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時代とともに変化する介護問題の本質
リスク管理の意識で専門家のアドバイスに沿った制度の利用を
ー独立行政法人労働政策研究・研修機構 池田心豪副統括研究員ー

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLabでは、これまで二度にわたって仕事と介護の両立にスポットを当て、従業員と企業の現状をレポートしてきました。今回は、労働政策研究・研修機構(JILPT)の副統括研究員である池田心豪さんに、仕事と介護を両立している従業員の現状と、両立支援の課題について詳しくお聞きしました。

池田心豪 氏(独立行政法人労働政策研究・研修機構 副統括研究員)

池田心豪(独立行政法人労働政策研究・研修機構 副統括研究員)

東京工業大学社会理工学研究科博士課程単位取得退学。博士(経営学)(法政大学)。専門は職業社会学、人的資源管理。育児・介護と仕事の両立に関する研究に長年従事し、研究成果をまとめた学術論文を国内外の学術誌に多数掲載。『介護離職の構造――育児・介護休業法と両立支援ニーズ』で令和5年度労働関係図書優秀賞受賞。厚生労働省「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」などの委員を数多く務める。

年間10万人の介護離職者は氷山の一角、対応できていない課題はまだ山積み

日本では、現在、年間10万人の介護離職者がいますが、それはあくまでも氷山の一角であり、明らかになっていない課題がたくさんあると思っています。介護離職というのは、そこに至るプロセスがさまざまで、当事者の方が仕事と介護を両立するということにおいて、抱えている悩み、直面している問題が多種多様であることがこの問題の難しさの根底にあります。

私が、2021年に出版した『仕事と介護の両立』という本の中では、介護と育児の違いを明確にしたうえで、仕事と介護の両立にどう取り組むのか、これまでにない発想で課題解決の方向性を提案させていただきました。育児の場合は、産後まもない時期に職場を離れる必要があり、産休や育休で仕事を休めなければ女性は離職するという図式が明確でした。しかし、介護の場合は、背後にさまざまな問題が潜んでいます。その実態をだいぶ明らかにしたつもりではいますが、でもまだ全容があきらかになっていないのではないかという問題意識は引き続き持っています。

介護離職者は減っていないといわれますが、働きながら介護をする人(=分母)が増えた一方で、離職者(=分子)の数は代わっていないですから、離職率は下がっています。私が介護離職の研究を始めた2005年頃と比較すると、両立支援制度に対する理解も進んだので、政策立案に携わってきた立場としては、少しは貢献できたのかなと実感しています。

2023年に出版した『介護離職の構造』では、日常的な介護や介護者自身の健康維持のための休業ニーズなど、現行法の想定にない理由にも目を向けて、これからの両立支援制度の考え方を提案させていただきました。しかし、それがすべてとは決して言えず、まだあきらかになっていない問題、対応できていない課題が山積している、そんな問題意識を常に持っています。

日本も賃金は上昇しているが、直近5年間の上昇率を他国と比較すると、上昇幅が小さいことがわかる。なお、アメリカの最低賃金は、連邦政府と各州政府によって定められており、連邦最低賃金は全国一律で、各州はそれを下回ることはできないが、上回ることは可能というルールのもと、各州の最低賃金は地域の経済状況や労働市場の状況により異なる。

【表1】を見ると2020年から2024年まで金額が一定になっているが、独立行政法人労働政策研究・研修機構の報告 によると、2024年1月には全米50州のうち、22州で最低賃金が引き上げられており、その金額もまた、最低賃金の7.25ドルを上回る金額で設定されている。

時代とともに当事者が変わり問題の本質も変化

介護では、問題の本質がどんどん変化していくことも、この問題を難しくしていると思います。育児・介護休業法が作られた初期の頃は、脳梗塞やくも膜下出血のような脳血管疾患を想定していましたが、現在では認知症への対応の比重が高くなっています。

私がこの研究を始めた当初は、仕事と介護の両立の問題を抱えていた労働者の多くは主婦パートとして働く女性でした。そのため、社会全体としてもそこまで問題視していなかったというのが実態でした。パートなのでシフトの調整をしたり、一度退職した職場に再度戻ったりすることがやりやすい、と見られていたためだと思います。

