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「誰ひとり取り残されることない」女性活躍に向けて

田上皓大
著者
独立行政法人 労働政策研究・研修機構研究員
KOUTA TAGAMI

はじめに

労働市場における男女格差の是正や社会における男女平等の達成は今日国際的な目標として設定されている。日本で女性活躍推進法が制定されたのは2015年8月のことであるが、その1か月後の同年9月に国連では「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」が採択された。

SDGsとジェンダー平等

その2030アジェンダにおいては、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」として「誰ひとり取り残されることない(No one will be left behind)、持続可能でよりよい世界を実現するための17のゴール(目標)」が定められている。

この目標の5番目に「ジェンダー平等を実現しよう」というものがあり、将来の社会経済の発展・開発(Development)において女性が取り残されるようなことがあってはならないという理念が国際的に共有されている。これは、裏を返せば、今日までの社会経済の発展・開発の過程では女性が取り残されてしまっていたということを示唆している。

日本におけるジェンダー平等の問題

日本の社会経済は1955年以降の高度経済成長によって戦後の貧困を脱却し「豊かな社会」を実現したわけであるが、その過程においては女性が取り残されていたことも事実である。

もちろん当時の女性たちも「豊かな生活」を送ることはできていたが、その代わりに性別役割分業のもとで「男性/夫の仕事を支える女性/妻」という役割を受け入れる必要があり、女性が男性と同じように「豊かな職業生活」を送ることは簡単ではなかった。

1986年の男女雇用機会均等法、1992年の育児休業法と1999年の育児介護休業法、2015年の女性活躍推進法など、一連の女性労働政策は、男性のみならず女性も「豊かな職業生活」を送ることができるような社会経済を実現するための取り組みである。言い換えれば、女性労働政策の理念は、職業生活や労働市場において「No woman will be left behind(女性が誰ひとり取り残されない)」を達成することである。

果たして、今日の日本の社会経済において取り残されている女性はいないといえるのだろうか。実はこれまでの女性労働政策がその介入対象として主に想定してきたのは女性全員ではない。政策的介入によって、社会経済的地位の上昇などの恩恵をうけることができるのは一部の女性だけだったのである。

前置きが長くなったが、本コラムでは日本におけるこれまでの女性労働政策においてどのような女性が恩恵をうけ、反対にどのような女性が取り残されてきたのかについて考えてみよう。

女性労働政策と女性のライフコースの特徴

まず日本の女性労働政策がその介入対象としてどのような女性を想定してきたのかを整理しよう。そもそも、男女雇用機会均等法はなにを男女で均等にしているのだろうか。また、女性活躍推進法は女性のどのような活躍を推進しているのだろうか。

男女雇用機会均等法とは

男女雇用機会均等法では「豊かな職業生活を送ることができるキャリア」を形成する機会を男女で均等にすることを目的としている。そして、そのようなキャリアの規範的モデルとして成立しているのが「同一組織における長期勤続」というキャリアである。

典型的な日本の雇用慣行においては企業内での長期的な能力開発・キャリア形成が重視されており、厳しい昇進競争を生き延びた「生え抜きの長期勤続者」が将来的には企業の経営など最重要業務を担うことが期待されている。

そういった意味で、「生え抜きの長期勤続者」は昇進や昇給などの豊かな職業生活を獲得しやすい環境になっている。元々女性が「生え抜きの長期勤続者」になりにくかったのは、性別役割分業のもとで結婚・出産・育児というライフイベントによって仕事をやめることが多かったからである。

そこで、男女雇用機会均等法では、採用から退職までの雇用管理において男女の取り扱いを均等にして、女性であっても「同一組織における長期勤続」が可能となる環境の整備を行っている。育児介護休業法は、そのようなキャリアの選択と育児や介護を両立できるような支援を行っている。

女性活躍推進法とは

そして、女性活躍推進法では、そうして「生え抜きの長期勤続者」となった女性が企業の中核人材(たとえば管理職)として活躍できるようになることを推進しているのである。すなわち、女性労働政策が、今日の女性活躍の対象として想定しているのは「同一組織において長期勤続している女性」なのである。

もちろん、そのような「生え抜きの長期勤続者」の女性を増やすことが女性労働政策の目標の一つであることを否定はしない。確かに一連の女性労働政策によって、女性の就業率は上昇し「M字カーブ」は解消されている。

また、女性全体における正規雇用としての就業継続にはまだ課題があるものの、『出生動向基本調査』によれば、特に2010年以降に第1子を出産した女性においては出産前後での正規雇用の継続率が増加している(※1)。

しかし、残念ながら現代においても「結婚・出産・育児などのライフイベントによる就業中断」という女性の典型的なライフコースが大きく変化したとはいえず、「同一組織における長期勤続」よりも「就業中断再就型」のライフコースをたどっている女性のほうが多い。

「生え抜きの長期勤続者」への期待

上述のように、日本の企業においては基本的に管理職や幹部としての活躍の道を「生え抜きの長期勤続者」に期待している。「生え抜き」と比べて中途採用者の活躍の道が制限されているのは男性においても同様であるが、やはり就業中断を経験するのは女性のほうが多い。

