マイナビ キャリアリサーチLab

2025年に全都道府県で1,000円越えを目指す、最低賃金の現状と今後の見通し

東郷 こずえ
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

毎年7月下旬に中央最低賃金審議会で取りまとめられた今年度の地域別最低賃金額改定の目安についての答申が厚生労働省から発表される 。

2024年度分は7月25日 に発表されたばかりで、Aランク*で50円、Bランクで50円、Cランクで50円との引き上げ額の目安が提示された。仮に、目安どおりに各都道府県で引上げが行われた場合の全国加重平均は1,054円となる。全国加重平均での上昇額は50円となり、実現すれば1978年度に目安制度が始まって以来、最高額となる。
令和6年度地域別最低賃金額改定の目安について(厚生労働省)より )

*都道府県の経済実態に応じ、全都道府県をABCのランクに分けて、引き上げ額の目安を提示している。

政府は、最低賃金について2025年には全都道府県で1,000円を超えることを目指すと宣言しており、今回も順当に引き上げられたといえるだろう。本コラムでは「最低賃金」について、そもそもの歴史や日本の現状、世界との比較を行い、今後の見通しについて述べていきたい。

最低賃金とは

「最低賃金」は、1959年に制定された「最低賃金法」によって定められた、雇用している者が労働者に支払うべき賃金の最低基準のことで、労働者の生活水準や勤労意欲を高めることを目的として、国内の各地域でその金額が設定されている。

「最低賃金法」に従って、国が賃金の下限を示し、雇用している者はその規定額以上の賃金を支払わなくてはならず、この最低賃金には、「地域別最低賃金」と「特定最低賃金」の2種類が存在する。

地域別最低賃金

「地域別最低賃金」は都道府県ごとに定められており、産業・職種に関係なく、その都道府県で働くすべての労働者に適用される。中央最低賃金審議会から示される金額改定の目安をもとに、地方最低賃金審議会が地域の実情に即した改正の審議を行い、最終的に都道府県労働局長が賃金額を決定する。

特定最低賃金

「特定最低賃金」 は、特定の産業について設定されている最低賃金で、関係労使の申し出に基づき最低賃金審議会の調査審議を経て、同審議会が都道府県別に設定された地域別最低賃金よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認めた産業について設定される。特定最低賃金を定め、他の産業より高い水準の賃金を設定することで、企業、産業の魅力を高めることができる。

なお、最低賃金の金額について議論される「最低賃金審議会 」は、公益代表、労働者代表、使用者代表の各同数の委員で構成されている。最低賃金は、最低賃金審議会において、賃金の実態調査結果など各種統計資料を十分に参考にしながら審議が行われ、①労働者の生計費、②類似の労働者の賃金、③通常の事業の賃金支払い能力の3要素を考慮して改正の目安が決定され、その後、都道府県労働局長により決定される。

日本の現状

日本の最低賃金については、2024年度版は本稿を執筆しているタイミングではまだ発表されていないため、2023年度版を確認する。2023年度は、全国加重平均額1,004円で、前年度の961円から43円引き上げられたが、これは昭和53年度に目安制度が始まって以降で最高額となった。

引き上げ金額は都道府県別で異なり39~47円の範囲で、最高額は1,113円(東京都、神奈川県)で、最低額は893円(岩手県)だった。最低賃金の地域間の差は依然として課題ではあるが、最高額に対する最低額の比率は80.2%で、この値は9年連続改善している。(令和5年度最低賃金額答申/厚生労働省)

なお、先述した「2025年を目途に全都道府県で1,000円を超える最低賃金を目指す」という方針は、全国平均ではなく、都道府県別の最低賃金がそれぞれ1,000円を超えることを目指すもので、地域間の格差を縮小し、地方経済の活性化を図ることを目的としている。

マイナビでは月に一度、アルバイト・パート求人情報サイト『マイナビバイト』に掲載された求人広告データをもとにアルバイト・パートの平均時給についてレポートを発表しているが、年間平均の推移を見ると、年々金額は増加しており、最低賃金という基準だけでなく、実際にパート・アルバイト労働者が受け取る時給 も引き上げられていることがわかる。

2024年6月度全国の平均時給推移
2024年6月度 全国の平均時給推移/2024年6月度 アルバイト・パート平均時給レポート

世界との比較

次に、日本の最低賃金を世界と比べてみる。先述したとおり、日本のみで見ると金額は微増ながらも増加を続けている。しかし、世界と比較するとどうだろうか。独立行政法人労働政策研究・研修機構が発表している「データブック国際労働比較2024」 に記載されている「2024年1月1日時点の最低賃金」で、時間単位で記載がある国と日本を比較した。その際、比較しやすいように日本円に換算している(2024/7/2時点の為替レートを利用)。

【図2】を見ると、日本の最低賃金(時給)の金額は、比較した9か国の中で最低水準であることがわかる。もちろん、円安による影響があるため、単純な比較はできないが、国を跨いで職場を選ぶような場合、(外国人労働者が日本へ来る場合も、日本人労働者が外国を選ぶ場合も)、賃金という側面では不利になるといえる。

2024年1月1日時点の最低賃金(時給)比較
【図2】2024年1月1日時点 最低賃金(時給)比較/「データブック国際労働比較2024/独立行政法人労働政策研究・研修機構」よりマイナビ作成

1:週38時間労働の場合の時給。7月1日に毎年改定。
2:2020年までは、ほぼ年1回(1月1日)の定例引き上げのみだったが、2021年以降、物価上昇に応じて複数回引き上げがなされている。
3:各年改定後の州別最低賃金、適用期間は州によって異なる。各州とも別途職種別最賃を定めている。4:地域別最低賃金額の全国加重平均値。

