buy」が基本になっている。

また、採用した優秀な従業員に長く勤めてもらうための福利厚生も大変充実している。たとえば、日本でも米国でも子供の習い事やその送迎は大変な労力が掛かるが、インタビューをした企業では、福利厚生の一環として企業が専属のドライバーを雇い、子供の送り迎えを代行しているそうである。何が言いたいかと言うと、このような福利厚生施策は私生活のどのような要因が仕事に影響を及ぼすのかをリサーチした結果生まれたもの(職場内だけに注目していては生まれないもの)だという点である。上記はほんの一例であるが、従業員が仕事に集中するための環境確保の徹底ぶりは目を見張るものであった。

もちろん、私生活の課題感については、企業がサポートできるものとできないものがあるだろう。今回明らかになった「居住地域への不満」は、企業の対応が難しいものの1つかもしれない。

しかし、仕事内容や給与に代表される「職場内の要因」だけでなく、「(私生活の状況を含む)職場外の要因」にも目を向けていくことは、企業にとっても決して無意味ではない。広い視野に基づいたサポート体制を構築していくことは、他社との差別化につながると同時に、従業員のウェルビーイングにも寄与するものである。

もっとも重要なことは、事業や仕事を通して企業と従業員双方が共に発展していくことだろう。そのためのヒントを得るためにも、視野を職場内に留める必要はない。いつもとは少し異なる視点、1段上の視座から問題を俯瞰し、課題の本質と解決策を検討する姿勢が肝要である。


<参考文献>
水本篤・竹内理 [2008]「研究論文における効果量の報告のために -基礎的概念と注意点-」『英語教育研究』31, pp.57-66.

著者紹介
初見 康行 (はつみ・やすゆき)
多摩大学 経営情報学部 准教授
同志社大学文学部卒業。企業にて法人営業、人事業務に従事。2017年、一橋大学博士(商学)。いわき明星大学(現:医療創生大学)准教授を経て、2018年より現職。専門は人的資源管理。主な著書に『若年者の早期離職』(中央経済社)、『人材投資のジレンマ』(日本経済新聞出版)などがある。

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