マイナビ キャリアリサーチLab

キャリア自律の現状と課題を考える
—個人と企業が乗り越えるべき課題とは?

矢部栞
著者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE
企業とつくる個人のキャリア

「企業とつくる個人のキャリア」をテーマに、4回にわたってお届けしてきた本シリーズ

第5回となる最終回は、法政大学キャリアデザイン学部の坂爪洋美教授と、「グッドキャリア企業アワード2020」にて大賞を受賞された万協製薬株式会社の松浦信男社長の対談をお届け。企業経営におけるキャリア形成支援の現状と課題、そしてこれからの“キャリア自律”について語っていただいた。

(写真左)万協製薬株式会社 松浦信男社長
(写真右)法政大学キャリアデザイン学部 坂爪洋美教授
(写真左)万協製薬株式会社 松浦信男社長
(写真右)法政大学キャリアデザイン学部 坂爪洋美教授

自律的なキャリア形成支援に向けた多彩な取り組み

坂爪:グッドキャリア企業アワード2022」の表彰式では、松浦さんに基調講演をしていただきました。今年は5社が大賞を、11社がイノベーション賞を受賞されましたが、どのような印象をお持ちになりましたでしょうか?

松浦:中小企業から大企業まで、企業規模に関係なく受賞されていることが印象深かったです。各企業さまの取り組み内容も非常に充実していて、イノベーション賞を受賞されたケースでも、大賞でもいいのではないか?と思えるほどでした。受賞された企業の取り組みもバラエティに富んでいました。

こういった賞を通じて企業の良い取り組みを紹介していただけると、その取り組みをまねることもできるのがうれしいですね。

坂爪:キャリア形成支援は、企業ごとにいろいろな取り組みがあっていいはずで、一つの正解があるわけではないんですよね。審査委員の一人として参加させていただいていますが、毎回、取り組み内容の多彩さが印象に残ります。

今年の傾向としては、従業員の成長を促すよう環境を整備する取り組みが多かったように思います。また、人事システム全体として考える事例が増えているようです。いずれにしても、前年よりさらに踏み込んで充実した取り組みが多かったように思います。

キャリア自律に対する理解促進の難しさ

坂爪:万協製薬さまが「グッドキャリア企業アワード」大賞を受賞されたのは2020年でした。賞を取ることで何かプラスの効果はありましたか?

松浦:当社が受賞したのは、コロナ禍が拡大し始めた年で授賞式もないほどでした。せっかく大賞をいただいたのに、パンデミックの影響が強すぎて、効果を実感する余裕もなかったというのが正直なところです。

会社側としては、従業員のことを思ってさまざまな取り組みを進めたものの、従業員のホンネとしては、「ボーナスをアップしてほしい」とか、「残業を増やしてほしい」という切実な思いが強かったと思います。

坂爪:本来であれば、自分たちの取り組みが外部から評価されることに手応えを感じるケースは多いと思うのですが、コロナ禍でそれどころではなかったという感じですね。

松浦:当社では、組織活性化の取り組みの一つとして「プチコミファミリー制度」を設け、別の部署に所属する数名で「小家族」を作り、会社からの助成金を利用して食事会をしたり、社員旅行に行ったりしています。この制度のおかげで離職率も減少し、大きな手ごたえを感じているのですが、「キャリア形成」となると、あまり社員の反応はよくありません。

当社の場合は、全社員の3分の1くらいがZ世代で、「キャリア形成=勉強させられる」と感じてしまう社員が少なくないようです。向上心を持って学ぼうとする社員と、「今の仕事でも覚えることがたくさんあるのに、さらに勉強するなんて余計なお世話だ」と思って前向きになれない社員と、二極化しているように感じます。即物主義というか、自分の成長に投資しようと考える若者が少なくなっているように感じます。

坂爪:そうすると、若手社員をマネージメントする管理職の役割も重要になってきますね?

