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キャリアオーナーシップ人材の育て方─相対的な他者の視点が将来の選択肢を拓く(株式会社CARTA HOLDINGS)

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

キャリアオーナーシップとは「キャリアや仕事を主体的に捉え、自律・自走しながら周囲と共創すること」。主体性を持ってキャリアが選択できれば、個人のウェルビーイング向上にも、大きな影響を与える。

今回取材をした株式会社CARTA HOLDINGSは、2019年の経営統合によって誕生した企業だ。カルチャーや事業領域が大きく異なる2社が1つになり、自律型組織へと進化した。経営統合を経て行ってきた取り組みが評価され、2024年4月にはキャリアオーナーシップに関する賞を受賞。新たな企業カルチャーを創出し、人材交流を促す環境を整えている。

そうした環境の下で、キャリアオーナーシップ人材をいかに育成し、働きがいのある組織づくりを実現しているのか。同社グループ全体の人材育成責任者を務める小林さんに、話を聞いた。

株式会社CARTA HOLDINGS
設立:1999年
事業内容:デジタルマーケティング事業、インターネット関連サービス事業

HR本部 全社育成責任者 小林 直道 さん
2008年株式会社CARTA HOLDINGSの前身である株式会社VOYAGE GROUPに入社。営業、Webディレクターを経て、メディア事業 本部長としてメディア領域の収益化に従事する。その後はインターネット広告会社に転職し、商品企画や営業マネージャーを経験。さらにデジタルマーケティング支援を行うスタートアップ企業に移り、人事執行役員として組織開発や労務を担当した。

2023年からは再びCARTA HOLDINGSに復帰し、L&D(Learning & Development:人材開発)チームを発足。グループ全社を横断するHR本部 副本部長として人材採用・育成全般に携わっている。

「すべては自分ごと」という考え方が自然に浸透していた

一度はCARTA HOLDINGSを退職した小林さん。
復帰後はさまざまな職場での経験を活かし、人材開発に携わっています。

共通言語として見えてきた「キャリアオーナーシップ」

CARTA HOLDINGSは、2019年にVOYAGE GROUPとサイバー・コミュニケーションズの経営統合によって誕生しています。経営統合にあたり、さまざまな課題と向き合ったことが「キャリアオーナーシップの導入」につながったのでしょうか?

小林:導入したというよりも、以前からキャリアオーナーシップが浸透していました。

2019年当時、私は別の会社に所属していたので他の社員から聞いた話ですが、合併することになった2社は、組織規模や風土・カルチャー、顧客との向き合い方すらもまったく異なっていたそうです。

そのため、仕事の仕方や組織のあり方を再定義する必要がありました。「我々は企業として、どんな価値を提供していくのか」から考え、MISSIONやVALUEを構築し、共通言語をつくっていきました。その取り組みの一環で「キャリアオーナーシップ」という考え方が、浮かび上がってきました。

会社としてVALUEの再定義を進めていく中で、「すべてを自分ごととして、挑戦していこう」という価値観を長年大切にしてきたのではないかとの声もあがりました。“自分ごと”の範囲には、仕事はもちろん、自身のキャリアも含まれています。

VALUEに照らし合わせてさまざまな制度を策定し運用してきましたが、俯瞰してみると「キャリアオーナーシップ」が根底にあるのではないだろうか。もともと浸透していた「カルタイズム」のことではないかと、思いました。

35歳を過ぎて真剣に考え始めた、自分のキャリア

小林さんは「キャリアオーナーシップ」について、どのように感じていたのですか?

小林:私自身は、キャリアオーナーシップを強く持っているタイプなのですが、最初のキャリアアップを後押ししたのは「焦り」でした。

「自分の市場価値・市場汎用性ってどうなんだろう?」「仕事や人生は、この先どうしよう?」と考えた時に、「私の人生は、私がデザインしたい」と思ったんです。そこで転職をして、いろいろな方がいる組織の中で五感を研ぎ澄ましながら自分の力や理想との差分を理解することにしました。

そうして、存在感を発揮し続けることを繰り返して、思い描くキャリアを実現していけるのではないかと感じていたんです。

ご自身のキャリアについて振り返ることになった「焦りのきっかけ」は、何だったのでしょうか?

