上司と新入社員の視点から探る伸びる新人のフィードバックの生かし方—九州大学ビジネス・スクール講師 碇邦生氏
目次
フィードバックを成長に生かせる新人と難しい新人
新入社員にとって、上司や先輩からのフィードバックは、成長に欠かせない重要な指針だ。特に大卒の場合には入社後の最初の数年間は、社会人としての基礎を築く大切な時期であり、職場環境や仕事の進め方に慣れる中で受けるフィードバックは、業務能力の向上や自己理解の深化に大きく寄与する。しかし、このようなフィードバックが実際にどのように新入社員の成長に役立てられているかについては、具体的な理解が十分には進んでいない。
特に、フィードバックに関する研究では、上司のフィードバックの方法に焦点があてられることが多く、フィードバックの受け手の視点が欠けていることが多い。フィードバックが成長にどう影響するのか、その受け止め方や活用の仕方について体系的に捉え、分析することは、企業が若手社員の成長を支援するための重要な手がかりとなる。
本調査では、入社3年以内の新入社員(新卒と中途ともに)を対象に、上司や先輩から受けたフィードバックがどのように彼らの成長に結びついたのかを明らかにすることを目的とした。定性と定量調査によって、新入社員がフィードバックをどのように受け入れて成長に生かしているのか、またフィードバックの受け入れ方が自己効力感やエンゲージメント、職務満足に及ぼす影響について検討している。
なお、本調査はマイナビキャリアリサーチLabとの共同研究として実施された。
フィードバックを受ける側の要因とフィードバックを与える側の要因
新入社員がどのようにフィードバックを成長に生かしているのか、その特徴を明らかにするために、2段階の調査と分析を実施した。第1段階ではフィードバックを受けた新人の態度と行動を明らかにするために定性調査を実施し、第2段階では定性調査の結果を受けて質問紙を作成し、定量調査を行った。質的・量的両面からのアプローチを取ることで、フィードバックが成長にどう貢献するのかについて、より包括的な理解を目指した。
第1段階の調査は、「成長が早いと感じた新入社員」と「成長が芳しくないと感じた新入社員」のフィードバックの場での態度とフィードバックを受けた後の行動の違いについて明らかにすることを目的とした。調査対象としてマイナビ社内の23名(管理職14名、先輩社員3名、新人6名)を対象にインタビューを実施した。
また、補足データとして管理職研修の資料と新卒募集の求人と先輩社員インタビューを用いた。異なる三者の立場から、同じ事象についてのヒアリングを行うことで、正確に事象を観察することを狙った。
受ける側の6つの要因と与える側の5つの要因
インタビューの結果、フィードバックを受ける側とフィードバックを与える側の要因でそれぞれ6つと5つのカテゴリが抽出された。それぞれのカテゴリと具体的な語りの例をまとめたものが表1だ。
フィードバックを受ける側の6つの要因と与える側の5つの要因
フィードバックの要因の再検討と精緻化
第2段階では、インタビュー調査の結果を基にして、質問紙を作成し、定量調査の結果から「フィードバックを受ける側の要因」と「フィードバックを与える側の要因」について構造の再検討と精緻化を行った。
質問紙では、それぞれのカテゴリに含まれるインタビューの語りを基にしながら、質問文を10項目ずつ作成した。それぞれの項目は、5件法(「まったくあてはまらない」~「よくあてはまる」)で回答された。
データ収集は、調査会社のインターネットパネル調査を利用し、3年以内に新人の教育経験を持つ初級・中級職300名(平均年齢 49.23歳、男性 271名、女性 29名)と、フィードバックを受ける機会の多い入社歴3年以内の新入社員300名(平均年齢 28.5歳、男性155名、女性145名)の計600名に質問を行った。
この中から、極端に回答の分散が少ない(すべてに「3」をつけているなど)などの明らかに異常な回答をしたものを除いた。その結果、分析に用いたデータは、管理職で271件(有効回答率 90.33%)、新入社員で232件(有効回答率 70.33%)となった。 分析手法としては、R4.3.1のPsychパッケージを用いて、因子分析(最尤法、プロマックス回転)で構造の特定と項目の選別を行っている。
因子分析分析の結果