また、企業が将来の活躍を見越した長期勤続を期待するのは新卒採用をした若い社員に対してであり、すでに中高年期に差し掛かっているような中高年社員への活躍の期待はそれほど大きくない。

つまり、これまでの女性労働政策は、かつての男女均等やジェンダー平等への意識が高まった時代においてもなお、就業中断を経験せざるを得なかったような多くの女性たちを取り残しているのである。

就業中断女性の中高年期の学習意欲

筆者は、こうした背景を踏まえ、就業中断女性の女性活躍へのあり方について研究を行っている。本コラムの最後にその結果の一部を紹介しよう。就業中断女性の女性活躍への道筋を考えるためには次の2つのポイントを抑える必要がある。

自律的・主体的な職業能力開発への注目

第1に、今日の労働市場においては、自己啓発などの労働者の自律的・主体的な職業能力開発(以下、自律的・主体的能力開発)によるキャリア形成も重視されているということである。

上述のように典型的な日本的雇用慣行においては企業主導によるキャリア形成が重視されている。しかし、近年は、高齢化や健康寿命の延伸によって職業人生が長期化しており、企業主導によるキャリア形成のみで個人の職業人生すべてを賄うことが難しくなっている。政府も近年労働者個人によるリカレント教育や学び直し(リスキリング)を重視するようになっている。

中高年女性の活動意欲の高さ

第2に中高年女性の活動意欲の高さである。古典的な社会学の研究では、就業中断を経たポスト育児期や中高年期に女性がこのような自律的・主体的能力開発に対して意欲的になることが示唆されている(※2)。

具体的なメカニズムが厳密に検証されているわけではないが、子供の成長とともに育児役割の喪失を経験し、社会的役割が大きく変容する時期に、自己啓発や学習活動を通した新たな社会的役割獲得へ意欲的になるとされている(※3)。

その他の研究でも、子育てが働くことの制約となっていると感じている中高年女性ほど現在の仕事への意欲が高いことなども指摘されている(※4)。

就業中断女性の女性活躍の仮説

この2点を踏まえると、むしろ近年注目されている自律的・主体的能力開発によるキャリア形成は、学習意欲の高い就業中断を経験した中高年女性にもっとも適合的ではないかという仮説が導かれる。そして、仮にこの仮説が正しいことが証明されれば、就業中断女性の女性活躍への道筋としてはこの自律的・主体的能力開発によるキャリア形成に注目することが有効であるといえる。

【表1】自己啓発のタイプ
【表1】自己啓発のタイプ

筆者は、この仮説を検証するために、大規模アンケート調査を用いて雇用者の自己啓発に関する統計的分析を行った(※5)。

ここでの自己啓発は「会社や職場の指示ではなく、個人が自発的に行った仕事に関わる教育訓練」を意味しており、本人の職業能力が本当に向上しているかはわからないが、少なくとも労働者自身による自律的・主体的な職業能力開発への意欲の高さの指標としては十分である。さらに自己啓発は実施している項目に応じて表1のようにタイプ化した。分析対象は25~64歳の雇用者である。

自己啓発の実施率:記述的な分析

この自己啓発の実施率を性別・配偶状態・年齢ごとに集計したものが表2である。注目する部分は性・配偶状態ごとの年齢グループ比較である。まず、自己啓発全体に関して確認する。

男性では有配偶・無配偶どちらにおいても若年層のほうが自己啓発実施割合は10ポイント以上高い。しかし、女性においては無配偶では若年層のほうが約17ポイント高いものの、有配偶では年齢層間の差異が小さくなっている。

つまり、基本的には自己啓発は若年層のほうが実施しているものの、有配偶女性においては年齢層間の違いはほとんどなく、中高年層のほうが自己啓発していないとはいえない。

自己啓発タイプに注目すると、この傾向が観察されるのは「教育機関型」と「他者交流型」である。「教育機関型」は全体的に実施率が低いのでそれほど注目する意義は大きくないが、「他者交流型」は全体的に約2割の人が実施しており、有配偶女性に関しては中高年期に「他者交流型」の実施割合が高まる傾向が特徴的である。

【表2】性別・配偶状態・年齢ごとの自己啓発実施割合
【表2】性別・配偶状態・年齢ごとの自己啓発実施割合

次に、この結果をさらにキャリアタイプごとに分けて集計したものが【図1】である。キャリアタイプは、初職に正規雇用として入職し現在も継続している「初職継続正規」。転職の経験があり現在正規雇用として就業している「転職経験正規」。(転職経験の有無を問わず)現在非正規雇用として就業している「現職非正規」の3つである。

まず、左上の4つのパネル(A:全体)を確認する。この4つのパネルの中で中高年期において自己啓発の実施率の割合が高まっているのは「女性,有配偶」のみである。その中でも「転職経験正規」では約10%ポイント、「初職継続正規」では約4%ポイント、「現職非正規」では約3%ポイント、中高年期のほうが高い。

