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SFの想像力を通して描く労働・雇用の未来​<br>-各種未来予測とSF作品の比較によるSFプロトタイピング​-

SFの想像力を通して描く労働・雇用の未来​
-各種未来予測とSF作品の比較によるSFプロトタイピング​-

長谷川洋介
著者
キャリアリサーチLab研究員
YOSUKE HASEGAWA

【研究レポート:分析編】

「AIが人間の仕事を奪うのではないか」の議論に、SFの力で挑む。

第3次AIブームと言われる昨今、ChatGPTのような新たなテクノロジーが身近になる中で、AIが人間社会に与える影響、特に「AIが人の仕事を奪うのではないか」あるいは「AIに仕事を任せることで、人は労働から解放されるのではないか」といったAIが労働・雇用に与える影響に関する議論も再び活発になりつつある。

​本レポートでは、AI・ロボットなどの自動化技術と労働・雇用の未来というテーマを扱った各種調査・研究が導く未来予測を概観するとともに、近年ビジネスの分野で注目されている「SFプロトタイピング」の手法を取り入れ、AI・ロボットと人間の労働・雇用の関係を描いたSF作品を取り上げることでフィクションの視点・想像力を取り込んだかたちで、AI時代の労働と雇用の未来を検討していく。

SFプロトタイピングとは?

「SFプロトタイピング」とは、米インテル社のフューチャリスト(未来研究員)であるブライアン・デイビッド・ジョンソン氏が提唱する、未来を想像・描写するための手法である。(※)

製品開発に際して、製品が発売され流通する未来を想定し、そこでその製品がどのように使われるのか、未来を生きる人々が何を求めているのかを把握することを目的に、技術研究、世界経済や環境・インフラの今後に関する研究、政府の報告書、予測、市場分析といった各種データのほか、民族学の現地調査なども駆使して消費者やコンピューターの未来を構想する「未来予測」がインテルにおけるジョンソン氏の業務である。

そして製品開発の過程において、現実にあるテクノロジーをもとにした創作物(小説、映画、コミックなど)=「SFプロトタイプ」を用いる手法が、SFプロトタイピングである。​

現在を起点にファクトを積み重ねて未来を予測するというフォアキャスティング的な手法と異なり、未来を起点として現在への道筋を逆算していくというバックキャスティング的な手法であり、ファクトを積み重ねて行う未来予測にはない、大胆な未来像を描き出すことが可能となる。​

日本ではいくつかの大手メーカーやゼネコン、小売業などの民間企業が自社の事業の未来を構想するためにSFプロトタイピングを採用しているほか、公的機関では東京都下水道局が下水道事業の未来をテーマとしたSFプロトタイピングを行っている。

用語解説:SFプロトタイピング/フォアキャスティング/バックキャスティング※マイナビキャリアリサーチLab作成
【図1】用語解説:SFプロトタイピング/フォアキャスティング/バックキャスティング ※マイナビキャリアリサーチLab作成

※ブライアン・デイビッド・ジョンソン(2013)「インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング」(亜紀書房)

SFバックキャスティング

日本においてSFプロトタイピングの活動を行い「SFプロトタイピング: SFからイノベーションを生み出す新戦略」(2021年/早川書房)の編著者である宮本道人氏は、著作「古びた未来をどう壊す? 世界を書き換える『ストーリー』のつくり方とつかい方」(2023年/光文社)において、このSFプロトタイピングという考えを発展させた「SFバックキャスティング」という言葉を登場させている。

同著では宮本氏によるSFバックキャスティングの方法論がいくつか紹介されているが、そのアレンジの1つとして「架空ガジェット分類」というメソッドが登場する。研究・開発のテーマに沿ったフィクションを探し、作品中に登場するさまざまな未来の道具(ガジェット)やインタフェースを整理することにより、SF作品において現実の技術開発に先行して表現されている潜在的なニーズを発見することができる、というものである。

本レポートではこの宮本氏の「架空ガジェット分類」を応用し、以下のような方法でAI・ロボットと労働・雇用の未来について考察していく。【表1】

宮本道人氏の「架空ガジェット分類」と、それを応用した本レポートでの分析手法※マイナビキャリアリサーチLab作成
【表1】宮本道人氏の「架空ガジェット分類」と、それを応用した本レポートでの分析手法 ※マイナビキャリアリサーチLab作成

