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ちゃんと考える部下をどのように育てるか?~コンセプチュアル・スキルを伸ばすための要点~

神谷俊
著者
株式会社エスノグラファー代表取締役 バーチャルワークプレイスラボ代表
SHUN KAMIYA

職場ではさまざまな想定外の事象が発生します。とくに近年では、グローバル化や先進的なテクノロジーの導入、物価の高騰、従業員の価値観の多様化などの影響によって、前例のない問題が発生しやすくなっています。

そのようななかで、求められているのが「ちゃんと考える部下」です。イレギュラーが高頻度で発生する度に、上司が現場の状況を確認し、細かく指示をだしていては職場のパフォーマンスは次第に低下していきます。上司としては、部下に権限を与えて現場に一定レベルの対応を任せていきたいところです。逐一、上司にお伺いをたてるのではなく、自分なりに状況を見通し、本質的に対応を検討できる部下の育成が求められています。

本コラムでは「ちゃんと考える部下」を育てるためには、どのような能力を高める必要があるのかを説明したうえで、育成上のポイントを提示します。

コンセプチュアル・スキルとは

仕事のなかで「ちゃんと考える」ために求められるのが、コンセプチュアル・スキル(概念化能力)と呼ばれる能力です。

コンセプチュアル・スキルは、ハーバード大学のロバート・カッツ教授によって提唱されたスキルです。管理職研修などで「テクニカル・スキル(業務遂行力)」「ヒューマン・スキル(関係調整力)」とともに管理職が修得すべき3つの能力として紹介されることが多いので、聞いたことあるという方もいらっしゃるかもしれません。

コンセプチュアル・スキルは、一言で言えば「本質を捉えて、より良く考える力」です(※1)。表面的な事象に流されることなく、本当に大切なポイントを捉えて、質の良い判断や意思決定を行う力です。【図1】

【図1】コンセプチュアル・スキルとは
【図1】コンセプチュアル・スキルとは

長蛇の列を見て、何を問題視するか?

このスキルをイメージするために、ある事例を提示します。下記は、コンセプチュアル・スキルのレベルによって判断がどのように変わるのかを示す事例です。

駅構内に店舗を設けているカフェの事例です。このカフェは、長期休暇に入ると店舗は混雑し、店舗前には長蛇の列ができます。売上を伸ばすためには好機と言えるのですが、そこには問題があるようです。注文までの時間が長すぎるため、注文前に顧客がお店を離れてしまうのです。ピーク時は常にお店の外では20人ほどの人が少しイライラした様子で順番を待っている状態で、時折、数名が列を離れていきます。この状況に対して、どのような対策をするかによって店舗の売上は大きく変わりそうです。

コンセプチュアル・スキルが、まだ発展途上の若手スタッフの場合、この状況を見たままに解釈して対応するかもしれません。つまり「注文までの時間が長く、お客さんがイライラして列を離れていくこと」を問題視するのです。そして、その「問題」に対してすぐに行動を起こそうとします。

列で待つ人々に「お待たせしてすみません」と声をかけて回る人もいるでしょう。声をかけることは接客において大切な振る舞いですが、この対応は「ちゃんと考える」という観点から見ると十分な対応とは言えません。「なぜ、問題が発生しているのか?」に目を向けることができていないからです。

コンセプチュアル・スキルの高いベテランスタッフは「長蛇の列」を見て、違うことを考えるはずです。「長蛇の列」は店舗内の何らかの問題が引き起こした結果であると解釈し、原因を探ろうとするはずです。長蛇の列が生まれる要因を観察するために、店舗内のプロセス全体に目を向けていくでしょう。

たとえば、サービス提供の仕方が通常時と同様であり、顧客の増加に適応できるように効率化されていないことを問題視するかもしれません。あるいは、顧客数が平日に比べて数倍に増加しているにも関わらず、接客や調理を担当する人員が増員していないことを問題視し、他店舗からの増員ができないかを検討する人もいるでしょう。

