地方移住に興味がある人に知ってほしい
「地域コミュニティへの扉」としてのスナック
—東京都立大学・谷口功一氏
引っ越し後に最初にやるべきこと?
「移住」ではないものの最近、自宅の引っ越しをした。数キロの距離を移動するだけなので大した引っ越しではないが、徒歩で買い物に行く範囲や公共交通機関の路線が以前とは微妙に変わったので、実感としては「ミクロな新天地」に遊ぶような気分だ。
――そんな中、引っ越してから私がすぐに着手したのは、Googleマップで近所のスナックを探すことだった。なぜなら私は夜の街の「スナック」についての研究をしている者だからだ。
いつも開かれた「地域コミュニティへの扉」としてのスナック
講演などでよく、「スナックは常に開かれている地域コミュニティへのドアだ」という話をしているが、実際これまで住んだ地域については、スナックでの会話からさまざまな情報を得て、それなりに快適に暮らしてきた。
地元のスナックでは、どのような情報を得ることができるのか?――どこの病院が良いのか(むしろ行くべきではないのか)というクリティカルな情報から始まり、質の良い野菜を廉価で売る八百屋や食事の美味しい店、保育園・幼稚園や校区の小学校の評判、果ては土地取引や選挙の話まで、スナックでは日々、さまざまな地域の情報がやり取りされている。
「駅前に今日はやたらに警察官が出ているな」と思ったり、どこかの空き店舗に工事が入り新しい店ができそうだが「何ができるのだろう」と思ったりしたときも、その日の夜にスナックに立ち寄って誰かに聞けば大体わかるのが、スナックという場所なのである。
マイナビが2022年7月に行った地方移住に関する調査において、地方移住に興味がある人は49.7%(「実際に移住することは難しそう」含む)。【図1】
約半数が興味を持つ地方移住であるが、知り合いがいない地域コミュニティに飛び込むことに不安がある人も多いだろう。特に東京などの都市部で暮らす人びとは、子供が小学校へ通い出しPTAなどに参加する契機などがなければ、自分が居住する地域のコミュニティと何らかの関わりを持つことは少ない。スナックというのは、そういうこととは関係なく、いつでも誰にでも開かれている「地域コミュニティの内側」へと入り込むための扉なのである。
また、マイナビが2022年に行った「ライフキャリア実態調査」によると、「仕事以外の要因で移住の障壁になると思うもの(複数回答)」という設問で「生活利便性(買い物・医療・交通など) (39.1%)」がある。【図2】
知らない土地での生活利便性は、実際に住み始めてみないと分からないことも多いため不安要素になりがちだが、スナックに行けばこういった現地でしか得られない情報を得ることができる。
「街の解像度」を上げるスナック
やはり「移住」ではないものの、私自身かなりの頻度で講演や調査のための地方出張をして来た。その際、初めて訪問する土地では自腹を切ってでも必ず一泊はして、その街のスナックに行ってみることにしている。
実のところ独りでふらりと知らない店を訪れるということは少なく、ほとんどの場合、出張先の地元の人から紹介してもらい、その街の老舗スナックに行くこととなるのだが、そういう店に行って店のママ(マスター)やカウンターで隣り合わせた常連のお客と話すと、その街(地方)に関する解像度は驚くほど高くなる。
初めての街に行くときは、あれば『風土記』から始まり、県庁所在地なら西村幸夫『県都物語--47都心空間の近代をあるく』(有斐閣、2018年)、それ以外は名サイトChakuwiki(※)の当該地域の記述をじっくりと読み込み、Googleマップでいくつかの気になる店や場所にマーキングもしてから実際にその街を訪れている。
※ 地域ごとの噂話をまとめたサイトで、非常にきめ細かい地元民からの投稿で成り立っている。近年運営者の死去に伴い存続は危うくなっていると仄聞する。
場合によってはGoogleストリートビューで繁華街の様子などもある程度は目にしてから旅することもあるが、実際に自分の足でその地を歩いてみると、いつも新鮮な驚きと発見がある。これまで本当に多くの場所を訪れてきてハッキリ言えることは、実際に自分の足で歩き回ってみないと街の姿はわからないということである。当たり前のことではあるが、歩き回ることによって、街の姿が本当に比喩でも何でもなく「立体的」に浮かび上がってくるのである。特に繁華街については、昼間2時間くらい歩き回っておき、夜に再訪すると街の様子が良くわかる。
