何を求め、何を選ぶ? 転職の今を見つめる =第2章・自由=
目次
人事制度に何を求める?
労働需要の変化とともにキャリアの不確実性が高まり、人生100年時代の到来により職業人生の長期化が見込まれる。日本企業を象徴してきた長期雇用や企業による全面的なキャリア開発は過渡期を迎え、近年では、働く個人が自律的にキャリア形成を行うキャリア・オーナーシップの重要性が指摘されている。(※1)
リモートワーク制度・フレックスタイム制・週休3日制といった新時代的な人事施策が少しずつ社会に広がっている背景には、人材の採用・定着に向けて、働く人の多様な就労ニーズに応えようとする企業の寄り添いの姿勢がうかがえる。キャリア形成(開発)に関する個人と組織の主導権のバランスが変化している今、働く人は就業先の制度や保証に何を求めるのだろうか。
根強く残る日本型雇用
会社に求めることに関して興味深いデータがある。2023年6月以降の1年間に転職活動を行った20代~50代正社員を対象にした転職活動における行動特性調査2024年版で、終身雇用や年功序列など伝統的な日本型企業に対する印象を聞いたところ、62.1%が「就業先として選びたい」と回答。約3人に2人は日本型雇用を好意的に捉えていることがわかった。【図1】
日本型企業の印象を構成する要素は様々であろう。硬直的な体質や上意下達の風土などの企業文化をイメージする人もいれば、長期雇用を前提としたキャリア開発を考える人もいるだろう。はたまた、「労働組合」「終身雇用」「年功序列」「総合職採用」「人事ローテーション」といった具体的な施策を思い浮かべる人もいるかもしれない。
このような日本型企業の名残は今も多くの会社にある。ここでは、日本型企業と人事施策の関係性をひも解きながら、現代の就労者が求める制度の性質について考えたい。
新しくて良いもの、古くても良いもの
【伝統的】終身雇用 > 年功序列
転職活動における行動特性調査2024年版では、日本企業で取り入れられている人事施策30項目について『伝統性/革新性』『魅力度』の2つの指標で印象をたずねた。【図2】は横軸を伝統性/革新性、縦軸を魅力度として、各施策をプロットした結果である。
まず、伝統性のスコアが高かった上位3項目は「退職金制度」「終身雇用制度」「年功序列型」。このうち「退職金制度」と「終身雇用制度」は魅力度のスコアが高かった一方、「年功序列型」は低かった。
この魅力度の違いとして考えられるのは公平性の問題だ。「終身雇用」は同じ環境に長く勤めることを守る性質(保証的性質)を備え、働く人に安心感を与える制度でもある。終身雇用の枠組みがあること自体、働く人にとって不利になったり不平等に感じられたりするものでもない。
対して「年功序列」はその性質上、就業年数を重ねるごとにメリットが大きくなるため、現在受けられる恩恵は人によって差がある。例えば、自身の現在の仕事成果が報酬と釣り合っていなかったり、職務遂行能力が組織での地位に見合っていなかったりなどの課題が生じるケースもある。若年層の中には、これを不満要因として転職活動に踏み切る人もいるだろう。
【革新的】週休3日制・リモートワーク
次に、革新性のスコアが高い人事施策を見てみよう。革新性のスコアが高かった上位3項目は「週休3日制」「リモートワーク制度」「男性育休の取得推進」でいずれも魅力度のスコアも高い傾向にあった。
3つの施策に共通する特徴は、柔軟な働き方を可能にする制度であること(柔軟的性質)。労働日数を調整したり、労働時間を配分したりを可能にするなど、キャリアの希望や変化に応じて自己都合で仕事への向き合い方を変更しやすいところが大きな魅力だ。
転職活動における行動特性調査2024年版では他にも、「3年後以降の中長期的なキャリアプランを検討するにあたり、勤め先にどんな人事施策があれば望ましいか」について聞いている。施策30項目の中で最もスコアが高かったのは「週休3日制」。
上位10項目の内訳をみると、「家族手当・住宅手当」「退職金制度」の伝統性スコアが高い施策もあれば、「リモートワーク制度」「フレックスタイム制度」の革新性スコアが高い制度もあった。【図3】
一概に “新しいから良い” “古いから良くない” という括りではなさそうだ。ただ、2つの調査結果を踏まえると、就業先を決める視点や同じ組織で長くキャリアを築く観点においては「保証的性質」と「柔軟的性質」が一定の効果をもたらすと言える。ここには、働く人のどのような考えや望みが潜んでいるのだろうか。
頼るも、縛られない関係性
一般的にキャリアチェンジは労力を要する。新しい会社に飛び込み、仕事を覚え、文化に溶け込み、人間関係を築く…。組織社会化のプロセスを再び行うとなれば、それ自体に大きな負担を感じて転職をためらう人も多いだろう。その意味で、働く人の意識の中には「できることなら同じ組織で安定したキャリアを築きたい」という思いがあるはずだ。
一方で労働市場の現場では、長期雇用を前提とした日本型雇用の在り方に変化の兆しが表れている。一つの組織に長く居続けることを最善とする考え方は変化し、会社への貢献に見合った報酬や成長機会を得られるかどうかも定かでない。さらに企業の採用ニーズが高まっている今の市場にあっては、働く人にとっての選択肢やチャンスも広がっている。
