
リモートワークの普及で広がった「静かな休暇」とは?
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「静かな休暇」とは
「静かな休暇(quiet vacationing)」とは、近年アメリカから広まった概念で、上司や同僚に報告せずに休みを取ることを指す。無断欠勤とは異なり、働いているように見せかけながら仕事をしていない状態を意味し、有給休暇を取得していないケースがほとんどである。
たとえばリモートワーク中に、仕事をしていないにも関わらず、マウスだけを動かしてログイン状態を維持することや、勤務時間外にメールが送信されるように設定して、夜遅くまで働いているふりをすることなどが挙げられる。
「静かな退職」との違い
「静かな休暇」に似た言葉で「静かな退職(quiet quitting)」という言葉がある。これはキャリアや昇進に関心がなく、ただ必要最低限の仕事をする行動を指す。一見、無気力な働き方のようにも思えるが、仕事とプライベートを分けることで、ストレスを軽減させ、ワーク・ライフ・バランスを向上させることができる。
一方、「静かな休暇」は、有給休暇を取得することが難しく、仕事とプライベートの境目が曖昧になったために生じた事象である。そして、上司の目を避けて、こっそりと休むという中途半端な“休暇“は、仕事とプライベートの両方をおろそかにする恐れがあり、問題視する声が多く挙がっている。
なぜ「静かな休暇」が広まったのか
以前よりもリモートワークが普及したことで、よりライフスタイルに合わせた働き方ができるようになった昨今、なぜ「静かな休暇」という事象が発生し、注目を集めているのだろうか?次はその背景についての項目で詳しく説明していく。
休暇を取ることへの不安感
近年、有給休暇を取得することに対して抵抗を感じている社員が増えてきている。特に、この傾向は、大量解雇が問題視されているアメリカのミレニアル世代で多く見られる。雇用の不安定性が「キャリアの妨げになるかもしれない」「同僚に追い抜かれるかもしれない」といった不安を生み出し、有給休暇の取得をためらわせる要因となっている。
日本でも有給休暇を取得することに対して「やる気がないと思われるのではないか」「評価に影響するのではないか」という不安を抱く人は珍しくないだろう。そのような不安が「有給休暇を取らずに休む」という事象を招いていると考えられる。
勤務時間外の業務連絡に対する不満
通信機器の発達により、いつでも連絡が取れるようになったことで、働く場所を自由に選べるようになった。その一方で、休日や勤務時間外にも仕事の連絡が増加している。
たとえば、取引先からの電話や納品の催促などで、勤務時間外であっても急ぎで対応しなければならない場合がある。また、休日にも関わらず事務処理に追われることが多くなり、業務負担が増加した社員も多い。その結果、「勤務時間外なのに、働かされている」という状況が、「休日なのに休めない」という環境を生み出し、社員のストレスや不満の原因となっている。
こうした不満が溜まっていくと、いっそのこと、勤務時間内に「休暇」を取ってしまおうと考えるようになるのだろう。
リモートワークの普及

気持ちの切り替えが難しい
新型コロナウイルスの流行で、多くの企業でリモートワークが導入され、社員は自宅やカフェなど、好きな場所で働くことができるようになった。これにより、満員電車のストレスにさらされることなく、通勤にかかっていた時間を有効活用できるようになった。また、在宅勤務では上司や同僚の視線を気にする必要もなく、自分の仕事に集中することができる。
一方で、仕事とプライベートの切り替えがうまくいかず、仕事に集中できない人もいる。そのような人は、実際には仕事に集中できていないにも関わらず、“働いているフリ”をして勤務時間をやり過ごすことになる。
仕事中の状況が見えづらい
リモートワークでは社員の仕事ぶりを把握することが難しい。上司は部下の働きをWeb会議への参加状況やタスク進捗からしか確認できない。
特に、日本企業では終身雇用を前提とした「メンバーシップ型雇用」が主流である。この雇用形態では、社員は管理職へのキャリアアップに向けて、任される仕事の幅が広く、業務管理が難しい。また、一般的に上司は目の前で働く部下の様子を見て、その状況を把握することがほとんどであったため、リモートワークが広まることで、どのように仕事を可視化するかが課題となっていた。
こうした課題にうまく対応できていない企業では、仮に従業員がサボっていてもその状況を正確に把握できない。すぐにはわからないという状況が生まれている。その結果、“働いているフリ”が可能になってしまうのだ。
まとめると、日米ともに若い世代を中心に、有給休暇を取ることをためらう風潮が存在していた。さらに、通信機器の発達により、業務時間外の仕事がする機会が増えて、社員の不満も蓄積していた。そんな中、新型コロナウイルスの流行により、働いているフリがしやすいリモートワークが普及したことで、「静かな休暇」という事象が急速に広まったと考えられる。
