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組織の矛盾を力に変える「遊び心」の可能性とは?
– 立教大学・舘野泰一氏

舘野泰一
著者
立教大学経営学部 准教授
TATENO YOSHIKAZU

本コラムでは「組織の矛盾を力に変える遊び心の可能性」について、リーダーシップの側面から話していこうと思います。私(舘野泰一)は、現在、立教大学経営学部で准教授をしています。専門はリーダーシップ教育で、「大学や企業でリーダーシップをいかに育むか?」について研究・実践をしています。
今回のコラムで取り扱う「組織の矛盾」に関するテーマは、ここ10年で研究が急速に進んでいる新しい領域で、私も今まさに研究として取り組んでいます。今回はその研究のエッセンスをコラムというかたちでお伝えします。

はじめに

「組織の矛盾」と聞いてあなたはどのようなことを思い浮かべるでしょうか?たとえば、「自分も成果をあげなくてはいけないのに、部下の成長も支援しなくてはならない」といった悩みを抱えているかもしれませんね。矛盾と聞くと、ネガティブなイメージを持つ方も多いと思いますが、実は矛盾は「新たな変化を生み出す」というポジティブな側面も持っています。

今回のコラムでは、組織の矛盾の光と闇の側面について触れ、光の側面を活かしていくために「遊び心(プレイフル)」の可能性についてお話していきます。

今回「リーダーシップ」の側面から話をしていくので、「自分は役職者じゃないから関係ない」と思われる方もいるかもしれません。しかし、近年のリーダーシップ論では、リーダーシップはリーダーだけが発揮するものではなく、全員が発揮するものという考え方が広がってきています。組織の矛盾を力に変えるためにも、管理職・非管理職どちらもの認識を変えていくことが重要になるので、ぜひ多くの方に読んでいただければと思います。

組織の矛盾の「負の側面」とは?

最初に組織の矛盾の「負の側面」について考えていきましょう。先ほど例でも紹介しましたが、組織にはさまざまな矛盾が存在します。

「自分も成果をあげなくてはいけないのに、部下の成長も支援してチームの成果もあげなくてはならない」

こうした悩みは多くのマネージャーが抱えているのではないでしょうか。私も研究者としてではなく、ひとりのマネージャーとして日々こうした悩みを抱えています。

・プレイヤーとしての成果をあげることに集中したほうがいいのか?
・それとも、部下の育成のための時間をたくさん取ったほうがいいのか?

こうした「AかBか」という問いを迫られている状態は人間にとって大きなストレスです。どちらをとっても完全な選択はなく、周りから「なぜ成果をださないのか?」「なぜ育成しないのか?」と突っ込まれそうで、どんどんと元気がなくなってしまうこともあるでしょう。これは矛盾の「負の側面」といえます。マネージャーやリーダーが大変そうに見えるのはこうした環境に身をおくことになるからと言えるかもしれません。

矛盾の「光の側面」とは?

このように書くと、矛盾はよくないもので、矛盾はないに越したことはないと思われるかもしれません。しかし、矛盾には、新たな発想を生み出す素材になりうるという光の側面もあります。

矛盾の負の側面について囚われていたときには、以下のように「二者択一の問い」として捉えていました。

・プレイヤーとしての成果をあげることに集中したほうがいいのか?
・それとも、部下の育成のための時間をたくさん取ったほうがいいのか?

これらはどちらを選んでも突っ込まれうるものであり、こうした問いにはまってしまうと身動きがとれなくなります。しかし、これらはよく考えると「相互に関連した問い」であることがわかります。具体的には、

・自分が成果をあげるような行動をすることを通して、部下を育成することはできないか?
・部下の育成をすることを通して、自分やチームの成果をあげることはできないか?

と問うことができます。これらは「A or B」ではなく、「A and B」という問いです。このように問いを変換して考えたときに、さきほどのように「どっちを選んでも突っ込まれてしまう」という問題状況から、「いかにして両立できるのか?」というHowの問いに変換することができます。

こう考えることで、身動きがとれない状態から脱することができ、むしろ相互を両立させるために必要な新たな解決策Cを生み出す可能性ができます。こうした新たな視点を生み出しうるということが、矛盾の光の側面ということができます。

矛盾の「負の側面」を軽減し、「光の側面」を活用するためには?

