地方学生のキャリア観と多様なネットワークの重要性
今回のコラムでは、地方学生のキャリア観に注目します。調査事例をもとに、「地元就職」志向の強い学生と、そうではない学生の「ネットワーク」の違いにスポットを当てました。彼らを取り巻く他者との関わり(人的ネットワーク)に関する調査結果を提示し、みなさんと示唆を共有していきたいと思います。
地方学生へのマーケティング調査依頼
「地方在住の学生たちに、マーケティング調査して欲しい」
最近、新卒採用担当者から頻繁に頂くご相談です。
背景にあるのは「東京や大阪などの労働市場だけでは、現状の採用予定数を確保できない」という問題意識です。首都圏を主軸に採用活動を展開していた大手企業から依頼いただくケースが多いのが特徴です。
労働人口が減少する中で、都市部の競争は過熱しています。優秀な人材や希少な人材(「上位校」「理系女子」「薬学生」など)を確保しようとするほど、より雇用条件の良い「強者」との競合性は高くなっていくのでしょう。そのために、ターゲットを拡張し、地方の市場について情報収集をしていきたいという意向です。
では地方市場に乗り出せば、「勝率」を上げられるのか?というと、そうでもないようです。採用拠点がないことや、認知レベルが都市部にくらべて低いなど、そこにはさまざまな障壁があります。
そのなかでも、とくに地方採用を進める企業にとって課題となっているのが学生たちの「地元志向」です。
実家から通勤圏内で仕事を働きたいという意向が強く、首都圏や関西圏の企業へ関心を持ちにくいという傾向がみられるのです。
”地方でイベントを実施したり、精力的にプロモーションを展開しても、いまいち「響いている」感じがしない。”
”内定を出すまでこぎつけたものの、最終的には地元の市役所や病院に就職するといって、辞退されてしまった。”
このような問題意識から、地方の学生たちの地元志向がどれほど強く、また、いかにして強化されているのかをリサーチして欲しいという相談を頂きます。
「狭くて強い」と「広くて弱い」
さて、前置きが長くなりました。
今回のコラムでは、「地方学生のキャリアとネットワーク」について話したいと思います。
前年から今年にかけて、いくつかの企業で地方学生のマーケティング調査を行いました。就活を終えた地方国公立大の学生を対象とした大規模な調査です。この分析結果を一部提示しながら、地方学生のキャリア志向が生まれる背景について紹介していきます。
まず、学生たちが持っているネットワーク(他者とのつながり)に関する分析結果を紹介しましょう。
地元志向強い学生層(以下、HIGH群)と、実家を離れて都市部での就職を希望する地元志向の弱い層(以下、LOW群)を比較分析した結果です。
学生たちのキャリア観が「誰に」「どれくらい」影響を受けているかについて、それぞれのグループの特徴を検出しました。それぞれのネットワークの特徴を簡易的に図にすると次のようになります。
図の左側【1】がHIGH群に特徴的に見られたネットワーク傾向です。右側【2】がLOW群に特徴的に見られたネットワーク傾向です。
この図の見方は下記のとおりです。
・「本人」との距離
〇(マル)と学生(本人)との距離は、キャリア相談する頻度を示しています。「本人」と近い距離にある他者ほど、相談頻度が高く、離れている「他者」は相談頻度が低いことを示しています。
・線の太さ
〇(マル)とつながる線の太さは、学生(本人)のキャリア観に対する影響力の強さです。太いほど本人のキャリア観に強い影響を与えていることを意味します。
これを踏まえて、上の図を見ていくと、2つの学生グループがそれぞれ異なるネットワークを利用していることが見てとれます。
【1】のHIGH群の学生は、家族や友人との相談頻度が高く、とくに「母親」「友人」の影響を強く受けていることが分かります。HIGH群は近い関係性のなかでキャリア観を醸成し、キャリア選択のための情報を収集していると考えられます。
反対に【2】のLOW群は「家庭」における関わりが比較的弱めです。その反面、「企業」サイドの他者からの影響を強く受けている点が特徴的です。
さらにLOW群は、高頻度で関わる特定の相談相手はいないことが分かります。1つのネットワークに偏重することなく、フラットに多様なネットワークを築いています。
達成感に影響するネットワーク
また、別の分析結果では次のような傾向も抽出されました。
・家族に就活相談をする(進捗共有、受験対策、ES作成など)頻度が高いほど、就活終了時の満足感や達成感が低くなる。
・キャリア観に家族の影響を受けるほど、地元志向は強くなる。一方で、就職先への期待値は低下する。
反対に、多様なネットワークを利用してキャリア選択を進める方が、就活終了時の主観的な成果は高くなる可能性も見いだされました。