なおフィクション(SF作品)の分類およびデータに基づく各種未来予測ぞれぞれの分類に際しては、本レポートで独自に作成した以下の4象限を用いる。【図2】

フォアキャスティングによる未来予想とSF作品の未来像の分類に用いる4象限※マイナビキャリアリサーチLab作成
【図2】分類に用いる4象限 ※マイナビキャリアリサーチLab作成

縦軸には、人間の労働がAI・ロボットに奪われる(代替される)のか、あるいはAI・ロボットは人間の労働をサポートする(補完する)のかという軸を、横軸にはAI・ロボットによる代替・補完によって人間の雇用が不安や脅威にさらされるのか、あるいはそうした不安や脅威がないのか、という軸を設定している。

なお第3象限については、AI・ロボットによる自動化が進みつつあり、生計を立てる主たる手段である賃金労働がその影響を受けつつある現在の時代を表している。

ステップ①②
AI・ロボットと労働・雇用の未来を描いたSF作品を分類

AI・ロボットと労働・雇用の未来を描いたSF作品の歴史は古く、ロボットという言葉の生みの親とされるカレル・チャペック(1890-1938)による戯曲「R.U.R.」などにさかのぼることができる。

その他、「ロボット工学三原則」をまとめ自身の作中で展開したアイザック・アシモフ(1920-1992)の「われはロボット」や、異星人がもたらした科学技術により生産技術の自動化が進み、人々が労働から解放された未来を描いたアーサー・C・クラーク(1917-2008)の「幼年期の終わり」など、ロボットが人間の労働を肩代わりする未来を描いた作品は多い。

第3次AIブームと言われる近年においても、「AIとSF」(2023年/早川書房)や「ロボット・アップライジング-AIロボット反乱SF傑作選」(2023年/東京創元社)などが刊行され、その中には労働・雇用の未来を描いたものも多い。

本レポートでは以下の作品を取り上げ、4象限へのマッピングを行った。作品の検索に際しては、検索エンジンで「AI 労働 SF」「AI 労働 未来 SF」といったキーワードで検索を行った。作品のネタバレを避けるため内容の詳細は割愛するが、4象限にマッピングしたものがその下の図である。【図3】

※各作品の分類の詳細については、ページ下「PDFデータをダウンロードする」よりご確認ください

●「タイタン
野崎まど 著,2020年,講談社
●「東京都交通安全責任課」
柞刈湯葉 著,2022年,河出書房新社(「まず牛を球とします。」収録)
●「大転職時代」
李 開復 陳 楸帆 著,2022年,文藝春秋(「AI 2041 人工知能が変える20年後の未来」収録)
●「豊饒の夢」
李 開復 陳 楸帆 著,2022年,文藝春秋(「AI 2041 人工知能が変える20年後の未来」収録)
●「赤字の明暗法」
スザンヌ・パーマー 著,2022年,東京創元社(「創られた心 AIロボットSF傑作選」収録)
●「向かい風ありて」
長谷敏司 著,2021年,ダイヤモンド社(藤本敦也 宮本道人 関根秀真 編著「SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル」収録)

SF作品の分類(バックキャスティングのマッピング)※マイナビキャリアリサーチLab作成
【図3】SF作品の分類(バックキャスティングのマッピング)※マイナビキャリアリサーチLab作成

ステップ③
AI・ロボットと人間の労働・雇用に関する未来予測を分類

AIやロボットが人間の労働・雇用にどのような影響を与えるかを論じた各種調査・レポートのうち、本レポートでは以下の著作・レポートにおける未来予測を4象限に分類した。分類したものが、下の図となる。【図4】

※各調査・レポートの概要については、ページ下「PDFデータをダウンロードする」よりご確認ください

■ダニエル・サスキンド(2022年)
WORLD WITHOUT WORK AI時代の新『大きな政府』論(みすず書房)
■厚生労働省(2016年)
働き方の未来2035~一人ひとりが輝くために~
■総務省(2016年)
平成28年版 情報通信白書
■厚生労働省(2017年)
IoT・ビッグデータ・AI等が雇用・労働に与える影響に関する研究会報告書
(調査委託先: 三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
■独立行政法人 経済産業研究所(2020年)
AIが日本の雇用に与える影響の将来予測と政策提言

各種調査レポートの分類(フォアキャスティングのマッピング)※マイナビキャリアリサーチLab作成
【図4】各種調査レポートの分類(フォアキャスティングのマッピング)※マイナビキャリアリサーチLab作成

