キャリア継続の障壁 更年期の壁
—日本女子大学 人間社会学部 周燕飛氏
NHKが2021年に行った調査(※1)によれば、40~59歳層女性の約4割は、閉経前後に体力の低下や精神的落ち込み、ホットフラッシュ、睡眠障害などの更年期症状を経験している。そのうち、7人に1人は、更年期症状が原因で、「仕事をやめた」「労働時間が減った」「管理職昇進を辞退せざるをえなかった」「正社員から非正社員になった」といった「雇用の劣化」が起きたことを認めている。
40~50代と言えば、キャリアラダーの中でも特に重要な時期である。その年齢層の男女は、職場でも中堅もしくはベテランに分類されることが多い。また、管理職もこの年齢層に集中している。更年期症状によって雇用の劣化が起きれば、労働者本人にとってはもちろんのこと、勤め先にとっても大きな痛手となる。
そこで今回(第3回)のコラムではNHK調査の結果をもとに、本コラム連載の第1回(キャリア継続の障壁 第1子出産の壁)と第2回(キャリア継続の障壁 小1の壁)に続き、キャリア継続の最後の関門である「更年期の壁」について考察する。
目次
2020~2025年前後は更年期就業人口のピーク
更年期年齢(40-59歳)にあたる女性の総人口は、2020年時点で1,725万人である。その数は、ピーク時の1995年より108万人少ないものの、就業人口に限ってみると、過去最多となっている【図1】。その背景として、中高年女性の就業率上昇や団塊ジュニア世代(1971~1974年生まれ)の更年期入りが挙げられる。
更年期女性の就業率が、2020年時点で77.6%に達し、1970年に比べて19ポイントも上昇している。加えて、人口数の多い団塊ジュニア世代が完全に更年期に突入したことで、更年期人口の総数は2020~2025年前後に小さなピークを迎えている。
その結果、更年期女性が働く女性に占める割合も、1970年の34.9%から2020年の44.8%へ急上昇している。日本社会は、働く女性の2人に1人が更年期という未曾有の事態を迎えている。
更年期症状の高い発生頻度と早期化現象
個人差はあるものの、更年期症状はかなりの頻度で起きている。NHK調査によれば、40-59歳女性の約4割は、現在または過去に「更年期特有の症状を経験あり」と回答している。
そのうち、「現在、更年期症状を経験している」との回答がもっとも多い、いわゆる発症のピーク期は、「50-54歳」(45.3%)と「45-49歳」(32.8%)であるが、「40-44歳」(13.9%)の早期発症も決して珍しいものではない【図2】。
更年期症状の発症が女性の離職につながりやすい
発症の有無別に女性の有業率を比較すると、「発症なし」のグループに比べて、「発症あり」のグループは就業率が5ポイント低い。また、有業者に占める正社員比率についても、両グループの間に3ポイントの差が存在する。更年期症状の発生は、女性の就労に明らかな影響を及ぼしていることが分かる。【図3】
そして、“受診推奨レベル”(※2)に達する更年期症状の経験者についてさらに詳しく調べたところ、更年期症状が原因で、6人に1人(15.3%)が「仕事を辞めた」「労働時間・業務量減」「降格・昇進辞退」「非正規化等」といった雇用の劣化に遭ったことが分かった。種類別で見ると、「仕事をやめた(更年期離職)」(9.4%)を挙げる者がもっとも多くなっている。【図4】
更年期離職が起きやすい職場の3大特徴
更年期症状が原因で離職した女性は、「人手不足」「対人ストレスが大きい」「求められる責任や役割が大きい」といった職場環境に置かれていることが多い。また、これらの職場特徴を挙げる者の割合は正社員がとりわけ高く、離職に至るまでの臨界点は、正規が非正規よりも高いことが分かる。【図5】
「人手不足」は、体調が悪い時でも休みを取りにくいことを意味し、身体面から発症者を追い詰めることになる。一方、「対人ストレスが大きい」や「求められる責任や役割が大きい」は、当事者による主観的な受け止め方であるが、発症者の精神的余裕を奪うことになる。更年期離職を防ぐには、この3つの障壁を無くすことから対策を検討すべきである。
1年間の経済損失は、企業と個人が合わせて約4,200億円