しかし、その後、男性の介護者が増え始めて「正社員の問題」になりました。妻を介護する男性、あるいは親を介護する独身の男性が介護の当事者になることが増え、企業はもちろん、社会的に大きな問題としてとらえられるようになっていったわけです。

それが現在、再び女性に問題が戻ってきています。日本ではこの10年間、女性活躍推進の施策の結果として、正社員で長期勤務する女性が増えてきました。ようやく増えてきた「正社員で働く女性」が親の介護をする必要に迫られて離職せざると得ないケースが多くなり、企業としては、より看過できない状況になっています。

池田心豪 氏(独立行政法人労働政策研究・研修機構 副統括研究員)

問題の本質が時代とともに変化していく中で、今までのシステムで対応できるのか、新しい仕組みを考えなおす必要があるのか、問題の性質が時代の推移によって変わっていくというのが介護の問題の難しいところで、ここが終着駅ですとは言えない状況が続いています。

企業による「仕事と介護を両立する従業員」の支援で大切なこと

心理的安全性がある職場の重要性

企業が行う仕事と介護の両立支援は、NPO法人とかボランティア団体が市民活動として行うケアラー支援(ワーキングケアラー支援)とはスタンスが違うことを明確に意識すべきです。企業が支援する対象はあくまでも従業員です。つまり、ケアラーとしての立場ではなく、従業員としての立場が介護によって脅かされたり、従業員として達成できるはずのハピネスが介護によって阻害されたりする、という問題にフォーカスすべきです。英語でも、企業の人的資源管理の文脈ではworking carersではなくemployees with caring responsibilitiesといいます。carerではなくemployeeなんです。

また、育児と介護は企業から見える問題の質がまったく違うことも留意すべきでしょう。子育て支援の場合は、対象者が直面するであろう問題がある程度予測できるので、先回りして対処することができますが、介護の場合は対象者によって抱えている問題が異なります。

そのため、会社側からの一括で対処することは難しいでしょう。ある程度、社員の自主性に任せて、それぞれが抱えている問題について声を上げてもらい、会社にサポートを求めてくるのを待ち受けているしかないわけです。

ただし、そのための前提として、会社内の風通しの良さが重要です。プライベートなことも気軽に話せるオープンな雰囲気、会社の中で自分の考えや気持ちを安心して発言できる心理的安全性が求められます。

普段の働き方を見直すことも重要

しかし、いくら気軽に介護のことを話せても、必要なときに仕事を休めないということでは意味がありません。ですので、普段の働き方も大事です。年次有給休暇が計画的に取れる職場かどうか、都合が悪い日は残業を回避できる環境かどうかは、仕事と介護を両立する人にとっては非常に重要です。

仕事と介護の両立支援は問題が起きた際に、それを解決するための方法論で語られることが多いのですが、実は今までずっと蓋をしてきたこと、たとえば家族や会社に対して積もり積もったものが一気に噴き出しているだけなんですね。

会社内の制度がしっかり設計されていて、相談窓口などがあったとしても、そもそも上司との関係性が良くないと、「上司に相談しても無駄だな」と考えて離職につながってしまう危険性があります。また、普段の働き方がワーク・ライフ・バランスの実現からほど遠いものであれば、そもそも「仕事と介護を両立する」前提で相談することすらないかもしれません。

そういったことを防ぐために、「介護が起きたらどうしますか?」ということを題材にして社内研修会などを開き、普段の職場の在り方を見直すのもいいと思います。

従業員はリスク管理をする意識で「介護」をとらえる

介護は誰にでも起こりえること

従業員の立場では、介護は誰もが直面しうる問題であることを認識しておいてほしいと思います。家族が年老いて、心身に不自由が生じるというのは極めて当たり前のことで、誰にでもあり得ることです。

それがいつ来るのか?もしかすると明日かもしれないし、来年かもしれません。しかし、必ず直面する問題なので、そのことに対するリスク管理をする意識を持っておくことをおすすめします。

さきほど、「普段の働き方が大事」という話をしましたが、普段が大事というのは、家庭でも同じです。たとえば実家に帰ったときに、自分の親ができないことが増えているとか、物忘れが始まってきたとか、そんな小さなリスクに対して目配り、気配りしておくべきです。