次に、最低賃金について各国の通貨でそれぞれ2020年と2024年の金額を比較し、上昇率を確認した。日本では11.4pt増加していたが、アメリカを除く他国ではいずれもそれ以上の増加がみられ、たとえば、ドイツでは32.7pt増、イギリスでは26.9pt増となっていた。【表1】

最低賃金について各国の通貨でそれぞれ2020年~2024年の金額を比較

日本も賃金は上昇しているが、直近5年間の上昇率を他国と比較すると、上昇幅が小さいことがわかる。なお、アメリカの最低賃金は、連邦政府と各州政府によって定められており、連邦最低賃金は全国一律で、各州はそれを下回ることはできないが、上回ることは可能というルールのもと、各州の最低賃金は地域の経済状況や労働市場の状況により異なる。

【表1】を見ると2020年から2024年まで金額が一定になっているが、独立行政法人労働政策研究・研修機構の報告 によると、2024年1月には全米50州のうち、22州で最低賃金が引き上げられており、その金額もまた、最低賃金の7.25ドルを上回る金額で設定されている。

賃上げのメリットと課題

日本の最低賃金は、世界と比べて低いという現状があるが、実際に賃上げをするとどのような効果があるだろうか。まずは最低賃金の引き上げによって、労働者の収入が増え、消費が促進することで経済全体が活性化することが考えられる。

しかし、最大のメリットは労働者の不安感減少につながることではないだろうか。最低賃金は、その多くが月給制や年俸制で働く正規社員にも適用されるものだが、特に影響が大きいのは非正規社員である。

マイナビが実施した調査によると、「仕事に対する安心感」については、実は正規社員と非正規社員の両方でそれほど大きな差はなく、むしろ非正規社員のほうが仕事に対して「安心感」を持っている割合が高い。【図3】

しかし、その気持ちを持つ人の理由にはいくつか違いがみられる。まず、「安心感を持っている」と回答した人の理由を見ると、特に正規社員と非正規社員とで差が大きかった項目は「収入」で、正規社員は非正規社員よりも11.1pt割合が高かった。

一方、非正規社員のほうが11.1pt高かったのは「勤務時間や勤務日数が少ない」だった。家庭の事情等によりフルタイムで働くことが難しいことから非正規社員で働くことを選ぶ人も多くいるため、このような結果になったと思われる。

【図4】【仕事への「安心感」あり】仕事への感情・その理由/マイナビマイナビ ライフキャリア実態調査 2024年版(働き方・キャリア編)

【図4】【仕事への「安心感」あり】仕事への感情・その理由(複数回答)/マイナビマイナビ ライフキャリア実態調査 2024年版(働き方・キャリア編)

次に「不安感」の理由について確認すると、正規社員と非正規社員とで差が大きかった項目は「収入」と「雇用形態」だった。「収入」については正規社員と非正規社員ともに最多の項目であったが、その差は8.8ptで非正規社員では53.0%だった。

「雇用形態」では、非正規社員のほうが正規社員よりも12.2p多い24.3%で、非正規社員の雇用の不安定さをうかがわせる結果となった。【図5】

【図5】【仕事に「不安感」あり】仕事への感情・その理由(複数回答)/マイナビマイナビ ライフキャリア実態調査 2024年版(働き方・キャリア編)
【図5】【仕事に「不安感」あり】仕事への感情・その理由(複数回答)/マイナビマイナビ ライフキャリア実態調査 2024年版(働き方・キャリア編)

【図4】【図5】に示されているように、非正規社員は勤務時間や日数が少ないことを望んでいる一方で、収入への不安感が強いようだ。最低賃金を上げることで、勤務時間や日数を変えずに、収入だけを増やせれば、もっと安心して働けるだろう。

このように、最低賃金の引き上げが労働者のメリットとなることは言うまでもないが、その実現にはどのような課題があるのだろうか。直接的な影響としては、人件費の増加による雇用する者の負担増だろう。

昨今、人材不足感の高まりをうけ、多くの企業で人材確保のために正規社員においても、賃金が引き上げられる傾向がある。日本においては今後、人口減少とりわけ労働人口の減少が課題となっており、この傾向は今後も続くと思われる。

特に、中小企業のなかにはエネルギー費や原材料費の引き上げなどによって経営状況が厳しい企業もあり、最低賃金の引き上げによってさらに影響を受ける可能性がある。こうした状況下においては、非正規社員は正規社員に比べて雇用調整の対象になりやすいなどデメリットへの不安感が強い。【図5】最近は、IT化、AI化による仕事の代替なども考慮しなければならないため、さらに配慮が必要だといえる。

最低賃金の引き上げだけでは経済成長につながらないという意見もある。労働者の能力向上や生産性の改善など、構造的な改革を同時に行わなければ、労働者にとってメリットにならないからだ。労働者、企業、政府の協力・調整が必要であり、経済成長と社会的公正を両立するバランスのとれた政策として実施しなければならないだろう。

マイナビキャリアリサーチラボ 主任研究員 東郷こずえ

※なお、本コラムで紹介した「ライフキャリア実態調査」は、全国15歳以上の男女14,000名を対象に、就業・非就業や雇用形態に関わらず、個人の現在の労働の実態・意識変化、生活の実態・意識変化などを調査したものである。今回はほんの一部しかご紹介できていないが、ご関心のある方はこちらをご覧いただきたい。

関連記事

コラム

最低賃金の引き上げがもたらす、アルバイトで働く人への影響

コラム

最低賃金改定後の全国平均時給1,004円は、アルバイト就業者の満足感につながるのか?~アルバイト就業者も時給アップや満足感向上のため「リスキリング」の第一歩を~ 

コラム

全国最低賃金が2年連続で過去最大の引き上げ
物価高・社会保険適用拡大もある中、働く人は楽になるのか?