松浦:当社は、月2回、全部署の課長以上が集まって会議を実施しているので、意識醸成はやりやすいのですが、係長以下の階層に会社の経営方針を浸透させるのは簡単ではありません。

会社が進めようとしているキャリア自律の取り組みが自分とどう関わりがあるのか、簡単には理解してもらえない印象です。若い世代の社員が消化不良を起こさないように、ていねいに説明していく必要を感じています。

坂爪:今の若者は自分が成長しているか、どう成長しているのかについて、非常に関心が高い傾向にあります。しかし、自分が成長しているかどうかは自分ではわかりません。だから、なぜこの仕事をするのか、この仕事ができるようになったら自分のキャリアはどう広がっていくのか、その可能性をていねいに示してあげる必要がありますね

松浦:前年までは月1回は全社員を集めて私が話をする機会などもあったのですが、負担に感じる社員もいて、それは取りやめになりました。今は、毎日ブログを書いて、社員向けに情報発信しています。もちろん、全部を読んでもらえるわけではありませんが、会社のことを少しでもわかってもらえるきっかけになればいいなと思っています。いずれにせよ、若い世代が学ぶことに熱心でないのであれば、どのようにアプローチしていくかを考えていくべきですね。

若い世代に合わせた制度改革の重要性

松浦:コロナ禍がようやく収束し始めたことで、本業によって学べるキャリアというのが、実は今、増えているんじゃないかと思うんです。キャリア自律を学問的な領域で考えるだけではなく、日々の業務の中で従業員の成長を促進していく、本業によるキャリア形成を実践するようにすれば、 会社全体の方向性もまとまりを持てるのではないかと考えています。

坂爪:企業側にとって、従業員のキャリア自律を促進することは、社員の能力を高め、仕事に対する前向きな意識醸成につながりますが、逆にリスクもあります。従業員が自らのキャリア開発に自発的に取り組み始めることで、自分の考えや思いを会社側に率直に表現し、それが叶わないなら退職も選択肢の1つと考えるようになってくるからです。

キャリア自律が進んだ結果、会社側と従業員の間での意見の衝突、コンフリクト(対立)が生じることはあります。そのやりとりに対応しつつ、会社は目指すべき大きな方向をぶらさずに、かつ同時に柔軟に取り組みを進めること、従業員に説明し続けることが重要になってくると思います。

松浦:これからはZ世代の若者が社会の中心になっていくわけですから、その人たちを無理矢理に私たちの世代のルールに合わせるのでなくて、彼らが生きていける会社にトランスフォーメーションすべきではないかと思います。これは日本社会全体がそうあるべきではないでしょうか。

坂爪:昨今のマネージメントの考え方には、部下を「支援」という概念が含まれるようになってきています。これから会社の中核を担う人たちが活躍できるように、会社も考え方や仕組みを変えていくというスタイルが最近のトレンドなんだと思います。もちろん、それには抵抗を感じる人もいますし、求められるスタイルの変化にうまく対応できない管理職の方もいるでしょう。

「グッドキャリア企業アワード2022」でイノベーション賞を受賞したNTTコミュニケーションズさんは、現場マネージャー向けに非常に中身の濃いマニュアルを作成されていましたが、管理職の方が部下のマネージメントをする際に大いに役立っているのではないでしょうか。

自分なりのキャリアを歩むための地図が不可欠

松浦:今、さまざまな企業が従業員のキャリア自律の支援に取り組んでいますが、それに適応しきれない人も少なくないという点は忘れてはならないと思います。キャリア自律というのは、アメリカで生まれた概念だと聞きますが、労働基準法が欧米と日本では異なるので、キャリア自律を日本企業で強引に広めようとすると、社会の分断を生むことにつながるし、結果的にキャリア形成を阻むことになっていくのではないかと危惧しています。


坂爪:キャリア自律に対応できる人ばかりでないことを忘れてはいけませんね。キャリア自律は今後のキャリア形成の大きな流れであることには違いありませんが、全員がその考え方に当てはまるとは限りません。キャリア自律に対応しきれない人を、「だからダメなんだ」と切り捨てるのではなく、キャリア自律という文脈の中でどう考えていくのかが問われます。