小林:以前上司だった方に「35歳超えると人間は変わりづらくなるよ」と言われて「そうであるならば恐いな」と思ったことが、“焦り”のきっかけですね。当時は、同期や後輩と比べると個人的な観点として私の出世や成長が相対的に遅れている様な気がしていました。

また時代や環境が異なるのですが、父が30代前半で 「年収1,000万円を超えていた」と母から聞いていたことから生まれる父親への対抗心、そして先輩から言われていた「年収がすべてではないけれど市場に対する価値の一つのパラメーターとして報酬を目安に自身のパフォーマンスや介在価値を考えた方が良い」という言葉から、「今のままではいけない、成長角度を上げなければ」と強く意識したことを覚えています。

最初に選んだ転職先は、大手企業の関連会社。ひたすら結果を求められる一方で、将来に対する展望などを語ることも少なく、裁量よりも管理の色が強い風土でした。こうした環境に 大きなカルチャーショックを受けたものの、組織の意向によってキャリアパスが決まりやすいからこそ 、組織や自身の進退に関わる全てのステークホルダーの意向を把握し、自身の進みたい方向にデザインしたり注意深く振舞うことを学びました。今の私のキャリアオーナーシップの原型とも言える体験ができたと思います。

3社目の転職先は、ベンチャー企業。ここで人事職に職種変更をし、 色々と学び、経験をさせてもらった結果、入社1年半で人事の執行役員を拝命することになりました。転職先では「経験と体系学習による能力開発」「周囲のニーズや意向の把握 」「仲間に応援され、力を発揮できる 環境づくり」などの大切さを学びましたね。こうした学びがインストールされた状態で、2023年に再びCARTA HOLDINGSに戻ってきました。

すぐそばに「キャリアオーナーシップの種」はある

対話を通じて、自分の中に眠っている「新しいキャリアの可能性」に気づくことも。

2024年から立ち上げたキャリアオーナーシップへの新たな取り組み

貴社では「キャリアオーナーシップのある職場」を目指し、組織的な取り組みを進めています。どのような施策に力を入れているのでしょうか?

小林:当社の取り組みは、基本的にはすべて自薦で行ってきました。しかし2024年から注力し始めた「NEXT GENERATION BOARD」は、会社からの指名制で実施しています。

「NEXT GENERATION BOARD」とは、全社を対象に将来を期待される12名のメンバーを選抜し、1年間をかけて「未来の経営幹部候補」を育成するものです。社長や外部のファシリテーター、人事、役員と一緒に必要な知識・スキルをインプット・アウトプットする中で成長を促すという取り組みで、本年度から企画し運営を行っています。

この取り組みの背景には、キャリアオーナーシップは自分だけでは成立しないという考え方があります。私もそうでしたが、他人からの刺激やプロデュースがきっかけになるのではないかと私は思っています。自分だけで夢や野心を燃やし続けるのは、意外と苦しいものです。

当社では上記に代表されるような「働きかけにつながる施策」を目指しています。

自分次第で、キャリアの選択肢の幅は広がる

選出されたメンバーにとって、「NEXT GENERATION BOARD」への参加は「自分のキャリアを相対的に見て、改めて考えるチャンス」でもあったのではないかと感じます。いかがでしょうか?

