学生に求められる「○○力」を考える
はじめに
2022年4月に日本経済団体連合会と大学が共同で議論していた「採用と大学教育の未来に関する産学協議会 」において、産学協働による自律的なキャリア形成の推進を発表。その中で「Society 5.0 人材に求められる資質・能力」についての記載がある。これはAI技術の発達等により、新たな時代に必要な能力を産学連携で育成していく事を目的として策定されている。
この報告ではインターンシップの類型化に関する内容に注目が集まっているが、その根底となる「学生が在学中に身につけるべき力」というのはこれまでも新卒のキャリア検討において、いろいろと議論されてきた。
先行して2019年に発表されていた「Society 5.0 に向けた大学教育と 採用に関する考え方 」の中間とりまとめ資料によると、①「素質・基礎学力」的な要素として忍耐力やリーダーシップ、チームワーク、学び続ける力、②「リテラシー」的要素として、数理的推論・データ分析力、論理的文章表現力、外国語コミュニケーションなどを初等中等教育から育成を始めることに加え、③「リベラルアーツ教育」を通じて論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決能力、未来社会の構想・設計力、高度専門職に必要な知識・能力が求められるとしている。
ではこの「学生に求められる○○力」というのはいつ頃から論じられるようになったのか。今回のコラムでは、このあたりの歴史や、マイナビで行っている調査も紹介しながらひも解いてみたい。【図1】
学生に求められる能力定義の歴史
「学生に求められる○○力」はいつごろから議論され始めたのだろうか。さまざまな文献をあたってみたところ、検討は海外の方が若干早く、1991年に米国で学生と社会をつなぐ際の共通認識を持つことを目的とした『職場は学校に何を求めているか、2000年アメリカのSCANS 報告書 』(以下SCANS報告書と記載)というレポートが発表されている。
その内容は、社会人として21世紀に働く際に必要とされる共通の要素として、 5つの能力と3 つの基礎力を定義している。ここで詳細の説明は省くが、1990年代には、学生が社会に出る際に求められる○○力が定義されていたことになる。
日本国内に転じてみると、もっとも早く検討を進めていたのが厚生労働省で、2004年に企業が若年者に求めている力の修得目安を策定する事を目的として委員会を設置し、同年7月に「就職基礎能力」という内容で4つの要素が記載された報告書が発表されている。しかし、残念ながら事業(Yes-プログラム)自体が2009年に廃止となり、あまり社会に拡がることはなかった。
現在、もっとも活用されているのは、2006年に経済産業省が提唱した「社会人基礎力」であろう。「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として、3つの力(12の要素)から構成されている。その後、2017年に「人生100年時代の社会人基礎力」として、新たに3つの視点が追加されている。いずれにしても、社会人基礎力はもっとも多く流布・活用されているものだ。
そこから更に2年後の2008年に文部科学省において,分野横断的に日本の学士課程教育において共通して目指す学習成果の参考指針として「学士力 」が示されている。これは学士を卒業するにあたり身につけておくべき力として、4要素が示された。しかし、一足早く「社会人基礎力」が拡がりを見せており、内容としても似通った部分があったため、あまり社会一般には拡がりを見せなかった。
上記に示したもの以外にも民間企業や地方の経済団体が実施している調査など、「○○力」に近しいものは多く発表されているが、全部を紹介するのは難しい。このコラムでは政府系の「学生に求められる○○力」に近しい上記4つの内容を比較してみたい。
4つの「〇〇力」の内容
では「学生に求められる○○力」をどのよう内容であったか比較してみよう。米国のSCANS報告書 では一般的な職場の能力を「職場のノウハウ」として提起し、「資源管理」「人間関係」「情報」「システム」「テクノロジー」を効果的に活用・処理するための5つの「能力(Competencies)」と、「読む・書く・聴く・話す力」「考える力」「個人の資質」からなる仕事を遂行する上で必要な3つの「基礎力(Foundation)」で定義した。
5つの「能力」の内訳を細かく見ていくと、テクノロジーやシステムなど、社会に出てから養われる能力や得られる知識が中心となっている印象だ。3つの「基礎力」はどちらかというと、「Society5.0人材に求められる資質・能力」でいうところの「素質・基礎学力」的な要素にちかい。「考える力」は創造的思考や意思決定、問題解決、学習方法、推論などが挙げられており、「個人の資質」では責任感、自尊心、社交性、自己管理、誠実性などとなっている。
次に、厚生労働省の若年者就職基礎能力を見ていこう。こちらは「コミュニケーション能力」「職業人意識」「基礎学力」「ビジネスマナー」「資格取得」の5項目からなっている。「基礎学力」「ビジネスマナー」「資格取得」など、こちらも主に社会人になってからの知識や経験を通じて身につける知識系の要素が多く含まれている。