キャリア自律では、自分のキャリアに責任を持って選択していくことが求められますが、その土台にあるのは今の仕事をよりよくできる、できることを増やしていくというスタンスだと考えています。ですので、自分のキャリアに責任をもった選択という言葉が重すぎるという方にとってのキャリア自律とは、日々の仕事に真摯に取り組み、少しずつ自分ができることを積み上げていくという感覚をもてるようになることではないかと考えています。

キャリア自律という言葉は一歩間違うと、未来のキャリアを過度に重視しすぎることで、今の仕事への取り組み方を軽視することにつながりかねないと感じています。その意味でも、今の仕事ぶりがキャリア自律につながるという部分の大切さをもっと積極的に伝えることが必要ではないでしょうか。

松浦:一つの会社で生涯働き続けるという時代は遠からず終わるでしょう。転職が当たり前になるわけで、そのことを会社側も前向きにとらえるべきでしょう。履歴書には自分が積み上げてきたキャリアを表現することが求められます。そのためには、自分なりの地図を持って自分の職業人生を歩んでいく意識を持つ必要あります。

旅をするときに地図が必要なように、人生でもキャリア形成にも地図は不可欠です。個人個人がそういった意識を持つべきだし、会社側も従業員に啓蒙すべきです。

坂爪:人生100年時代といわれ、長く働くことが求められる時代になりました。働き方にも多くのバリエーションが生まれており、自分の職業人生をどうしたいかについて考える土台が増えてきています。その中で個々人は、自分のキャリアや生き方をしっかり選んでいくことが重要です。

また、そういった意識を持つように企業側も従業員に対してしっかりとメッセージを出していくことが大事なんだと思います。キャリア自律が一種のブームだから、と取り組み始める会社もあるかもしれません。取り組みを始めるきっかけはそれでもよいでしょうが、ブームだから」だけでは続けられないでしょう。キャリア自律を通じて、「うちの会社は何を目指すか」をきちんと決める必要があります

「こういうキャリアを歩んでほしいと考えている」とか、「こういう職場をつくりたいと思っている」といった会社側の考えや思いを、人事制度や仕組みを通じて従業員に伝え、キャリア自律を促していくことが重要ですね。

編集後記:キャリアリサーチLab編集部 矢部 栞
全5回にわたり連載してきた「企業とつくる個人のキャリア」シリーズ最終回。従業員のキャリア自律に取り組む企業へのインタビューを中心にお届けしてきましたが、今回の対談ではキャリア自律が進むことで起きる課題についても語っていただきました。

坂爪先生のお言葉にあるように、従業員のキャリア自律の先に何を目指すのかを会社がしっかりと考え、提示していくことが大事ということが分かりました。従業員の理解と納得を得て、個人が「やらされてる感」がなく自主的に学べる環境をつくることが大切だと思いました。

今後、従業員のキャリア自律に向けてさらに中身の濃い、そして幅広い取り組みが実施されることを期待して、本シリーズは連載終了とさせていただきます。


■プロフィール

坂爪 洋美・松浦 信男

坂爪 洋美(さかづめ・ひろみ)写真左
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
慶應大学文学部卒業後、(株)リクルート人材センター(現:リクルート・キャリア)での勤務を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科にて2003年博士(経営学)を取得。和光大学を経て、2015年4月より現職。専門は組織行動論。主たる研究テーマは、多様化した働き方の下での管理職のマネジメントのあり方。近著に「管理職の役割」(中央経済社、共著)。

松浦 信男(まつうら・のぶお)写真右
万協製薬株式会社 代表取締役社長
徳島文理大学薬学部、三重大学医学部大学院博士課程卒業。1982年に万協製薬株式会社に入社し、1996年に代表取締役社長就任。多気町工業会、多気町商工会、多気町観光協会、松阪法人会多気支部、三重県薬事工業会の会長を務める。合気道、フィギュア収集、バンド活動など、多彩な趣味を持つ。著書に「人に必要とされる会社をつくる」(日本能率協会マネジメントセンター)。

坂爪洋美
登場人物
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
HIROMI SAKADUME

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