因子分析の結果、管理職と新入社員で異なる構造が確認できた。管理職では、「フィードバックを受ける側の要因」は4因子構造、「フィードバックを与える側の要因」は3因子構造となった。一方、新入社員では、「フィードバックを受ける側の要因」は4因子構造、「フィードバックを与える側の要因」は2因子構造が導き出されている。
それぞれの因子構造と概念の説明をまとめたのが表2と表3だ。
管理職の回答から出された「フィードバックを受ける側」と「与える側」の要因
フィードバックを受ける側の要因
主体的学習行動 | 新人は、指摘された改善点を積極的に修正し、自分に合う方法を模索する。また、フィードバックを受ける前に質問を準備し、理解を深めるために積極的に質問するなど、改善に対して前向きに取り組んでいる。フィードバックの場でも受け身ではなく自ら発言し、成長に生かす姿勢が見られる。 |
挑戦的学習行動 | 新人は、フィードバックを受けた改善点をすぐに行動に移し、失敗を恐れずに挑戦する姿勢を示している。指摘されたことはまず試してみることで、自分の成長を促進し、たとえ失敗して怒られても再度挑戦するなど、行動力と挑戦心を持って取り組んでいる。 |
競争的学習行動 | 新人は同期に負けたくない、同期より早く昇進したいといった競争心を持ち、後輩に追い抜かれないように努力している。また、お金よりも自己成長に投資することを重視しており、競争を通じて自分の成長を促す姿勢が見られる。 |
受容的学習行動 | 新人は、フィードバックの指摘を自分自身への否定と捉えないようにし、指摘がアウトプットに対するものであると割り切っている。また、成果物と自己を切り離してフィードバックを受け、プライドを捨てて受け入れる姿勢を持っている。新人は冷静に指摘を受容し、改善につなげる態 度を示す。 |
フィードバックを与える側の要因
新たな視点の提供 | フィードバックを通じて、業務に対する新たな理解や広い視野を持つことが促され、成長の方向性が明確になる。また、見逃していた欠点に向き合い、自分の強みに気づくことを支援し、業務に対する新しい発見や視座の向上も促す。耳が痛いことでも率直に指摘することで、相手の成長につながる新しい視点を提供する。 |
パーソナライズ | フィードバックは相手の状況や特性に合わせて行われており、改善点の理由を丁寧に説明することで理解を深めてもらうようにしている。特にネガティブなフィードバックは個別の場で行い、成長した点についても積極的に褒めるなど、相手に応じた適切な対応を心がけている。 |
悩みに寄り添う | フィードバックの際、信頼関係を築いていることで、受け入れやすい環境を作っている。また、相手の悩みを一緒に整理したり、仕事の愚痴を聞いたり、課題を共に深掘りすることで、相手に寄り添いながら支援する姿勢を示す。 |
新入社員の回答から出された「フィードバックを受ける側」と「与える側」の要因
フィードバックを受ける側の要因
改善行動 | 新人は、フィードバックを受けた際、向いていない仕事や受け入れがたい指摘であっても、ありのまま受け入れ改善に取り組む。また、自己と成果物を切り離し、フィードバックをアウトプットへの指摘と割り切って受け止めることで、プライドを捨てて素直に改善に着手する姿勢を示している。指摘を基に自分のやり方を見直しつつ、自分に合った方法を模索し、改善を継続する意欲を持つ。 |
質問行動 | 新人は、フィードバック内容が十分に理解できるまで質問を繰り返し、指摘を受けるだけでなく積極的に発言や相談を行う。また、業務上の困難について相談し、具体的な行動につなげるために質問を重ねている。フィードバックの関連情報も収集することで、理解を深め改善に役立てている姿勢が見られる。 |
競争心 | 新人は同期に負けたくない、同期よりも早く昇進したいという強い競争心を持っている。後輩に追い抜かれたくないという気持ちがやる気を引き出し、成長意欲が強いことも示されている。このように、競争を通じて自分を高める意識が強い。 |
迅速行動 | 新人は、フィードバックを受けたらできるだけ早く試し、指摘されたことをすぐに行動に移す姿勢を持っている。まずはいわれたことを実行し、考えるよりも先に行動することで改善に取り組む。また、失敗を恐れずに挑戦することで、迅速な成長を目指す。 |
