「売り手市場」だからといって決して楽なわけではない!24年卒学生の就職活動を振り返る。
「新卒採用市場」と聞くと、どのようなイメージがあるだろうか。
- 労働人口、とりわけ若者の労働者数が減少傾向にあるため、人材獲得競争が厳しくなっている 。
- コロナの5類移行をうけ受け、回復傾向にある景気動向を受け、採用ニーズがより高まっている。
など、どちらかというと学生にとって「売り手市場」のイメージが強いかもしれない。
実際、24年卒の新卒採用においては、多くの企業が他社よりも早く学生に出会って、選考を行いたいという思いから、広報活動開始時期である3月から採用選考を開始し、内々定出しについては4月が開始のピークとなっている。【図1】
こうした企業の動きを受けて、学生の内々定率は特に3~5月は前年を上回って推移してきた。【図2】
また、6月時点で複数の内々定を持つ人の割合が6割弱となっている。【図3】
このように客観的な指標だけを見ると、いずれも学生の売り手市場を示す内容になっている。しかし、必ずしも就職活動生が「楽」であるか、というとそういうわけでもない。本コラムでは24年卒の就職活動で見えてきた以下の特徴を踏まえて振り返りつつ、そこから見えてきた課題を明らかにしていきたい。
- 若者人口の減少を背景とした「売り手市場」
- 「配属ガチャ」への不安感
- ワーク・ライフ・バランス志向の高まり
若者人口の減少を背景とした「売り手市場」
かつて「空前の売り手市場」と言われたバブル世代のように「景気が良く、事業が拡大するから人材が必要」という話であれば、想像しやすいかもしれないが、現状はそうでないことは感覚的にも理解できるだろう。
現在の「売り手市場」の背景には、特に「若い世代の人口が減少すること」への危機感がある。好景気のように今後の拡大を見越して採用する、という以上に「人が足りないので人材が必要」という状況だと言える。
さらにいうと、人口減少による労働力不足については以前からその危機感が共有されてきたため、企業側も機械化やDX化を通じて、生産性向上のための努力を続けている。そのため、採用する企業側は「なにがなんでも人数をそろえたい(量)」というよりは、「良い人材を採用したい(質)」というこだわりも強い。
そのため、その基準は消して“緩い”わけではない。人材不足ではあるが、同時に厳選採用であるのだ。【図4】
「配属ガチャ」への不安感
以前から少しずつ広がっている考え方ではあるが、就職活動生のなかで新卒採用においても「配属先」を自分で決めたいというニーズが高まっている。
24年卒学生に配属先(勤務地、職種)に対する考え方を聞いたところ「勤務地・職種ともに自分で適性を判断して、選びたい」が最多で半数を超えている。【図5】
人材が必要なポスト(配属先)ごとに採用を行う中途採用とは異なり、新卒採用は会社単位で、かつ年間計画で実施されるため配属先を限定しないで行うことが一般的な採用手法である。特に日本企業の多くがジョブ型雇用ではなくメンバーシップ雇用を実施しており、総合職採用が主流であることも、「配属先は入社してから会社が決めるもの」という認識が持たれやすい原因と言えるだろう。
配属先には大きく分けると「職種」と「勤務地」の2軸があるが、「職種」に関していうと、日本企業においてもジョブ型雇用導入の必要性が叫ばれるようになった影響が考えられる。
新卒採用の枠組みに限らずにみると 、完全なジョブ型雇用でなくとも、ある程度、従業員の希望を聞く形で配属先を決めたり、職務内容を限定して働くことのできる職種別コースを設定したりする企業も増えてきている。
こうした意識の変化が、新卒採用にも影響を及ぼしており、「就社から就職へ」といった言葉が聞かれるようになった。24年卒の採用活動においては、「一部対応」も含めると、6割以上が「職種別コース」を設定しており、「建設」「ソフトウエア・通信」といった技術職採用がある業界ではさらにその割合は高い。【図6】
こうした変化の背景には「終身雇用の終焉」があると思われる。大学卒の新入社員については「3年3割(で離職する)」などと言われているが、確かに、その傾向は続いている。【図7】
誤解をされたくないのだが、学生は別に「3年で転職しよう」と最初から思っているわけではない。どちらかというと、苦労して就職活動を行い、就職先を決めるので、できるだけ長く働きたいとすら思っている。しかし、「定年まで働くこと」がすでにリアルに想像できなくなっているという状況のようだ。【図8】
そんななか、学生が思うのは「いずれ転職するのであれば、なるべく早く働き手としての価値を上げておきたい」「早く成長したい」ということだ。