コンセプチュアル・スキルの高い人は、目の前の状況に意識をとらわれずに、より広い視野・高い視座から状況を眺めて、より本質的な対策を検討することができます。【図2】

【図2】コンセプチュアル・スキルの差によって生まれる解釈・思考の違い

コンセプチュアル・スキルを高める3つのポイント

コンセプチュアル・スキルを高めるためには、ポイントが3つあります。

「分不相応」な育成スタイルの重要性

まず1つ目として、上司のマインドセットです。上司が部下を育成する場合、基本的には職掌や階層別に「あるべき姿」や「モデル」を想定し、育成計画を進めていきます。若手社員ならば、若手として一人前になるように育てようとします。主任クラスならば、主任らしく振る舞えるように、といった具合です。

しかし、このスタンスで部下と接していては、部下は求められる以上の視点や思考を獲得することはできません。部下は求められる役割に最適化するように成長をしていくためです(※2)。

たとえば、先ほどのカフェの事例であれば、スタッフに「接客ができるように」育てようとすれば、スタッフは「接客」という役割に見合った視野や思考を修得していきます。お客さんが待機列をつくっていた際は、接客スタッフとして対応を検討し、お客様の気持ちに配慮した振る舞いをするようになっていくでしょう。与えられた役割に最適化させるという意味では、妥当な育成アプローチと言えますが、このアプローチでは部下のコンセプチュアル・スキルは十分に伸ばすことは難しいかもしれません。上司が部下に期待している役割が、間接的に部下の視野の広がりを制限してしまうためです。

考える部下を育てていくためには、部下にちょっと“背伸び”をさせることが求められます。若手社員であったとしても「チームリーダーの目線」を意識させ、チーム内のメンバーの状況などを意識させる。あるいは「マネージャーの目線」を説明し、どのような判断で戦略や目標を検討しているのか理解させる。このようなスタンスです。

幅広い視野と深い思考を持った人材を育てようとするならば、ある意味で「分不相応」な育成スタイルをとることが求められます。早いうちから、部下に広い世界を見せようとする上司の育成スタンスが大変重要です。

「見える」ようになるためにはインプットが不可欠

育成ポイントの2つ目は「インプットを促すこと」です。経験や知識、情報などをより多く持っていることで、部下は問題を適切に捉え、対処法を考えることができます(※3)。反対にインプット量が少なければ、何も捉えることができないでしょう。

たとえば、料理が分かりやすい例です。料理に関する知識が多いほど、何かを食べたときにその料理が「なぜおいしいのか?」「何が足らないのか?」などを適切に判断することができます。よくテレビ番組などで、プロの料理人が「オーブンの予熱の温度が……」といった非常に細かい指摘をしていることがあります。これは、どれくらいの温度で調理すると、料理にどのような変化が起こるのかに関する知識を持っているからこそできるコメントです。これまで料理をしてきた経験や学んだ情報が解釈や思考を促して、料理に対する「解像度」が極めて高くなっていることが分かります。【図2】

【図2】プロの料理人の思考・解釈プロセスイメージ
【図2】プロの料理人の思考・解釈プロセスイメージ

反対に料理をしたことがない人は、料理を食べたときに何か物足らなさを感じたとしても、それが何かを明瞭に「見る」ことはできません。「何かが足りない気がする」といったような漠然としたコメントになるでしょう。インプットは思考をするための”燃料”のようなものです。より良く考えるためには、一定の経験や知識の量が不可欠です。

では、本を読めばいいのか?と言うと、それだけでは充分ではありません。分からないことを調べるために書籍に触れることも大切なことですが、さらに重要なことはより多くの経験を促すことです。先述のプロの料理人も、さまざまな実践と試行錯誤のなかで自分なりの知識を修得してきたからこそ、状況をより詳細に分析できるようになったのでしょう。決まったメニューを、決められたレシピの通りにつくり続けていたならば、あのような鋭い指摘はできなかったはずです。

自分の役割に限らず、幅広い経験を促すことが重要です。たとえば、営業職の部下に対して、顧客のことを理解させる必要があるならば、顧客のサービスを実際に使用させるのも良いでしょう。扱う商品の価値をより精緻に学ばせたいならばマーケティング部署の人やユーザーサポートの部署の人と協働する機会を設けるのも効果的です。