家族に相談することや、地元志向を抱くことそれ自体がネガティブな結果を招くわけではありません。それによって情報収集の範囲が限られてしまう点や、多様な価値観や選択肢に触れることがなくなってしまうという点が、影響を与えているということが考えられます。
実は、このような示唆はすでに学術分野でも示されているものです。
「より多様なネットワークを持つ方が、自らのキャリア形成をより良く行える」
この提言をしたのは、ネットワーク分析の権威であるシカゴ大学ビジネススクールのロナルド・S・バートです。
彼は、構造的空隙論(こうぞうてきくうげき:structural hole theory)のなかで、LOW群に見られたようなネットワークの「隙間」があるほどキャリアが良いものになる可能性を示しています。多様なネットワークによって、価値の高い情報へのアクセスが可能になり、多くの資源(時間・お金・情報など)を獲得し、キャリアを高める機会を手にしやすくなると述べています。
さきほどの、LOW群のネットワーク構造を見ると分かるように「家庭」「学校」「友人」といった異なるフィールドにいる多様な他者と繋がるほど「隙間」は大きくなっていきます。
多くの他者と関わり、自らのネットワークに隙間をつくっていくこと。それが、キャリアサクセスへの近道と言えるのかもしれません。
ネットワークを拡げる「場づくり」
多様なネットワークの重要性が示される一方で、「学生は、自分が安心できる人にキャリア相談をしたい」という意向を持っています。
自分のことを理解し、受け入れてくれそうな近親者に相談が偏りがちになってしまう側面もあるのかもしれません。何もしなければ、ネットワークは限定的なものになってしまうでしょう。
彼らのキャリア支援を行う第三者が「内向き」になりがちな彼らのネットワークを拡げるための機会を提供していくことが必要です。より多様なネットワークに触れさせ、多くの情報が付与される「場」を提供していくことも重要であると言えそうです。 以前の環境であれば、現実的にこのような多様な関係者が交流する「場」づくりが難しかった側面もあると思います。
“地方まで企業の担当者が来てくれない”
“大学でセミナーを開催しても、地元企業しか集まらない”
大学関係者のこのような声も耳にすることが多かったことも確かです。
しかし、オンライン・リクルーティングが浸透しつつある今、「場づくり」は実はそれほど難しくないのかもしれません。地元志向LOW群に属する学生は「多様なネットワークの構築」に関して、次のようなコメントを残しています。
“就活SNS経由で、興味のある業界の先輩社員に片っ端からOBOG訪問をして、話を聞きました。そうすると、同じ業界でもいろいろな仕事観があると分かって、そういうのを聞いていくうちに自分がどういう風な社会人になっていくのかが見えてきました。”
“いま、けっこうたくさんの大手企業が就活コミュニティみたいなのをオンラインでやっているんです。そこに入ると、先輩社員から就活レクチャーしてもらえたり、面接の練習をしてもらえる。そういうコミュニティをいくつか梯子しながら、自分の就活戦略を組み立てていきました。”
仮想化が進む現在、空間的な隔たりによって生まれていた「制約」はもうありません。学生たちのネットワークの構築は、長い移動時間と体力を注いでリアルに構成していくものではないのかもしれません。「地方だから就活に不利な条件がある」という前提も変わりつつあります。
周囲の人間にできることは、多様性へのアクセシビリティを高めることではないでしょうか。たとえば、大学は通信環境を整備し、面談ブースを設置する。あるいは、学内でオンライン・コミュニティを立ち上げる。また、就活事例やモデルの先輩の露出を高め、「他者に対してアクセスしていくことは、何らリスクのあることではない」と示していく……などです。
豊かなネットワークは、すでにオンライン上に存在しているのです。より効率的に、よりカジュアルに、「場」に対して気軽に足を踏み入れていく環境づくりが求められます。
<参考文献>
Burt, R. S. 1992. Structural holes: The social structure of competition. Cambridge, MA: Harvard University Press.
Greenbank, P. 2009. Re-evaluating the role of social capital in the career decision-making behaviour of working class students. Research in Post-Compulsory Education 14, no. 2: 157-70.
著者紹介
神谷俊(かみや・しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表
企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。