専門家の意見を聞く

2005年の介護保険制度の改正では、“予防”という発想が盛り込まれましたが、今は要介護状態にならないよう、また要介護状態が悪化しないようにという発想で設計された介護保険サービスが増えています。

この予防においては、何でもやってあげてはいけないという考え方があります。自分でできることまで周りがやってあげたら、どんどんやらなくなって本来ならできることもできなくなっていくからです。しかし、だからといって放っておいて良いわけではないです。専門的なリスク判断にもとづいて介護をする必要があるわけです。

この予防という発想で考えると、物忘れがひどくなったり足腰が弱くなったりした親に対して、家族が自分たちの判断でお世話をすることが良いことだといえなくなります。どうにもこうにも行かなくなってから専門家に相談して要介護認定を受けるよりも、最初から専門家に相談したほうが要介護状態の悪化を遅らせることができるかもしれません。家族の中にも楽観的な人と悲観的な人がいると思いますが、専門家の判断に従うことで、的確かつスピーディに対処できるはずです。

家族の愛情は大事ですが、 それを理由に介護を抱え込んでしまうと、手助けや付き添い、見守りといった日々のお世話に 忙殺されて、疲労とストレスが溜まっていくことになります。そうならないためにも専門的な判断に委ねて、プログラム化された専門知識に基づいて、今ある制度や仕組みを活用して対応するほうが効率的です。

専門家に相談すると、「こういうリハビリがありますよ」「こういうケアプランがありますよ」「介護認定を受けたほうがいいですよ」などと的確なアドバイスがもらえます。そのうえで、日々のお世話とは介護とは別の部分で家族として愛情を持って接すればいいわけですし、むしろ、そのほうが余裕のある対応できて、要介護者との良好な関係をずっと保てると思います。

専門家とつながるためにも早めに会社に相談する

専門家に相談して制度をうまく活用するというのは会社でも同じです。会社には、仕事と介護の両立を支援する従業員が仕事を続けられるように、さまざまな制度が用意されているはずです。法定の制度は、それぞれ目的や使い方が決まっていますので、その目的に沿って使うことが重要です。たとえば、介護休業は、直接介護することに専念する制度ではなく、一時的な緊急対応と、その後の介護の準備をするための休業です。どんな理由でも休めれば良いという発想ではなく、ここでも専門的な知識にもとづいて制度を利用することが重要です。

国や会社が用意した両立支援制度や専門的なプログラムを従業員が上手に活用することは、従業員本人にとっても会社にとってもリスクマネジメントになります 。自分が介護の問題に直面したときに、自分では対応しきれなくなってから上司や会社に相談するのではなくて、早め早めに報告する意識を持ってほしいと思います。そのためには、親がちょっと具合悪いとか、入院したとか、小さなリスクの段階から職場で共有しておくことが重要です。その意味でも、職場の風通しの良さは非常に重要ですね。

池田心豪 氏(独立行政法人労働政策研究・研修機構 副統括研究員)

編集後記

介護については誰もが直面することであり、避けて通れないにも関わらず、育児に比べて、プライベートな話題として職場で話しづらいというイメージが強かったのですが、池田さんのお話をうかがって、介護について早めに会社に報告・相談することは甘えではなく、むしろリスクマネージメントとして必要なことだ、という考え方にハッとさせられました。

企業としても、介護を従業員のプライベートな問題とするのではなく、職場における「従業員としての責任が介護によって阻害されることを防ぐ」と考えれば、合理的な判断として、従業員の支援ができると思います。

また、家族の介護との向き合い方についても、「ある意味でクールに向き合うことによって、むしろ(家族としての)愛情を保つことができる」という言葉も印象的でした。かつて、家族的な愛情に依存するのが当たり前のように言われていた「介護」ですが、家族の在り方や働き方が大きく変化していく中で、現代社会にあった「介護」の向き合い方があることに気づかされました。

介護については「2025年問題」として特に注目されていますが、すでに2025年は目前に迫っています。誰もが直面する介護について、「支援する/される」の関係性としてとらえるのではなく、もっとクールに、合理的に考え、従業員としての責任と家族としての責任を両立するための協力関係としてとらえていきたいと思いました。

マイナビキャリアリサーチラボ 主任研究員 東郷こずえ

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