更年期離職は、個人、企業、社会のいずれにとっても大きな経済的損失を意味する。個人にとって、更年期離職は莫大な所得損失とキャリアの断絶をもたらす。企業には、離職者への訓練投資が無駄になるのに加え、新人の募集費用と訓練費用が重なることで収益減となる。社会全体としては、活用されない労働力が生まれたことでGDPが本来あるべき水準よりも低くなる。
実際、NHK調査に基づく筆者の試算によれば、過去3年間において40代、50代女性の更年期離職者数は46万人にも上る。それによる1年間の経済損失は、企業と個人が合わせて4,196億円(うち、2,400億円は労働者の所得損失)にも及んでいる(※3)。
「更年期の壁」を打ち破る鍵は「時間と金銭と情報」の支援
さて、更年期症状の発症により、離職せざるをえない女性が多いという状況、いわゆる「更年期の壁」現象を如何に克服すれば良いのか。NHK調査では直接、更年期症状を経験した女性に要望をたずねたところ、
- 時間面の支援(有給休暇や生理休暇を使いやすい職場環境の整備44%、更年期症状で休んでも不利益な取り扱いを受けない支援38%)
- 金銭面の支援(更年期症状で休んだ時の収入保証42%、治療にあたっての経済的支援34%)
- 情報面の支援(職場の誰もが更年期症状や対処法について理解できる研修38%)
に、要望が集中していることが分かった。
また、前述の通り、職場環境の3大障壁を取り除くことも大切である。気軽に休みを取れるよう、人手不足の対策を講じることや責任の重い職務から当事者を一時的に外すこと、研修等を通じて上司と同僚の更年期症状に対する理解を高め、当事者の対人ストレスを軽減させることも有効な対策として考えられる。
支援を積極的に取り組む企業にインセンティブを与えよう
もっとも、上記のいずれの支援措置もコストのかかるものである。企業の自主性に任せるだけでは取り組みがなかなか進まない。更年期支援を含め、従業員の健康保持・増進を積極的に投資する企業を増やすためには、インセンティブ制度の導入が必要不可欠である。
一例として、経産省と東京証券取引所が2015年に始めた表彰制度が挙げられる。女性特有の健康課題への取り組みなど11項目で評価し、「健康経営銘柄」に選ばれた企業には公共工事への入札時の加点や、融資優遇・保証料の減額や免除といったインセンティブが付与される制度で、その注目度が近年急速に上がっている。今後、このようなインセンティブ制度がもっと増えることを期待したい。
シリーズを通して…(あとがき)
「キャリア継続の障壁」と題する連載は、これで終わりになる。女性の職業キャリアは、マラソンのような長期的なプロセスであり、その歩み方は十人十色と言える。それでも、「第1子出産前後」「子供の小学校進学時」「更年期症状発症時」という3つのタイミングがとりわけ重要と考える。
この3つの関門をうまく潜り抜けるかどうかは、キャリアの最高到達点を決めているといっても過言ではない。本連載は、これからキャリアを始める女性やキャリアを継続すべきかどうか悩んでいる女性、そして、キャリアの復帰を考えている女性に少しでもヒントとなれれば幸いである。
<参考資料>
※1:NHK「更年期と仕事に関する調査2021」は、スクリーニング調査で40-59歳男女45,262人(うち、女性26,462人)に更年期症状の経験有無等を調べた上、5,334人(うち、女性4,296人)を抽出して本調査を行った。本調査では、「現在または過去3年以内に更年期症状を自覚しており」「更年期症状の診断スコアが“受診推奨レベル” 」「発症当時に有業である」という3条件をすべて満たす者を選び、その雇用状況について詳しく調べている。
※2:10項目のSMI スコア(簡略更年期指数)で51点以上(満点100点)の場合が、“受診推奨レベル”と見なされる。詳細は、厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査」(2022年)を参照されたい。
※3:周燕飛(2021)「働く女性の更年期離職」(JILPTリサーチアイ第70回)。
著者紹介
周燕飛(しゅう えんび)
国立社会保障・人口問題研究所客員研究員、(独)労働政策研究・研修機構主任研究員などを経て、2021年より日本女子大学人間社会学部教授。大阪大学国際公共政策博士。労働経済学、社会保障論専攻。著書に『母子世帯のワークライフと経済的自立』(JILPT研究双書)、『貧困専業主婦』(新潮社)など。2021~22年度社会保障審議会児童部会臨時委員。