なぜ「静かな休暇」が注目されつつあるのか
ではこの「静かな休暇」は具体的にどのような点が問題となって注目されることとなったのか。この事象が問題視される理由とその背景について見ていく。
「静かな休暇」の問題点
生産性の低下
実際に仕事をしている人数が減れば、当然、職場の生産性は低下する。さらに「静かな休暇」を取った社員の分を穴埋めするために、他の社員が余計に働く必要が生じ、同僚たちの負担になる可能性もある。
職場での信頼関係の喪失
上司に報告せずに休むことは 一般的に“ずる休み”と見なされるため、場合によっては懲戒処分を受けるリスクがある。加えて、部署全体の生産性が落ちれば、上司からの信頼はもちろん、同僚からの信頼も失われるだろう。
「ワークライフ・インテグレーション」の広まり
近年、仕事とプライベートの両方を充実させることで、人生をより豊かにする「ワークライフ・インテグレーション」という考え方が広まっている。これは仕事とプライベートを切り分けるのではなく、仕事とプライベートが互いに与えている影響力を利用する、いわゆる相乗効果によって、より大きな成果を生み出そうという考え方である。
ワークライフ・インテグレーションを実現できている社員がいることは、企業にとってもメリットが大きい。マイナビの「正社員のワークライフ・インテグレーション調査2023年」(※1)では、ワークライフ・インテグレーションを実現できている人のほうが、できていない人よりも希望勤続年数が長く、リスキリング経験も高い傾向が見られた。つまり、仕事とプライベートが充実している人ほど、企業に長く勤めたいと考え、スキルアップの意欲も高いのだ。
今後、労働人口の減少が避けられない中、企業は生産性の向上や人材流出を防ぐために、社員が心身ともに健やかに働けるようにサポートしていく必要がある。そのため、職務に対して消極的な姿勢である「静かな休暇」は、解決すべき課題の一つとして注目を集めているのだ。
どのように「静かな休暇」に対応すれば良いのか
休みを取得しやすくする
そもそも、有給休暇を取りにくい環境があるからこそ、無断で休むということが起こりがちである。有給休暇は社員の権利であり、有給休暇を取得したからといって、キャリアや仕事に支障が出ることがあってはならない。そのため、企業は評価制度や有給の取得方法について社員にしっかりと説明し、有給休暇を取得することへの不安を解消する必要がある。
休暇中に仕事をしなくて良いようにする
せっかく休みを取ったとしても、電話対応やメール確認をしなくてはならない状況では意味がない。「静かな休暇」の原因の一つは、いつでも連絡が取れるため、休みの時でも連絡があれば対応しなくてはいけないというプレッシャーにある。この問題の解決策として「つながらない権利」について触れていきたい。
「つながらない権利」について
「つながらない権利(Right to Disconnect)」とは、休日に仕事の連絡を拒否する権利のことだ。日本で法的拘束力はないが、外資系企業をはじめ、さまざまな会社で「つながらない権利」を反映させた取り組みが始まっている。たとえば、深夜や休日のメール対応を禁止する社内規則の改定や、休暇中のメール受信拒否システムの導入などがある。
当たり前だが、労働を行えば賃金が発生する。そのため、本来であれば、勤務時間外に無給で働かせるようなことがあってはならない。もし、どうしても休日に社員にメール対応させる必要があるならば、企業は労働契約を見直す必要があるだろう。
まとめ
近年、ミレニアル世代を中心に「静かな休暇」という事象が広まりつつある。背景として、通信機器の発達により、休日でも仕事をしなくてはならず、業務負担が大きくなっていたことが挙げられる。
さらに、休日でも休めないという不満も蓄積していた。公に休みが取りづらい風潮が根付いたことで、周囲の目が届きにくいリモートワークで、こっそり休みを取る社員が増えてしまったと考えられる。
「静かな休暇」の問題点は、生産性が落ちるだけでなく、職場の信頼関係が失われ、社員のモチベーションを下げてしまうことにある。上司に隠れながら休むのではなく、きちんと有給休暇を取って休む、メリハリのある働き方のほうが、社員の満足度が高く、結果として会社全体の生産性も高まるだろう。
また、社員がリモートワークを含む自分にあった働き方を選択し、ワークライフ・インテグレーションを実現するためには、上司・部下間の信頼関係は非常に重要となる。社員自身の権利を守るためにも信頼関係を損なわないような働き方が求められると考えられる。
「静かな休暇」を防ぐためには、企業は有給休暇を取りやすい環境を整え、勤務時間外の仕事を削減する必要がある。ただ一方的に「静かな休暇」を禁止するのではなく、社員の不満の原因を一つずつ解消していくことが重要なのだ。