既存のタスクにとらわれずに、敢えて多様な経験を培う機会を用意してあげることが求められます。業務を遂行するために必要な要素ばかりを高めていては、コンセプチュアル・スキルは高めることができません。パフォーマンスや業績を高める情報と、思考や学習を促す情報は異なるものも多いためです。ある意味で「無駄」だと思える情報についても触れる機会をつくってあげることが求められます。

アウトプットによって思考を促す

育成上のポイントの3つ目は「アウトプットを促すこと」です。自分の業務プロセスを、説明したり、問題点をホワイトボードや模造紙に書いて説明したり、PCでスライドにまとめたり、とにかく言語やイメージとして表出させることが重要です。

アウトプットは、私たちの思考を深めるうえで大変重要な役割を果たします。アウトプットすることで、思考が整理されたり、自分に何が不足しているのかを捉えたりすることができるようになります。たとえば、プレゼンテーションの資料を作成しているときに、自分が作成した資料によってさらに思考が進み、作成前には考えつかなかったアイデアが生まれてくるという経験がある人もいるのではないでしょうか。

また人と話しているときに、自分で状況を説明しながら思考が整理されていく感覚を味わったことがある人もいると思います。このようにアウトプットされた情報は、思考の「素材」となって、より整理に状況を整理したり、考えを深めるための手がかりとなります。

模造紙や付箋などを使用して業務プロセスを整理させるなどの取り組みも有用ですが、上司として日常的に実践できるのが部下に“解説”を求めることです。起承転結のように時系列を報告させるだけではなく、その当時の判断や思考を振り返り、なぜそのように仕事を進めたのかを丁寧に説明してもらうようにします。

問いかける際のポイントは、前提を振り返らせるような「そもそも」を問う質問をすることです。たとえばこのような問いかけです。

  • そもそも、この仕事の成功とは何か?
  • そもそも、顧客はどのようなニーズを持っているのだろうか?
  • そもそも、どうしてそのタスクをやる必要があるのか?どのような意味や効果があるのか?

ビジネスのなかでは「目標達成」や「タスク完了」を求められることが多く、仕事の意味や価値を問い直すような機会が少ないため、部下は最初の方はうまく説明することはできないかもしれません。それでも、ホワイトボードで業務プロセスを整理させたり、顧客のニーズを列挙させたりしながら、部下に根気強く言語化を促していきましょう。

うまく答えさせようとするよりも、仕事を俯瞰させ、考えさせ、言語化を促すことが大事です。もし言語化ができず、うまく考えを整理できていないようであれば、今度は改めてインプットを促すようにしましょう。顧客にインタビューをさせることや、業務プロセスのポイントを理解するために先輩社員にレクチャーを受けさせるなど、思考の糧となるインプットを強化していくことが求められます。

「もっと考えて」だけでは、育たない

本コラムでは、しっかり考える力を養うためのポイントを提示して参りました。これらを通して、言えることは考える力を伸ばすためにはポイントがあるということです。

大切なのは、部下がより深く考えるためには何が不足しているのかを見極めて思考を支援してあげることです。そもそも考える「素材」となる情報や知識・経験が不足しているならば、インプットを強化すべきです。インプットが十分なのにうまく整理できていないならば、アウトプットの場を設け、彼らの頭のなかの「見える化」を手伝ってあげる必要があります。「もっと考えて」を繰り返すのではなく、「考えるために、必要か?」を一緒に検討する姿勢が求められます。

またコンセプチュアル・スキルは修得するためには多くの時間がかかるものです。本来であれば、多様な部署や職種を複数経験しながら何年も時間をかけて培っていくべきものです。部下の視野が思うように拡がらないことや、言語化が進まないこともあるでしょう。それでも根気強くインプットとアウトプットの反復を習慣的に実践し、焦らず少しずつ考える力を養っていくことが大切です。


<参考文献>
※1:Katz, R. L. (2009). Skills of an effective administrator. Harvard Business Review Press.
※2: Kirton, M. J. (2004). Adaption-innovation: In the context of diversity and change. Routledge.
※3:Novak, J. D. (2010). Learning, creating, and using knowledge: Concept maps as facilitative tools in schools and corporations. Routledge.

神谷俊

著者紹介
神谷俊(かみや しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表

企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。

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