【図3】SF作品のマッピング(バックキャスティング)と比較すると、第1象限に該当する未来予想はなかった。

各種調査・レポートがファクトやデータを積み重ねることで未来を予測するフォアキャスティング的な視点であるのに対し、SF作品が描く未来像は自由な発想・想像力によるバックキャスティング的な視点であり、バックキャスティング的な思考がより大胆な未来を描くことに長けているということが感じられるのではないだろうか。

ステップ④
SF作品が描く未来像と各種レポートの未来予測の比較から見えてくるもの

ステップ①②で行ったSF作品の分類と、ステップ③で行った各種レポートの未来予測の分類を比較することで、AI時代の人間の労働・雇用の未来を考える新たな視点を模索するのが本レポートの目的である。

今回の4象限へのマッピングによって見えてきたものを整理すると、下の図のようになる。【図5】

各種レポートの未来予測とSF作品の未来像の比較から見えてきた、3つの未来に至るため(回避する)ための条件 ※マイナビキャリアリサーチLab作成
【図5】各種レポートの未来予測とSF作品の未来像の比較から見えてきた、3つの未来に至るため(回避する)ための条件 ※マイナビキャリアリサーチLab作成

わたしたちが暮らす現在の世界である第3象限と、第1象限、第2象限、第4象限のそれぞれを結ぶ線についての詳細はPDF版を確認いただくとして、要約すると以下のようになる。

第1象限の比較:ユートピア社会

第1象限については、各種予測レポートで属するものはなかったが、SF作品ではいくつかの作品が属している。

第1象限の未来である「AI・ロボットにより多くの仕事が代替されるが、そのことが人間に対して経済的な脅威となることはない未来」というある種ユートピア社会のような未来を成立させるための条件としてSF作品において描かれているものを抽出すると、以下のようになる。

①人間の労働を100%代替できる高度なロボット技術
②ベーシックインカムのような基本的な生活を保障する制度
③消費財およびインフラを生産・維持管理するためのコストの極限的な低下

第2象限の比較:ディストピア社会

第2象限はAIによるタスク浸食が進むことでテクノロジー失業が起こるというディストピア的未来像であり、各種レポート・SF作品ともに該当するものがある。

「AIによって人間の仕事が奪われる」という人々の不安が的中してしまう未来であり、こうした未来を回避するために必要な対策としては以下のようなことが考えられる。

①AIを活用した高付加価値な新規成長産業の創出およびそこにおける雇用の創出
② ①で創出された産業への円滑な労働移動
③失業者へのセーフティネットの構築

第4象限の比較:AI協働社会

第1象限、第2象限はともにAI・ロボットによる労働代替が進む未来像であるのに対し、第4象限におけるAI・ロボットの役割は人間の労働の補完であり、人間が担うべき仕事が存在する未来像である。

仕事というものは、賃金労働として生活に必要な費用を稼ぐ手段としての側面だけでなく、仕事を通じた自己実現といった精神的な欲求とも結びついている。

AI・ロボットの力を借りてそうした欲求と経済活動と両立させることのできる未来が、この第3象限で描かれた未来=AI協働社会である。そうした未来像に向けて必要なものは、以下のように考えられる。

①AIを活用した高付加価値な新規成長産業の創出およびそこにおける雇用の創出
② ①で創出された産業への円滑な労働移動
③既存産業の生産性向上による雇用の維持、労働の高効率化、労働環境の向上
④人間の能力を拡張・補助するAIテクノロジー(サポートAI)の開発・浸透
⑤AIとのタスク分化
⑥失業者へのセーフティネットの構築

各種レポートの未来予測とSF作品の想像力を通じて各象限を見ることで、それぞれの未来像に向かうにあたって(あるいは回避するにあたって)必要な条件が逆算的に見えてきた。

それはテクノロジーの進展という技術的なものだけでなく、新たな高付加価値産業を創出するという経済的な条件、あるいは労働移動を円滑にするためのリスキリングの実現やベーシックインカムを含めた生活保障制度のような政策的な条件など多岐にわたっていることがわかる。

未来を引き寄せるヒント/インタビュー編へ

本レポートでは、各種調査レポート(フォアキャスティング)による未来予測と、SF作品(バックキャスティング)が描き出す未来の比較を通して、AI・ロボットと人間が協働しより豊かな社会を実現するための条件を検討した。

レポートの結びである「研究レポート・インタビュー編」では、SFバックキャスティングおよび架空ガジェット分類を提唱している宮本道人氏へのインタビューを行い、AI時代に個人に求められるマインドセットや、企業・政府に求められるスタンスなどにつながるヒントを探る。

マイナビキャリアリサーチLab研究員 長谷川洋介

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