私は新しい土地を訪れるたびに、このような下準備をして臨んでいるのだが、これに実地でのスナック訪問が加わると、先述の通り、自分の中でのその街の解像度は飛躍的に上がることになる。元々ある程度その街のことを(知識としては)知った上で地元の常連客と話すのだから、理解が深まる速度が違うのである。
具体的な店、そしてママやお客さんたちの会話と紐付けられた、その街のイメージと知識は豊かな形で記憶に残り、スナックは、またいつかそこを再訪するときの「母港」にさえなる。
また、地方移住者においては、スナックに行くことで自分がこれから住む街のコミュニティに入り込むことができ、酒の席でさまざまな情報収集ができる。いきなりはハードルが高いかもしれないが、役所などに行くよりも生の声を知ることができるのである。
スナックはどこにあるのか
以上、「小さな移住」とでもいうべき「引っ越し」や「出張」の際に役立つスナックなのだが、では、それらはどのような場所にあるのだろうか。参考までに都道府県単位、市区町村単位でのスナックの多い場所のランキングの一部を示しておく。
上記は基本的にすべて2015年当時の数字で、コロナ禍を経ての現在では大きな変動があるが、最新のデータについては目下整理中である。どうしてこのような順位になるのかについては、さまざまな因子があり、それだけでもとても面白い話なのだが、その話を始めると長くなるので今日のところはその説明は割愛し、「なるほど、こういうところがスナックが多いところなのか」と思ってもらえれば幸いである。
新しい街の新しいスナックで
冒頭の話に戻るが、今回の引っ越しで久しぶりに自宅の近所で新しいスナックの開拓を行ったが、「自分がこれまで書いたり話したりしてきたことは改めてホントなんだな」と変な感心をしてしまったのだった。
そもそも最初に入ったスナックはGoogleマップには掲載されておらず、昼間の散歩のときに偶然見つけたものだった。しかもちょうどその日は店のママが店の掃除に来ておりドアが開いていたので、声がけして「引っ越して来た者なのですが」と挨拶して話したら、夜に来たら歓迎と言ってもらえたのだった。コロナ禍になってからは一見客お断りの店も少なくないので、これにはホッとした。仮にこのスナックの名前をXとしておこう。
それから程なくスナックXを訪れてしばし歓談し、この界隈がどういう風に近隣地域と繋がっているのかなども知ることができ、地元への理解が深まったが、その店の先の完全な住宅街の中にもスナックがあることを教えてもらい、衝撃を受けたのだった。とてもじゃないがスナックがあるとは思えないような場所なのである・・・。
その夜、スナックXを辞去した私は住宅街のど真ん中にある謎のスナックY(としておこう)へと向かった。教えられた場所に着くと、果たしてスナックYは本当にそこにあったのだった。それにしても何故こんなところに・・・。
辞を低くして常連たちがカウンターに並ぶ店内に入れてもらいしばし歓談したが、やはりここでも(そもそも何故こんなところに店があるのかも含め)私の新しい地元に関する実に興味深い話をたくさん聞くことができたのだった。
以上記してきたようにスナックは、街のこと土地のことの理解を深めることができる場所なわけだが、同時にそれは「土地への愛」も育むところであるように私は思う。単なる「引っ越し」や「出張」ではなく生活の拠点としてしっかり根を張るためにどこかに移り住むのなら、そのときにこそスナックは多くを教えてくれるのではないだろうか。住めば都とは言うものの、やはり愛を注ぐことのできる土地に住みたいものである。
著者紹介
谷口 功一(たにぐち こういち)
東京都立大学法学部教授
1973年、大分県別府市生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学後、日本学術振興会特別研究員(PD)、首都大学東京法学系准教授などを経て現職。専門は法哲学。サントリー文化財団の研究助成により「スナック研究会」・「夜のまち研究会」などを主宰。編著書に『ショッピングモールの法哲学』、『日本の夜の公共圏~スナック研究序説』(いずれも白水社刊)など。