そして、この傾向をもっとも顕著に反映しているのが「C:他者交流型」自己啓発の結果である。有配偶女性における「他者交流型」の実施割合の中高年期と青壮年期の差は、「転職経験正規」では約16%ポイント、「初職継続正規」では約8%ポイント、「現職非正規」では約5%ポイントである。

【図1】-A・C 性別・配偶状態・年齢・キャリアごとの自己啓発実施割合
【図1】-B・D 性別・配偶状態・年齢・キャリアごとの自己啓発実施割合

自己啓発の実施率:統計的分析

もちろん、上記の結果の背後にはさまざまな要因が隠れている可能性がある。たとえば、転職を成功させたいという意欲や現職に対する何らかの不満によって離職意向が高まることが、キャリア転換において求められている新たなスキルの獲得などに向けられることも多いだろう。

また、従事している産業や職業の特性が、自ずと労働者の自己啓発意欲を高めることに寄与しているかもしれない。こうしたことを踏まえ、学歴・勤続年数・企業規模・年収・労働時間・現職での勤続意向・転職準備の有無・転職志向・仕事満足度・失業不安・職種・産業といった要因の影響を取り除いてもなお、上記と同様の結果が得られるかを「他者交流型」自己啓発に限定して分析を行った。

その結果が【図2】である。この図によると、「初職継続正規」の有配偶女性は若年期から40代頃にかけて自己啓発の実施率が増加している一方、「転職経験正規」や「現職非正規」の有配偶女性は40代以降の中高年期に自己啓発の実施率が大きく上昇している。

【図2】配偶状態・キャリアタイプごとの年齢別自己啓発実施割合の予測値(女性のみ)
【図2】配偶状態・キャリアタイプごとの年齢別自己啓発実施割合の予測値(女性のみ)

以上から、中高年有配偶女性に関しては、特に「他者交流型」の自己啓発の実施割合が高いことがわかる。さらに、この傾向はいずれのキャリアタイプでもあてはまるが、特に「転職経験正規」という就業中断を経験したキャリアを歩んでいる有配偶女性に顕著に表れている。

就業中断女性の女性活躍への道筋

筆者は、上記の分析で明らかになった、「転職経験正規」や「現職非正規」といった就業中断を経験している女性が有している自律的・主体的能力開発の意欲の高さに注目することがこれからの女性労働政策においては重要であると考えている。

具体的な施策

いくつか考える具体的な施策の一つとして、新規事業・新規サービスの立ち上げや製品・商品の開発などイノベーションの現場に、こうした学習意欲の高い就業中断女性を活用するというものが考えられる。

イノベーションにおいては、組織外で行われる自主的な勉強会や企業外でさまざまな人と関わりながら行われる「他者交流型」の自己啓発などの自律的・主体的な職業能力開発を行っていることが重要であるとされている。

上記の分析によれば、このような自律的・主体的能力開発に対して積極的であるのは就業中断を経験した有配偶中高年女性である。

No woman will be left behind

多くの日本企業では「生え抜きの長期勤続者」が理想的な人材として想定されてきたため、従来の女性労働政策もそうした女性を増やすことに注力してきた。だからこそ、結婚・出産・育児というライフイベントによって就業中断を経験した女性を対象とする女性活躍のあり方は十分に議論されてこなかった。

もちろん、従来の方針通りすべての女性が「生え抜きの長期勤続者」になることも重要であるが、そのプランBとして就業中断女性の女性活躍への道筋を用意しておくことも、「No woman will be left behind」な女性活躍を達成するためには重要ではないだろうか。


<参考資料>
※1: 国立社会保障・人口問題研究所(2023)『現代日本の結婚と出産―第16回出生動向基本調査(独身者調査ならびに夫婦調査)報告書』を参照されたい。
※2: 天野正子(1979)『第三期の女性―ライフサイクルと学習』学文社
※3: ここでは就業中断することを選択したということが「ケア役割」を優先した、もしくはせざるを得なかった状況にあったと想定しているため、子供の成長によってそれまでに優先的に位置づけていた「ケア役割」が喪失されると考えている。
※4: 21 世紀職業財団(2019)『女性正社員 50 代・60 代におけるキャリアと働き方に関する調査―男女比較の観点から』
※5: 分析の詳細は田上皓大(2023)「就業中断女性の女性活躍への道筋―中高年期の女性の自律的・主体的な能力開発意欲に注目して」『日本労働研究雑誌』No.760を参照されたい。


著者紹介
田上 皓大(たがみ こうた)
独立行政法人 労働政策研究・研修機構研究員
慶應義塾大学社会学研究科単位取得退学。産業社会学、社会階層論専攻。主に社会学的な観点から女性労働政策について研究を行っており、直近は女性の中高年期における働き方の課題や活躍のあり方について関心を持っている。近著として、「就業中断女性の女性活躍への道筋─中高年期の女性の自律的・主体的な能力開発意欲に注目して」(日本労働研究雑誌、2023年)や『雇用流動化と日本経済─ホワイトカラーの採用と転職』(労働政策研究・研修機構、2023年、共著)。

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