経済産業省の社会人基礎力は「前に踏み出す力」(主体性、働きかけ力、実行力)「考え抜く力」(課題発見力、計画力、想像力)、「チームで働く力」(発信力、傾聴力、柔軟性、状況把握力、規律性、ストレスコントロール力)という3項目(12の要素)からなっている。そもそもが、多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力として作成しているので、資格や基礎学力といった知識系の要素を含まず、個人のパーソナリティに限定されているのが特徴だ。
文部科学省の「学士力」は個々の大学における学位授与の方針作成や分野別の質保証の枠組み作りを促進・支援することを目的としている為、「知識・理解」、「汎用的技能」、「態度・志向性」、「総合的な学習経験と創造的思考力」という4項目(12の要素)で構成されている。学位授与に足る能力を定義している為、知識や学習の要素が多いのが特徴と言える。【表1】
これら4つの学生に求める力を、あえて分類してみると以下になるだろうか。
無論、項目の中に複数の能力が含まれている場合もあるだろうし、分類方法もさまざまなアプローチがある事は理解している。今回は知識と能力を分けて考えるために区分を作成してみた。
①の学習的能力は大学等で学べる知識や社会に入って得られる知識があり、それを学習経験という過程を通じて自らの糧にするとともに、そのプロセスで学習方法を習得するといった内容が中心だ。
②~④は適性テスト等で把握することもある「個人の性格や能力」に似たものと考えられる。無論、個人の能力はこれまでの人生経験で得てきたものに加え、今後積み重ねられる経験で取得したり強化したりされるものなので、ある程度変化するものであることはご理解いただきたい。
ただ「入社時に求められる○○力」という産学が一緒になって若手の育成を考える際に、何を目指すのかという共通言語を持ち、一緒に考える一つの材料にはなり得ている。特に「社会人基礎力」は②~④の能力に限定されている為、調査においても専門知識等を問う内容ではない為、すべての企業に共通に必要とされる能力として設問にしやすい。
実際に弊社でもこの社会人基礎力の項目を利用して経年の調査を実施している。次の項目では、実際企業が「学生に求める力」が経年で変化しているのかを確認してみたい。
マイナビで企業に確認している能力
マイナビ企業採用予定調査で2009年卒から過去15年にわたり、「社会人基礎力」を基に学生に求める能力を、複数回答で聞いた結果、前に踏み出す力に該当する「主体性」と「実行力」の2要素が常に上位に挙げられている。
チームで働く力に該当する「発信力」は、2009年卒時は比較的重視されていたものの、2023年卒ではやや順位が下がり、その分「傾聴力」や「柔軟性」、「状況把握力」、「ストレスコントロール力」などの要素が上昇している。また、考える力に該当する「課題発見力」「計画力」「創造力」はあまり重視されていないことがわかる。これを業種ごとに比較してみると、各業界で異なる部分がある事が分かる。【図2】
業界別に比較してみると、マスコミは比較的多くの能力を望む傾向がみられる。平均より高い項目をオレンジに、低い項目をブルーで色分けしている。金融はチームで働く力を望む傾向にあり、特に「規律性」「ストレスコントロール力」は平均より高い。官公庁では「規律性」を重んじる割合が高く、製造では「創造力」が高めに出ている。
業界の持つ特性や採用する職種・配属人数等の違いで望む能力に違いがみられる。今後、新卒においても職種別の採用を検討する企業が増える可能性がある。その場合、このような能力を基に、職種別に求める能力をしっかり整理し、学生に分かりやすく伝える必要がある のではないだろうか。【表2】
今後の採用に向けて
昨今、新卒においても人材獲得競争が激化する中で、IT職種やアナリスト職種限定で初職の配属を約束したり、高い初任給を設定したりする企業が出始めている。経団連も日本型のジョブ型雇用導入を推進する向きもある。日本は解雇に厳しい法的制限があるため、欧米のようなジョブ型雇用がいきなり新卒採用で浸透する事はないと思うが、一部の学生では初職配属を限定できることを歓迎するむきもある。
今後、新卒においても初職の配属先を限定するようなジョブ型採用を検討するのであれば、各職種のジョブディスクリプション(職務記述書)に近しいものを作成する必要がある。でないと学生に「この仕事の内容は○○で、身につけられる能力は△△です。」と分かりやすく説明する事が難しくなる。
そこで、職務内容の整理と共に、社内でしっかり「学生に求める○○力」についても、上記のような各能力を定義しているものを参考に、検討を進めると整理がしやすくなる。また、実際にジョブディスクリプションの策定にあたっては厚生労働省が作成している「職業能力評価基準 」などを参考にするとよい。ここには仕事をこなすために必要な「知識」と「技術・技能」に加えて、「成果につながる職務行動例(職務遂行能力)」などが、業種別、職種・職務別に整理されており、自社の職種別ジョブディスクリプション作成の参考にになる。
このような準備を進めたうえで、採用において初職配属先限定のジョブ型採用を検討してみてはどうだろうか。
キャリアリサーチLab所長 栗田 卓也