そのため、会社という組織に所属することだけではなく、どのような仕事を行い、どのようなスキル・能力が身に着くのか、を重視するようになったと考えられる。
次に「勤務地」の側面だが、こちらには「共働き志向」の高まりやワーク・ライフ・バランス意識が背景にあると考えられる。すでに、専業主婦世帯数を共働き世帯数が上回るようになってから久しいが、実は就活生が男女ともに共働きを志向するようになったのはここ数年のことである。【図9】
正確にいうと、女子学生は以前から共働き志向は高かったのだが、男子学生も同様にその傾向がみられるようになり、その差が縮まったのがここ数年の変化となっている。共働き志向と同様に、男子学生の志向が高まり、女子学生との差が縮まったものとして「育児休暇をとって積極的に子育てしたい」がある。 【図10】
あくまで推測だが、原因としては、「男性育休」の浸透が大きいのではないかと考えられる。
ワーク・ライフ・バランス志向の高まり
『「配属ガチャ」への不安』とも重なる部分があるが、多くの学生は性別問わず、仕事のことだけでなく、「ライフ」の部分も念頭に置きながら就職先を選ぶ傾向がみられる。昨今、よく聞かれるようになった「福利厚生への関心の高さ」がそれを表していると言えるだろう。
配属先(勤務地や職種)への関心が高くなっていることについては先述したとおりだが、それ以上か同程度に福利厚生に関心を持つ学生が全体で7割近くになっている。【図11】
またその内容としては「休暇制度」「諸手当」などが上位となり7割以上となっている。【図12】
このように、ワーク・ライフ・バランスを実現できるような制度を求めていることがわかる。一方で、「自己啓発(資格取得の補助)」も42.6%となっており、消して「休み」のみを重視しているわけではない点にも注意が必要だ。
先ほど、終身雇用の終焉により、自身の働き手としての価値を向上させようとする学生の志向について説明したが、入社した企業を“安住の地”だと思わずに、入社当初から「リスキリング志向を持っている」とも言えるだろう。
「業界研究」「仕事研究」「企業研究」だけでは決められない企業選びの軸
ここまで24年卒の就職活動を振り返り、特徴的だと思われることを示してきたが、どのような印象を持っただろうか。なかには「就職先を決める時に、そんなに先のことまで考えているのか」と驚かれた方もいるかもしれない。
そうなのだ。就職先を選択する際に、「ワーク」のことだけでなく「ライフ」のことを念頭に置きながらさまざまな選択をしているということが、少し前の“就活生”と比べて異なる点である。
小見出しとして「業界研究」「仕事研究」「企業研究」だけでは決められない、と書いたが、それに加えて「自己分析」やライフも含めた「キャリアデザイン」の志向が必要になっていると言える。
本コラムの冒頭で、今の就活生は「売り手市場だからと言って楽というわけではない」という話をしたが、このように多くの要素を同時に、かつ、先を見通しながら決定していくプロセスが非常に困難であることは想像に難くない。
職務経験を持たない学生にとって、より職務経験が豊富な企業側に適性を見て、決めてもらえた方がある意味で“楽である”という側面もあったかもしれないが、先の見えない不確実な時代であり、かつ多様な生き方が肯定される時代だからこそ、「自分なりのプラン」を持ち、さまざまな選択をしていく必要があるのだ。
さいごに
2023年10月になれば、24年卒学生の「内定」の時期がやってくる。もちろん、今も就職活動を続けている方もいるが、自分なりの選択を行い、1社に決めて、内定式などに参加される方もいるだろう。
“内定ブルー”という言葉もあるが、これからまた自分の選択が正しかったのだろうか…などと悩むこともあるかもしれない。そんな時は、きわめて難しい決断を自分はしたのだ、ということに自信を持っていただき、そのように“モヤモヤ”してしまうのはあたり前のことだと思ってほしい。
また、これまでしっかり時間をかけて決めてきたのだからこそ、最終的には「やってみないとわからない」と良い意味で開き直ることも一つの考え方かもしれない。
本コラムでは24年卒の就職活動を振り返ってきたが、これらの話は24年卒に限定されることではないだろう。今後も若者の人口減少は続き、さらに人材不足感が高まり、また、ワークとライフの調和を図るような考え方が浸透してくると思われる。
すでに25年卒のインターンシップ・仕事体験への参加が始まっているが、同様の観点に注目しつつ、25年卒採用についてもその状況を調査・分析をしていきたい。
マイナビキャリアリサーチラボ 主任研究員 東郷 こずえ