ここまで矛盾の負と光の側面について説明してきました。言われてみればたしかにそうかもしれませんが、どうやったらこんなことができるのかと思われるかもしれません。

たしかにこれは簡単なことではないのですが、矛盾の負の側面を軽減して、光の側面を活用するために、私は「遊び心(プレイフル)」な考え方や態度が重要になると考えています。

組織の矛盾の「負の側面」と「光の側面」(プレイフルな考え方や態度)

矛盾による緊張やストレスを緩和するためには、矛盾を一時的に解消しようとするのではなく、「受け入れる」必要があります。「遊び心」はその受け入れる衝撃を和らげ、矛盾の状況を受け入れた上で「どのように行動するか?」を考える手助けをしてくれます。

プレイフルの効果を考える上で、上田信行先生の「プレイフル・シンキング 働く人と場を楽しくする思考法」が参考になります。

この著書の中で、『プレイフルとは本気で物事に取り組んでいるときのワクワクドキドキする心の状態のことを言う。どんな状況であっても、自分とその場にいるヒトやモノやコトを最大限に活かして、新しい価値(意味)を作り出そうとする姿勢(中略)そして、プレイフルな状態を生み出すための思考法が「プレイフル・シンキング」である(p.18)』としています。

書籍の中で、困難をプレイフルに変換するための方法や考え方が紹介されているのですが、この考え方を示す上でわかりやすいのが「Can I do it?(自分にはできるかどうか)」ではなく、「How Can I do it?」(どうしたらできるだろうか?)」で考えようという点です。

私たちは組織の矛盾やリーダーシップの問題とぶつかったときに、どうしても「自分にはできるだろうか?そもそも自分はリーダーに向いているのだろうか?」と考えてしまいます。しかし、「どのようにしたらできるだろうか?」という問いに変換することができれば、具体的な方法を考え、前に進む力が生まれてきます。

こうした考え方を持つための前提には、「努力した分だけ知能は伸びる」という「しなやかなマインドセット」が重要であることが述べられています。しなやかなマインドセットを持っている人は「難しいことに挑戦してよくなりたい」というニーズを持っています。

この考え方と対比されるのが「こちこちマインドセット」で、「努力しても自分の知能は変わらない」と考え、「ダメな人間だと思われたくないから難しいことは挑戦したくない」とすることです。矛盾と出会ったときに、どちらのマインドセットで臨むとよいかは一目瞭然でしょう。

「How Can I do it?」という問いは、この状況を「受け入れた問い」です。このように「遊び心(プレイフル)」を持つことは矛盾の光の側面に向き合う武器を与えてくれます。

組織全体で矛盾と向き合う重要性

最後に、組織の矛盾と「組織全体で向き合うことの重要性」について述べたいと思います。さきほどはリーダーが「遊び心(プレイフル)」を持つことの重要性について述べたのですが、矛盾との向き合い方を「リーダーの考え方のみ」に押し付けてはうまくいきません。

「組織の矛盾を力に変えられないのは、お前がプレイフルな考え方を持っていないからだ」

とする組織では、矛盾を力に変えることも、プレイフルな考え方を発揮することもできません。リーダーがプレイフルな考え方を発揮しやすくするためにも、「プレイフルな状況」をチーム全員で作っていく必要があるのです。

そもそも組織の矛盾は、リーダーだけの問題で生まれているわけではありません。矛盾は組織の構造や環境による問題でもあります。そのリーダーに、周りの上司や部下が石を投げること(「成果はどうする?」「育成はどうする?」)は簡単ですが、結局はだれかがその役割を果たす必要があります。そこに石を投げるだけでは、周りの人たちが「マネージャーをやりたくない」「リーダーシップを発揮するのは損だ」と考えるのは、ある意味当然のことです。

つまり、矛盾の光と闇の側面があること、そして、それらを力に変えるためには「遊び心(プレイフル)」が必要だということは、チームメンバー全員が認識している必要があるということです。矛盾を力に変えるには、「矛盾だ!」と強く石を投げたり、「矛盾があるから仕方ない」と諦めたりすることではありません。矛盾があることを認識して、受け入れながら、「じゃあどうしようか?」とチームで思考できることです。そのためにも、チームメンバー全員が矛盾との向き合い方について学ぶ必要があるのです。

まとめ

今回のコラムでは「組織の矛盾を力に変えるリーダーシップ」について書きました。組織の矛盾はつらい側面も多いのですが、うまく活用することで力に変換することができます。そのためには「遊び心(プレイフル)」が鍵となり、その考え方をチーム全体で持つことがポイントになるのではないかというのが本コラムの趣旨です。

まだまだ新しい研究領域であるため、そのための方法論やその効果の実証的な研究は現在少なく、今後蓄積が求められる分野です。今日コラムでお話したようなチームになるために何が必要なのか?は、私が現在まさに取り組んでいるテーマです。今後また研究を進めながら、分かった知見を紹介していきたいと思います。


<参考文献>
これからのリーダーシップ 基本・最新理論から実践事例まで
ハーバード・ビジネス・レビュー リーダーシップ論文ベスト11 リーダーシップの教科書2 実践編
 第3章 リーダーは「二者択一」の発想を捨てよ
プレイフル・シンキング[決定版] 働く人と場を楽しくする思考法
マインドセット「やればできる! 」の研究

立教大学経営学部 准教授 ・舘野泰一 氏

著者紹介
舘野 泰一
立教大学経営学部 准教授
青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門はリーダーシップ教育。近著に『これからのリーダーシップ 基本・最新理論から実践事例まで(共著)』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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