フィードバックを与える側の要因
1人1人に寄り添う | フィードバックの場では、個々の状況に合わせた助言やアドバイスが与えられ、上司は課題解決に伴走してくれる。また、良いことと悪いことをバランス良く伝えるなど構成が工夫されており、プライベートな悩みや仕事の愚痴も安心して相談できる環境が提供されている。このように、フィードバックが受け手に寄り添い、信頼関係を築きながら行われていることが示されている。 |
明確な助言 | フィードバックでは、改善すべき点が明確に伝えられ、具体的な行動に対するアドバイスや改善点の理由が示される。また、新しい視点を得たり、成長の方向性や明確なゴールが話し合われることで、業務に対する理解が深まり、視座が高まる。内容はシンプルでわかりやすく、現状について率直な意見が提供されるなど、受け手にとって実践的で明確な助言が行われている。 |
「フィードバックを受ける側」と「与える側」の要因が新人の働きぶりに及ぼす影響
第2段階の調査では、「フィードバックを受ける側の要因」と「フィードバックを与える側の要因」の構造を明らかにするとともに、新人の働きぶりにどのような影響を及ぼすのかについてもデータを収集した。なお、新人の働きぶりに関するデータは、同じ回答者が一度に複数の変数を回答したときに生じる測定誤差を考慮して、別日に改めて収集している。
新人の働きぶりとして、「自己効力感」「エンゲージメント」「職務満足」の3つの要素で評価し、「フィードバックを受ける側の要因」と「フィードバックを与える側の要因」の各カテゴリが与える影響について、重回帰分析を用いて分析している。
なお、重回帰分析は3つのステップで行った。第1のステップでは、回答者のデモグラフィックな特性(性差、年齢、職種、業種、従業員数など)による影響を統御するために実施した。第2のステップでは、フィードバックの受け手による特性を把握するために「フィードバックを受ける側の要因」の各因子を加えた。最後に第3のステップでは、「フィードバックを与える側の要因」の各因子を付け足して分析を行った。
3つのステップによる重回帰分析の結果をまとめたのが図1と図2である。
管理職の評価による「フィードバックの受ける側と与える側」の要因が「新人の働きぶり」に及ぼす影響
管理職による評価では、明らかに「フィードバックを与える側の要因」よりも「フィードバックを受ける側の要因」の方が「新人の働きぶり」に対して重要な影響力を持つことがわかった。
特に、「主体的学習行動」を取ることができると評価されている新人は、「自己効力感」「エンゲージメント」「職務満足」の3つの指標で正の影響を持つとされた。また、「競争的学習行動」が高い評価を受けた新人は「自己効力感」が高いと見られている。
同様に、「挑戦的学習行動」が高い評価を受けた新人は「職務満足」が高いと見られた。一方で、「受容的学習行動」は、「新人の働きぶり」のどの指標にも有意な影響を持たなかった。このことは「受容的学習行動」の重要性が低いというよりも、他の3要因の持つ影響力が大きいことから相対的に影響力が弱まったと考えられる。
「フィードバックを与える側の要因」に関しては、唯一、「パーソナライズ」が「職務満足」に対して有意な影響力を持っていたものの、負の影響となっている。このことは、「パーソナライズ」が必要だと認識される場面が、新人が悩んでいたり、壁に直面していたりと満足度が低下したタイミングで求められることが多いためだと予想される。
新入社員の評価による「フィードバックの受ける側と与える側」の要因が「新人の働きぶり」に及ぼす影響
新入社員による評価では、管理職の結果とは異なり、「フィードバックを受ける側の要因」の影響力が下がり、逆に「フィードバックを与える側の要因」の影響力が強調される結果となった。
具体的には、「フィードバックを受ける側の要因」としては、「競争心」が「新人の働きぶり」の3つの指標すべてに対して有意な正の影響を持つことが明らかとなった。管理職の結果では「主体的学習行動」が重要だと認識されていたが、新入社員の結果では類似した概念である「改善行動」や「質問行動」からの有意な影響は確認できなかった。それ以上に、「他者に負けたくない」「成長したい」という「競争心」の重要性が明らかとなった。
また、「競争心」よりは影響力が劣るものの「迅速行動」も「職務満足」に対して、正の影響力を持つという結果がでている。