小林:おっしゃる通りです。普段の仕事が忙しいと、キャリアについて考える時間がありません。まして、頑張って業務や目標を成し遂げる高揚感でさらに満足してしまうので、何か刺激がなければ次のキャリアを描けないと思います。だからこそ、まとまった機会を設けることが重要だと考えています。

参加者からは「自分の人生において、役員や社長になる可能性があるなんて、予想外だった。今回参加して、初めてその可能性を考えるきっかけになった」との声が寄せられました。

他にも「物事を俯瞰的に捉えられるようになり、会社と仕事の見方が変わった」という意見もありましたね。将来的には女性管理職・女性役員比率を高めるなど、目に見える成果につながれば嬉しいです。

参加することで、思いもよらなかった「キャリアの選択肢」に気がついたのですね。

小林:「夢や野心の種が結びつく先、可能性は無限にある」ことを示してあげたいですし、そのような他者との関わりで可能性を広げたり、理解したりすることが重要です。そしてそれを選ぶかどうかは、自分次第だと広く周知されると良いなと思っています。

何かを選ぶという行為自体が、まさにオーナーシップ。外部からの働きかけでキャリアや可能性を提示されたとしても、在籍する社員たちが自分の意志で決めて、自分の人生をデザインして成長していくようにできれば と思っています。

キャリアオーナーシップこそ、ロジックで語るべき

オープンスペースが多い本社オフィスでは、社員同士のコミュニケーションが自然に発生します。

キャリアについて語れるマネージャーを育成したい

他にも、特に力を入れている取り組みはありますか?

小林:「NEXT GENERATION BOARD」に参加する世代だけではなく、上司にも成長が必要だと考え、マネージャー向けの研修にも力を入れています。プロデュースできる人や何かを与えられる人がいる部署は、人材育成の成功率が格段に違います。

上司が自身のキャリアについて語れない・悩んでいるチームは、部下も模索を続けていることが多くなります。自身のキャリアを視界がクリアになっている上司は希望するキャリアの実現に必要な力を把握し、どうすれば形にできるチャンスがつかめそうかが分かります。すると行動に移しやすくなり、部下とともに思い描いたとおりにキャリアオーナーシップが発揮できる可能性が高まります。

部下を動かす起点をつくるためにも、マネージャーの育成は必要です。マネージャーの役割と基本的な行動や労務管理などを論理立てて学べるよう、研修も積極的に開いています。

キャリアをデザインするにはロジックが不可欠

「キャリアオーナーシップ」を精神論で片付けるのではなく、きちんとロジックを立てて考えられるような仕組みが整っているのですね。

小林:私は、キャリアオーナーシップこそロジックが必要だと思っています。思い通りにキャリアを活かし、デザインできるかどうかは「計画・準備・実行」がカギ。そこに周囲の「納得・承認」があって初めて、成立するものです。相手がいなければ、キャリアは決してうまくいきません。ですから、万人に伝わるロジックが重要になります。

さらに「応援したい」と思ってもらう想いやクレジットなどのエモーショナルなものが付加されると、さらに可能性が広がると思っています。多くのケースでキャリア形成がうまくいかないのは、このロジックの大切さに気づいていないからではないでしょうか。

仮に「今の部署から隣の部署への異動を叶えたい」としましょう。そんな時、どうすれば自分の希望どおりのキャリアが築けるかを最初に考えてみます。

たとえば「現在の上司は、私をどう思っているのだろう?」と振り返ってみてください。もしマイナス評価がありそうならば異動を応援してくれない可能性がありますので、まず信用をゼロ以上になるまで引き上げなければなりませんし、プラス評価であれば自分が抜けた穴埋めや異動先での成果貢献のイメージを更に加えることで、実現可能性が向上するでしょう。

あるいは部署内で影響力のある人材がいれば、その方に自分の存在を知ってもらうことがメリットになるかもしれませんよね。

そのように論理的に考えながら行動を重ね、仕事の成果も出していけば「自分の思い描くキャリア」になっていくのだと思っています。ファクトとデータをもとに、ロジックを組み立ててストーリーを語れば、キャリアオーナーシップ人材として自身が思うキャリアを構築できるようになっていくはずです。

自分の人生について考える時間を、後回しにしない

オフィス内にある書棚スペースには、社員が持ち寄った書籍が並んでいます。
誰でも自由に立ち寄り、じっくり考えを深められる場所です。

あえて時間をかけて、キャリアについて考えてもらいたい

キャリアオーナーシップを社内に浸透させる際に、難しさを感じたことはありましたか?