そのような“労働移動しやすい”状況の中で、現在の仕事・環境と理想のキャリアとの間にギャップを感じれば、自ら動いて現状を変えようとする就労観が、働く人の中に生まれているのかもしれない。
組織を頼るも、縛られることはない。そんな、大枠では会社に依存する他律的な考えもありながら、最終的に自らが主体で「自由に選択する」「自由に決定する」ことを望む意識がうかがえる。【図4】
自由は私生活の両立とも好相性
別の調査データからも、施策と働く人の関係性について検証したい。正社員として働く20代~50代の男女3,000名を対象にした「正社員のワークライフ・インテグレーション(WLI)調査2024年版」(※3)では、現在働く職場で導入されている従業員向けの制度について聞いている。【図5】
これらの制度の導入割合について、「仕事」と「私生活」両方の充実を追求できていると感じる人(WLIを実現できていると感じる人)と、追求できていないと感じる人(WLIを実現できていないと感じる人)では、大きな差が見られた。最も導入割合に差があった制度は「在宅ワーク・リモートワーク制度」で9.4pt差、次いで「有給取得率向上施策」9.1pt差、「女性向けの産育休制度」9.1pt差となった。【図6】
この結果から、「仕事」「私生活」両方の充実を追求できていると感じる人は在宅ワーク・リモートワーク制度や有給取得、産育休制度が利用できる職場に勤めている傾向がうかがえる。いずれの制度も、自身のキャリアの進展に合わせて働く時間や場所を調整しやすいという性格を持ち合わせている。
仕事に求める個人の価値観は多様化し、自己実現を仕事以外の私生活に求める人も少なくない。また共働き世帯は増え、夫婦間の役割も変化した。仕事を中心に据えるのでなく、仕事と私生活をセットで考えるキャリア観がスタンダードとなりつつある現代。会社の命令や方針ばかりに従ってキャリアを進めるとなれば、仕事以外の活動に制限がかかり私生活との調和が乱れる恐れもある。
そうなると、個人の選択の自由さや柔軟性がある環境は働く人の目に魅力的に映って見えてくる。自由さを備えた施策や環境はワークライフバランスとも相性が良いだろう。
国もキャリア自律を推進
厚生労働省の「第11次職業能力開発基本計画」(※4)でも職業能力開発の今後の方向性として、『労働者の自律的・主体的なキャリア形成の推進』が柱の一つに掲げられている。また、計画では次のような内容も記される。
- 労働市場インフラの強化:中長期的な日本型雇用慣行の変化の可能性や労働者の主体的なキャリア選択の拡大を視野に、雇用のセーフティネットとしての公的職業訓練や職業能力の評価ツール等の整備を進める
- 全員参加型社会の実現に向けた職業能力開発の推進:希望や能力等に応じた働き方が選択でき、誰もが活躍できる全員参加型社会の実現のため、すべての者が少しずつでもスキルアップできるよう、個々の特性やニーズに応じた支援策を講じる
人口減少や高齢化によりこれからの労働力は限られる。社会一体で労働・雇用環境に柔軟性をもたせ、適材適所での人材価値の活用を促し、生産性を高めることが本計画の根底にある考え方と言えよう。
私生活との両立を図りたい個人、人手不足を補いたい企業、経済成長へ生産性を向上させたい国-。それぞれの状況や思惑を考えれば、今後も働く人の自由性・自律性に対するニーズは高まり、企業が柔軟な働き方を可能にする組織づくりを進める流れは社会全体で広がるだろう。“転職がしやすくなった”今の時代。より安心で、より柔軟で、より自由なところに、人は引き寄せられていく。 =続く=
マイナビキャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太
働く個人が自らのキャリアについて主体的に考え、自らキャリア形成に取り組むこと。厚生労働省は第11次職業能力開発基本計画において「労働者の自律的・主体的なキャリア形成の推進」を柱の一つに掲げる。「労働市場の不確実性の高まりや職業人生の長期化等を踏まえ、労働者が時代のニーズに即したスキルアップができるよう、キャリアプランの明確化を支援するとともに、幅広い観点から学びの環境整備を推進する」としている。
2023年度以降の直近1年間で ①転職した人(800名)②転職活動をしたが、転職していない人(800名)の計1600名を対象にした調査。
※3 マイナビ 正社員のワークライフ・インテグレーション調査2024年版
正社員で働く20~59歳の男女3,000名を対象としてマイナビが2023年11月に実施した調査。ワークライフ・インテグレーションとは「仕事」と「私生活」を、人生の構成要素として統合的に捉えて両方とも充実させ、人生を相乗的に豊かにしていくという考え方。
厚生労働省が策定する、職業訓練や職業能力評価など職業能力の開発に関する基本となるべき計画。「第11次職業能力開発基本計画」は令和3年度から令和7年度までの5年間にわたる職業能力開発施策の基本方針が示されており、2021年に策定された。