次に、「フィードバックを与える側の要因」の影響力に関しては、管理職の結果よりも重要性が強調されている。「明確な助言」は「エンゲージメント」を高め、「1人ひとりに寄り添う」ことで「職務満足」も良好なものとなっている。
特に、「1人ひとりに寄り添う」ことは管理職側で類似した概念の「パーソナライズ」の影響が負であったことを踏まえると、「職務満足」が低下したときに「1人ひとりに寄り添う」フィードバックを得ることで、特に効果を発揮することがうかがい知れる。
新人の成長を促すにはフィードバックの仕方だけではなく、受け手の行動も重要
今回の2つの調査からは、従来、管理職側の行動として語られがちなフィードバックについて、受け手の要因が大きな影響を持つことがわかった。特に、管理職と新人の異なる2つの視点から現象を捉えることで、フィードバックを与える側と受ける側の認識の違いについても明らかとなっている。
両者に共通することとしては「フィードバックを与える側」よりも「フィードバックを受ける側」の要因の方が、「新人の働きぶり」に重要な影響力を持つということだ。だが、具体的な行動としては違いがある。
管理職の視点からは「主体的学習行動」が特に重要な要因として捉えられていたものの、新人の視点からは「競争心」が大きな影響力を持つと認識されていた。これらの発見事実が、実務にもたらす貢献は大きいと考えられる。
初級・中級管理職の研修において
第1に、初級・中級管理職の研修として、フィードバックの仕方だけではなく、普段のコミュニケーションや面談を通して、新人がフィードバックを成長に生かすことができるような準備を整えることが重要であると、新たなマネジメント行動の訓練に生かすことができる。
新入社員研修のおいて
第2に、新入社員の研修においても、上司や先輩から受けるフィードバックをどう活用するのかについて、今回の発見事実は応用できる。フィードバックを受けたときに、期待される行動や態度について、あらかじめ知識を得て、訓練を受けることで、より効率の良い新人の育成ができるようになるだろう。
採用時の判断材料として
第3に、採用時の判断材料としても使える。新卒であれ中途であれ、新しい仕事をはじめるときには、既存の自分の仕事の進め方や考え方をアンラーニングし、新たな職場に最適化された方法や考え方を学び直すことが求められる。
言い換えると、多かれ少なかれ、フィードバックを受けて自分の行動や考え方を改善する必要がある。そのため、採用時にあらかじめ、「フィードバックを成長に生かすことが得意そうかどうか」を見抜くことは、新人の定着と成長、早期の活躍を求めるときに有用となる。
結び
伝統的に、新卒採用とOJTを重視してきた日本では求める人材に「入社後の成長」を期待する傾向にあった。それが、「ポテンシャル採用」という言葉であったり、「素直な人材が欲しい」という言葉として表れたりしていた。しかし、「入社後の成長」が期待できる新人とはどのような特性を持っているのか、上司として、どのようにフィードバックをすることで新人の成長を促すことができるのかについては、体系的に検討されることはほとんどなかった。
本調査では、育成の対象となる新人本人だけではなく、指導側の先輩と管理職からもデータを得ることで、「入社後の成長」を促すフィードバックの在り方について複数の視点から検討を行った。その結果、「フィードバックを与える側の要因」以上に「フィードバックを受ける側の要因」も重要なことがわかった。フィードバックを成長の糧とできるかどうかは、受ける側の姿勢と行動に大きく依存している。
フィードバックを成長のための重要なツールとして活用するには、与える側と受ける側の双方が相互理解を深め、コミュニケーションを通じて信頼関係を築くことが不可欠である。この相互の努力と理解が、新人の早期の職場適応や持続的な成長に結びつき、結果的に組織全体の生産性と活力の向上に寄与することになるだろう。今後の人材育成の取り組みにおいては、この調査で得られた知見を基に、フィードバックをより効果的に活用するための方法を探ることが求められる。
著者紹介
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。
※所属や所属名称などは執筆時点のものです。