小林:仕事が忙しいと、自分のことは後回しになってしまうものですよね。当社の社員も同様で、活躍する人材ほど自分のキャリアについて考える時間が持てなくなってしまう傾向がありました。

そのため時間を取って必ず考える機会をつくらないと、キャリアオーナーシップは浸透しないだろうと常に感じています。「これだけ仕事で頑張っているんだから、昇給するだろう」と独りよがりに考えるのではなく、キャリアや能力開発、現在の仕事がどのように紐づいているかを理解してもらいたいんです。

キャリアを自分の手でデザインするには、構造的な因果や相関関係、そしてそこで自らが成長したい理由の蓋然性を意識することも大切。上司と一緒に面談で振り返った際に、じっくり話すように働きかけています。

そして上司であるマネージャー自身のキャリアについても語ってもらい、良い循環が生まれるようにしています。全社でサーベイを取ってみると、キャリアに悩んでいる方は少なくありません。さらにキャリアオーナーシップを浸透させていくためにも、引き続き尽力していきます。

全社へのスケールが進んだポイントは「メリットの提示」

全社に向けて取り組みを拡大していく際に、どのようなことを意識していましたか?

小林:こうした施策や研修を導入する際には「抵抗感なく受け入れてもらえるか」が重要になります。これまで多くの方と関わる中で、人間には2つのタイプがあるとおもっております。それは「体系論や一般論を先に理解して、じっくり学びたい演繹法的なタイプ」と、「まずは試しにやってみよう」と、経験学習を得意とし、ロジックは後から理解する帰納法的な学びをするタイプの2つです。

私としては2つの傾向に合わせて、魅力を伝えるように意識しました。共通して話していたのは「メリットを示す」ということです。「つまらなそう」と思わせないように「日本で一番面白い労務研修をします!」と言い切ってみるのも、効果的でした。今でもベンチマークとして社員の8割以上に興味を持ってもらえるよう、日々頑張っています。

キャリアオーナーシップをさらに促進させていく

最後に、小林さんの今後の目標についてお聞かせください。

小林:まずはキャリアオーナーシップの実現のために、社員がもっと「考える時間と機会」をつくりたいですね。今のところは、ガイドラインのようなキャリアに伴走できるものを想定しています。それと、私個人の意見ですが「部署異動の必要性」にも言及したいです。社内公募のジョブマッチングプログラム「DIVE」や、そこに限らず異動を活用し、キャリアの可能性を探ってほしいと思っています。

異動すれば上司も変わり、向き合う顧客も変わります。ビジネスモデルや扱う商品、商習慣が変わることもあります。そうした中で、物事を立体的に捉えられるようになりますし、いわゆる安全地帯から“辺境”に出る経験が、自分や周囲の人々がそうであったように、人を大きく成長させてくれると信じています。

その為に、育成の責任者としてどの環境にいても使える・必要とするコミュニケーション力やファシリテーション力などのいわゆる「ポータブルスキル」を伸ばす能力開発を中心に行い、社内人材の流動性と対話でキャリアオーナーシップを発揮していける環境を作っていけたら良いですね。

編集後記

キャリアオーナーシップを実現するために最適な方法は、転職だけとは限りません。組織からの働きかけで「キャリアの可能性」に気づいてもらうことが、社員のモチベーションを高めている事例を伺い、思わず膝を打ちました。

CARTA HOLDINGSは2023年にオフィスを虎ノ門に移転。出社による交流を増やし、キャリアオーナーシップにつながる機会を期待しているそうです。軽い立ち話や一緒にランチをする中で「相手と自分の差分」を感じ、キャリアについて考える方も増えていくでしょう。取材を通じて、将来の可能性について前向きに捉えられる環境が、働きがいにつながっているのだと感じました。

執筆:林 美夢

片山久也
登場人物
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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